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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
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62.

 荒唐無稽、と思った。しかし、ランカの表情と言葉には必死さが感じ取れた。クロムの経験は短いが、しかしランカが真実を言っていると感じた。この必死さは、かつてリュドミラの見せた必死さだ。


「私はこの海神祭で、弓を受けて死ぬ未来を何度も見たわ。

 私が必死になにを変えようとしても、剣で死ぬか矢を受けて死ぬか、あとは何処で死ぬか。そのくらいの違いしかなかった。

…怖くてサーラ神に何度も願ったわ、死にたくないって。」

「……。」

「でもなんの因果か、この横穴を見てから、夢には黒目黒髪の、無愛想だけどもの凄く強い探索者が出てくるようになった。クロム、あなたが夢に現れるようになったの。

それから私はこの海神祭で死ぬこともあったけど、死ななかった先の未来を見ることもできた。

 きっとあなたは運命神の取った糸なのね。」

「…信じがたい。だが、そうだとしたらまだお前は死ぬこともあるんじゃないか?」

「ええ。だから、生きられる筋道を必死に探したの。

 それが、ここにあなたを連れてくることだったの。それが、私が生き残れる可能性が一番高い未来だったわ。」


 ランカが語った未来は酷いものだった。

 夢の中とはいえ、自分が死ぬ姿を繰り返し見ていたという。しかし未来が変えられるとわかってから、ランカが思う限りの変化を確かめた。何もしなければ死ぬ。ドレークやザンジバル、ボスポラスに頼っても死ぬとわかってからは、別の道を探した。しかし何をしてもランカは命を落とした。

 ある日この横穴を発見してから、クロムの姿が夢に出るようになったが、クロムに会わない、あるいは合うだけではほぼ確実に死ぬとわかる。クロムが護衛にならなければ死ぬが、クロムを護衛にしても、半分以上の確率で死ぬ。クロムが護衛になった場合は、わずかな変化でも複雑化してしまい、ランカが生きる未来にたどり着けるかは五分だという。

 しばらく試して、クロムとある程度仲良くならなければどうしても死ぬのだと、やがてわかった。仲良くなったとしても五分だが、それでも親しくならなければならない。

 唯一ランカが生きるための未来を探り続け、その結果クロムと親密になり、この場所をクロムに見せることが生存できる筋道に繋がりやすかったという。


「まあ、それでも五回に二回か三回は死ぬんだけど。それでもまだましなのよ。

 あとは、あなたとどう親密になるか、それだけね。

ここまで言ってしまったら、まるで出来の悪い三文小説だけど、でも、私も死にたくないわ。生きて、まだこの世界を沢山見たいの。

 クロム、私を助けて欲しい。」


 ランカの瞳は真っ直ぐだった。真っ直ぐ前を見るこの瞳は、幾人もの探索者を見てきたクロムが見てきた、強い者の目だった。クロムはこういった目をする者を好ましく思っていた。


「…わかった。今この時から、この海神祭が終わるまでは、貴方を守る盾となろう。」

「いいの?私、まだあなたとそれほど仲良くなっていないと思っているのだけど。」


 クロムは心配そうな表情のランカの頭を軽く撫でた。ランカの背は思いのほか小さく、撫でやすかった。ランカは照れたように笑って、クロムの手を外した。


「俺は過去の記憶が無い。だから、今ここに辿り着けたことは何にも代え難い。

 …俺は多分、ここに来なければずっと幻影を追っていたと思う。」

「クロム、貴方はなぜ過去を追っているの?私と反対ね。」


 クロムはランカの言葉に何も言えなかった。

 クロムが過去を追う理由は、過去のおのれを知りたかったから…というものが大部分を占めていた。あの山小屋を離れ、迷宮に潜るようになってから、おのれが何者なのかを気にすることが増えていたことも事実。記憶を失う前のクロム、否、グラムは過去に対して因縁を持っていることは、神殿騎士の襲撃を受けたことからも明白だった。

 しかし、今目の前の少女の思う通り、探索者として生きる上で必ずしも過去が必要なわけではない。それはクロムが持っていなかった考えだった。

 ラピア神の像を見ながら、しばらくランカの問いの答えを探していた。しかし、クロムは答えに辿り着けなかった。


「……わからん。だが過去には過去の俺の因縁があり、思い出さなければならない……と思っている。」

「よくわからないわ。だって、私たちが生きているのは今で、未来だもの。過去に居続ける意味はないわ。」

「……だが俺たちが生きてきた時間は、過去だろう。」

「…そう、ね。これでクロムがやる気を出してくれたなら私もうれしいわ。」


 クロムは何も言わずに頷いて、ふとひとつの感情を自覚した。

 短い時間ではあるが、クロムはランカに多少の情を抱いていた。

それは当人の生命が懸かっている状況からなのか、リュドミラと違い戦う力が無いからなのか、それともクロムが他人に情を抱きやすくなった、心境の変化だけなのかはわからない。あるいはリュドミラとの約束を破ってしまった贖罪のつもりだったのかもしれない。

 ともあれクロムは、そういった人情というべき感情から、この少女を守ろうと決心した。


(どうせもう神殿騎士を殺して、神殿と事を構える羽目になっている。

 あの時に覚悟は決めたじゃないか、俺の往く道は血生臭いものになると。

 だからランカを守り通す。義理を果たしたうえで、ここを発つ。それでいい。)


 クロムはそれまで〈武器庫〉に仕舞っていた〈夜叉の太刀〉を腰に佩いて、〈収納袋〉から自身の代名詞になった〈白輝蜈蚣の外套〉を羽織った。

 顔を上げ、ラピア神の像を真っ直ぐに見た。その像の目はクロムの背後を見つめており、クロム自身を捉えていない。


(……薄明と反逆の神。記憶に現れる女が、お前だと言うなら。

 どんな謂れを持つか今の俺は知らんが、記憶をなくす前の俺が信奉していたと言うなら。

 今の俺が唯一信じられるだろう有象の神だと云うなら。

 ランカの死の運命への反逆を許せ。俺はそのために力を尽くす。)


 クロムは力を込めてラピア神の像を睨んだ。ラピア神の像の表情が光の加減で少し表情が柔らかく変わったように見えた。

 決意を新たにしたクロムは、ふと横穴の入り口のことを思い出した。太い蔦を縄代わりに伝ってきたが、降りた岸壁からはそれなりに離れている。もう一度そこを伝って戻るのは面倒に思っていた。


「…ところで、この場所からはどうやって戻るんだ?」

「それなら大丈夫よ。こっち。」


 ランカの先導で広間から出て、更に奥へと進んだ。建物から出たのか洞窟を通った先にはまた小さな部屋があった。

 奇妙な部屋だとクロムは思った。何かが置かれているわけではない。何かが描かれているわけでもない。岩をきれいに摺って平にし、床や壁に敷き詰めた部屋だった。ただしクロムたちが入ってきた入り口から見て右側の壁が薄く光っているのが見えた。


「ここで壁に手をついて、〈階層ヒエラキオ〉と〈転移シャンゴ〉を唱えるの。」

「…迷宮か?」

「そう。この壁に手をついて、それを唱えるとバティン迷宮に出るんだ。」

「なに?あそこは確か、町中でしかできないんじゃなかったか。」


 クロムたちが歩いてきた距離は、町中から横穴のある岬までの半分もないはずだった。そんな場所から、どうやってバティン迷宮に入り、そして地上の階層に戻った時どこへ出るのか、クロムには解らなかった。

 戸惑うクロムだったがランカに手を取られ、もう一方の手で光る壁を触った。


「行くよ。〈階層〉、〈転移〉。」


 とっくに慣れた、意識が引き延ばされるような感覚をわずかに感じ、目を開けた。

 クロムたちがいたのは砂浜だった。海の生き物は全く見えず、遠くにひざ丈程度の高さの魔獣が何体か見えた。蟹型の魔獣は、以前バティン迷宮で見かけた覚えがあった。


「…本当に、バティン迷宮なんだな。」

「そうよ。さあ、地上に戻りましょう。〈階層〉、〈転移〉。」


 もう一度引き延ばされるような感覚があって、クロムたちは町中の、噴水のある広場に立っていた。


「ね、大丈夫でしょ?」

「…そうだな。」


 ランカが得意げな顔をしてクロムに笑いかけた。どうやってこれを見つけたのか気にはなったが、これもまた夢で見たのだろうと思って聞かなかった。


「さ、行きましょ。そろそろ露店も開く頃よね。」


 ランカは再び商業区へと足を向けた。今度は露天を楽しみにしているのか、それとも横穴の神殿でランカが言っていたクロムと仲良くなるためにそう言ったのかまではわからない。


「待て、逸れるだろう。」


 雑踏に向かうランカを追って、クロムも雑踏に入って行った。


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