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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
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88.

 三の月が近付くにつれて雪が少しずつ解け始め、街の修復も進み始めた。〈盤割の鎚〉の捜索は継続して行われていたが、その副次的な作用で治安の悪さは鳴りを潜めて街には日常が戻り始めていた。

 ドレークは未だに見つけることはできなかったが、時折ドレークらしい者の目撃証言が出ているため、まだ死んでいなと信じるには十分だった。

 リュドミラは〈遠洋の灯〉と一緒に周囲の村の周遊に参加したようで、しばらくバティンポリスから離れた。商人の護衛をしながら路地の様子を見たり、冬の間の被害の確認や食べ物や工芸品の売買をするらしい。

 ランカは近頃ずっと寝ていたせいか寝付きが非常に悪くなっているらしく、クロムに倣ってかへっぴり腰になりながら木剣を振り回してみたり、使徒として信仰を集めるために神殿で集会などに参加したりと以前よりも精力的に活動していた。クロムは護衛として着いていくことが多く、探索者としての活動はあまりできていなかった。

 神殿の集会から帰る途中、馬車の中から街の様子を見ていたランカが不意に尋ねた。


「クロム、明日は暇?」

「…まあ、護衛だからな。ランカがどこかに行くなら、着いていく。」

「ふうん。じゃあ、迷宮で戦ってみたいんだけど。」

「危ないことはするな。」

「クロムが守ってくれるでしょう?それに身の守り方を覚えたいの。そういう練習も必要だと思うわ。」


 護衛対象を危険にさらすのはどうかと思って一度拒否したのだが、ランカはザンジバルからあっさりと許可をもらってきた。ランカが身を守る術を覚えるのはいいことだと言ったらしく、十層より先に潜らなければいいと言っていた。


「…まあ、いいか。一層からだな。倒せそうになかったらすぐに俺を呼べ。」

「ええ、わかったわ。じゃあ、行きましょう。」


 ランカは地下神殿へ向かった時、バティン迷宮を経由して街へ戻っている。もし寄り道なんかしているなら、少しは戦えると思っていたが、いざ迷宮に潜ってみればその通りだった。

 一層、二層ではまったく苦戦せず、〈氷〉や〈水〉の魔術で攻撃して倒し切った。三層では魔獣の耐久力が上がり、中々攻撃が通じず苦戦した。


「ク、クロム!」


 呼ばれるとほぼ同時に飛び出し、一気に魔獣と距離を詰めて剣を振り下ろす。硬いものが割れた音と共に綺麗に真っ二つになった魔獣は崩れ落ちた。


「あ、ありがとう。」

「ああ。しばらく三層で戦うべきだな。」

「わかったわ。」


 数度魔獣と戦うと少し慣れてきたのか、七匹目の魔獣になるとクロムを呼ばずについに倒し切った。魔獣の急所に〈氷〉が当たり、大きな傷を負わせて動きが鈍くなったところを更に叩いたようだった。


「や、やった!」

「最後まで気を抜くな。虫型の魔獣に限った話じゃないが、姿を保っているときは突然動き出すこともある。」

「は、はい。」


 ランカは身長に倒したはずの魔獣から距離を取り、遠くから様子を窺った。しばらく魔獣が動かないことを確認した後も、ランカは言いつけを守ってか、念のためと言って魔獣に魔術を数度加えたが、魔獣は動かなかった。既に生命活動を止めていることがわかって、胸をなでおろした。クロムが近づいて様子を見たが、確かに倒せていた。魔獣を倒して嬉しそうにするかと思っていたのだが、意外にもランカは少し複雑そうな顔をした。


「どうした?」


 ランカは少し考え、唸ってから、言葉にした。それは勝利への喜びや安堵ではなかった。


「…うーん。命を奪ったんだなって。」

「そうだ。ここまでもそうだったし、この先もそうだ。迷宮は命のやり取りをする場所だ。」

「クロムがいなかったら何回死んじゃったかしら?」

「さあ。一回じゃないか?普通は一度死んだら終わりだ。」

「…そうね。」


 ランカは何かを考えているようだったが、結局三層でもう一戦してから地上へと帰った。今度は倒し切れず、クロムが切り払って倒した。

 その翌日も三層で戦いの練習をした。

 ランカの戦いを見ていたが、リュドミラと違って魔術の使い方が拙いように思えた。魔術も〈水〉と〈氷〉しか使っていない。クロムは近接戦こそ得意だが、遠距離戦は弓か投擲でしか戦えないから術士の戦い方を教えることはできない。魔術の使い方を知っている者に師事を乞うほうが良いと感じた。


(…そうだ。リュードだ。リュードがランカに戦い方を教えるほうが、術士同士だしいいだろう。巻き込むともう決めたんだ、これで)


 リュドミラがバティンポリスに戻ってきたら一緒に連れて行こうと思っていると、ランカがこの階層では珍しい船虫型の魔獣を攻撃し、潜んでいた仲間がうぞうぞと出てきたところを半泣きになりながら攻撃していた。わさわさと動く大量の足か、それとも単に数が多くて視覚的にきつかったのかわからないが、耐えきれなくなった様子でクロムを呼んだ。〈海鳴りの爪〉を取り出して素早く魔獣を薙ぎ払った。魔獣たちは簡単に薙ぎ払われて倒れていったが、そのうちの一匹に書き変わりが起こり、護符のようなものに変わった。


「おお。なんだこれは?」

「…お、終わった?」

「ああ。これを知っているか?」


 護符のようなものを拾ってランカに渡そうとしたが、ランカは半歩引いてそれを拒否した。クロムの持っている物には見覚えがあったらしく、記憶を探るようにしてから答えた。


「確か〈銀鱗の護符〉ね。毎日少しずつマナを溜めておいて、攻撃を受けたときに肩代わりするの。弱い攻撃なら一回弾くことができるらしいわ。」

「どの程度なら弾けるかわかるか?」

「強い痛みを感じるくらいの攻撃らしいわ。木剣で殴られるくらいかしら?」

「それで一回か。たいしたことないな。」

「クロム、こういうものはちゃんと使い所があるの。

 例えば、吹矢とか感知しづらい小さな魔術を放たれたときに防げるじゃない。」

「…要るか?」

「要るわよ。貴族とか命を狙われることもあるもの。不意打ちを弾けば、あとは護衛の仕事だけど。」

「物騒だな。」

「うちとかマーレイア家とか今後ひどくなるでしょうね。変な奴らが恨んでなければいいけど。」


 クロムはその答えに納得はできなかったが、誰かから見れば必ずしも使えないものというわけではないようだった。ランカに渡して探索の続きをと思ったが、ランカはやはり〈銀鱗の護符〉の受け取りを拒否した。うぞうぞと動く魔獣の群れに懲りたのか、その日は迷宮を出た。

 ランカを領主館に送り届けたとき、ボスポラスに久しぶりに出会った。ボスポラスはまじまじとクロムの顔を眺めてから、少し話がしたいと誘われて応接間へと通された。


「すみませんね、クロムさん。今ランカの我儘で迷宮に同伴していると聞いています。」

「いや、大丈夫だ。苦戦していると言ってもまだ三層だ。俺が守りながら戦えるところでよかった。」

「ふふ、そうですか。クロムさんがいてくれて本当に助かりました。」

「そうだろうか。魔術の練習なら、俺じゃなくほかに適任がいそうなものだ。」

「ええ。でも、信頼できる探索者で魔術が使える者はなかなか。」

「ああ、そうだ、そのことなんだが、俺の知り合いが丁度この街に来ていてな。

 そいつをランカの護衛に推したい。」

「ほう。クロムさんの…今話題のリュドミラさんですか?

 今クロムさんとバティン迷宮に潜って二十四層まで潜ったとか。街でも人当たりが良いと評判が良いようです。仲が良かったと言えば最近また二十五層に到達した〈蒼天の翡翠〉とも大変仲が良いようですね。」

「そうだ、そいつだ。俺の知り合いなんだが、魔術の使い方が巧みだと思う。リュードを連れていきたいんだが、いいか?」

「勿論です。迷宮は何があってもわかりませんしね。」

「助かる。それと、一人で潜る時間も欲しいところだがな。」

「過去最深を更新し続けて今は二十八層と聞いていますが。

 …何か焦っているですか?」


 ボスポラスは何か疑問に思ったのか、薄い笑顔ながら困ったように眉をひそめた。その様子がランカにそっくりで血の繋がりを妙に感じた。


「…まあ、ここまで好調だったからかな。最近はリュード…リュドミラと迷宮に潜っているしそろそろ、とな。」

「誰かと一緒に戦うのは大変ですか?」


 仲間がいれば、強い敵にも挑める。それはこれまでの経験で分かっている。半面、一人で戦うのは何をどうしても自由だ。それのどちらが良い、悪いとも言えなかった。どう答えるか迷っていると、ボスポラスを見ると心配そうにクロムの様子を窺っていた。その手を白くなるまで握り込んでいた。


「やはり、いざというときは一人で戦うべきなのでしょうか?」


(この男は、何かを知ろうとしている。俺を通して。)

(ザンジバルは鷹揚だ。いざとなれば誰かを頼るし、いざとなれば嫌っている…ようには見えないが、政敵とも話せる奴だ。

 ボスポラスも…ザンジバルほどではなくても寛容で、穏やかな奴だと思っていたが。もしかしたら、そうでもないのかもしれん。)


 クロムが答えるまで、ボスポラスはじっと待っている。実際のところ、ボスポラスが何を考えているかも、何を期待しているのかもわからない。どう答えればこの男が納得する答えになるのかなどわからない。


「…一人で戦うのは気が楽だ。一人で迷宮に潜れば早く進めるし、…手の内を他人に見せなくていいぶん自由に戦える。」

「ほう。」

「逆に、信頼できる仲間と戦うことは俺だけでは倒せない敵を倒せるようになる。敵の数が多くても戦えるし、一人で何もかも準備する必要がない。

 結局、どっちがよりいいということはない。」

「……。」

「一人で済むのなら、俺は一人で進むことを選ぶ。

 しかしその先に困難や強敵がいると思ったなら、背を任せられる仲間と挑むことを選ぶだろう。」

「…信頼できる仲間、ですか。」

「信頼…そうだな。そういうやつらと挑みたいものだ。」


 漠然と思ったことを言葉にしてみたのだが、幾分かはましな答えが口から出た。そしてボスポラスの呟いた言葉はクロムに新たな気付きを与えた。


(信頼。信頼か。ディンにガハラたちにライオネル、サイラス。ガントやヴェイロン。確かに味方として信頼できる奴らだ。

 …待てよ。一人で進むというのは俺の本心だったはずだ。だが、もしかしたら誰かと挑みたいというのもまた俺の本心なんじゃないか?)


 クロムが自身の心のうちに気付いたとき、ボスポラスもまたクロムの答えを咀嚼するように押し黙って考え込んでいた。

 ボスポラスに頼れる仲間がいるかは、クロムは知らないし、クロムが心配することではない。クロムの答えはボスポラスが求める答えではないように感じたが、何か考えを進めるきっかけになったのか、何かを納得したように頷いた。


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