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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
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70.

「使徒ランカの護衛、クロムをお連れしました。」

「来たか。入れ。」

「失礼します。どうぞ。」


 部屋の中ではアゼルが書類に何かを書きつけていて、レインが書類を整理していた。

 ラッツはクロムを部屋の中に入れると、では、と言って引き下がろうとした。すかさず

レインが残るよう諫めて、しぶしぶという様子で扉を閉めてクロムの傍へと寄った。

 アゼルが手を止め、クロムを穏やかな目で見た。敵意も好奇も同情も含まない、クロムがあまり向けられなかった視線には妙な気分になった。


「探索者クロム、噂は聞いている。オセ迷宮深層で活躍し、センドラーに渡って〈霊峰山脈の悪夢〉を討伐したとか。昨日の夜に、使徒ランカの護衛をしている男がまさにそうだと聞いたときは驚いたぞ。まさかあのドレークが流れの探索者を雇うとは思わなかった。だが使徒ランカも随分信頼を置いているようだな。こちらも安心というもの。

 ああ、済まない、話したがりな性分なのだ。レイン、彼に茶を用意してやってくれ。」

「いや、気にかけなくて大丈夫だ。」

「そうか?なら、本題に入るとしよう。探索者というのは、こういった無駄話は嫌いなのだと聞くからな。

 さて、探索者クロム。今日、使徒ランカがサーラ神とキシニー神の御本尊を祀る二面隔にめんかくの島へと向かうことは知っているか?」

「どこだそれは。離れ小島に向かうとは聞いているが。」

「ああ、その小島のことだ。そこで儀式をすることも聞いているな?」

「ああ。」

「なら話が早い。

 我々神殿としても使徒という存在はいわば現人神と扱っている。失うことは許されない。しかし神殿としては成人していない者、使徒ランカに神殿騎士の護衛を付けることは古来の仕来りで許されず、神官たちは戦う力があってもそれを振うことを良しとしない。

 クロムとラッツが神官の代わりに供として二面隔の島へと向かい、警護と儀式を両立させてほしい。」

「願ってもない事だ。やらせてもらう。

 その古来の決まりとかいうのはなんだ?」


 思いがけないアゼルの提案に思わず即答した。まさに渡りに船だ。アゼルは少し驚いた様子だったが、表情を崩して笑った。


「おお、おお。快い返事はありがたい。

 古来の仕来りというのは、各地の神殿に伝わる教えの一つだ。そのうちの一つに使徒の枷となってはならぬというものがあって、解釈の一つに護衛を付けることは使徒の自由な動きを妨げる枷となると解釈される。これをうまく潜らないと、使徒には護衛さえ付けられない。これさえなければすぐに護衛を付けるんだが…。」

「まあ、よくわからんがわかった。使徒は神殿では守れないということだな。」

「残念だが、今はその通りだ。そしてもう一つ、使徒ランカはパキラ領主家の人間であるということが、余計に話を難しくした。」

「少しだけ聞いた。領主とマーレイア家は不仲だと。」


 アゼルの柔和な顔に影が差した。頭の痛い問題だというように顔を顰めて額を摩り、一つ溜息を吐くと頷いた。


「それも聞いているのか。そう、政治的に両家は仲が悪い。マーレイア子爵殿もパキラ領主殿も同じくらい口が悪い。過去の確執があれども、それはただの火種。今となっては互いの性格ゆえに反目している。子供たちどうしは不仲ではないのだ。

 勿論解釈をこじつけて、神殿長アゼルの名で神殿騎士をつけることはできないわけではない。しかし両家の今の状態で、シラー帝国となったこの土地で、神殿が政治の火種になってはならないことは理解してもらいたい。」


 そう言ってまた溜息を吐いた。レインが茶を差し出し、それを飲み干してからアゼルは難解な顔をしたクロムの気分を切り替えるように続けた。


「暗い話はここまでだ。警護の話に戻ろう。レイン。彼に合う大きさの衣服を用意しろ。」

「はい。こちらに用意しています。

 探索者クロム。一度お召の外套は脱いで、こちらを纏っていただきたい。」


 レインから渡されたものは神官が身に着けていた、白くつやのある布でできた外套の様な衣服と、白くつるりとした面だった。レインに手伝ってもらい衣類を整えたが、大きな袖は剣を振るときの邪魔になり、裾は長く随分と動きにくい。それだけでなく帯剣もできる衣装ではないから、護衛としては困る意匠だった。


「一番大きなものでしたが、多少裾が余りましたね。縫い留めましょう。

 …アゼル様、これでどうでしょう。」

「そうだな、あとは目立つ黒髪だが…どうしようもないな。粉か何か振ってごまかせ。」

「かしこまりました。」


 わずかな時間で、クロムの黒髪は紺色に染められた。水に溶ける染料だそうで、水を被らないようにと注意をされた。


「…まあ、これなら大丈夫だろう。

 ラッツ。話をしなければならないときはお前が話すのだ。クロムに口を開かせては、神官の言葉遣いなど出てこない。」


 ラッツは少し顔を顰めたが、レインが睨むと無理やり真顔になって頭を下げた。


「…かしこまりました。

 クロム、我々の役目は使徒ランカに着いて行くだけだ。儀式の最中は…いや、その服を着たら決して喋るな。」

「わかった。」

「うむ。レイン、今日行くはずだった者たちに代わりの人間が就いたことを報告してくるんだ。


 アゼルも笑顔で頷くと、レインに何かを言いつけて部屋の外へと向かわせた。レインが出ていくのを待ってからアゼルが口を開いた。


「これで貴方の懸念は一つ済んだかな?」

「ああ。正直、供の神官を気絶させて紛れ込むことも考えた。まさかそちらから言ってくれるとは思ってもなかった。」

「おお、恐ろしい。しかしそうでなくてよかった。

 実は、ボスポラス殿が来て、有益な情報と交換で昨夜頼みこまれたのだ。彼の持ってきた情報で昨日の襲撃者の身元がある程度わかったから、彼の情報は我々としても助かった。」

「へえ。」

「襲撃者は反神殿組織〈盤割りの鎚〉という奴らだ。

 最近こそこそとこの街の市井で活動していたようで、妙な魔道具を安く売っていた連中でもある。」


 その連中はクロムも覚えがあった。ヘルリックや〈遠洋の灯〉が衛兵に通報していた奴らは、確かよくわからない魔道具を許可なく売っていた。


「どういう奴らなんだ?その、薪割の斧とかいうのは。」

「〈盤割りの鎚〉だ。

 奴らのような者たちは結構昔から各地に現れるのだが、〈盤割りの鎚〉は帝都ではここ数年のうちに活動を始めたようだ。

 奴らは神々の奇跡を目の当たりにしながら、神々を畏れずに蛮行を繰り返す異端で悪辣な信仰の欠片もない輩共だ。そのような奴らが集まった組織も百年、二百年と見ていけば現れてはいるのだ。だがどれも烏合の衆で、大した勢力ではなかったようだ。

 しかし今奴らは直接的に使徒を狙い、そして大きな暴動を起こさせた。赦免神ニタスタージが許したとて、我々は許してはならん奴らだ。」

「そこまでか。」

「ああ。そして今回暴動を起こした連中の半数以上は、魔道具の装飾品を持っていた。

 魔道具には〈疑心サスペクト〉が刻まれていた。これがボスポラス殿の持ってきた情報だ。現在、神殿の兵と領主の兵で、それぞれ対策を考えている。」

「どういう魔術なんだ?」

「通常の使い方では注意力を向上させる魔術だが、強力なものになると思考を疑うように誘導する。毒が少しなら体に善く効くように、薬が多量なら体に悪く効くように、この魔術も同じようだ。仕組みは未だ魔導学院でも研究中だと聞いているが…。

 いや、話が逸れた。強力な〈疑心〉の効果を確認した。これによって目の前にいる使徒が本物か疑って暴力的な行動…これが昨日の暴動に繋がったわけだ。」


 最初の襲撃の時、クロムは襲撃者に対して強さを感じなかった。これはその魔術がきっかけで操られた市民が襲ってきたからだったのだと納得した。しかし二度目の襲撃は、少なくとも自らの意思で向かってきているように見えた。


「二回目の襲撃はどうなんだ?」

「二度目の暗殺者は〈盤割りの鎚〉の実行部隊のようだ。捕えた構成員が吐いた情報だから、信用はできる。真偽については、確かなことだけを言っておく。」

「持ってきた…じゃあ、敵の本拠地はもうわかっているのか?」

「農業区にある民家の一つがそうらしい。昼が過ぎたら取り押さえに向かう予定だ。」

「そうか。もしかしたら、あいつらも何か強力な迷宮品を持っているかもしれん。気を付けたほうが良い。」

「当たり前だな。当然気を付けるよう通達する。

 それと、君にはふたつ聞いておかねばならんことがある。」


 そう言ってアゼルはラッツに目配せすると、ラッツがクロムのすぐ後ろに立つ。クロムは居心地の悪さを感じたものの、アゼルの言葉を待つ。


「…探索者クロム。私はもうすぐ神殿長の座を追われる。この先使徒ランカを守る気は無いか?」

「海神祭の間だけのつもりだ。それに俺にはやることがある。」

「そうか。残念だ。手放しに使えて便利だと思ったんだが。」

「もう一つはなんだ?」


 ラッツの威圧を受けながらも、クロムはアゼルに続きを促した。クロムはアゼルが何を言い出すかなど予想もつかなかったのだが、アゼルは逡巡するように目を伏せて額に手を当てた。その時間もわずかな間で、すぐに何事もないかのように口を開いた。


「君は…神殿騎士グラムとは血縁だったりするか?」


 アゼルの言葉に動揺はしたものの、わからないとだけ答えた。しかしクロムは今、必死に思考を巡らせていた。しかしそんな考えを巡らせたものの、どうすればいいかはわからなかった。そのわずかな沈黙の間に、三度扉が叩かれてレインが戻ってきたことを告げた。


「…誰だ?」

「知らないか。構わん。レイン、入ってよいぞ。」


 ラッツもその言葉で威圧感を消して、二歩下がった。レインが兵たちに準備の指示を出したことと、カーン助祭に出航式の進行を任せたことを報告した。


「レイン、ご苦労。

 それから、クロムの法衣を少し動きやすいように整えてやってくれ。」

「かしこまりました。」

「クロムも、法衣を直したら使徒ランカのもとに戻るといい、そろそろ清浄の間から出る頃だろう。

この後は兵らの準備が整い次第、すぐに〈盤割りの鎚〉を滅ぼしに行く。神殿に手を出したことをすぐにでも後悔させてやるわ。」


 そう息巻いてアゼルは再び書類仕事に戻っていった。

 レインに法衣を直してもらい、ついでに袖の裏に〈武器庫〉を縫い付けた。多少短く縫い付けて踏まずに済むようになった。大きな袖は変わらず動きづらいが、これは伝統的な衣装だからと言って改修はできないと言われた。

 仮面を付け、ラッツに連れられて清浄の間へと戻る。今のクロムの格好だと隠れる必要が無いため、すれ違った者には頭を下げられた。清浄の間の前にいた神官たちは、面を付けたクロムたちを見て祈りの様な動作をすると、去って行った。


「クロム、清浄の間から使徒様が出てきたら、手を胸の前で組んで跪く。それに合わせてお前も跪いて頭を下げろよ。あと絶対にしゃべるな。」

「わかった。」


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