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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
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54.

 海神祭は冬至の日から四日間、海の神サーラと嵐の神キシニーを祀り、海の恵み、漁の安全、海難の厄除けを祈り、昨年の恵みに感謝する祭りだ。

 サーラとキシニーは姉弟神であるが、人間からすれば共に荒神と呼ばれる神々である。人々の生活を支える反面、時に無慈悲にその生活を破壊する、そんなやさしさと厳しさを具えた神はまさに畏怖と敬意の対象である。

 …もっとも、そう考えているのはあくまで巫女や古くから住んでいる領民、それから海賊の血筋である現領主やその取り巻きくらいで、所縁の無い者たちについてはむしろ稼ぎ時、という祭りである。


「信仰の形骸化は悲しいねえ…。この町に住むならさあ……」

「ちげえねえやあ。若いのは出店ばかりを楽しむだけでなあ。」


 周囲に耳を澄ませてみれば、祭りだか神だかに愚痴を言って嘆いている声も時折聞こえる。クロムからすれば神だ、信仰だという話はいまいち理解の至らない話だった。神というものに対する感情というのは、迷宮の深層に挑むような恐れ知らずとは種類が違うと思っているが、海の神、嵐の神を信奉している者たちを見ていると存外恐れ知らずと言っていいのかもしれない。


「まあまあ、今年の儀式では海神様の使徒様が執り行うというし、それを見ればきっとそういう者らも認めるだろうよ。」

「そうそう、俺らがやることは変わらねえよ。」

「ああ、そうかな。」


(…いつもとは何か違う祭りになるのか?)


 噂を耳にしてぼうっと考えていたが、職員に話しかけられて我に返った。探索者協会では腕の立つ探索者に幾つかの依頼を発注していたのだ。

 一つ、ヴィネ迷宮から得られる〈毒蛇の漬酒〉。飲むと滋養強壮、精力回復等の効果があると言われているが、実際には〈マルバス万能薬〉と同じ〈復調〉という効果がある。

 一つ、サレオス迷宮の深層、十六層以降に棲む遊空鮫アエロサーコの肉。その肉は非常に美味で、神への供物として奉げられる一品にふさわしい。

 一つ、バティン迷宮から〈海神の祈り〉という迷宮品。これもまたバティン迷宮の十五層でしか得られない、稀少な髪飾りである。これには〈泰平の海〉という効果があり、一年の間、持つ者は海路において嵐や難破に遭わず安寧を得られるという効果がある。

 海神祭にはこれら以外にも準備するものはあるが、その多くはバティンポリスの領民たちが造ったり、揃えられたりするものだ。しかしこの三つの品だけは中層や深層でなければ得られないため、探索者の腕に委ねられていた。

 クロムにどれか入手できないかと話を持ち掛けてきた職員は、少し焦った顔をしていた。納期が近いのだろう。

 クロムは少し迷ってから、遊空鮫の依頼に目を付けた。


(旨いといったな。依頼である以上、一匹は献上しなければならない。だが自分で食う分もとれるかもしれん。)


 そう思ったとき、〈夜叉の太刀〉の柄を強く握っていた。この武器と自身の実力があれば、倒せると踏んでいた。

 クロムは早速サレオス迷宮に向かい、十三層へと跳んで、十三層、十四層に現れた顎鰐を〈剛力〉使って切り裂いた。魔獣を切り裂く手ごたえから、以前よりも〈剛力〉という魔術もより上達してきたように思った。

 十五層へ踏み入ると、オセ迷宮やブネ迷宮でも感じた閉塞感を覚えた。


(……ここはもう深層、それも最下層に近い…気がする。)


 クロムが迷宮深層へと訪れたことは何度かあったが、単独でここまで来たことはなかった。初めて一人で訪れる迷宮深層に、少しの恐怖と大きな歓喜を味わった。

 この迷宮の魔獣は単体でしか現れず、かつ物理一辺倒で、オセ迷宮やロンウェー迷宮のように魔獣の数が増えるわけでも魔術を使ってくるわけでない。当初のクロムの見立て通り、この迷宮の魔獣に〈剛力リギテット〉と〈夜叉の太刀〉の〈魔獣特効〉での腕力に物を言わせた攻略は相性が非常に良かったことは間違いない。

 十六層の顎鰐はクロムの斬撃を何度か耐え、クロムに攻撃を仕掛けてきたものの、クロムはそれを回避できたし、更に攻撃を加えれば魔獣を倒すことができた。

 十六層をしばらく彷徨い、いよいよ目的の遊空鮫を見つけた。

 遊空鮫はクロムの倍はあろう体長に、思いのほか魔獣は高くを泳いでいた。


(…あれ、どうやって落とせばいいんだ?)


 二度弓を射っていたが、魔獣を落とすことはできなかった。剣を〈礫〉で投げつけてみたが、魔獣に刺さることはなかった。

 しばらく木の陰から悩んでみたが、魔獣を落とすことはできないと結論付けてこの日は諦めて迷宮を後にした。探索者協会で聞いてみれば、最初は魔術で攻撃し、ある程度傷つければ地上に近づいてくるという。

 この職員の口が上手く、丁度いい道具があると言って〈炸裂の矢〉という矢型の魔道具を数本購入することになった。的へ当たった時に魔術的な爆発を起こす〈爆発〉の効果を持った使い切りの魔道具で、その値段も一本当たり金貨十枚もの額になったが、威力は実際に使ったことのある深層の探索者のお墨付きだった。

 遊空鮫のことを聞いてみれば、戦い方のほかには急に入荷されはじめ、既に三匹も仕入れられていると言っていた。ただし、貴族の晩餐にふるまわれることを考えると何匹いてもいいと言われたのだ。他の者については、他の探索者が手に入れてきたものが揃い始めたらしい。


 翌日に早速十六層を彷徨って再び遊空鮫を見つけ、木陰に隠れて〈炸裂の矢〉を取り出す。


(…さて、効いてくれよ。)


 遊空鮫は空中にいる間は、物理攻撃があまり通用しない。しかし強力な魔術で攻撃されると、地上へと降りてくる。地上に近づくと物理攻撃も効くため、クロムでも倒せるようになる事がわかっていた。

 魔獣に〈炸裂の矢〉が刺さり、爆発を起こした。魔獣の悲鳴が響いた。身をよじらせながら、魔獣がクロムを見つける。魔獣がクロム目掛けて高度を下げてクロムを襲った。

 すかさず〈夜叉の太刀〉を抜いて、〈早風〉を放つ。刃は開いた口の横に当たり、浅く魔獣の皮膚を裂いた。

 木をなぎ倒しながらクロムへと転換し、再び噛みつき攻撃をしてくる。その攻撃を横に躱し、すれ違いざまに〈煙霧〉の要領で鰭を切るつもりで振った。しかし魔獣の皮膚は固く、浅く傷つけるだけで終わった。


(〈落雷〉じゃないと倒せないかもしれん。)


 反撃に怒り狂った魔獣はクロムへと向き直る。クロムも〈夜叉の太刀〉を高く掲げ、あとは真っ直ぐに振り下ろすだけとなった。それを見た魔獣が少しためらったように身動ぎしてから、クロムへと突進する。

 クロムはただ剣を振り下ろす。

 ごしゃっという音と共に魔獣の頭蓋が破壊され、牙がクロムに当たる前に書き変りが発生した。


(……あれ?)


 魔獣は牙の様な形の短剣に変わった。美味と称された魔獣の肉はどこにもなかった。

 クロムは密かに落胆し、その日は宿で静かに横になった。

 翌日に改めてサレオス迷宮十六層へと潜った。地上に現れる顎鰐を倒しつつ、遊空鮫を探した。しばらく探して、ようやく一匹見つけた。


(…今度こそ。)


 そう思いながら〈炸裂の矢〉を放ち、地上へと誘き寄せる。今度は首を落とすべく、噛みつきを躱しながら〈落雷〉で魔獣の首を打ち据えた。

 渾身の力で振られた〈夜叉の太刀〉は魔獣の首を深く斬り裂いて、血を撒き散らした。


(…一撃で落とせなかった。)


 俗に手負いの魔獣は危険と言われる通り、魔獣は随分と暴れまわった。クロムは魔獣の攻撃を避け続け、数度剣を振った。それを繰り返している間にやがて魔獣は弱り、倒れた。今度は書き変りが起こらず、死体だけが残った。


(……やったぞ。だが、こいつはどう切ればいいんだ?)


 クロムは実は川魚の内臓を取り除く以外には、魚、魚型の魔獣の解体などしたことが無い。

 これまでの経験に従って魔獣の腹を裂き、内臓を捨てた。しかしそれ以上何をすればいいのかわからず、血抜きするだけに留まった。

 〈武器庫〉は勿論、〈収納袋〉にもこれは入らなかった。当然武器とは見做されず、容量の都合〈収納袋〉にも入らないのだ。

 クロムはこの魔獣を担いで持っていくことにした。頭部のほか内臓や血を抜いたから、思いのほか軽くなった。


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