56.
海神祭のはじまりを表す花火が打ちあがった。街は祭りに華やいで、街路を行く人たちの表情は明るい。露店の呼び声はいつもより声高で、多くの人が立ち寄っては離れていた。
この日、クロムは〈海洋の灯〉の四人と露店を回っていた。
これは四人と信頼を築いたとか、仲良くなったというよりも、探索者協会からの依頼で、適当な人数集まっている探索者たちに、町民や探索者同士の諍いを納める警備などをさせるために雇われた形だった。
(結構人が多いんだな。)
クロムは露店で果物に飴をかけたものを買って食べながら回っていた。〈海洋の灯〉の四人も同じように祭りの雰囲気に溶け込んでいた。朝から歩き回っているが、特に諍いらしいことは起こっていなかった。諍いは無くても何かをどこかに持っていってほしいとか、少し手伝ってほしいとか、便利な人手として扱われていた。
「クロムさん、あっちのほうも行ってみましょう。」
「ああ。」
〈海洋の灯〉の決定権は主にヘレンが持っているようで、三人はそれに従っていた。クロムも特に反発する理由がないから、それに従った。
(…うん?)
視線を巡らせていたクロムに、祭りの明るい雰囲気にそぐわないものを見た。
その露店は、見た目はただの安い装飾品を売っている露店だった。改めて見るとさほど違和感はなかったが、クロムはその異常さが何なのかを考えていた。
「クロムさん?」
「どうかしたのか?」
「いや。そこの店に、なんか違和感を覚えたんだ。」
「…あそこですか?ちょっと見てきます。」
「俺たちは少し離れよう。」
マルロがそう言ってクロムの指した露店へと近づき、ミネが続いた。クロムたちは少し離れてそれを見守っていたが、その間にマルロがいくつかの商品を物色し、小さなものを二つ買った。他に一つの髪飾りを買ってミネの髪に飾る。ミネは照れたように笑っていた。
「…あいつら。」
「今日はあの二人いい感じね。」
「どうかしたのか?」
「すみません、今いいところなので。」
「ようやくあの二人がくっつきそうなんだ。」
「……なんだ?」
露店の男と少し話してからマルロたちが戻ってきた。ミネは髪飾りを大事そうに触りながら、マルロが得意げに買ったものを見せながら口を開いた。
「これ、やっぱり魔道具ですね。効果は…へんなものはないと思いますが…。
ミネがいたから簡単にごまかせましたね、ありがとう。」
「マルロ、それは無いわ…。」
「信じらんねえ。ミネ、今すぐそれ外せ。朴念仁がよお。ミネ、気を落とすな、こういう奴だ。」
「…ときめいて損した。」
「え?でも証拠は手に入ったよ?それに、許可証もどこにもなかったから、クロムさんの見立て通りさ。」
「よくわからんが、うまく手に入れたな。あとは衛兵に確認してもらえばいいだろう。」
「クロムさんもかあ。」
「何がだ?」
「いえ、別に。衛兵探しましょう。」
すぐに衛兵は見つかり、魔道具らしい商品と、ミネに渡した髪飾りを見せながら事情を話した。衛兵にはマルロが主に説明をしたが、あの露店の半分以上は魔道具だったという。
「詳しいな。」
「そういうのが好きなんですよ。それから探索者として、知っていて損はありませんから。」
衛兵たちが去ってから、クロムたちは警備へと戻った。酒を飲んで喧嘩していた町民を引き離したり、酒樽や荷を運んだりとクロムの得意な分野も多くあったが、探し物をしたり、案内をしたりといったクロムが不得意な分野はほとんどが〈遠洋の灯〉が対応した。
再び町民からの頼みで、酒樽を運んでほしいという依頼を受けて運んだ。酒樽の他にいくつか細かい荷物があったから、それをミネとマルロが運んだ。クロムが〈収納袋〉に二樽入れ、アーノルドとクロムが一つずつ担いだ。ヘレンの案内で酒樽を運んだが、その先は貴族街だった。
「こっちで本当にあってんのか?」
「ええ、パキラ邸はこの先ね。」
「パキラ…領主館じゃん!」
「そうね。でもただの配達先だし、そんなに身構えなくたっていいと思うわ。」
領主館は丘の上にあるひときわ大きな煉瓦造りの屋敷だった。
パキラ領主家は帝国樹立の際、相当早い段階で現帝国側に付いた小貴族家だったが、その後伯爵位と共にバティンポリス領主へと任命されたことが始まりだ。
元々はバティンポリス周辺の村や都市を統括する役目としてマーレイア家が大領主という立ち位置で取りまとめていたが、マーレイア家は現帝国と抵抗を続けたため男爵位に位置付けられた。
マーレイア家が転覆を狙っているだとか、パキラ家がマーレイアを排除したがっているだとか、パキラ家とマーレイア家の確執は巷で様々な噂が流れている。しかしパキラ領主家とマーレイア家が勢力として拮抗している間は、当人たち以外にはただの与太話、娯楽としての噂であった。
領主館の近くに寄れば、かすかに音楽が聞こえてきていた。ヘレンが言うには領主館では貴族や商人、地主などを招いて宴会をしているのだという。ヘレンが門番をしていた男に近づいて話かける。
「フーレン酒蔵から、酒樽を四つ、運んできました。」
「フーレン…ああ、ご苦労。…四つ?」
クロムは〈収納袋〉から酒樽を二つ追加で取り出した。それを見て納得したように頷いて、別の男にクロムたちの案内をさせた。
「ご苦労様。中庭まで運んでいただきたい。こちらへ頼みます。」
案内の男が一つ酒樽を持ち、もう一つはマルロが抱えた。中庭へと運び込むと、こちらへ寄ってきた男がいた。顔を見れば随分と赤く、酔っぱらっていたようだったが、足取りはしっかりしていた。酔っぱらいは案内の男に陽気に話しかけた。
「追加の酒かー?どこのだ?」
「はい。フーレン酒蔵ですよ。今年出荷の葡萄酒の出来は例年よりも良いそうです。」
「そりゃ楽しみだなあ。」
「いやあ、今年は遊空鮫が多いから酒も進むってもんよ。」
「そうですねえ。」
「でかいのが六匹で小さめが四匹。一級パーティの〈地底の湧き井戸〉が三匹、二級パーティのどこだったか、四つが五匹狩ってたが、誰か単独で狩ったんだってさあ。」
「そうですか。それは剛毅な。」
「なあー、本当になあ。」
酔っぱらいは話せれば何でもいいのか、やれ今年の酒がどうの、つまみがどうのと騒いでいた。案内の男はクロムたちに少し待っているように言い、酔っ払いの背を押しながら、酒を配り歩きに行ってしまった。
「…いまの、クロムさんの話…ですよね?」
「多分な。もう一体倒せれば、俺ももっと食えたんだが。」
「…クロムさんて、けっこう食べるの好きなんですね。」
「ああ。食べることに興味を持ったのはここに来てからかな。前は食えればよかった。
…ここの飯は妙に旨い気がする。」
「ああ、ここは料理が盛んだから。」
「もしかして故郷に近かったりするんですか?」
「さてな。」
ミネがそう尋ねたが、クロムは適当にごまかした。だが、帝都では見向きもしなかった食べ物に対して急に興味を持ち、旨いと思って食べているのは、案外そうなのかもしれないと思った。
そんな話をしている間に、別の男がクロムたちの元へとやってきた。やや腰が曲がった老齢の男だった。
「ああ、よかった。まだいらした。クロム様…と、その仲間ですね。こちらへどうぞ。」
「…え?何?」
「うん?」
老齢の男に、こちらへ、と促され、屋敷の中へと通された。
他の小さな荷は男の後ろに控えていた使用人らしい者たちが運んで行った。




