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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
76/166

71.

 少し待つと扉が開いて、ランカが出てきた。ランカは入った時とあまり変わらない様子だった。ラッツが跪き、クロムもそれに合わせた。


「ランカ様。我等二名が今回の付き人となります。宜しくお願い致します。」

「え?…ええ、よろしくお願いするわ。では、神殿長のもとに…」


 その声で顔を隠した神官の正体がラッツであることにすぐに気付いたのか驚き、傍にいるもう一人がクロムであることにも気付いたのか、表情を和らげた。


「神殿長はこれより反神殿勢力の対処に動いておりまして、今回はカーン助祭に式の進行を頼むよう仰せでした。」


 カーンはすぐに見つかったが、既にレインから通達されたように出航と儀式の準備に追われており話をすることができなかった。しかし準備は順調に進んでいるらしく、予定通り正午になると港で式が始まった。カーンが祝詞を上げた後、ランカが小舟に乗り込み、クロムたちも合わせて乗り込んだ。控えていた神官たちが盆と共に数本の酒瓶と何かの肉を持ってきた。透き通るような桃色の肉はクロムも見覚えがある。遊空鮫の肉だ。酒をラッツが受け取り、クロムが肉の包みを受け取る。

 神官たちが船を繋いでいた縄を外すと、参加者たちの声援を受けながら小舟は緩やかに進み始めた。波の力ではなく、足の裏から感じる小さな振動で進んでいるようだった。

 時折ラッツが片手で櫂を漕いで向きを調製した。器用なものだと思いながら見ていた。


(漕いでいないのに進むのか。面白いな。)


 海上ではランカは一心に祈りを奉げていたし、クロムは喋らないよう言われていたから話をする気もなかった。盆をひっくり返さぬよう注意していれば、沈黙は苦ではなかった。何より海上では警戒するような相手はいない。

 やがて小舟は二面隔の島の浜に乗り上げて止まった。ここから先は徒歩だ。

 この島は小高い丘になっている。この丘を歩いて登るよりも外周をぐるりと回り込む方が早いのだが、儀式に必要な場所があるから登らなくてはいけないという。

 クロムとしては警護が面倒になるから登ってほしくなかったが、しかしランカは何も気にしていないかのように丘へと向かっていき、ラッツも黙って続いた。

 クロムは力任せに小舟を陸へと引き上げてから、ランカ達を追った。

 一か所目は登りの山の中腹である。小さな祠がいくつも並んでおり、海の神、嵐の神に所縁のある神が祀られている。ここにラッツの持っていた酒を一本、クロムの持っていた肉を二切れ備えた。

 ここから先は斜面が急になっていて、供物の盆を持ったまま登るのには苦労した。

 二か所目は丘の上だった。ここには二大神と創造神が祀られていた。その周囲に二つ壊れた祠があった。ここで酒を三本、肉を三切れ備えた。残りの酒は二本、肉も二切れである。

 この島は獣がいないのか、あるいは単に気付かないだけなのかはわからないが獣の一匹も見かけなかった。

 三か所目は登りよりも急になった坂を下った先、浜を横切った先にある洞である。

 洞を入ってすぐの壁に、地下神殿にもあった灯を灯す魔道具があった。ランカがこれに手を当てて魔力を注ぐと、同じように洞窟内に置かれた魔道具に伝播していった。

 洞と言うにはやや広く、背の高いクロムが腰を少しもかがめる必要のないくらいに天井が高かった。緩やかな傾斜と水滴の付いた地面は気を抜いたら滑りそうだったが、ランカたちは当然のように洞の中を下っていく。

 更にしばらく進めば、漸く開けた空間に着いた。天井に煌々と輝く魔道具があり、空間を照らしていた。奥には祭壇があり、男女の像が祀られていた。最奥ということと、ランカが像の前で跪いたためサーラとキシニーの像だとわかった。

 クロムが呆けている間にラッツが前に出て、酒をそれぞれの像の前に置いた。像の前で少し祈ってから戻ってきた。そこでようやくクロムも現実に戻って、残りの肉を酒の隣に置いて同じように祈った。


(そういえば祈りって何を祈ればいいんだ?)


 特に何も出てこず、こんなものだろうと思って元の場所に戻った。

 ランカが数歩前に出て再び祈りを奉げてから、懐から短剣を取り出した。何をするのかと思って思わず身構えたが、ランカはその場で舞い始めた。これも儀式の一つのようだった。

 クロムは舞を見ても表現も良し悪しもわからないが、理解することが任務ではないからじっと見守った。時折背後の様子を探ってみたが、何かが居る気配はない。盗み見ても同様だった。

 天上の灯も弱まってきた頃に舞が終わり、ランカが短剣を奉げるように持ってから鞘へと仕舞った。


「お疲れさまでした。無事儀式は終わりました。巫女様―――いえ、使徒様、バティンポリスへ戻りましょう。」

「…ええ。疲れてしまったから…少し休ませてほしいのだけど。」

「ここではなりません。地上へと戻りましたら休みましょう。使徒様の速さで歩いてください。」

「そうするわ。ありがとう。」


 ゆっくりとした足取りで洞を進んだ。往路に比べて灯が弱くなり、足元が見えない。途中で明りが完全に消えてしまったが、壁に手を置いて前に進んだ。クロムもラッツも、自分たち以外の気配が無いことに少し気を緩めていた。

 行きの倍ほどの時間がかかり、ようやく薄い光が差し込んでいる場所へ戻ってきた。


(光があるというのは、こうも安心することか。)


 一歩進むごとに光は強くなっており、安心こそすれども前はよく見えない。それはランカも同じで足を止めて目を鳴らした。クロムもそれに従って目を慣らしながら進んだ。

 洞を出て、日の下に出た。日は少し傾いたくらいで、ここで少し休んでも夕暮れにはバティンポリスに戻れると思うと少し気が抜けたが、二度深く呼吸して再び神経を尖らせた。クロムは乗ってきた舟にたどり着くまで警戒を続けたが、結局この島での襲撃は無かった。

 肩の荷が下りたのか、疲れはあっても表情が柔らかくなったランカが揶揄うように窘めた。


「クロム、さすがに海の上で敵は来ないでしょう?」

「そのようだな。」

「今日の夜はお祭りの最後だから、都市中で篝火を焚いて夜を明かすのよ。」

「そうなのか?」

「ええ、私たちが都市に帰ることで、神様たちも一緒に来てくれるから、盛大に迎え入るんだって。海神祭で一番騒がしくて楽しい時間だわ。」


 夕暮れ時になって、ようやくバティンポリスが見えてきた。夕暮れの中の都市は赤と黒に染まっていた。

 異常に気付いたのはラッツだった。次にクロムが気付いた。最初、夕焼けと篝火のせいで都市が燃えているように錯覚したのだと思った。しかしそれはどこか一か所の篝火が燃え移ったという小さなものなどではなく、都市のあちこちで炎が上がっていたのだ。


「失火…いや…まさか、襲撃か!?」

「襲撃?誰に?」

「〈盤割の鎚〉が…や、奴らはアゼル神殿長が対処したはず。まさか…失敗した?」

「なんなのそいつらは?」

「神殿を疎んじる愚か者どもですよ。我々がいるのは、貴方を奴らから守るためでした…まさかこんな裏目が出るとは。」


 歯噛みしながらラッツが拳を握る。今にも飛び出したいのに、舟はゆっくりとしか進まない。


「クソ、海を渡れる道具があれば。」

「ある。」


 クロムは〈鰭の足環〉、〈空魚の首飾り〉、〈調温の指輪〉を取り出した。


「これは速く泳ぐ効果があって、こっちの首飾りは水中で息が続く。こっちは…」

「なんと。済まないが拝借する!」


 ラッツはクロムの返事を待たず、〈鰭の足環〉だけを掴んで海へと飛び込んだ。飛沫が飛び散り、小舟は大きく揺れた。揺れが少し静まったころには、ラッツは都市目掛けて凄まじい勢いで泳いでいた。


「足環は陸に着いたら外して走れ!」


 クロムの叫びは届いたかもわからない。しかし、陸に上がれば走りにくいことにはすぐに気付くだろうから、すぐに外すと考えなおした。

 ラッツの姿が遠くに見えなくなると、ランカは街を見て憂いた。


「あれがただの小火で、みんな無事だといいけれど。」

「…何かあっても神殿は兵士が詰めているだろうし、街には探索者だけじゃなく衛兵もいる。領主館にも兵士はいるんだし、ドレークだっている。強いんだろう、あいつは。」

「そうね。今ラッツも向かったし、すぐに収まるわよね。」


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