58.
ランカが去って少しして足音がまた近づいてきた。ドレークが部屋に入ってきて、その背後にいた男がいた。
「待たせた。こいつから情報を聞け。」
「神殿関係の情報を扱っていますラキオです。よろしくお願いします。
本日は神殿騎士ハイラルと、神殿騎士グラムのことを知りたいと聞いています。」
「ああ、教えてくれ。」
「ラキオ、あとは任せる。」
「かしこまりました。」
その返事を聞いてからドレークは宴会のほうに戻ると言って去って行った。
ラキオと名乗った男は眼鏡をかけた生真面目そうな男だった。ラキオはクロムの反対側に座り、資料を軽く斜め読みして顔を上げた。
「ではまずはハイラルから話しましょうか。」
「ああ、頼む。」
「神殿騎士ハイラルは帝国南部の寒村の出です。
ハイラルの村は魔獣に襲われ、荒野を彷徨っていた時に神殿騎士が気まぐれで拾ったそうです。以来その神殿騎士の従者として育てられました。
彼は負けん気の強さから、当時従者として就いた騎士に稽古をつけて貰い―――もっとも、その騎士は都合のいい憂さ晴らしの相手にしていたようですが―――ともかく彼は騎士の武術を余すことなく吸収すると、更に力を求めるようになります。他の神殿騎士から戦いを学び、神殿騎士見習いとして着任します。十七の時…五年ほど前にその神殿騎士を打倒したことで、神殿は彼の扱いを神殿騎士として任命。ハイラルは更に自身を鍛えました。」
「ああ、すまん。そのあたりの話はあまり興味が無い。ハイラルはグラムという奴と関係はあるか?」
「人間関係の神殿内の情報はあまり入ってこないので、おおよそ憶測ですが…。
神殿騎士見習い時代のハイラルは、クロムさんが気にされているグラムとは神殿騎士見習いの頃に知り合っているようです。」
ハイラルとほぼ同じ頃に神殿騎士見習いとなったグラムは、当時の司教の一人、エレクという男が連れてきた子供だった。グラムはまだ身体のできていない子供とは思えないような膂力と体力を持っており、ハイラルよりも早い段階で神殿騎士として見出された。
エレクも彼を育てることで何かをしようと画策していたようだったが、その期待に反してグラムは魔術の才が一切なかった。ごくまれに、魔術がほとんど使えないような者がいるがグラムはまさにそのまれな例だった。グラムに魔術の才を見いだせなかったエレクは、魔術に秀でた他の子供を見つけるなりグラムを見捨てた。
エレクの評判を聞けば、魔術は神の恩恵という思想を持っていたため、グラムにも魔術の才能を期待していたらしい。黒髪黒目というのは非常に珍しいため、それを利用したかったのだろうが、その意は今となってはわからない。
グラムはその後すぐ、別の神殿騎士に拾われた。魔術がまともに使えないせいで神殿騎士の叙任までは随分と苦労したらしい。しかし事実としてグラムは神殿騎士の一人に列せられた。
並の神殿騎士すら寄せ付けない圧倒的な腕力と武術の才で神殿騎士となったグラムに対して、ハイラルは強い感情、恐らく嫉妬を覚えていた。いつもグラムへと突っ掛かっていたと、彼を知る者が言う。
「…グラムとハイラルは共に四年前に洗礼と叙任を受けていますが、ハイラルは表舞台に出て活躍する反面、グラムは活躍を聞きませんでした。
そして二年ほど前にグラムは失踪しました。その頃からハイラルは心の安寧を得たのか、更に実力を伸ばしました。噂では単身で迷宮の深層にも挑んでいたようです。
数か月前…秋頃になって、ハイラルは森林神に選ばれたと喧伝し、森林神の使徒と名乗るようになりました。以降は魔獣を倒したり、人を助けたりしながら帝都へと訪れ、そしてザガン迷宮に現れた希少種を倒しました。
この希少種が持っていた武器が〈爆裂錘〉という名前の迷宮品で、この効果に高位の〈破壊〉が付いていたと聞いています。」
「その迷宮品は何かで聞いた気がする。」
「そうでしたか。
しかし強力な迷宮品を得たハイラルも、その後失踪してしまいました。
失踪の理由は討伐に失敗したとか旅に戻っただけだとか聞きましたが、ザガン迷宮の希少種を倒した後に帝都からいなくなったようですから、恐らく後者ですね。
使徒となった人間が早々死ぬわけがないと思っていますから、今足取りを追っているところになります。」
「錘の迷宮品を手に入れる前のハイラルの武器はわかるか?」
「剣を主に使っていたようです。しかし武器は何でも扱えたそうで、魔術もできたのか、武器を浮かせて操るようなことができたようです。」
武器は違うが、クロムを襲った男はハイラルだという確信ができた。ハイラルとグラムという二人に神殿騎士という繋がりがあり、ハイラルはクロム―――グラムを嫌っていたのだから、先ほどの話とも合う。
「わかった。グラムは、他にわかるか?」
「グラムについてはあまり情報がありません。わかっていることは先ほど言った事以外は、依頼達成後の情報となります。
一応言っておきますと、神殿騎士として誰かの傍にいたわけでもなければ、目立った場所で活動はあまりしていないようです。ただし、彼は魔獣討伐を専門に辺境や僻地へと赴いていたようです。」
「辺境?」
「霊峰山脈の周辺や都市から遠い荒野、迷宮が少なくて探索者の集まりにくい都市、時に海上を含みます。」
「魔獣討伐は探索者の役目じゃないのか?」
「辺境は神殿や貴族の騎士は勿論、探索者も中々手を出しませんから、魔獣が発生しても発見まで遅れが生じます。
そういった魔獣を発見、討伐する役目を持って巡回する者が神殿騎士にもいます。」
「そうか。グラムはもしかしたら、魔獣かなにかに襲われたのかな。」
「その可能性はあります。」
「他には何か教えてもらえるか?」
「これ以上は依頼達成後となります。」
「そうか。わかった。ありがとう。」
ラキオはそう言って首を振り、部屋を出ていった。
クロムが今聞きたいことは粗方聞くことができた。ハイラルと過去のクロムとの確執を知れただけでも大きい収穫だ。一人になった部屋の中で、クロムは思考の渦に飲まれる。
(俺は、神殿を敵に回したのか。それも。俺は何をしたんだ?)
(最初のハイラルの様子だと、俺は死んだと思われていたらしい。
…まあ、俺は生きているんだが、死んだと言われるのは妙な感覚だな。)
(記憶が無いから死んだと考えてもいいのか?俺はクロムだが、神殿からすればグラムだ。まあ関わらなければいいだけの話なんだが。)
(……あ。)
(海神祭って、もしかして神殿と関係あるんじゃないのか?)




