59.
ドレークが戻ってきたとき、その後ろには先ほども見た生真面目そうな青年と、ドレークによく似た青年、ランカと名乗った少女がいた。青年たちはドレークにどこか似た面影があった。
「クロム。先に紹介しておく。俺の息子で、ザンジバル、ボスポラスだ。」
「領主補佐のザンジバルだ、よろしく。妹が世話になるな。」
「ボスポラスです。クロムさんと領主館との連絡役を務めます。この後、連絡役の者を紹介します。」
「娘―――海の神の使徒、ランカだ。」
紹介された少女は、先ほど扉に隠れてクロムと会話した少女だった。今度は兄たちに隠れるようなこともなく、真っ直ぐにクロムを見つめていた。
「…よろしく。」
挨拶を終えたランカはドレークに促されて部屋から出ていった。まだ昼だというのに欠伸をして、随分と眠そうに見えた。
「ランカの警護をしてほしいのは四日目。海神と嵐神を鎮める〈凪の儀〉という儀式で、離島から海底洞窟へと入る。そのあたりの獣らは既に減らした後だし、洞窟内には中層以降の強さの魔獣が出てくることはないが、この儀式を失敗させたい奴らがいるようだ。」
「…あんたの政敵だかいう奴らか?」
クロムが問うとザンジバルは苦い顔をしたが、ドレークは一笑に付した。ドレークとその息子たちで、政敵に対する評価は随分と違うようだった。
「ああ、そんなところだ。うちから海神の使徒が出たってのが気に食わんらしい。
なにせここら一帯、元々はマーレイア家が治めていた土地だったからな、領主家に余計に箔が付くのが奴らとしては面白くないんだろう。」
「ふうん。じゃあ、俺はそいつらから守ればいいのか?」
「それだけじゃあないが、守るという点ではそうかもなあ。
三日目までは遠目に見ていてくれればいい。それまでは人の目は多いし、訓練を受けた神官たちもランカを見ているはずだから、そうそう暗殺なんかしに来ないさ。
本当に守ってもらいたいのは四日目だ。」
「待て、暗殺?」
これまでそんな話は出ておらず、思わず聞き返した。しかし後で考えれば、襲撃をしてくるのは別に魔獣だけに限った話ではない
「あくまで可能性の話だ。しかし警戒しないわけにはいかない。
俺はランカが生きられるためなら何でもする、何でもだ。これもその一環だ。明日から三日、ランカを頼むぞ。」
「わかった。」
控えていたボスポラスの〈収納袋〉から、いくつかの道具が渡された。耳飾りと足環、首飾りだった。
「クロムさん、護衛のために必要な迷宮品などを支給します。
まず近くまで寄られないと姿が見えなくなる〈隠匿の耳飾り〉。四日目に必要になるでしょう、水中で呼吸できる〈空魚の首飾り〉。それから速く泳げるようになる〈鰭の足環〉。冬の海ですから、〈調温の指輪〉もお持ちください。
どれもバティン迷宮で重宝する迷宮品です。」
〈隠匿の耳飾り〉は黒い石のついた、左耳に掛けるようにして付ける装飾品だった。手に取った時はやや小さくて、戦う時に装飾が邪魔だと思っていたが、かけてみればぴったりと吸い付くような感触があり、その後はつけている感覚は無かった。
〈空魚の首飾り〉はクロムも持っているから、効果は知っていた。
〈鰭の足輪〉はヴィネ迷宮二十層以降で手に入る迷宮品で、〈速泳〉という効果がある。軽く水を蹴っただけでも結構な速さで泳げるという効果だ。地上ではやや重いだけの足環だが、水中に入ると何もつけていないかのように軽くなり、泳いでみれば水の持つ抵抗が無くなったかのようだった。
〈調温の指輪〉は〈調温〉という装着した者の感じる温度を低減する迷宮品だ。冬の海に飛び込めば屈強な男も死ぬ可能性があるが、これを付けていると冬の海の冷たさも少し寒い、程度の感覚に低減される。
「これを身に着けてみて、問題ないか確かめてみてください。」
「ああ。」
人目を盗んで浜へと移動して、これらの迷宮品を身につけて激しく動いてみた。
〈隠匿の耳飾り〉は多少の異物感はあるものの邪魔になることなく、また落ちることもなかった。外す時は外れろ、と念じることで簡単に外れた。
海に潜って見れば、〈鰭の足環〉と〈調温の指輪〉、〈空魚の首飾り〉はその能力を遺憾なく発揮した。剣や槍を振うと地上と同じ様に動けたし、普通に泳ぐよりも速く泳げ、息継ぎが必要ないのだ。しかし地上での〈鰭の足環〉は思いのほか重く、〈調温の指輪〉は剣をわずかに滑らせてしまい正確な狙いが難しい。
沖に上がると、近くで見ていたザンジバルが毛布をクロムへ渡しながら問いかけてきた。
「どうだ?」
「…うーむ、海中では思いのほか快適に動ける。だが、地上だとちょっと動きづらいかな。」
「そうか?なら、地上に出たら素早く外してしまえ。」
「そうしよう。」
ザンジバルが用意していた馬車に乗り込み、領主館で衣服を乾かした。昼間とは違った様子のドレークが寄ってきた。近づくと酒の匂いが酷かった。
「すまん、寄らないでくれ。においが…。」
「アーン?なんだァ?酒は苦手かあ?」
「親父、やめてやれ。」
「ザンジバルゥ、そう冷たくすんなよ。寂しいじゃねえか。」
クロムやザンジバルに絡むドレークは酒癖が悪いらしいのだが、普段の態度が悪いからあまり変わっていないように見えるとザンジバルに呆れられていた。
ドレークは息子からのぞんざいな扱いにも気分が良さそうにしていて、既に三樽が飲まれたと笑っていた。ザンジバルには追加でフーレン酒蔵で追加の酒を買ってくるように言い、そのまま宴会へと戻って行った。
「…すまないがクロム、明日の朝早くフーレン酒蔵で酒を三樽受け取ってきてくれ。
これは要請書で、こっちが仕入れの金だ。
門番には明日の朝に追加の酒樽を届けてもらうよう伝えておく。」
「あ、ああ、わかった。」
その夜、クロムは宿へと戻ってすぐに布団へと入った。その日宿の主人はいなかったが、そういうこともあるだろうと思っていた。
翌日は日の出前に目が覚め、すぐに支度をして宿を出た。まだ朝早いというのにフーレン酒蔵は開いていた。ザンジバルから渡された要請書と金を店員に渡し、酒樽を受け取った。
〈収納袋〉に二つ仕舞い、一つを担いで領主館へと向かい、門番へと話しかけた。
「フーレン酒蔵から、追加の酒樽を届けに来た。」
「…おはようございます。窺っていますが、こんなに朝早いとは。」
「ああ、すまんな。」
門番に通された先で別の男に案内を託された。この男は昨日、クロムたちを案内した男だった。酒樽を厨房へと運び込んで、これでクロムの役目は終わってしまった。
(そういえば、運んだあとどうするかは聞いていなかったな。)
クロムは何か残る理由を考えたが、クロムの頭は生憎とその期待には答えなかった。
不自然な間が生まれてしまい、これ以上先延ばすことができなくなったとき、背後から声がした。
「早いわね。酒屋?」
「いや、探索者だ。」
「ランカ様。いかがしました?」
「…ああ、クロムじゃない。ちょっと、遊んでくれる?」
「遊ぶ…?あ、ああ、構わん。」
「探索者殿、その…」
案内の男を無視して、ランカはクロムの手を取って引いた。
「遊ぶくらいならいい。どうせこの後は暇だ。」
「じゃあ、こっち。」
ランカに手を引かれて厨房を出ると、昨日通された応接間とは別の部屋に連れていかれた。調度品を見る限り、ランカが使えば丁度いい大きさのものに見えた。
「すまん、助かった。」
「…私の護衛なんでしょ?ちゃんと守ってほしいんだけど。」
「すまん。…いや待て、明日からじゃないのか?」
「細かいことは良いの。今日は、町中でこっそり楽しむんだから。」
「…なに?」
ランカは悪戯っぽく笑いながら、髪に粉を振って特徴的な髪を隠し、少し擦れた外套を纏った。その動作は実に手早かった。
「さ、ちゃんと守ってね。」
「…巫女だか使徒だかの役目はいいのか?」
「いいの。私の出番はあとは四日目だけ。それから、昨日でお披露目は済んでるの。」
「そうか。どこか神官がいるところだかにいなきゃいけないんじゃないのか?
それと、俺はザンジバルに呼ばれているんだが。」
「そんなものいいわ。使徒の私のほうが今は偉いもの。それにあなた、領主からの警護依頼とその補佐からの呼び出しどっちが大事なの。」
クロムからすればどちらも依頼主に変わらないように思えて答えに詰まっていると、勝ち誇ったようにランカがにやりと笑った。その態度はドレークによく似ていた。
「まあ、警護対象の私のほうが偉いんだから。諦めて。」
(こいつ、ドレークの血縁だな。…とんでもなく図太い。)
「さ、行きましょう。クロム、あなたこれからお兄様ね。」
クロムがわけのわからないという表情がおかしかったのか、ランカは一層面白がるように笑った。
「兄弟を演じてって言ってるの。」
「わ、わかった。」




