83.
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帝国にある街並みとは一風変わった都市風景を歩きながら、旅の僧のような恰好をした黒い男が錫杖を鳴らしながら歩いていた。そのそばには擦り切れた外套の細い少女が男の後を追っていた。往来の人々は男に気にも留めず歩くか、嫌なものを見るような視線を男に投げては逸らしていた。
「見つかったか?」
その言葉は周囲には聞こえていないようだったが、男にはきちんと届いていた。男は振り返ることもなく歩きながら返事をした。
「駄目だな。アイポロス迷宮も十層まで潜ったんだが、まだやはりもっと深層に行かないと、神の名を冠した武器なんて手に入らないだろう。」
「アロカスもグーシオンも駄目だった。…やはり西側で探すほうが良いのか?」
「東側は西側に比べて迷宮が密集していないから、一匹の魔獣を前に知らない探索者とかち合うことも多くある。手の内は見せたくないから、それが理由で遅くなる理由でもあるな。」
「そうね。貴方は…まあ、本当に力業しかないから見せたところで…。」
「言うな。」
二人してまた黙って歩き続けた。人通りもない都市の端、裏路地の襤褸になった宿に帰ると男は擦れた布団に横たわった。女は椅子に座って男をじっと眺めていた。
「ところで、神々の情報とかいうのは集まったのか?」
「いいえ。まだ使徒は現れてないみたいだから、動向もつかめていない。」
「そうか。」
「お互いに難儀ね。」
「ああ。」
短い会話の後に女は姿を消した。
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ドレークが失踪してから六日経った。結局あちこち捜索しているのだが、ドレークの足取りは掴めなかった。たまにあることだと余裕を持っていたランカやドレークに近い使用人たちも、いよいよ焦燥して寝る間も惜しんで探す者も出てきた。ランカもドレークがどこにいるかを未来視で見られないか試しているようだった。
ザンジバルが領主の仕事を必死に回して、ボスポラスはその補助や調製に必死だった。その合間に聞いたことだが、〈蒼天の翡翠〉たちが仕留めた熊は巣まで特定された。巣を漁ったところ幾つかの遺留品が見つかった。比較的新しいことと、〈盤割の鎚〉を示す印が掘られた指輪が見つかったことで、海神祭で暗躍した〈盤割の鎚〉の一部はこの熊に食われたのだと結論付けた。
奇妙なことに熊は外見こそただの熊だったのだが、戦ったときに体をわずかな時間動かせないようにする咆哮を放った。間近で見たポーラやオームが言うには、それは〈硬直〉という魔術ではないかと言っていた。極珍しいが、熊と魔獣の間に産まれた個体だったようだ。
「魔獣と獣が?魔獣からすれば獣は全部餌みたいなものだとばかり。」
「俺もそう思うぞ。だが、極まれにあるようだ。魔獣が死にかけているときに、獣としての生存本能ってェのかな。すがたの近い獣を襲うことがある。」
「ふうん。それで子ができるのか。」
「できるんだよ。現にできてるからな…。
そういえばクロムはどうなんだ?どこまで進めたよ。」
クロムはバティン迷宮二十六層へと到達していた。二十四層で妙に胴が長い大型の魔獣を倒したときに〈鰭の足環〉に書き変わった。これを装備して試したが、ドレークから借りたものよりも素早く動けるようになり、更に小回りも利くようになった。二十六層まで進めたのはこの迷宮品の恩恵が大きかったからだとクロムは考えていた。〈巻雲〉や〈紫電〉をはじめとした技のいくつかも放ちやすくなり、威力も陸にいるときのように魔獣を裂いた。
より良い装備を得て調子に乗って迷宮を攻略していたクロムだが、二十六層では巨大な鮫型の魔獣に飲み込まれかけた。〈隠匿の耳飾り〉を付けていたからか魔獣には気付かれなかったようで、何とか逃れ二十六層を踏破できたが、この階層の魔獣の強さに慣れてから先へ進むつもりでいた。
「これから二十六層だ。もう深層というくらいに強いぞ。」
「それでも一人とか、うわあ…。もうクロムがバティン迷宮で一番進んでるね。」
「お前たちは熊探しもしていただろう。
あと、やっぱり一人の時は魔獣とかち合う回数が減った気がする。」
「へえ、少ないほうが有利なのか。まあ、俺たちは一つのパーティだからな、ゆっくり進むさ。
まだ先がありそうだな。」
〈蒼天の翡翠〉は現在二十層に到達したところで、群れで襲ってくる魔獣に苦戦しているようだった。
こうして話をしてみると〈蒼天の翡翠〉は三つの迷宮で中層には達しているし、水中でも〈隠匿の耳飾り〉も使わず、多方から襲ってくる魔獣を倒しきっているから、やはり強い連中なのだと思った。
クロムはバティン迷宮の情報を出し、〈蒼天の翡翠〉からは情報料の他に市井の情報や一体多数の戦いの立ち回りの談議を交わした。話は戦い方をどう教えるか、という話題に変わった。そこでガントが思い出したように
「そういや、俺たちは今〈遠洋の灯〉を教導してるんだ。最近何度か迷宮に潜っててな。」
先達に当たる探索者が、初級や中級程度になってきた探索者たちを実力よりも少し厳しい環境で安全に鍛える教導依頼というものがある。中級程度の者たちのうち見どころのある者の実力をより伸ばすべく協会側から依頼されることがあり、〈遠洋の灯〉はそれに該当した。クロムは知らないところだが、オセ迷宮で〈深淵の愚者〉がクロムに目を付けていたのも、実は教導役として紹介されて教導を引き受けたためだ。
「おお。どうだ、あいつらは。」
「前から知ってはいたが、急に強くなったなあ。体力がついて、魔術も覚えて、俺たちが着いていたとはいえちょっときついところで場数踏んだからかな。」
「ええ、前衛も最低限魔術を使えて、中衛、後衛も前衛の戦いについていけるだけの体力があるのもいい。〈回復〉も使えるのも二人いるしな。」
「アーノルドもね、前衛でもちゃんと魔術が使えるのは良いよね。武器に魔術を纏わせられるようになったら術戦士の上澄みだし。」
「なに、待て、あいつら全員魔術を使えるのか。」
「ええ。どうしたの?」
「いや、全員が使えるとは思ってなかった。」
「まだ発展途上さ。だが、近い将来あいつら化けるぜ。」
クロムも探索者協会に顔を出したときに時折手合わせするが、最後に手合わせしたときはマルロとミネしか魔術を使っていなかった。
聞けばヘレンは威力がある魔術が使えるものの使うマナの量を調整できず、すぐに体内魔力を使い果たしてしまうためにいざという時以外は使わないことにしたらしい。アーノルドは魔術を攻撃に使うのが不得手で、威力が出ない代わりに〈回復〉が使えるため〈回復〉を使うだけにとどめているようだ。
(うん?だが〈回復〉使いがもう一人?誰だ、ミネか?)
「強くなったな、あいつら。」
「ね。五人ともね。」
「五人?」
「ン?」
「あいつらはアーノルドにヘレン、マルロ、ミネ。四人じゃないか?」
「え?ああ、知らないのか。一人、一時的にあいつらと一緒に行動してんだと。」
「ああ、そういえば前に聞いた気がするな。どんな奴なんだ?」
最後の一人というのは以前〈遠洋の灯〉に魔術を教えた者だろうと思って、興味本位で尋ねた。〈蒼天の翡翠〉たちは顔を見合わせると、口々にその人物像を話した。
「うーん、無口な女の子って感じかしら。普段は一人でどっか行ってるみたい。」
「めちゃくちゃ魔術ができる。上手いというより、使い方が巧み。」
「あんまり話をしないね。一応、剣とか格闘もできるみたい。」
「四級なのに装備が相当しっかりしていたね。使ってる杖が格別。俺も持たせてもらったけど、マナがすっと自然に通るんだよ。あれはいい杖だね。」
「ああ。飯もきれいに食うし、あれは絶対いいところの生まれだぜ。」
「そいつの名前はわかるか?」
「リュードだ。女の子らしくねえ名前な気はするが…。」
「リュードだと?もしかして、鼠色みたいな髪の色で、ええと、このくらいの背か?」
「なんだ、知ってんじゃねえか。底の厚い靴履いてるみたいだし、多分背はそんなもんだな。」
「男っぽい装いだったけど、結構かわいい子だったわ。知り合い?」
クロムは彼らの言葉を聞いて少しずつ驚きと妙な焦りを覚えた。ガントたちが一様に何でもないような顔で言った内容は、クロムの悪い勘を裏付けるものだった。
(…リュード!まさか、リュドミラか?どう会えばいいんだ、俺は?)
背後で控えめに入口が開いた気配がした。とっさに意識を集中させると聞こえてきたのは〈遠洋の灯〉の声だった。まだ拙い気配が四つと、その一段か二段か上の妙な迫力のある気配が一つ。入ってきた者たちに気が付いたヴェイロンが彼らを呼んだ。
「あ、噂をすれば。おーい!どうだった?」




