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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
71/166

66.

 ランカとアゼルは穏やかな様子だったが、その向かいに座っていた男、シュフラットは終始厳しい表情を崩さずにその会話を切った。


「…使徒様が無事なことは何より。それで、使徒殿は何か襲撃者に対して情報はお持ちですか?狙われるような事など、心当たりは。」

「ありません、と言えないことは確かです。しかしその正体は私も知りません。父や兄たちからも知らされてもいません。

 ただ、私自身に価値は無くとも、使徒という存在は大きいものですから。」

「ふむ、大きいというのは背後の領主殿の事ですかな?」

「私の場合はそれもあるでしょうね。今のところ、父の威光を笠に着るつもりはありませんわ。」

「そうですか。なれば、ここに来たのはなぜですかな?まさかただ神殿長を心配しただけですか?

 ああいや、答えなくて結構。使徒の発言の強さは、例え子供の貴女でも神殿の決定を左右しかねないものということも理解していますから、貴女が自分を守るように言えばそうせざるを得なくなってしましますから。」

「ええ。そうですね。ですが、こちらに優秀な護衛がいますので、そのようなことは言うつもりはありません。

 使徒の発言権の強さというのも、アゼル神殿長の態度を見ていればわかります。神殿という場所で私の発言はあまりに重い。」

 しかし神殿長も先ほどおっしゃったように、私は未だにパキラ家の人間。神殿長のようにマーレイアを出家したわけではありませんから。」

「大変結構。貴女が大変思慮深い方で良かった。

 ただし、マーレイア家に何か不利益を出すようなことを命じないか、警戒していることは憶えておいていただきたい。」

「率直ですね。」

「海賊に迂遠な表現は伝わらないでしょう?」

「私は海賊ではなく使徒ですけどね。」


 ランカとシュフラットの間に不穏な空気が漂い、アゼルはどちらに着くわけでなく、落ち着かない様子で目線を彷徨わせていた。僅かな時間睨み合った後、急に緊張が解けた。


「それで、最初の質問に戻りますが…何も知らないということでよろしいか?」

「ええ。少なくとも、私は。」

「そうですか。では領主殿かその補佐に聞くことにしましょう。

 私はもう用事は済んでいますので、これで失礼させていただきます。」

「シュフラット様、お送りします。」

「ああ。」


 それだけ言うとシュフラットは杖をついて立ち上がり、レインを供にして部屋を去った。シュフラットの足音が遠ざかった頃、ランカが再び口を開いた。


「神殿長。これはあくまで私の予想ですが、このあと、第二派、三派があると思います。」


 ランカは真っ直ぐにアゼルを見て言い切った。僅かな時間を置いて、その内容を理解したアゼルは動揺した様子で問う。


「なぜ?」

「白昼堂々と我々を狙ってくるような輩がまさかとは思いましたが、陽動かもしれません。

 多くの兵士が疲弊して、まとめ役の兵士長が離脱し、警備の強化を強いられている今、更に疲弊をさせる第二派、とどめの三派となる可能性があるかも…と思った次第です。」

「使徒ランカ、警備の強化は確かに必要だ。しかし私には信頼のおける二人の騎士がいるのだから、大丈夫だ。しかし…」

「私も大丈夫です。先ほども言いましたが、後ろの男は頼れる護衛ですから。」

「成程。だが警備の強化はしておこう、しかしこの後も昼、夕の部が予定されている。中止するか?」

「第二派があったら中止しましょう。たった一度の暴動で退くような姿を見せられません。」

「強気な。いえ、使徒には必要な心構えだ。兵らには悪いが警備を強化する。」


 アゼルは頭を抱えながらぶつぶつと呟きながら立ち上がると、ラッツを従えてランカたちのほうに会釈して応接間を出ていった。


「…ランカ。本当に昼にも襲撃があるのか?」

「あるわ、これはもう毎回見ているもの。」

「相手の出方は?」

「…次は昼の部の始まった頃ね。これで失敗すると、夕の部が終わった直後に襲撃が来るわ。」

「何故今神殿長に言わなかった?」

「言っても無駄だから。…少し寝るわ。」

 ランカは投げやりに言って、長椅子に横たわった。先ほどのやり取りが疲れたのか、それともクロムにこれ以上は成すことがないのか。

 今のランカの態度はあまりに無防備だったが、しかしそれは束の間襲撃がない事を意味して安心しているようだった。

 クロムはランカの向かいの長椅子に腰掛け、先ほどの短いやり取りを思い返した。


(…アゼルは、割とまともそうな人間に見えたな。言葉は丁寧ではないが、悪辣さが無いように思える。襲撃に居合わせた人々を心配していた様子は…いや、俺の勘は当たらない事が解っているんだ、やめておこう。

 だが、貴族の関係でランカにとげがあるかと思っていたから、少し拍子抜けだ。)

(シュフラットとか呼ばれていた奴がドレークが目の仇にしている奴らか。

 アゼルと違って、あいつは妙に突っかかってきたな。見た目以上に直情的というか、毛嫌いしているさまが解るくらいに感情を隠さない。いや、逆か?わかりやすすぎて、他の感情がわからない。)

 クロムはぼんやりと考え事をしながら、応接間の外で警備を続けた。ほどなくして昼を示す鐘が鳴ると、ランカが目をこすりながら応接間から出てきた。


「起きたか。」

「…ええ。酷い夢だったわ。クロムが次の襲撃で突き刺される夢だったんだけど、相手が覆面でわからないのよね。」

「俺が刺される?」

「そうよ。剣でこう、ぐさっと。」


 そういいながらランカがわざわざ突き刺されたときの動作を繰り返す。自分が刺されたときの話を聞くというのは妙な気分になった。


「もう少し詳しく聞かせてくれ。」

「…うーん。説法の後、私が前に出されて演説するんだけど。その終わり掛けに、武器を持った人が三人飛び出してきて。クロムがばさーっと切った時、その陰から飛び出してきた男が剣を突き出したの。」

「さっきは始まったばかりとか言ってなかったか?」

「ええ。いつ来てもいいように警戒してほしいわ。」

「わかった。」


 クロムは聖堂の檀上を思い出す。全体が良く見渡せるが、〈隠匿の耳飾り〉を付けていなければ隠れる場所などない。ランカが良く見える場所に出れば、遮るものが無いから、距離があること以外は狙うということは比較的簡単だ。


「お願いね。……でも無理はしないで。」


 聖堂へと戻ると、既に幾人か待っている者たちがいて、椅子に座って談笑していた。今度は〈隠匿の耳飾り〉を付けてランカの後ろを歩いた。


「あの子が?」

「ああ、朝の部でもいた。午前では紹介されなかったけど、きっとあの子が。」


 彼らの会話が静かな聖堂に聞こえていた。〈隠匿の耳飾り〉を付けているクロムは彼等から見えない位置だった。ランカに着いて聖堂の奥、演説台の裾から通路へと出て別室へと移動する。

 ほどなくして神官がランカを呼びに来て、演説台へと移動する。既に聖堂内は人で溢れていた。そして演説台の中央にいる人物を見たとき、ランカは声に出さずとも動揺したように肩が強張った。中央にはカーン助祭がいた。

 クロムはランカの一歩分右前に立ち、〈夜叉の太刀〉の柄を握った。

 カーンの説法が始まった。話の内容は午前に聞いたものと同じ内容だった。カーン助祭は午前と同じ内容を穏やかに言い終えると、ランカを紹介した。海の神の使徒と聞いて、人々は思い思いに祈りを捧げ、拍手をした。ランカはクロムの前へと歩き、薄い笑顔で演説を始める。


(そろそろか。)


「皆様、祝福をありがとうございます。ご紹介に預かりました、ランカと申します。

 海神サーラは寛大です。私はその御心に沿えるよう―――」


 クロムはランカの隣に立ち、聖堂を探る。しかしランカの言っていた幾人かの襲撃者、それらしい者の気配は無かった。

 クロムが一人警戒している中、ランカの演説がいよいよ終わろうとしていた。


「今は未熟ではありますが、皆様を導いて行けるよう研鑚を積んでまいります。

 どうか、皆様には温かく、時に厳しく見守っていただきたく―――」


 そう言った次の瞬間、クロムの視界に突然二人の襲撃者が現れた。それは襲撃者たちも同じだったのか、一瞬動きが強張った。

 僅かな時間の中で先に動いたのはクロムだった。力任せに横薙ぎに振るわれた〈夜叉の太刀〉は一人の腕を切り飛ばし、もう一人の武器を弾いた。クロムは返す刀で二人の襲撃者の足を深く裂いて、ランカの傍へと退く。すると、襲撃者の姿が再び見えなくなった。


「な、なにが!」

「クロム!」


 混乱の声と、ランカの叫びがクロムに同時に届いた。

 クロムの背後で気配がしたとほぼ同時に、〈旋風〉を放つ。金属がぶつかる音がした。正体がクロムの視界に映った時、覆面の男が武器を弾かれて驚愕に目を見開いていた。

 ランカを守ることだけを考えて、一思いに覆面の首を狙って振った。覆面の男はクロムの攻撃を寸でのところで反応して避け、クロムが更に攻撃の予兆を見せると更に大きく引いて姿を消した。


「ランカ!大丈夫か!」

「…!ええ!裾へ!」


 ランカを抱え、ランカの示した裾の奥へと走る。裾の奥はどこかへ続く通路になっており、部屋がいくつかあるようだった。ランカを部屋の一つに放り込むと、扉の前でいつでも攻撃を放てるよう構え、神経を尖らせた。しんと静まった廊下はクロム以外誰もいないように思えた。


(あいつらは俺と同じで、〈迷彩〉の迷宮品か何かで隠れているはずだ。互いに近づかないと姿は見えない。)


 警戒を続けていると、誰もいない廊下にくぐもった声が響いた。周囲には誰もおらず気配もなかった。それはクロムの想像を核心に変えた。


「先ほど使徒を守った男よ、きっと扉の前にいるのだろう。どうか退いてくれまいか。」

「断る。」

「白金貨二十枚でどうだ。欲しい魔道具や迷宮品があれば譲ろう。」

「断る。」

「なら、情報はどうだ?一度見えたその外套は、〈白蜈蚣〉と推察する。

 帝都では銀の髪の女を探しているようだな。俺たちの組織なら、帝国だけと言わず王国や連合国はおろか、東大陸だって探せる。」

「断る。」

「何故?権力なら、帝都や王都の大物にだって紹介できる。」

「要らん。」

「海神の使徒の命さえ奪えるなら、俺たちはお前を追わないことを誓おう。探索者といえ、命は惜しいだろう?」

「そうだな、だがお前たちを倒せばいいだけだ。」


 問答を通して、どこにいるともわからない敵が戸惑っているように思えた。

 クロムはその問答は無駄に思えたが、提案されたものはどれも今のクロムにとって不要なものだった。唯一、銀の神の女の情報には少しだけ惹かれたが、クロムは既にその正体は確信しており、今更正体のわからぬ者たちから聞き出す必要が無い。


「ゆらぎの一つも見えぬとは高潔だな。]


 呆れたような声と共にクロムの視界の端、通ってきた通路の反対側に気配を感じた。反射的に逆袈裟に振り抜いて男を切り裂いて顎を割った。

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