57.
案内の男に通された場所は一際立派な応接間だった。クロムたちでは価値のわからない美術品がいくつも並び、窓からは街と海を一望できる部屋だった。案内の男に料理を勧められた。まだ冬だというのに、随分と豪勢だった。それを食べていると一人の男が入ってきた。
「よお、飯を喜んでもらっているようで何よりだ。」
魚の肉に刻んだ野菜を混ぜ込んで油で揚げたという料理をかじりながら、入ってきた男を見た。
日に焼けた肌と隠そうとしない無愛想な表情は到底クロムの想像していた貴族という風体ではないのだが、それに似合わず動作の一つ一つは妙に丁寧な動作に見えた。案内の男の他にもう一人がその男の後ろに控えていて、柄の悪い男の地位が高いことを示していた。
「俺はドレークだ。この都市の領主をしている。探索者クロムとやらが来たと聞いたが?」
「そうか。俺がクロムだ。」
「…おい、噂の外套がないぞ?本人か?」
ドレークと名乗った男は不躾にクロムをじろじろと見て、ちらりと背後に控えていた男を見た。見られた男は首を横に振り、クロムの情報を話した。
「確かに噂では黒い髪、黒い目、そして白抜きの蜈蚣が描かれた外套を纏うと聞きます。外套はなくても、黒目、黒髪の組合せは至極珍しく、愛想のなさも貴方並と言いますから、これで他人とは思えません。
それから、〈白蜈蚣〉クロムはオセ迷宮の五十六層、マルバス迷宮四層、ロンウェー迷宮等を深層まで潜り、つい最近帝都を騒がせた〈霊峰山脈の悪夢〉を倒した傑物です。そのうえこの町に来てからもサレオス迷宮に潜り遊空鮫を二度単独で討伐し、探索者協会に納めていますから、この宴会の立役者の一人でもあります。
そのような力を持つ強力な探索者を敵に回すような馬鹿な真似をしないでください。」
「あ?じゃあやっぱりお前がクロムじゃねえか。もっと闘志をむき出しにしているような奴だと思ってたんだが。」
「偏見ですよ。クロムさん、気分を害してしまっていたらすみません。こういう人なのです。」
「あ、ああ。」
クロムは、話が通じるのか通じないのかもよくわからないドレークに何とも言えない苦手意識を持った。ドレークもまた、クロムを見る目がやや厳しくなった。その雰囲気を感じ取ったのか、〈遠洋の灯〉はそれぞれに魚や肉を齧り、次の料理を頼んで成り行きを見守っていた。
(…こいつら、案外図太いな。)
「…まあいい。お前、強いんだってな。警護依頼を出したい。」
「あんたの警護なら断る。要らないだろう。」
ドレークはクロムを睨みながらそう言っているが、クロムもまたドレークを睨み返していた。クロムの乏しい見立てとはいえ、ドレークは貴族というよりも武人に見えた。ドレークの視線の先はクロムの手元だ。その睨み方といい、すぐに動けるような立ち方といい、見えている肌には薄い傷跡が多く残っており、何より掌は剣を振っている者の手だ。腕が立つかはさておき、この男を守る必要を見いだせなかった。
ドレークは眉を顰めてクロムの言葉を否定した。
「俺じゃねえ。対象は海の神の使徒、俺の娘だ。」
〈遠洋の灯〉が一斉に匙を落とした。
ドレークは依頼の話だからと隣の部屋へクロムを連れ出した。
「使徒はわかるな?」
「わからん。」
神の遣い、神の愛娘、天啓を受けた者、呼ばれ方は様々だが、神々に選ばれた者の総称が使徒である。使徒は地上に干渉しない神の意志を代弁すべく、知識を与え、技術を与え、慈悲と恩寵を与える存在。
選ばれたからと言って王になる力を手に入れられるとか、戦うための強力な力を持つとか、急にその手の能力が伸びるとか、そういったことはない。
むしろ、神々は能力が伸びた後の人間を選ぶ傾向がある。無論、その後に試練と共に更なる知識や技術、力を与えられるのだが、神々も気まぐれに選ぶのでなく、一定の基準があるのだろう。
ドレークは使徒について頼んでもいないのにクロムへと説明した。クロムは興味なさそうに話を聞いていたが、このとき使徒というものの重要性に気付いていないことは確かだった。
「…そんなわけだからサーラ神の恩寵を受けて使徒に選ばれたのが不思議でならん。
しかしこれは神の意思だから、政治とは切り離されてなければならん。俺達が守ることができればいいが、俺も領主としての仕事がある。
元々俺の手先が守るつもりだったんだが、この数日で信用できん事情ができた。生憎俺や政敵の息がかかってなくて、神殿の意図も含まないような人間と断定できる奴はそう多くない。」
「ふうん。なんで信用できなくなったんだ?」
「…本当は俺の息のかかった探索者を付けるつもりだった。二級の〈水絡みの蔦〉という奴らだったが、それが四日前に急に失踪した。代わりの腕利きの探索者を何人か付けられれば良かったが、大体マーレイアと繋がりがありそうでな。信頼できる奴ぁ多くない。
それから、政治と神殿両方から文句を言う奴がいるから、したくてもできない。政治だけならいいが、神殿から目を付けられると正面から対抗するのは今の状況じゃあ苦しいんだ。」
「そういえば神殿と事を構えるなとか言われていたな。」
「そうだ。わかってるな。
この町の探索者の多くはこの周辺の出身で、マーレイアのグズ共、それから神殿とどう繋がっているか予想がつかん。外から来たのでも、長くいる奴らも同じだ。
俺は早急に、最近この町に来た探索者で、実力があり、信頼できる奴を探さないといけなかった。」
「ふうん、貴族は大変だな。俺にはわからん話だ。」
「そこでお前が俺の条件をすべて満たした奴だと報告が上がってきたとき、こいつしかいねえと思った。〈遠洋の灯〉と引き合わせて人間性も確かめたが、問題ないとの判断だったらしい。」
「待て、ヘレンたちはお前の手先だったのか?」
「違う。探索者を調べていた手下が、あいつらを使っただけだ。俺とは直接は関係ないから、これからも良くしてやってくれ。」
「そうか。」
「そうだ。
そんなわけだから、この海神祭と少しの間、娘の護衛を頼みたい。」
クロムはこの気に食わない男からの依頼を受けていいのかどうか迷った。嫌だと突っぱねることは簡単だが、真っ直ぐにクロムを見て話す姿はどうにも嘘には見えない。
クロムは帝都やバティンポリスで何度か護衛依頼をしたことがあった。無事に依頼は遂行されたが、四六時中警戒していたため酷い疲れを覚えたことは憶えている。出来るかどうかで言えばできるが、と黙って考えるように口元に手を当てていると、ドレークがまた口を開いた。
「探索者クロム、ハイラルについて調べているらしいな。」
「……誰だそれ?」
「神殿騎士ハイラル。お前が探していた男だろう?」
「…ああ、銀髪。」
「…そこで覚えてるのか。
それから、お前に似た神殿騎士についても情報がある。」
「なにっ。」
思わず立ち上がり、ドレークに詰め寄った。この男は貴族だから、クロムと〈遠洋の灯〉を引き合わせたように、あるいはクロムを調べたように、何かしらの情報網があるのだろうと思った。
「グラムっていう男だ。まさに剛勇無双、黒鉄の民の末裔とまで噂される男。
その様子だと一番知りたかったのはこいつの事だろう?」
「…どうやって知った?」
「俺の手下がこの町の情報屋の元締めだからな。これ以降はお前が俺の依頼を受けたら教えてやる。更に詳しいことは依頼が達成されてからだ。」
クロムにとって嫌なやり口に思えたが、目の前の男がすべての情報を握っていることもまた確かだ。依頼自体はできるだろうし、今欲しい情報もある。事実上、クロムに拒否権は無い。
(…言いなりになるのは面白くない。面白くはないが、次の機会はあるのか?)
「…わかった。」
苦い顔をしたクロムを見て、ドレークが勝利したとでもいうように口元を歪めた。クロムは腹が立ったが、既に口約束でも契約を結んだ以上雇い主に当たる。害してはならないと自信を落ち着けた。
「よし、じゃあ娘を任せた。
報酬だが、すまん、ここで不自然な金の流れを作ることができないから大金は払えん。補填として俺の蒐集物から好きなものを持っていけ。だが、何かあった時には後ろ盾になろう。」
「蒐集物?それより、俺が欲しかった情報をくれ。」
「あ?ああ、ちょっと待ってろ。お前の欲しい情報を知っている奴を連れてくる。」
ドレークはもう一度クロムに頼んだと言って、どこか安堵した表情で部屋を出ていった。
すぐに部屋の扉が開いた。目をやると、知らない少女がいた。ドレークのような茶の髪だが、一部に青の髪が混じっている。少女はクロムを見ると扉に半身を隠して、クロムをじっと見つめていた。
「お前が、俺の欲しい情報を知ってる奴…か?」
思わず尋ねたが、目の前の少女にそんな情報屋の元締めには見えなかった。少女は首を横に振った。どうやらクロムに興味はあるが、警戒もしているようだった。少し迷ったが、クロムは少女に話しかけた。
「……どうした?」
「あなたが次の護衛?」
「もしかしてあいつの娘か?」
「あいつ…ふふ、お父様のこと?…領主のことなら、そうよ。」
少女はそう言って、少しだけ扉から身を出した。顔がよく見えたが、まだ年端もいかないような少女に見えた。戸をしっかりと掴んで体がぶれないようにしていたが、その体幹はまるで武術など知らないかのようだった。
「名前は?」
「…ランカ。あなたがクロム?」
「そうだ。」
「ふうん、クロム、クロム。そう。ちゃんと守ってよね。」
その返事を待たず、ランカと名乗った少女は微笑んでから去って行った。
(…あいつを守るのか?いや、あいつが使徒という奴なのか?……本当に?)
クロムには少女がなにか特別な力を持っているように見えなかった。剣を振うような力もなさそうで、魔力がディンやリュドミラのように豊富というわけでもない。幼い見た目の割にはしっかりした印象だったが、それだけだ。
(海の神はなぜ…戦いを知らないような少女を選んだのだろう?)
そんなことを考えたが、すぐに頭を振って打ち消した。神々の思考などわからないことを考えるだけ無駄に思えた。




