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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
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82.

 バックはザンジバルの顔を見るなり平身低頭になって謝罪し、シュフラットも苦い顔をしながら監督不足だったことを謝罪した。

 話を聞けばチラード道具店の店主は〈盤割の鎚〉とつながりがある、という情報を得たのだという。チラードはブラインの父の名前で、ブライン道具店の前身である。どこから得たかもわからぬ情報で確度が低いままだったが、功を焦って信じ込んだバックは、繋がりから明確にするべく独断でブラインを捕えたというのが経緯だった。


「それで、商人ブラインはどうだったんだ。」

「ブライン自身はどうやら関係が無いようです。関係があったのは彼の父親のほうでした。」

「何?本当の事か、シュフラット殿?」

「無論。〈ラコンティンフィオの業鏡〉を前に嘘は吐けぬ。」

「なら、そうだな。それで、その父親というのは何処に?」

「既に亡くなっています。それは証言が取れています。

 また、ブライン本人は関係がありませんでした。

 ただし、店の帳簿を先代に遡ったところ、不明な取引先がありました。それが連中とのつながりでは…と。」

「ふむ。無いわけではなさそうだ。」

「でしょう?」

「バック。弁えよ。問題はその情報を手に入れるために無理筋を通したことだ。」

「…すみません、当主様。」


 説明している間に調子に乗った顔をしたバックだったが、すぐにシュフラットに諫められて肩を落とす。ザンジバルは何かを考えているようだったが、ふとぽつりと聞いた。


「そうか無実か。その商人はどうした?無実だったのなら、罪に問われた時間をどう贖うんだ?」

「え?」

「バック、腑抜けた返事をするな。

 その商人には既に、仕事ができなかった日数分の金銭を多少割増しして補填した。」

「わかった。以降は後からでもいいから連絡を貰いたい。こちらも人手や情報を共有しているんだからな。」

「今回は私としても済まないと思っている。以降徹底させる。」

「ああ、頼む。」


 このやり取りはクロムが気にしていたことだった、わざわざザンジバルからしゃべり気を利かせたのだとわかった。話がひと段落して気が緩んだのか、誰ともなく静かに息を吐いた。そういえばと言いながらバックが無邪気に言葉を放った。


「ドレーク様は今日はいらっしゃらないのですか?きつく言われると覚悟していたのですが。」

「む…そういえば奴はいないな。これしきの忙しさで寝込むような男ではないだろう?」

「……少し席を外しているだけだ。」

「何かあったのか?減るものでもない、言ってしまえばいい。」


 クロムは答えることでもないと口を噤み、ザンジバルは少し悩んだ後でドレークの不在を詫び、それから現在の状況を伝えた。


「……数日前から失踪している。目下捜索中だ。」

「なっ…」

「本当のことか?」

「ああ。ずっと捜索しているが、まだ見つけられていない。ブラインが捉えられた話を聞いてもしや父が関与しているかと思ったが、どうやら別件だったしな。」

「…この閉ざされた時期に失踪か。もしかしたら〈盤割の鎚〉が関わっているかもしれんな。ついでだから、こちらでも人を出そう。」

「助かる。」


 それからはクロムを除く三人でドレークをどう探すかを話し始め、すぐに現在の捜索範囲でドレークも探す方針を立てた。それから薪や食料の配分などといった見通しを立てていた。暇になったクロムは一言断ってからその場を後にした。


(…難しい話は頭が痛くなるな。)


 窓から見える外は相変わらず雪が舞っていた。こんなに少し窓を開ければ冷風がクロムを刺した。こんなに寒く冷え込むと最早野宿などできないだろうとドレークが心配になった。

 窓の外を見ていると人影が見えた。目を凝らしてみると、それは何度か見た姿だ。身なりは随分な襤褸を纏っていたが、その割にはずいぶんと元気そうな足取りだ。


「ドレーク!?」


 思わず声を上げ、窓を全開にして身を乗り出した。やはり庭に立つ人物は先ほどまで失踪したと話してたドレーク本人だった。ドレークがクロムに気が付き、慌てた様子で口元に指を当てた。窓から外へと出てドレークへと駆け寄る。


「おい、どうしたんだ、突然いなくなって。」

「すまん。ひと段落ついて問題なさそうだったからな。」

「まあいい、みんな心配しているんだ。戻ってくれ。」


 クロムが踵を返して屋敷へと戻ろうとしたが、ドレークは動かなかった。


「…どうした?」

「クロム。もうしばらく、何があっても…いいか、何があってもランカを守ってくれ。」

「ドレーク?」

「理由は言えん。だが、俺はしばらく身を潜める。春になって移動ができるようになったらここを去る。俺と会ったことは誰にも言わないでくれ。」


 クロムへ小さな包みを投げると、今度はドレークが踵を返した。届かない距離なのはわかっていたが掴もうと手を伸ばした次の瞬間、包みから急激に煙が立ち込め、思わずクロムは伸ばした手を引いて顔を覆った。ドレークの気配が遠ざかっていき、煙が散って見えなくなった時には既に遠くにいた。


「おいっ。」


 クロムはその後姿を追ったものの、ドレークの姿はどこにもなかった。


(…あいつ、なんで去ったんだ?ランカもザンジバルもボスポラスも、他の奴らも心配しているのに。

 あいつにとって家族というやつはそんなに軽い…とは思えん。どんな理由があるにしろ、取れ戻さないと。冬の間はバティンポリスにいるはずだ。)


 ドレークへの苛立ちと疑問を胸に館の中へと戻る。窓を開けて飛び出したせいで床には少し雪が舞い込んでおり、通りかかった侍女に小言を言われた。

 包みの中には割れた煙玉と、幾らかの金貨が入っていた。口止め料のつもりだったのだろう。このことをほかの者たちに言わないでおくか迷ったものの、ザンジバルには話すことにした。ランカに伝えないことにしたのは、伝えれば逆に思い詰めてしまうかもしれないと思ったからだ。

 シュフラットたちとの会議が終わるのを待ってから、クロムはザンジバルにドレークが近くに来ていたことを伝えた。ザンジバルは難しい顔をして頷いた。


「ランカやボスポラスには俺から伝える。親父が言うなと言ったからには何か理由がありそうだから、一先ずクロムは黙っていてくれ。」

「ああ、わかった。」


 このときドレークから投げられた金はドレークと会った証拠として渡した。このことはシュフラットたちには伝えず、捜索は継続するようだった。

 廊下でランカと会って、少し話をした。ランカもドレークが帰ってこないことを不安がっているようで、どこか落ち着かない様子でいた。先ほどドレークと会ったことを話そうかと思ったが、ザンジバルの言葉を思い出してやめた。

 気を紛らわそうと話題として未来の夢について挙げたが、ランカの表情は思い詰めているかのように表情が曇った。今のままクロムが迷宮を踏破した未来を見ることができていないと言われた。夢の中では最下層に挑んでいるようだが、どうやら突破ができていない…つまりクロムは最下層に入った時に死んでいるのかもしれない。

 どう声を掛けようか迷っていると、クロム一人ではこの迷宮を突破できないのかもしれないとランカは呟いて部屋へと戻っていった。


 いざ迷宮を攻略できない、と面と向かって言われる面白くなかったクロムは、その日のうちにバティン迷宮へと潜り、鬱憤を晴らすかのように烏賊型の魔獣の足をすべて切り落として二十三層を攻略した。切り落としても再生されたが、ひたすら時間をかけて傷つけ、足を切り落とすことを繰り返しているうちに魔獣も再生できなくなったのか、傷や落ちた足に構わずクロムを追ってきた。〈散花〉で襲い来る足を落としながら、最後に頭に剣を突き立てたところで書き変わりが起き、魔獣は鉤爪へと変じた。

 鑑定に出してみると〈海鳴りの爪〉という武器で、〈範囲攻撃〉、〈範囲拡大〉、〈海鳴〉という三つの効果を持っていた。

 〈範囲攻撃〉はこの武器の攻撃範囲にいるものすべてを攻撃でき、〈範囲拡大〉はこの武器の攻撃範囲を広くする効果だ。〈海鳴〉は攻撃が何にも当たらなかった時、稀に遠く離れた敵に攻撃ができる効果だという。鑑定した職員は〈範囲拡大〉はこの手の武器によくみられるのだが、この刃の長さで倍程度までしか伸びないのは珍しく、〈海鳴〉は海鳴と名の付く武器型の迷宮品には高確率で着く効果だという。

 日を改めてヴィネ迷宮に向かい、三層から〈海鳴りの爪〉を試しながら攻略を進め、この武器の特徴がいくつかわかった。

 爪自体の刃渡りは三節程度だが、〈範囲拡大〉の効果のために実質的に六節程度の攻撃範囲を持っていた。この効果は振った方向にしか作用せず、爪が途中で止まった場合はその先にいる魔獣まで攻撃ができない。爪が障害物などに当たって止まらなければ攻撃範囲が伸びた先の魔獣にも攻撃は当たったが、威力は多少弱まるようだった。それでも当たってもいない相手まで攻撃できるのは実際に強力な効果だ。

 〈海鳴〉は十回に一度発動するかどうか。だが発動したときは、巨大なうねりに叩き潰されたように魔獣が潰れた。これも非常に強力なのだが、魔獣が攻撃範囲外にいるときに、爪を振り抜いた場合だけ発動することがあるようだった。左右どちらで振っても、あるいは両方合わせても発動は十回に一回程度だ。


(つまり、弱い敵が沢山出てくるところでは非常に強力な武器だ。距離を取って何度も振り抜けば〈海鳴〉が発動するかもしれんが、魔獣はどいつも近づいてくるから、使う機会は少ないだろうな。

 〈海鳴りの爪〉にはこの迷宮品の細かい傷や切れ味といった消耗度合を防ぐような効果はないから、〈夜叉の太刀〉と同じ様には使えない。気を付けないと。)


 〈隠匿の耳飾り〉はヴィネ迷宮ではあまり有効ではなく、小平蛇プレータサーペントはクロムを認識しているように襲ってきた。だがどこかには小平蛇がいるとわかっているから、闇雲に振り回しても魔獣を倒せたし、魔獣がそこら中にいるからか〈海鳴〉もよく発動した。

 結局七層で探索を打ち切り、咬まれた痕が無いか体中を確かめてから迷宮を後にした。

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