69.
急激に引っ張られるような感覚と共にクロムが目を覚ましたのは日暮れの頃だった。衝撃的な夢を見たためか慌てて飛び起きたのだが、クロムは起こした身体をもう一度横たえて夢の内容を思い返した。
(……やっぱり、あの女はラピアだったんだ。探していた女は神で、今の話からすれば、俺は…ラピア神の使徒になるのか。)
(なんとなく。…なんとなく、思ってはいたが、ラピアと何かつながりがあるように思っていたが、まさか使徒だったなんて。)
(とはいえわからないことが増えた。俺が使徒だったなら、何故ラピアは今の俺の前に現れない?神殿の記録とはなんだ?デートルイースという神は確か、あの神殿で見た。確か破壊神だったか。その鎚?神の名を冠した武具ということか。しかし手がかりが無いな。)
(あ、神々の戦いの内情を知らないといけないのか。神に関することだし、これも神殿が詳しいのかもしれない。関わりたくないな。)
(もしかして。)
(いや、もしかしなくても、状況は最悪なんじゃないか?
神の情報が知りたければ神殿に行かないといけないが、既に教えが棄てられているらしいラピアのことは出せない。やっぱり神殿とは相いれないんだ。)
しばらく思考を巡らし、悩んで身を丸めていると、外から扉を叩かれた。ザンジバルだった。
「クロム、飯だが、部屋に運ぶか?それとも食堂に来るか?」
「ああ、すまん。行く。」
のろのろと立ち上がると随分と体が強張っていた。〈夜叉の太刀〉を腰に佩いて部屋を出た。食堂に案内されて、飯を食べてからもクロムは記憶の中の事実をどう受け止めればいいのか考えていた。夕飯は魚団子や野菜の他にここでは珍しい肉が多く出たし、市井のものよりも良い香辛料を使っているのか香りや辛みがとても料理と合っていたのだが、残念ながら考え事のせいでほとんど味が解らなかった。
ザンジバルやランカはクロムに何か話しかけていたが、ほとんどクロムは生返事で答えていた。
(…駄目だ、何も思いつかん。)
(というか。そもそも、ラピアとはどこで会えるんだ?俺が呼べば出てくるとかではあるまい。記憶の中では確か、一緒にいたようだったが。)
(どうすればいいんだ。)
「クロム、疲れてるみたいだな。ゆっくり休んでくれ。」
「ああ。」
「…クロム?ねえ?大丈夫?」
「ああ。」
「酒は飲むか?」
「ああ。」
思考がまとまらないまま出された飲み物を飲むと、急に視界が歪んで食事の手が止まった。
「駄目そうだな。」
「そうね。客間まで連れてってあげて。」
「はい。クロム様、立てますでしょうか。」
クロムは従者の一人に付き添われて部屋へと戻った。その間も結局答えの出ない思考に囚われていた。
従者の挨拶と共に扉が閉まり、ぼんやりとしながらまた布団へと倒れこむ。最早何を考えているカわからないまま、暗くなった窓の外を眺めながら意識を落とした。
次にクロムの目が覚めたのは深夜だった。部屋の中は暗く、辺りは何も見えない。もうひと眠りするつもりだったが、しばらく呆けていると目が慣れたのかよく見えるようになってきた。
窓を開けると東の空は少しだけ白くなっていて、まだ残る微かな星明りが見えた。海からの冷たい風が入ってきた。暗い海を見ていると、ふと昼間の思考の答えが出た。しかしそれはクロムがどこかで一度否定した答えだ。
(…神殿を相手にするなら、ランカを頼る他ないのか?
いや、駄目だ。あいつはまだ子供。俺の勝手で家族やランカを慕う町から引き離すことはできない。)
(どうしようもないな。)
一際冷たい風が吹いた。遠くに明るく輝く銀色を見た気がしたが、すぐに闇にまぎれた。その時、部屋の扉が叩かれた。まだ日の出る前だというのにドレークがクロムのもとを訪れたのだ。
「起きてたか。コレ貸してやる。」
ドレークはぶっきらぼうに言うと、右手の指から〈看破の指輪〉を引き抜いてクロムへ渡した。
「いいのか。」
「ランカが守れりゃ俺の今日の危険なんぞ小さいもんだ。」
「助かる。俺も前例を尽くす。」
「ああ。…お前を引き入れて本当に良かった。この後も頼むぞ。何があってもランカを守ってくれ。」
そう言ってドレークは部屋を去った。左手の中指に〈看破の指輪〉を付けてみたが、何か視界が変わった様子はなかった。
日の出の頃にはランカは支度し、神殿へと向かった。
今日は神殿で清めの儀式の後、小舟で離れ小島に向かうと聞いていた。供物を持って島を巡り、対岸側にある洞窟の中で海神と嵐神を祀る儀式を行うという。このときの随伴は三人までと決まっているそうで、仮面や幕で顔を隠した神官が役割を担う。当然、その中にクロムは含まれていない。
クロムは当初ザンジバルと決めた予定の通り、貸された迷宮品を使って海中を泳いで渡り、その後は離れた位置から隠れて警護を続けるつもりだった。
「クロム。今日のことだけど。」
「どうした。」
神殿に向かう馬車の中でランカは少し眠い目をこすりながら告げた。
「…お願い。私の傍を離れないでね。」
「ああ。だが、船の上はどうしようもないぞ。」
「なんとかして。」
「な、なんとか…。」
困ったクロムの様子を見て何が面白かったのかランカの表情から険がとれて和らげた。
無茶振りを言っているようにしか思わなかったものの、未来視で何か未来を見たのだろうと思った。
「…なに、何とかすればいいんだろう。」
「ふふ、お願いね。」
その後、警護に関してランカと細かい点を話し合った。まず神殿で身を清める。この時は一人きりになる必要があるというから、クロムはその清めとやらが終わるまでは暇になる。昼頃に船で出立し、小島へと向かう。そう離れていないからすぐに島には着く予定だった。小島の反対側にある洞窟の奥まで行かなければならないが、そこまでに通らねばならない祠や洞窟がある。供の神官たちはそれぞれに供物を持ち、ランカに着いて行く役目だ。
「待て、離れるなと言っていたが、神殿の清浄の間だったか?そこでランカ一人にならざるを得ないんじゃないか?」
「ああ、あの間は特殊で、誰か一人入っていると別の人は入れない仕掛けがあるのよ。
だから、中に潜んで暗殺とかは無理だと思うわ。」
「…よくわからん仕掛けだな。」
「本当ね。でも、神殿ってそういう古代の仕掛けを取り込んでいるところも多いから。」
離しているうちに神殿へと到着した。クロムは既に〈隠匿の耳飾り〉を付けて、周囲からは隠れていた。昨日と同じ様に神官たちが出向かえた。その中には、神殿騎士ラッツの姿もあった。ランカは神殿の中へと連れていかれた。クロムもその後を追った。
「清浄の間でございます。使徒ランカ、どうぞ中へ。」
「ええ、ありがとう。」
ランカ一人が部屋へと入り、扉が閉ざされる。扉の前には神官が二人立ち並び、誰も通さぬようにしていた。あれなら誰かが来ても大丈夫だろうと思った。いつの間にかラッツの姿はなかった。
しばらくクロムは廊下の陰から覗いていたが、突如肩を叩かれた。驚いて振り返ると、神殿騎士ラッツがいた。
「いつの間に。いや、待て、俺が見えたのか?」
「〈看破の指輪〉を持っているものでね。」
「そうか。俺に用か?」
「ええ。アゼル神殿長が探していました。」
「俺を?」
「ランカ様はしばらく清浄の間から出てくることはありませんし、お時間は長く取らせません。どうぞこちらへ。」
クロムは少しの時間迷ったが、ラッツに着いて行くことにした。クロムに一ついい考えが浮かんだのだ。
(神殿長なんだから偉い奴だろう。頼めば、あわよくばランカの供の一人に紛れ込ませてもらえるかもしれん。)
神殿長室へと案内されると、ラッツがクロムを連れてきた旨を室内へと伝えた。




