55.
十六層から地上へと出てすぐ、別の探索者に声をかけられた。声をかけてきたのは槍を持った茶髪の女だったが、後ろには仲間らしい者たちが三人いた。皆クロムよりも若そうだった。
「あなた、それはもしかして。」
「…遊空鮫だ。」
「うひゃあ、凄い。仲間は?もしかして一人で?」
「一人だ。」
「わあ、ホンモノだ。」
前衛らしい青年は随分と感動したように目を輝かせてこちらを見ていた。他の二人も、青年程ではないがクロムに興味を持っていた様子だった。
「あの、私達、〈死体袋〉があるんです。良ければ運びましょうか?」
これはうれしい申し出だった。サレオス迷宮からバティンポリスまで近いとはいえ、歩いては四半日かかる。この間に食材を悪くしてしまうことはクロムとしてもうれしいことではない。
「じゃあ、頼む。荷物運びとして雇おう。銀貨八枚くらいでいいか?」
「そんなに貰っていいんですか?」
「荷が荷だ。こんなものだろう。」
彼等の申し出は確かで、魔獣を大きな袋に近づけると吸い込まれるように消えた。驚いたが、よく考えれば〈蒐集箱〉のうち特定の品種しか入らないものがあることと、〈死体袋〉は〈武器庫〉の死体版、という話をいつぞシャデアの職員から聞いたことを思いした。
「じゃあ、バティンポリスに戻っていいか?探索はするのか?」
「いえ、戻りましょう。悪くしちゃいけない荷ですから。
あ、私はヘレンです。そっちはアーノルド、こっちの二人はマルロとミネです。全員、四級探索者です。パーティ名は〈遠洋の灯〉。」
「ああ。頼む。俺はクロムだ。」
ヘレン、アーノルドと名乗った探索者たちは駆け出しの中ではなかなか優秀な腕前を持つようで、クロムを見ても物怖じせず話していたこともあって少し興味をひかれた。〈死体袋〉を持っていることも気になった。
「その〈死体袋〉?はどこで手に入れたんだ?」
「これは探索者協会での借りものですよ。申請すれば借りられるんです。」
これはクロムも初耳だった。次は探索者協会で〈死体袋〉を借りられないか聞いてから挑もうと思った。
「へえ。だが、上層の魔獣とはいえ。倒せるのか?」
「はい。私たちは四層まで入って、何匹か倒してというように。」
「成程。五層くらいからまた強くなるから、気を付けろよ。」
「はい。」
ヘレンとマルロは素直で、クロムの言うことでも良く返事をして聞いた。ミネは表情には出していないが、ヘレンたちと同じく頷いていた。
アーノルドは常にクロムに特に強い興味を持っている様子だったが、同時に警戒しているのか付かず離れずの距離を保っていた。
(まあ、アーノルドの様子が正常だろうな。こいつらはお人よしだ。)
「ところで、クロムさんは何層まで潜れるんですか?」
「遊空鮫を倒せるんですから、十六層は入れるでしょう?」
「ああ。」
「わあ、すげえ。なあ、アーノルド、戦いのコツとか聞いたらどうだ?」
「い。いや、俺はいいかな。」
探索者協会で遊空鮫の売却を申し出た。返事と共に出てきたのは、何時ぞクロムの剥いだ顎鰐の皮に蘊蓄を付けてきた職員だった。
「お、あんたか。もうこいつの階層まで行ったのか?こいつら…とはちょっと実力が離れてるんじゃないか?」
「ああ。さっきのはこいつを倒した後、運んでもらったんだ。
そうだ、荷物運びの賃金だ。」
「あ、ありがとうございます!」
「ははあ、良い値付けだ。だが一人頭銀貨二枚はちょっと弾みすぎじゃないか?」
「腐らせるよりはいいだろう。一人じゃ運べないからな。」
「確かになあ。」
職員は笑いながら遊空鮫を催促する。ヘレンが持っている〈死体袋〉から取り出してもらうと、早速職員は査定を始めた。表面の皮を撫でながら、これは随分と綺麗だと感嘆していた。
遊空鮫は空中にいるときが一番倒しやすいとされ、魔術で遠距離から仕留めるのが基本の倒し方だという。そのため、強力な魔術を撃つことになるから外見に大きな傷を残しやすい。傷が多くなく、切り傷は比較的ごまかしやすいため良い値で売れると喜んでいた。
査定額は金貨四十枚になった。
「どうだい?これ以上は難しいけどな。」
「わかった、それで売ろう。一番旨い位置は何処だ?」
「旨い?そうだなあ、基本的に身は磨り潰して団子にすることが多いから、味はどこも大差ない。」
「そうか。じゃあ、一部どこかくれ。どんな味なんだ?」
「癖が無くて淡白、上品な味と言われる。食べ方はすり身にして団子にしたものが多いかな。」
「そうか。…茹でればいいのか?」
「そうだ、いくつかの野菜と共に茹でる。詳しい料理法はこの町の料理人なら大抵は知ってるさ。」
クロムは旨いと言われる遊空鮫の肉を手に入れた。宿の主人に頼んで、これを料理してもらうつもりだった。
「あの、クロムさん。私たちに稽古をつけていただけませんか。」
〈収納袋〉に仕舞ったところで、ヘレンがおずおずと話しかけてきた。クロムはすぐに遊空鮫を食べてみたかったが、解体までは時間がかかる。その間は暇なのだからと思い直し、それを受けた。
併設の修練場でクロムは彼等と対峙した。使う武器は布を巻いた木剣だが、クロムは全力で叩かないように注意した。
〈遠洋の灯〉は全員が前衛のパーティだった。以外にも剣士アーノルドが防御的な立ち回りをするのに対して、槍使いヘレンと剣士マルロ、弓使いミネは攻撃的に立ち回った。
クロムはそれらを持ち前の力で受け止めたが、思いのほかいい勝負になった。
(こいつら、意外と戦えるな。だが、攻撃力が足りない。)
アーノルドの剣を弾き飛ばして、ヘレンの槍を落とす。マルロの剣を〈滝壺〉でいなして体勢を崩し、ミネへと接近し、軽く頭に当てる。マルロが再び向かってきていたが、引き付けて〈逆鱗〉で防具越しに胸を打った。思いのほか強く当たり、マルロが数歩よろけて倒れた。
「マルロ、大丈夫か?」
「は、はい、大丈夫です。」
息を整えながら立ち上がろうとするマルロを引き起こして、クロムは次の準備をした。三度立ち合いをしたが、どれも似たような展開で崩れた。
クロムはほとんど呼吸が乱れていないが、四人は既に息が上がり切っており、ミネに至ってはへたり込んで動けないでいた。その姿を見ながら、オルドヴストの騎士たちを思い出していた。
彼らは全身に重りを付けて、ひたすら走っていた。クロムは技を練習しない訓練に懐疑的だったが、今思えばトーラン、フェムト、コガナといった猛者たちも皆走っていた。サイライスに至っては他の騎士よりも多く重りを付けて走って、それでいて終わりまで立っていられたのだから、効果自体はあったのだろうと思い直した。
「…もっと走り込んだほうが良い。戦いを続けられるように体力を付ければ、もっといい勝負ができるだ
ろう。」
「い、いや、もっとって…。」
「逃げないといけないとき、動けない奴は死ぬぞ。」
「…。」
若い探索者たちはふらふらと立ち上がると、もう一回と言って武器を構えた。当然ながらクロムが一方的に叩き伏せたような状態だったが、彼等も満足したような晴れた表情をしていた。
成り行きで知り合ったが、彼等とはまだしばらく付き合うことになりそうな予感を感じた。
「…体を冷やすなよ。」
「は、はい。」
「ありがとう、ございました。」
〈遠洋の灯〉とは別れる頃には日が傾いていた。
遊空鮫の肉の一部を受け取って宿へ帰り、主人に渡した。宿の主人は大層驚いていたが、事情を話せばすぐに料理を始めた。この日の賄いは遊空鮫の団子汁として出された。これまで食べた魚よりも旨味を感じた。
(…これは、倒した甲斐があったな。)
宿の主人に聞けば、遊空鮫の干し肉は少しにおいがするが長持ちして旨いと聞いた。そのつくり方は普通の魚と同じだといい、クロムでも作れるものだった。
その翌日、翌々日もサレオス迷宮に潜ったが、遊空鮫は見つからなかった。
遊空鮫を再び倒したのはそれから二日後だった。これも売却し、肉の一部を引き取った。
クロムは早速干し肉にしてみたが、乾くまでには時間がかかる。宿の主人に干し肉を任せて、クロムはまた迷宮へと潜った。
結局海神祭の前日まで毎日サレオス迷宮へと潜ったが、結局遊空鮫を見つけられたのは結局その二回だけだった。
遊空鮫の干し肉は、すり身の団子より味は落ちたがそれでも長く楽しめると思えば相当にいい味だと思った。
干し肉ができるまでに二度、サレオス迷宮の傍で〈遠洋の灯〉に会い、稽古を付けた。クロムの稽古の内容は以前より厳しくしたが、〈遠洋の灯〉は以前よりも粘り強くなっていた。クロムは彼等が熱心に訓練に励んでいることに、少しうれしくなった。
海神祭が始まる。




