79.
翌日からクロムはバティン迷宮に挑んだ。
装備を整えると早速十三層へと移動して、水中を泳いだ。水中の階層は装備のおかげで地上よりも自由に動けるが、同時に魔獣もどこから攻めてくるかわからない。遠くからクロムたちを見つければ、一目散に寄ってくる魔獣も多いから、神経を使っていた。
しかしどうだろうか、〈隠匿の耳飾り〉を使えば遠くの魔獣はクロムに気付くことはない。周辺の魔獣も、近付きすぎなければ戦い自体を回避できる。
試しに頭に薄ら光る球を付けた魚型の魔獣の背後に回り込み、数打ちの剣を取り出す。魔獣へと加速しながら迫り、剣を突き立ててその場を離れた。すると魔獣は攻撃されたことに怒ったのか周囲を旋回したが、既に場を離れたクロムを見つけることは出来ないまま他の魔獣に食われていた。
(血に寄ってきたか。もう少し離れよう。)
クロムが十分離れた頃には傷つけた魔獣は他の魔獣に食われてしまい、血の淀みから一匹、また一匹と離れていく姿を見た。魔獣同士でも殺し合うのかと、ぼんやりと思った。
体感ではあるが、以前〈蒼天の翡翠〉と来た時よりも魔獣の数が減っているように見えた。
(そんなことよりも、今の戦い方で相当探索が楽になるな。利用しない手はない。
実は、大人数での探索は向いていない迷宮なのか。)
そう考えると、本当にバティン迷宮は一人か、二人で潜るのがいい迷宮に思えてきた。
十四層、十五層と同じ要領で、動きの速くない魔獣を傷つけ、血を撒くことで他の魔獣に倒してもらうやり方はよく通用した。素材を手に入れることもできないし、書き変りも起きないがこれが一番安全に進むことができ、十八層へと到達した。しかし魔獣の甲殻や鱗はより硬くなり、粗雑な剣では最早まともに貫けなくなった。
(このやり方じゃ、良い剣がいくらあっても足りない。魔獣も強く、鱗も硬くなっているから、そろそろしっかりした剣じゃないと傷をつけられなくなってきた。ここからはまともに戦わないといけないな。)
〈夜叉の太刀〉を振り回しても良いのだが、この剣を捨てるわけにはいかない。悩んだところで何か案が出るわけもなく、十八層を攻略した後に十一層へと戻って戦い方の工夫をすることにした。
(魔獣たちの硬い鱗は、この剣じゃないと断てない。)
(これまで通りのやり方でこの剣を使えば魔獣を簡単に倒せるだろうが、それでうっかり深く刺して引き抜けなくなってしまったら困る。うっかり落として沈んでしまっても、それは困る。)
倒せる魔獣で一通りの技を試してみたが、ほとんどの攻撃の技は腕だけで放つことはない。〈落雷〉をはじめ攻撃の技を放つ動作として踏み込みがいるのだが、水中では足元を強く踏み込んでも足場が無いから空を蹴るだけだ。
ただし一つだけ、水中で威力を発揮した技があった。身体を大きく捻って有らぬ方向から攻撃する〈巻雲〉だ。地上にいるときは踏み込み足が支えになっているせいで中途半端に跳ね上げるような攻撃になっていたが、こと水中では勢いを付けて放てば軸足など気にせず、斬った魔獣の横を抜けて次の攻撃につなげられた。〈鰭の足環〉が水中での動きを補助するから、加速や水の抵抗はあまり考えず放つことができた。
(この技、元々は水中や空中で振るう技だったのかもしれないな。)
そう思うほど〈巻雲〉はバティン迷宮の攻略に役立った。〈鰭の足環〉で加速し、〈隠匿の耳飾り〉で魔獣に気付かれぬまま忍び寄り、魔獣特効の効果を持った〈夜叉の太刀〉で〈巻雲〉を放つ。一撃を加えて血が撒かれれば、周囲の魔獣が一斉に襲い掛かる。これだけで再び十八層へと降り立った。この頃には随分と手慣れたのだが、大きく体を捻り、回転しながら魔獣を切り裂くのだから何度も使えば目が回った。
更に二日かけて二十一層に到達した。これまでは手数の多い魔獣や群れになってる魔獣とクロムは相性が悪いと感じていたから、二十一層に降りるまではそういった魔獣からは距離を取って戦うことを避けた。しかし二十二層に踏み入ったとき、クロムの三倍は巨大な烏賊型の魔獣を見た。
悠々と泳ぎながら長く太い触手を素早く操り、魔獣をあっという間に絡め捕って捕食する姿を見たとき、あれを倒さなければこの先必ず苦戦すると直感した。
二十二層は烏賊型の魔獣と戦わずして突破できたものの、どう戦えばいいかわからずにいた。誰かに相談してみるつもりで探索者協会に行ってみれば、目当ての者たちはすぐに見つかった。
挨拶代わりに〈蒼天の翡翠〉が今受けている樵の護衛や熊探しのことを聞いてみたが、どちらも進捗は悪い様子だった。樵たちも腕利きの探索者が護衛するとはいえ何度も行きたいと思わないようだし、何より一度で護衛できる樵の数に限りがあるため、薪の量はほぼ横這いになっているものの回復はしていないのだそうだ。
「こんなに長引くとは思ってなかったが、まあ仕方ねえ。
だが、この間は真新しい糞を見つけたんだ。ヤツは近い気がするぜ。」
「そうか。気を付けてくれよ。」
「勿論さ。それで、どうしたんだ今日は?」
「バティン迷宮に潜っているんだが、烏賊や蛸なんかの手数が多い魔獣の対処を知らないか?」
「烏賊に蛸…多腕の魔獣ねー。厄介だよなあ。」
「うーん、足を全部切り落としちゃうとか?」
「はは、そりゃ頭悪ウェッ」
「誰が馬鹿だ!」
ピリアをからかったヴェイロンの脇腹に一撃を加えたピリアが、更に追撃を加えた。他の者たちはまたかというように呆れながら二人を無視した。皆そのやり取りには慣れた様子だった。
「うちの人たちがごめんなさい。」
「いや、ポーラが謝ることじゃないよ。クロムも騒がしくしてすまないな。」
「いや、いい。お前たちなら何か良いやり方を知っているんじゃないかと思っているんだ。」
「俺ならあんまり戦いたい相手じゃないかな。みんな、どうだ?」
「普通の蛸なら真水に弱いというが、魔獣ともなるとわからない。」
「俺も解らない。とりあえずちまちま攻めるか、遠くから魔術で飽和攻撃を試すかな。」
「私もそういうのとほとんど戦ったこともないから、オームと同じ意見。
ところで十五層あたりとかでもそんな魔獣はほとんど見なかったけど、どこと潜ったの?」
「一人だ。」
その言葉に全員が一様に驚いた顔を向けた。ヴェイロンとピリアも喧嘩の手を止め、クロムのほうを向いていた。幾人かは良くわからない物を見たときの様な形容しがたい表情をしていた。
「うわ…。」
「やば…。」
「水中で動きづらいじゃないか?そんな状況で一人でか?」
「ああ、だが仲間がいるときよりも動きが制限されなくて戦いやすくてな。」
「どういう事?」
「血を撒くと、弱った魔獣を他の魔獣を襲うことに気付いたんだ。一人で潜ると心なしか魔獣の数が減ったような気がする。それに大人数でいると、その分他の魔獣から見つかりやすいから、少人数で挑むほうがいいかもしれないと思ったんだ。」
〈隠匿の耳飾り〉のことも少し話したが、彼らが今からそれをそろえるのは無理だと諦めていた。
彼らと一緒に探索したときの経験からすれば、魔獣から見つかりにくいのは確かだ。ヴェイロンたちは心当たりがあったのか、その情報に確かにと頷いた。
「…だが、俺たちが戦ったときは傷付いても魔獣は寄ってこなかった気がするが。」
「その理由はわからん。だが、実際にそうだったんだ。」
「…弱った魔獣は餌だが、敵が近くにいると寄ってこないとかかもな?」
「ああ。もしかしたらそうかも。いざという時の回避策として覚えておきましょう。」
「俺達もやってみようか。」
「おいおい、やるのは熊狩ったらなー。」
「現実が厳しい。」
「クロム、一人で潜って自由に動けるならいいんだが、無理はするなよ。」
「わかっているさ。」




