74.
クロムが目覚めてから四日が経った。ドレークの部下たちの献身もあって、猿型の魔獣との戦いで負った怪我や疲労はすっかり良くなった。そんな折にドレークの言伝で領主が仕事を行うための書斎来るように呼ばれた。
書斎ではドレークとザンジバル、ボスポラスの三人が仕事をしながら待っていた。ランカからはドレークとザンジバルもその戦いで怪我をしたようなことを聞いていたが、彼らは元気そうにしていた。
「あんたたちも怪我をしたと聞いていたが、大丈夫そうだな。」
「ああ、来たか。全くの無事ってわけではないが、領主だからな、多少体に鞭打ってやらざるを得ん。事後処理の山をなぁ…。」
「親父、いくらクロムが信用できるといえ、あんまり弱音を言うんじゃねえ。」
「クロムが外に漏らさなきゃあいいんだよ。」
「安心しろ、そんなもの興味が無い。」
クロムの一言に全員が笑った。一頻り笑ったところで、ボスポラスが立ち上がり、それに続いてドレークたちも立ち上がった。
「まずはお礼を。ありがとうございました。」
「本当に助かった。あの時は本当にどうしようかと。」
そう言った三人に頭を下げられた。座りが悪いクロムは顔を上げるように言って、勧められた席に座った。
「改めてになりますが、貴方がいてくれて本当によかった。ランカの暗殺未遂に突然強力な魔獣が現れたこと。どちらかが変な方向に転べばバティンポリス未曽有の危機とも言えましたから、本当に我々一同感謝しています。」
「ああ。だが、なんで町中に突然魔獣が現れたんだ?」
普通は街中に突如魔獣が現れることはない。バティンポリスがいくら迷宮の上にある街だからと言って、その迷宮にいない魔獣が現れるのもまたおかしい。クロムは自分が頭を下げられた状況を忘れるべく話を振ったが、若い二人は口を噤んでしまった。
「言っていい。この後クロムを含め、この都市の探索者たちにも協力を取り付けるんだからな。」
ドレークが書類仕事を進めながら、先ほどの気楽な様子とは違って真面目な調子になり命じた。ボスポラスは少し迷った様子だったが、話し始めた。
「わかりました。
突如現れた黄金色の猿型の魔獣は…〈盤割の鎚〉という神殿との敵対勢力が、〈召喚〉という魔術を使って召喚した魔獣だったようです。」
「なんだそれは。」
「供物を糧にして、相当するものを召喚する…儀式を伴う魔術のため、広くは知られていない魔術の一つです。
実際に供物がなんだったかはわかりませんが…過去の記録からは、あれほどの魔獣を呼ぶのであれば複数の人間の命が使われたと考えられます。」
「命、か。」
「…はい。未だに行方不明の人々…アゼル神殿長、神殿騎士レインも、儀式に使われたかもしれません。」
「そうか。だが、そのなんとかいう勢力に神殿騎士や兵が負けたのか?」
「はい。兵士を何人か保護しましたが、皆未だに心神喪失といった状態で殆ど話を聞き出せていませんから、実際に起こったことは不明です。
またアゼル神殿長が未だ見つからないことにマーレイア家も怒りを見せていて、独自に捜索しているようです。」
「シュフラットが?」
「おや、ご存じでしたか。」
シュフラット・マーレイアとは神殿でランカの襲撃があった際に会い、ランカとは小難しい話をしていたのを覚えていた。堅苦しい見た目と言いランカを海賊の娘と呼んでいたことと言い、性格に棘のある人物なのだろうと思っていた。それだけに、アゼルが死んだことに怒りを見せるというのは意外だった。
「それなら話がはやい。三つ依頼をしてもよろしいですか?」
「依頼自体は構わない。受けるかも内容を聞いてから…ああいや、海神祭中のランカの護衛の報酬を受け取ったらだな。」
「勿論です。それとは別に受けていただきたい。」
「なら、内容次第だ。」
「一つ目。引き続きランカの護衛をしていただきたい。本格的な冬の時期なのであまり外を出歩かないでしょうが、外に出るときに警護してください。」
「期限は?」
「春節まで…大体三ヶ月くらいだな。」
「長いな。」
「お前、外の雪を見てないのか。」
クロムはずっと屋内にいたからわからなかったことだが、これから復興に向けて動き始めるときだというのに大雪が降ってしまった。昨日だけで二節半も積もってしまい、家が壊れた者たちの仮の宿を手配して回ったのだという。魔術で雪を解かせないのかと思ったが、溶かした水が凍れば滑ってまともに歩けなくなり危険だというので、少しずつ除雪するほかない。
この都市の経験上、一度に多く雪が積もってしまう。そして降り始めるとしばらく雪が降り続ける。そのためバティンポリスから別の都市まで向かうことは困難になるという。
「そういうことなら、いいだろう。だが神殿にはあまり寄りたくない。」
「海神祭が終わったから、ランカが神殿に行く用事も多くはない。クロムが駄目というなら、その時くらいは誰かと交代にしよう。」
「わかった。それは受けよう。」
その返答でドレークたちの空気が少し緩んだ。彼等は今護衛にできるような探索者が居ないと言っていたから、クロムを手放しづらかったのだろうことが窺えた。
「二つ目は、〈盤割の鎚〉という連中の痕跡をこの都市から完全に掃討します。その手伝いをお願いしたい。」
「ああ、そうだ。そいつらは結局どうなったんだ?」
「街中捜索していますが、どうやら例の魔獣を囮に逃げ、こちらも追いかけてはいましたが…逃がしてしまいました。」
「市民を守るために諦めたんだとよ。普通は任務の放棄は厳罰だが、今回は事が事だけに仕方がない。どうするか難しいんだ。だが、丁度良く雪が降ってくれた。」
ザンジバルが書類から顔を上げて、クロムに簡易的な地図を示した。バティンポリスから周辺の村や地形が書き込まれていた。一番近い村まではそう遠くないようだが、一番近い都市までは馬で三日程かかるようだった。下に小さく、冬を除くと書いてあった。
「雪が降ると、急に人の移動が困難になる。余所から来れば目立ちやすく、内からは他所に出辛い。つまり鼠を捕まえるなら今ってことさ。」
「わからん、わかるように言ってくれ。」
「〈盤割の鎚〉がバティンポリスにいるなら、今が捕まえる絶好の機会なんだ。
今ならランカとの関係やボスポラスの根回しもあって神殿とも連携が取りやすいはずだ。何より今、奴らは神殿長の仇をどうこうと言って盛り上がってるのが一部にいるからな。協力を取りやすい。」
「神殿のことは良くわからんが、その連中は逃げたってさっき言っていただろう。もう外に出ているんじゃないのか?」
「ああ、正直外で野垂れ死んでくれりゃ一番だ。
だが俺達のやらにゃならんことは奴らの残した魔道具を回収して回ることだ。そうすれば今後の奴らの活動による被害は減るはずだ。お前にはそのときの魔道具の捜索と回収を手伝ってほしい。」
「俺には不向きだ。それは受けられない。」
「そこを何とか頼む。人手が欲しいんだ」
「できないことをできるとは言えない。だが、もし連中を倒しに行くと言うなら呼んでくれ。戦いなら手伝えるからな。」
「成程。では最後ですが。」
「あ、待った。前にお前たちが手を回した、〈遠洋の灯〉って探索者パーティがあっただろう。」
「ええ。彼らが何か?」
「あいつらなら、その魔道具を見分けられるかもしれない。そういうのが得意な奴がいる。四人組だし、人手としても使えるはずだ。」
「わかりました。彼らに声をかけてみましょう。
では、三つ目の依頼…というよりお願いに近いのですが、とある迷宮品を探して欲しいのです。」
「詳しく聞こう。」
「こっちは食いつきが良いな。」
「茶々入れないでください、父上。
探してほしいのは〈サーラの護符〉という護符型の迷宮品です。」
「サーラ…海神の?」
「はい。この迷宮品は対象者を災難から守る〈標〉という能力を持つと言われています。
ただし、バティン迷宮開闢以来、一度しか出現していません。」
「そんなものを探せというのか。いや、どの階層から出たとかはわからないのか?」
ザンジバルはわからないと言って首を横に振った。
力押しで進めるサレオス迷宮や手数さえ何とかなれば攻略できそうなヴィネ迷宮とは違って、途中から水中に変わるバティン迷宮は水中の戦いが不慣れなクロムからすれば突破が困難だ。そしてバティン迷宮深くに潜るには三つの迷宮を万遍なく攻略しなければならないようだった。すべて探索するのは不可能に等しい。だからあくまでもお願い、ということなのだろう。
「かつてそれを手に入れた探索者は何処で手に入れたかも言わないまま、旅に戻ってしまったんですよ。今は何処にあるかもわかりません。
もし探索している中で、万が一手に入れたときには是非パキラ家に売ってほしいのです。」
「なんであんたたちはそれを知っていんだ?」
「過去に鑑定したことがあるため、結果が残っているのです。」
「そうか。なら、それは覚えておく。」
「こちらはあくまで可能だったらの話ですからね。成功するかどうかは問いません。
では、内容をまとめておきますね。」
「ああ。ボスポラスがまとめている間に前の依頼の報酬を支払おう。何か欲しいものはあるか?」
クロムは少し考えたが、最も欲しいと思った〈隠匿の耳飾り〉、〈空魚の首飾り〉はどちらも既に手に入れている。〈鰭の足環〉は用途が限定的だが強力だ。バティン迷宮の攻略に役立つ。しかし彼らから借りることができるため、その後に使う機会は多くないだろうと思えば、他に欲しいものは思いつかなかった。一旦他の武器等を見せてもらい、その中から選ぶことにした。
そのほかに丈夫そうな黒い革張の外套を一着渡された。これはクロムが今身に着けているものが擦れていたため、報酬の一部として渡すことにしたのだという。脛まで覆う長さだったため、少し動きづらそうにしていると、ドレークは侍女を呼んで外套を直すように指示した。
ドレークに武器庫へと案内された。古い閂を外すと、わずかなカビの匂いが漏れた。
武器庫には様々な武器があった。クロムの身の丈より巨大な刀身の剣や盾。柄だけで四歩ほどもある槍。クロムがかつてオセ迷宮で手に入れた〈瓦解のショテル〉もあったし、クロムがシャデアで作った剣に近い大きさの剣もあった。試しに振ってみると存外扱いやすかったのが、クロムの戦い方ではすぐに傷んでしまうだろうと思い保留にした。他にも見て回ったが、特にめぼしいものはない、そう思っていたが、一つ奇妙なものを見つけた。
(…これはなんだ?)
それはクロムの持つ〈武器庫〉と同じくらいの大きさの白い匣だった。それだけなら気にも留めなかっただろうが、その側面の彫刻がクロムの目に留まった。円に一本線を入れた印―――地下神殿で見た、ラピア神の像に刻まれていた印だ。
手に取ってみると思いのほか重く、相当丈夫なものだとわかる。
「お?何かあったか?」
「ドレーク、これは何かわかるか?」
「それは〈鑑定〉も〈解析〉も通らない奇妙な品だよ。何年か前に漁師が海の底から引き揚げたものだ。あまりに奇妙だからうちに回ってきた。
色々調べても見たが、結局わからなかったな。」
「そうか。これ、貰ってもいいか?」
「何かわかるのか?」
「いや、まったく。だが、凄く気になっている。」
この匣の他に剣とハルバードを一本ずつ、盾を一つ貰うことにした。剣はこれまで使っていたものと違って、手元に重心のある剣だった。振り回してみればより速く攻撃を繰り出せたが、反面威力が十分乗らないように思えた。壊れず強力な〈夜叉の太刀〉を手放すことはないのだが、扱いの容易な武器も持っておきたいと思っていた。
「変なものを欲しがるんだな、それでいいなら別にいいが…他に欲しいものはないのか?
正直、もっといろいろなものを要求されるものかと思っていた。」
「知らんものよりも、今はこの匣が気になるんだ。」
「そうかい。じゃあ、それも持っていくといい。」
ドレークは興味なさそうにクロムの手元にある匣を見つめていた。こうして武器庫の中に無造作に入れているのだから、実際興味が無いのだろう。
(何かはわからないが、まさかラピアの手がかりかもしれないものが手に入るなんて思わなかったな。)




