61.
「遅いわよ。」
ランカは何でもないような様子で茶化すように笑った。笑ったときの八重歯と、ドレークのような笑い方に彼らが血のつながりがあることをよく表していた。
「こんな危険なことをするな。心臓が止まるかと思った。」
「さっきも言ったけど、大丈夫よ。さ、この奥よ。」
ランカはクロムに手招きして、横穴の奥へと進む。ランカは途中で〈光〉を使い、道を照らした。クロムの背丈では丁度頭が岩に当たるため、屈んで移動した。
やがて広がった空間へと出た。そこは洞窟の奥と思えぬ、広い空間だった。
石像がいくつも立ち並び、奥には巨大な建物が見えた。建物の柱や棟には細工がされているのが遠目でもわかった。それを見て、クロムは一つ夢の内容を思い出した。
(ここは…神殿?)
「ここが私の目的地よ。綺麗でしょう?」
「ここはなんだ?」
わかっていることを思わず聞き返した。まさかこんな横穴、地下に荘厳な神殿などあるとは思ってもみなかったのだ。
「…多分、千年とか、それよりもっと昔の、もしかしたら神代に近い時代の神殿。四十九の神様の像があったし、そのうちの幾柱かはから今は見ない神様だったから…多分そう。」
「数が合わんな。神は全部で四十六だか七だかじゃなかったか?いや、神が増えたり減ったりしているのか?」
「うんと昔、四十九柱か、それ以上の神様がいたのよ。言い伝えだと一部の神様は代替わりもあったと言われているけれど。着いて来て。」
ランカが更に神殿へと近づいていく。今度は何があってもいいように警戒を高めていた。
神殿の柱や梁には植物や鳥獣をかたどった紋様が見られ、その合間合間に不思議な紋様が見えた。太陽をかたどった印。星をかたどった印。炎のような印や雲と旋風の様な印もあれば、山を象ったような印や剣や弓を組み合わせたような印もあった。
一つ一つをよく見ることはできなかったが、一際クロムの目を惹いたのは真円に真っ直ぐ一本の線を引いただけの印だった。
ランカを追い、神殿の奥へと入った。回廊を幾度か曲がり、最奥へとたどり着く。
「ここよ。」
ランカがおもむろに〈光〉の魔術を強め、傍の燭台へと近づけた。すると〈光〉はランカの制御を離れて燭台に移り、別の燭台へと伝っていく。たちまちすべての燭台に〈光〉が移り、聖堂を照らした。
呆気に取られていると、ランカは悪戯が成功したような笑顔でクロムに向き直った。
「凄いでしょ?言葉も出ない?昔の技術も凄いわよね。」
明るくなった聖堂で、一際目を引いたのは幾つもの石像だった。二十、三十ではない、もっと多い。ランカの言った神の像だ。
その光景は見事なものではあったが、そのうちの一つにクロムの視線は釘付けになった。言葉が出せないまま、何度も記憶を手繰って正体を探った。
「……ランカ。」
「なあに?」
クロムはようやく声を絞り出し、一つの像を指した。色彩は無いが、長い髪と痩せた少女のような姿の像だ。その顔はクロムの記憶に出てきた女によく似ていた。奇妙な偶然なのか、必然なのか考えたが、すぐに必然だと直感した。
「…あの像がどうかしたの?」
「あいつの名前を教えてくれ。」
「ええと…ちょっと待って。確か、どの像にも名前が掘ってあるから。それを見ればいいわ。」
ランカと共に少女の像へと近づき、刻まれた名前を確認する。
―――薄明と反逆の神、ラピア。
少女像の名はそう刻まれていた。名の下には、神殿の梁に彫られていた、円に一本線を入れた印が描かれていた。
(…こいつだ。記憶の中の女だ。)
(馬鹿な話があるか。人間じゃないだと?神だと?)
(いや、待て。使徒、使徒か。俺はこの神の使徒だったのか?反逆。神殿を裏切ったというのは、この神の性質から?)
クロムが思考で埋め尽くされているのを面白くなさそうにランカがつついて、クロムは現実に戻ってきた。
「どうしたの?」
「……いや、なに。なんでもない。」
「そう?ならいいわ。怖い顔していたから。」
「すまん。この神のことは他に何かわかるか?」
「…昔、創造神アリヒを殺して、ニタスタージとイリアオースの争いを激化させた原因であり、しかし人間に智をもたらす切っ掛けを作った神よ。」
「他には?」
「それくらいしか知らないわ。彼女の教えなんかは…恐らくどこにも残ってないわ。」
「無いのか?偉大な神の一柱なんだろう?」
「ええ。でも、無いのよ。かなり昔に棄てられたんですって。」
クロムはラピア神の像から目を逸らし、他の神の像も見た。
―――赦免と闇を司る神、ニタスタージ。盾を持ち外套を纏った穏やかな表情の男神。
―――秩序と光を司る神、イリアオース。天秤と剣を携えた生真面目そうな表情の女神。
ニタスタージの名の下には星を模した印が、イリアオースの名の下には太陽を模した印がそれぞれ刻まれていた。
二大神の像の傍の像に目を移す。ニタスタージの側に老翁、イリアオースの側には老婆の像があった。二柱の像の造形は二大神によく似ていた。
―――創造神アリヒ。ニタスタージに似た穏やかな顔をした、頬に傷のある髭の男神。
―――破壊神デートルイース。イリアオースのような端正な顔を怒りに歪ませた女神。
アリヒには真円が、デートルイースには亀裂のような印が刻まれていた。
(…二大神によく似た姿の像だな。二大神が年を重ねたような。)
―――海神サーラ。祈るように手を組み、波打つ髪に包まれた女神。円の中に六角形が刻まれた印。
―――嵐と雲の神キシニー。サーラに似た顔の、身の丈ほどの杖を持った癖毛の男神。雲と嵐を象った印。
(こいつらが海神祭で祀られている神か。)
―――冥界神スタグスフィーノ。長い髪とつるりとした仮面で顔を隠し、鎌を持った男神。麦の穂と鎌を象った印。
(こいつがさっきランカの言っていた奴か。…俺に似ている?どこがだ?)
―――森林神デトロダシキ。四本の腕を持ち、前の腕にはクロムの持つ〈夜叉の太刀〉のような武器と短剣をそれぞれ持ち、後ろの二本の腕で長い鎖につながれた錘を持つ、無表情の男神。大樹のような印。
(…こいつ、たしかどこかで夜叉とか呼ばれているんだったか?〈夜叉の太刀〉みたいな武器を持っているし、やっぱりそうなんだろうな。)
他にも幾柱かの神の像を見たが、すべてを覚えることはできなかった。辛うじて記憶に残ったのも、わずか数柱だけだった。
「ここは、私の秘密の場所だから、お父様やお兄様たちにも秘密なの。クロムも誰かに言っちゃ駄目よ。」
「あ、ああ。だが、ここを見つけたのはどうしてだ?」
「横穴は三年くらい前にお兄様たちと船で遊んでいたとき、偶々見つけたのよ。」
その問いにはランカはバツが悪そうに曖昧に微笑みながら目を伏せて逸らした。そこから先は相当言いづらい理由なのだと、なんとなく察した。
「あいつらは気付かなかったのか?」
「ええ。お兄さまたちは、お父様も含めて目が悪いの。だからいつも目を細めてて、余計にに人相悪く見えるのよ。この横穴も、よく見えなかったみたい。」
「ふうん。それで、お前だけここに入れたと。」
「そうね。きっとボスポラスお兄様なら途中で落ちてたわね。」
「だが、それなら俺を連れてきた理由はなんだ?」
クロムはこんな危険な場所に、この少女が一人で来れば死ぬかもしれないと思っていた。ゆえに、何度もここに足を運んでいるはずの少女に尋ねた。
ランカは黙っていたが、クロムに圧されたのか諦めたように一言言った。
「…私、夢の中では未来が見えるの。…丁度、三年くらい前から。」




