68.
「ランカ!大丈夫でしたか!」
「…ボスポラス兄様、離れてください。私は疲れてます。」
領主館に着くなり、ボスポラスがランカを抱きしめて無事を確かめた。ランカが鬱陶しそうにボスポラスの腕を払いのけると、ボスポラスは少し気落ちした顔で離れた。
「じゃあクロム、また明日。ポスポラス兄様も、心配しなくていいわ。」
「ああ。」
どんよりとしたボスポラスを無視して、ランカは侍女を連れて自身の部屋へと帰って行った。クロムは別の部屋へと通されると、すぐに茶と軽食を出された。パンに野菜と肉をはさんだものだった。
「お疲れでしょう。どうぞ。」
「助かる。正直少し腹が減っていた。」
「…探索者クロム、神殿ではきちんとランカを守って頂いたようでありがとうございます。二度の襲撃のことは既に神殿長からの通達で聞いています。」
「ああ。そのことでなんだが、〈迷彩〉とかを見破れるような道具は無いか?」
ボスポラスは少し考えてから、その品の名前を言った。
「…恐らく〈看破の指輪〉ですね。いえ、あれは父上の持っているもの一つだけですから、借りられるかどうか。それが必要ということは、もしかして。」
「ああ。〈隠匿の髪飾り〉を持った奴が襲ってきた。正直危なかった。」
「…よく無事で。」
ボスポラスは随分と驚いた様子だった。クロムは食べかけの軽食を茶で流し込む。それを待ってから、冷静さを取り戻していたボスポラスたちが溜息を吐くように呟いた。
「報告では昼の襲撃者は二人以上と聞いていましたが…そういうことでしたか。
そのうちの二人を斬ったのはきっと貴方がやったのでしょうね。その状態でそれでも勝てるのですね…。父上に交渉してみましょう。」
「一つしかないのか?」
「父上のつけているものだけです。父上は自身の暗殺を警戒しています。
尤も、ランカや我々がどうでもいいというわけではないんですよ?領主としての業務を兄に移管してきているとはいえ。未だバティンポリスの要となっているのは領主である父上です。
父上自身に敵の目が向くようにするとか言って、我々には護衛を付けるのに自分には着けないんですよ?信じられます?」
それから少しの間ドレークのことを苛立った様子で悪し様に言ってから、ボスポラスも感情的になっていたことを自省したのか、咳払いして取り繕った。
「…やっぱりあいつは戦えるのか。強いんだな。」
「ええ、聞いたところだと、騎士にも引けを取らない戦いをすると聞いていますよ。そんな父上だからこそ、不意打ちには勝てないとわかっているのだと思います。」
「そうか。だが、そういうことなら無理にとは言えないな。やはり今のは忘れてくれ。
他に使えそうなものがあったら貸してくれ。」
「わかりました。明日までに探してみましょう。
それから、今日は客間を用意しましょう。正直、ランカの傍にいていただける方が良さそうだ。
ああ、飯も用意しましょう。食べたいものはありますか?」
「旨いものがいい。いいのか?」
「ええ。正直、期待以上でした。情勢がこんな状態でなければ、白金貨数枚だって払います。
それができないのが非常に心苦しい。しかしいずれ必ず、私が対価に熨斗付けて払いますよ。」
ボスポラスは部屋の外で控えていた従者に何か言伝て、下がらせた。ボスポラスも、しばらく待つようクロムに行って出ていった。
ほどなくして侍女の一人が部屋へと入ってきて、クロムを客室の一つに案内した。
然程広い部屋ではないが、その広さはかつての山小屋程でクロムにとっては丁度いい広さだった。部屋はいくらか暖かく、部屋の一角には赤熱した小さな炉の様な飾りがあった。実際に火が燃えている様子はないから、魔道具なのだろう。
身に着けていたものを取り外して身軽になる。〈夜叉の太刀〉も外したが、枕元に置いた。布団へと横たわって、今日の事をまた考え始めた。
(…ハア。護衛というのは、やはりしんどいな。四六時中迷宮にいるよりもしんどい。)
(〈隠匿の耳飾り〉なんてものをごろごろ手に入るような奴らが敵か。守り通すと誓ったが、正直、明日〈看破の指輪〉が無かったら守り切れる自信が無い。
もしランカが未来を視れず、襲撃がいつとわからなければいよいよ覚悟を決めないといけないかもしれん。)
(そういえば、あいつら俺のことも知っているみたいだった。帝都の情報屋か?
俺が狙われるなら、ハイラルを殺しているのだからまだわかる。だがランカが狙われる理由が全くわからん。使途は人間にとって良いもの、じゃあないのか?一概に良いというわけではないのか?)
(ハイラルも森林神の使徒だとか聞いたが、ハイラルは別に狙われている様子でもない。何が違う?奴は強かったから、狙われるような奴ではないのかもしれないが。)
(いや、そんなことはどうでもいい。明日一日ランカを守る策はないものか。)
クロムは日が傾くころまで思考を巡らせていたが、やがて疲れてまどろみの中に意識が消えた。
―――
「返事を聞こう。」
赦免神の力が最も弱まる冬至、雪の舞う荒野に二人の人物が向かい合っていた。
一人は黒髪の男。その男が過去のクロム自身だと、既にわかっていた。
一人は銀髪の女。白い世界で細く小さく、しかし存在感を放つ女。幼さを感じない端正な顔を、クロムはこのとき初めて正面から見た。この女が地下神殿で見た像によく似ていた。
己が探していた薄明と反逆の神ラピアであるという疑念は確信に変わった。
黒髪の男、グラムは剣を抜くと女に捧げるように持ち、跪いた。しばらく黙していたがグラムが口を開く。
「いつかの提案を受ける。その為にここに来た。
…薄明の神ラピア。貴方の言葉がすべて正しいとは思えない。しかし神殿に記録される過去からすれば、貴方の言葉が間違っていると思えない。
俺にはその真実はわからないが、しかし神々の真実には興味はない。人間たちの行く末を守ることに繋がるなら、俺は貴方に従う。」
ラピアは表情を少しだけ柔らかくして、クロムの捧げた剣を取りクロムの肩へと優しく当てた。
「ありがとう、グラム。貴方を私の使徒に任ずる。
…貴方の力は必ずや人類の為になり、茶番の後の世のためになるだろう。」
「…二千年以上続く神々の戦いが茶番か。」
「あんなもの、少なくとも私たちの世界での戦いではないからな。
とはいえ私たちはあの神々の現在の実情をほとんど知らない。使徒を片っ端から倒して回ってもいいが、それは後の悪手だ。
…知るためにこの西大陸を巡る。それから、迷宮に挑みなさい。そして〈デートルイースの鎚〉を探してほしい。どこかの神殿に祀られているかもしれないけれど。」
「デートルイース?誰だ?」
「…私の母、貴方たちからすれば迷宮の基になった神よ。」




