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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
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64.

 海神祭三日目。

 クロムはこの日も早朝から領主館へと向かった。今度は酒を届けるのではなく、依頼を受けた探索者として赴いた。昨日と同じ様に門番の男がこちらに気付き、声をかけた。


「おや、昨日の。今日もお酒で?」

「いや、今日は探索者としての依頼を引き受けている。」

「はあ。こんなに早くですか?ご苦労様で…ああ、そうだ、依頼を受けた証拠みたいなもの、なにかありませんか?一応規則で。」


 クロムは懐から、昨日ザンジバルからもらった手紙を取り出して門番に渡した。門番はそれを読むと何か納得した様子で、少し待つようにクロムに言い残して屋敷へと駆けて行った。門番はすぐに戻ってきた。


「お待たせしました、すぐにお通しします。」


 今日は直接応接間へと通された。扉を開けるとランカが一人で長椅子に横たわっていた。門番はそのランカの態度をたしなめてから職務へと戻って行った。門番がいなくなってから、ランカは再び姿勢を崩した。


「…おはよう、クロム。今日も私の警護でしょ?」

「ああ。ザンジバルからはそう聞いている。ところで朝には弱いと聞いたが。」

「起きなきゃいけないときはちゃんと起きるわ。

 日が出たらすぐ神殿に向かうわ。今日はそういう予定なの。ちゃんと護衛してね。」


 神殿と聞いてクロムは顔を顰めたが、一度受けた依頼を投げ出すことはできなかった。今更神殿と関わりたくないと思うだけ無駄で、むしろ波風を立てないようにしようと思っていた。

 クロムはランカの左後ろに立ち、黙って立った。〈隠匿の耳飾り〉はすぐに付けられるよう、手元に持った。


「どうしたの、かしこまって。」

「護衛だからな。ところで、俺が来ることはわかっていたのか?」

「勿論。朝早すぎて起きれるかのほうが心配だったわ。」

「そうか。朝は弱いとザンジバルに聞いていたからな。」

「お兄様ったら。あ、もうすぐ来るわ。」


 ランカが体を起こし、服の埃を軽く払い落した。ドレークとザンジバルが応接間に入ってきた。


「お、早いな。もっとゆっくり来ると思っていた。」

「おはようクロム。ランカもいるのか。」

「おはようございます、お父様、お兄様。これから命を預ける人に酷い寝ぼけ顔なんか見せられないわ。」

「ハハ、そりゃそうだ。クロム、娘を頼むぞ。」


 返事をする前にドレークに肩を叩かれ、正面からにらまれる。口にはしないが、怪我させたらただで済むと思うな、と言いたげだった。目を逸らした先、ザンジバルも同様にクロムを睨んでいた。その姿は深層の探索者と同じくらいの迫力があった。

 クロムは左耳に〈隠匿の耳飾り〉を付けた。これを装着すると三歩半以上離れている者はクロムを視認できなくなることは事前の検証でわかっていた。

 クロムはその場から二歩下がり、ドレークたちからはクロムが見えなくなる距離に移動した。



「おい、一応言っておくが、俺からは見えているからな。」

「なに、そうなのか?」


 意外な言葉に今度はクロムから近付いて問う。ドレーク手の甲をクロムに見せた。よく見れば以前は着けていなかった指輪を付けていた。指輪には眼球の様な文様が刻まれていた。


「…それも迷宮品か。」

「〈看破の指輪〉、〈迷彩〉や〈隠匿〉といった効果を見破るための迷宮品だ。東大陸の迷宮…どこだったか忘れたが、そういう迷宮品が手に入る場所もある。もしかしたら別の迷宮品に、似た効果があるかもしれない。この類には気を付けてくれよ…気をつけようが無いんだが。」


 クロムは黙って頷いて、ランカの背後に立った。ランカはクロムとドレークたちの間を視線を彷徨わせていたが、何か言い出す様子はなかった。

 ランカがそろそろと言って立ち上がると、部屋を出た。クロムはそれに続いた。屋敷から神殿までは馬車で移動した。ランカはそわそわとして落ち着かない様子でいた。

 神殿では数人の神官と、助祭と呼ばれた男が出迎え、丁重な様子でランカを迎え入れた。

 クロムは彼等と距離を取りながら、ランカの後を追った。クロムは既に〈隠匿の耳飾り〉を装着しており、助祭たちからは認識されていなかった。今クロムは〈白輝蜈蚣の外套〉を纏っているが、〈隠匿の耳飾り〉は問題なく発動していた。あくまで魔術を防ぐもので、迷宮品同士の効果は、あくまで魔術というかたちをとらない限りは妨害しないようだった。これは〈迷彩の鎌〉でも同じことである。


 ランカたちが神殿の奥へと進んでいく。幸い神殿の廊下は広く、すれ違う者もいなかったため後を追うことができた。やがて一同は一つの部屋に入っていった。クロムは彼等に着いて行こうとしたが、三歩の距離は絶妙で、神官のひとりが扉のそばにいたため踏み込むことができず、扉は閉まってしまった。

 クロムは扉に耳を当て、中の様子をうかがった。

 気配を探るが、扉の向こうの様子はほとんど聞こえない。助祭とランカが何かを話しているようではあったが、内容までは聞き取れなかった。

 それでもしばらく中の様子を探り続けていたが、扉の傍には誰もいない様子だった。

 少しだけ扉を開け、中の様子を見た。

 像に向かってランカは跪いて祈りをささげていた。地下神殿で見た、サーラ神の印を見つけ、それがサーラ神であると気付いた。助祭もランカのそばで祈っていたが、神官たちはそれを遠巻きに囲い静かに見つめていた。

 クロムはその様子に違和感を覚えたが、なぜそれがおかしいと思ったのかまではわからなかった。やがて助祭が立ち上がり、ランカもまた立ち上がった。クロムは扉を閉めて、端へ五歩離れた。神官の一人が扉を開き、ランカと助祭が出、神官たちが後から出てきた。


 ランカが次に通された場所は食堂だった。海の幸が多く並び、冬だというのに野菜も多く並んだ。

 料理を運んでくる者たちがいたため、出入り口から離れた場所へと移動して様子を見守った。助祭は上機嫌で、しかしランカは無表情で料理に手を付けていた。よく見ていれば、助祭は手前にある更にはすべて満遍なく手を付けていたが、ランカは手を付けた皿と手つかずの皿があった。


(…あいつ、昨日は好き嫌いなく食っていたのに。白魚の煮込みは、確か昨日は食っていたものだったよな?)


 ランカはその椀には手を付けずにいたが、助祭に勧められるとあまり喉を通らないと言って断っていた。


(…あれには何かあるのかな。)


 そう思っている間にも食事は進み、助祭はすべてをきれいに食べ尽くし、ランカが傍の付き人に皿を下げるように言うと手付かずの皿や椀も片付けられた。


「…ランカ様、喉を通らないのはわかりましたが、少しでも食べていただかねば。

 水菓子などどうです?いい柑橘が手に入っています。」

「いえ、今はあまり。緊張しているのか、そういったものもあまり食欲が無くて。」

「そうでしたか。では、空腹を感じましたら言ってください。何か出すように指示しましょう。」

「助かりますわ、カーン助祭。ですが心配は要りません食欲が無い反面、気力は充実していますから。」

「はは、それは良いですな。しかし、貴方くらいの年であれば、使徒であるないにかかわらず、関係なくしっかりと食べてほしいところですがね。」

「御配慮に感謝します。」


 和やかな雰囲気で二人は立ち上がり、また移動する。クロムも少しだけ空腹を感じながらランカたちを追った。

 ランカたちは入り口近くの大部屋に移動した。大聖堂というのだろうか、神像を象った像や印が柱や壁に彫刻されていた。

 そこには市井の人間たちも幾らかいて、ランカたちが通ると気付いた者たちは道を開けて通した。人の多さでクロムが身を隠すのは無理だった。そっと〈隠匿の耳飾り〉を外して人ごみにまぎれ、ランカたちを追って人込みを掻き分けて前へと出る。あとから人が多く入ってきて、聖堂はすぐに人で埋まった。

 説法が始まろうとしていた。

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