81.
地上へと戻り飯屋を探していると、忙しない様子のヘルリックと会った。クロムを見るなり目を丸くして、こっちにこいと腕を引かれた。
「な、なんだヘルリック。何かあったのか?」
「ブラインがしょっ引かれた。」
「誰に?」
「どこかの貴族様の兵だ。」
「何かしたのか?」
「わからん、だが今朝俺が道具店に行ったら、書置きがあった。これだ。」
ヘルリックから渡された紙には取り調べを受けてくると書かれていた。読めない字もあることから慌てて走り書きしたようだった。これが今日の朝に書かれたなら、クロムが迷宮に潜った後の出来事だ。
「…わからんが、本当にあいつらがやったのか?」
「何をしたのかも、何があったのかもわからん。
それに、少なくとも俺が来てからは変な依頼は受けていないはずだ。あいつが引き継いでからの帳簿も見たが、特別おかしなものはなかった。」
「…それは変だな。ドレークたちもむやみにそんなことをする連中じゃない。俺から聞いてみるよ。」
「あ、ああ。そういえば、お前は領主様のところで働いてるんだったか?出世したな。」
「ただの護衛依頼だ。部下になったわけじゃない」
ヘルリックと一旦別れ、クロムは途中で焼魚を買いながら、領主館に向かった。領主館へ着くなり、ドレークとザンジバルを探した。ドレークはどこかへ行っているようだったが、ザンジバルは見つかった。
早速ザンジバルに事の次第を話したところ、ザンジバルは怪訝な顔をした。その様はまるで今初めて知った、という顔だった。
「待て、待て、待ってくれ。何の話だ?」
「だから、俺の知り合いの商人がどこぞの貴族の兵に連れていかれたらしいんだ。
そいつと会いたいから、取り次いでもらえないか。」
「だからな、それが解らないんだ。どこからも、今日そのブラインとかいう商人を検挙するとかいう話は聞いていない。」
「なに?」
ザンジバルは少し考えていたが、ボスポラスを呼び出して同じことを聞いた。ボスポラスも知らない様子で、ドレークに確認を取ると言い探しに消えた。ドレークはバティンポリスの有力者の一人の商人のもとに発注に行っていたらしく、館内にいないと執事から聞いた。
「親父が商人のところに行っているなら、ちょっと行ってみるか。相手方には悪いが急ぎだからな。」
「わかった。案内してくれ。」
すぐに商人の下へ訪れたのだが、ドレークは既に面会を済ませた後だった。商人はずっと都市の修復についてドレークと話していたらしく、それが終わったらすぐに出ていったところだという。どこへ向かったか聞いたが、次は何処に行くとは言わずに農業区のほうに去ったようだった。
ドレークを更に追ってみたのだが、結局見つけることはできなかった。
「すまない、クロム。予定の上では夜は予定が無いから、領主館には戻るはずだ。」
「わかった、そこで聞いてみる。俺は一度、ヘルリックに現状を伝えておく。」
「そうしてくれ。
だが、予定を聞いたときにそのブラインという商人のところに行くとか、捕り物があるとか、親父は何も言っていなかった。領主の名前を名乗るなら、親父がやっていそうなもんだが、こうも捕まらないと、なあ。」
「誰かが騙ったなんてことはあるか?」
「ウーン、無くはない。だが、貴族家の名前を勝手に騙るのは誰であっても犯罪だからな。それはある程度わきまえている人間なら法の文言として知っているし、大抵の農村なんかでもしつけられているはずだ。まずないだろう。」
「なら、そうか。ヘルリックにも伝えないと。」
「俺から遣いを出すか?お前を調べたとき、ついでに商人ヘルリックも調べてあるからな。」
「そうだったのか。なら頼んでいいか?」
「勿論だ。クロムは戻って少し休むといい。俺も部下に聞いてみよう。」
領主館へ戻ってすぐに、ヘルリックに向けてドレークに取次ぎ中だと伝えるべく遣いを出した。部屋に戻ってみると、丁度ランカが来ていた。ランカは魔術の練習中だったようで、動く的に魔術を当てる練習を従っていた。素早く動くクロムは丁度いいと思ったらしい。
いざ庭で相手をすれば、クロムは当然のように躱し、あるいは剣で切り払った。結局クロムに直撃させることができなかったランカは不服そうにしていたが、クロムも簡単に当たるほどお人よしではなかった。
日が沈んでも、夕餉の時間になっても、そして就寝の時間になるまで結局ドレークは帰ってくることはなかった。翌朝もドレークが帰ってくることはなく、陵主館にはひっそりと動揺が広がっていた。
「領主様が戻られない。何かあったに違いない。」
「いや、領主様が朝になっても戻られないことはこれまで幾度もあった。それじゃないのか?」
「昨日は夕刻には戻ると言っていただろう。それが遣いもなく戻ってこないのはおかしい。
これまでもそういうことはあったが…やはり心配だ。」
「だが、これまでと違って変な連中もいるようですから。」
「今、若い衆に探しに行かせました。どこかで酔いつぶれているだけならいいですが。」
「〈盤割の鎚〉だったか?そいつらに捕まっていなければいいが。」
「そいつらは町中にはいないという話でしたでしょう。」
朝餉までにそのような話し合いを数度聞いた。ランカもドレークが戻ってきていないことに気付いていたが、たまにあることだと言って再び部屋へ戻って行った。とにかく多く寝て、少しでも多くの未来を見ているようだ。
朝餉の後にザンジバル、ボスポラスと顔を合わせ、そこでブラインのことについて聞いてみたものの、領主館内でそのような動きをしたものはいなかったようだった。
「ボスポラス、親父は何処に行ったか見当がつくか?」
「いえ。今回、近衛と秘書、荷物持ちと四人であちこちに向かっていましたが、先に父上以外の三名は帰ってきました。彼等の誰も行先に心当たりが無いようです。」
「なに?家令はどうだ?」
「いえ…父と同じように動くと事前に報告があったようです。つまり、何もわからない。」
「困ったな。」
「ええ、本当に。まだ不安定な時期にいなくなることは随分と困りますね。」
ボスポラスに言われてクロムも気が付いた。今のバティンポリスは、新年から不穏な空気が漂っている。
海神祭では海神の使徒が襲撃され、神殿長は失踪し、貴族らは連携を取ったものの兵や探索者が街往く者たちを睨む。熊が出るせいで薪は徐々に不足し、海はよく荒れるために保存された食料も大分減った。冬は何とか乗り切れるだろうが、それはこれ以上何かが起きなければの話だ。そんな状況は、端から見れば異常なのだ。
そこに領主が戻らないのは、知った者に動揺を広めるだけだ。あちこちに不和や疑心が生まれる理由が溜まっている今なら、領主という枷が無くなるだけで暴発するかもしれない。
クロムの思案が伝わったのか、ボスポラスは思い出したように告いだ。
「そういえば。クロムさん、近頃出ていた熊ですが、今朝討伐の連絡が来ましたよ。」
「おお、〈蒼天の翡翠〉か?」
「ええ。今朝早くに遭遇して、無事倒せたようです。大きな被害が無くて済んだことは僥倖でした。
到着次第、解剖してみる予定です。私はそちらに立ち会わなければなりませんので…。」
「クロムのほうは俺が行くよ。ボスポラスはそっちに行ってくれ。」
「はい。」
ボスポラスはすぐに部屋を出ていき、クロムもザンジバルに連れられてドレークの足取りを追った。しかし結局、その日も見つけることはできなかった。
ブラインについては貴族家に聞きまわったところ、レニア男爵家からブラインを取り調べをしているとの返事があった。
「見つかったぞ、クロム。」
「よかった。無事なんだな?」
「ああ。レニア…マーレイアの分家に捕まったらしい。分家らしくマーレイアに追従しているはずだから、〈鎚〉関連だな。
だがあのバアさんがこんな急いたことするかね?」
「ザンジバル様。レニア家は一年前にドゥニカーナ様から孫のバック様へ家を継がせ、隠居なされています。
バック様はまだ若く、少々功を焦っているような節がございます。」
執事の言葉にザンジバルは手で顔を覆ってそういえばと漏らし、舌打ちした。心当たりがあるようで、すぐに近衛を呼ぶように告げた。
「今回の騒動、マーレイアが血眼でやっているからな、そのブラインという商人がレニア家に捕まっているのも、確かな証拠があっての事だろう。とはいえ治安維持の点から報告を上げなかったことをせっつけば、事情くらいは漏らすはずだ。
すぐにあちらに報せを出す。」
「ああ、頼む。」
すぐにやってきた者たちにザンジバルは指示を出していく。淀みなく出される指示に、これまた淀みなく応えて場を後にする近衛やラキオ、その部下たちを見て感心していた。
「明日にレニア家に行くが、俺はその商人の顔がわからない。一緒に来てくれ。」
「ああ。だが、すぐに動かないのか。」
「不服そうだな。だが、何でもすぐに速さと力で解決、というのは難しいんだ。特に貴族が絡むことはな。」
結局話が進展したのは翌日だった。こちらから出向く前に、レニア家の現当主であるバック・レニアが蒼い顔をして領主館へと駆けこんできた。その後ろにはシュフラットも少し怒りを含ませた表情で立っていた。




