53.
「…とまあ、俺の知るところはそんなところさ。」
ヘルリックの知るウルクスの過去を聞いたとき、クロムの知る好々爺のようなウルクスと、まったく知らない人間がいるように感じた。
そしてもう一つ驚いたことは、ウルクスの子、コクマーの存在だった。
(以前、ウルクスそっくりな男が出てきたぞ。若いころのウルクスはこうだろうと思わせるような男だった。夢のあいつがコクマーなら、俺は神殿に所縁かあったことになる。
俺は神殿から逃げていたのか?)
「そういえばなんで山の中にいたか、聞いたことが無かった。俺は、邪魔してしまったかな?」
「いや、アイツが拾ったんだ。邪魔ってわけじゃなかったみたいだぞ。
何かあいつなりに思うところがあったのかもな。」
「…ふうん。ならいいが。」
そこまで話したところで、クロムの腹が鳴った。すっかり昼前になっていて、腹が減っていた。ヘルリックはおかしそうに笑った。
「さてクロム、お前、これからどうするんだ?」
昨日とはまた別の飯屋で、海の幸と野菜を煮込んだ料理を食べながらヘルリックが問いかけた。
「情報屋を探す。それから…そうだな、それがはっきりしたら考えよう。」
「情報屋か。まあ、ここじゃあ大体宿屋とか飯屋を兼業しているからな。」
「ああ、そうらしいな。俺は帝都みたいに裏路地の酒場にいるものだと思っていた。」
「そりゃ苦労しただろ。ブラインの様子を見た後でそいつの宿に案内してやる。」
「ああ。頼む。」
「じゃあ、先に行っている。ブラインの店まで来な。」
食事後にヘルリックは二人前の金を払うと、先に出て行ってしまった。ブラインの店に行ったのだろう。
クロムも残りを食べてからすぐに店を出た。
(あいつ、結局ブラインを認めたのかな。しかし商人の弟子になるのになんで俺を見つける必要があったんだ?)
これは後から知ったことだが、ブラインは店の都合行商で利益を得られないかと悩んでいたが、店での商売はできても行商のやり方は知らない。
そこでかつての知古、ヘルリックに頼った。ヘルリックはすぐに首を振らなかったが、ブラインの熱心な申し出に根負けした。
ヘルリックは情報を集めることを弟子入りのための課題にした。これはヘルリックがこれから商売に行く先で何が必要か等の情報を集める癖を持っていたから、それに準じたことだった。その中の一つに、クロムという探索者の情報を集めておくよう言ったという。
ブラインが伝手を辿ってクロムを探すと、すぐそばで見つかった。ヘルリックが言った探索者、その正体に興味を持ってクロムの後を追っていたという。ついでに、連れていけば何かあるかもと思ったらしい。
ヘルリックと合流して、情報屋だという男のもとへ連れて行った。見覚えのある道を通り、クロムが泊まっていた宿へと着いた。
「…ここだ。」
「…俺がいつも泊まっているところじゃないか。」
「え?じゃあ、主人も知ってるよな。」
「ああ。……飯がうまい。」
「…まあいいか。」
ヘルリックが扉を開けて中へと入る。クロムもそれに続いた。宿の広間には誰もおらず、食器を洗っていた主人はこちらを向かずに告げた。
「悪いけど昼飯ならもう売り切れだよ。」
「ああ、それなら大丈夫だ。欲しいのは情報のほうさ。」
「…そっちのお客さんだったか。これ洗ってからでいいか?」
「ああ。」
主人の手が止まるが、すぐに皿洗いを再開した。店主が食器を洗い終えてから、ようやくクロムたちのほうを見た。
「それで、何が…ありゃ、あんた、うちに泊まってる奴じゃないか。」
「ああ。実は情報屋を探していた。」
「そうだったか、そりゃ言わなくて悪かったよ。
厳密には俺が情報屋じゃなくて、その窓口の一つなんだ。まあ、答えられることならすぐ答えてやる。」
「…人を探してもらいたい。
短い銀髪で、口調が粗暴。背は俺と同じくらい。短剣と片手剣、それから錘を使う男だ。
錘は迷宮品で、攻撃したものを破壊するような能力がある。」
「…どこで出会ったとかはあるか?」
「帝都かな。」
「あんたとの関りは。」
「無いと言っていい。」
「成程、含みがあるな。」
クロムは帝都と同じ様に金貨一枚を押し出した。宿の主人はそれを受け取った後、少し瞑目してから語りだした。
「…まず、その迷宮品の錘というやつは最近聞き覚えがある。
帝都周辺のザガン迷宮で希少種が現れたが、こいつが持っていた武器が〈爆裂錘〉という名前の迷宮品だった。この効果に高位の〈破壊〉が付いていたという噂だ。
これを討伐したのが、神殿騎士の一人だったという。」
クロムが〈霊峰山脈の悪夢〉の討伐準備をしていたころに、誰かからザガン迷宮で希少種が出たという話を聞いた。あの時は気にしていなかったし、誰が討伐したなどの話も聞かずに帝都を飛び出したから、この話は初めて聞く。
「神殿騎士とは?」
「ああ。特定の神そのものに仕える司祭や司教、神官と違って、神殿騎士は司祭に仕えている。要は司祭の立場になると、一人以上の騎士を抱えられるということだな。
神殿騎士は非常に厳しい修行…場合によっては命を落とすような修行や儀式もあるらしいが、それらを潜り抜けた先に神殿騎士としての栄誉を手にする。
死ぬ可能性はある者の、それでも神殿騎士になりたい奴がいるのは、金のためかな。生きている間は修験者であっても最低限の金は払われるし、優秀ならその分多くなる。修行中に死んだ場合は遺族に相応の額が届けられる。」
「その辺の話はいい。じゃあ、俺が言った奴は神殿騎士だったのか?」
「そう急くな。俺はそう思っただけだが、倒した奴の情報が足りん。それを集めてから、再度報告させてほしい。」
「わかった。追加の情報分は先に払うのか?」
「いや、後でいい。」
ヘルリックもいる場で聞くかどうかわずかに迷ったが、ここで聞かねばクロム自身の過去を逃すような気がして、結局聞いた。
「ところで、神殿騎士で…グラムという男がいるかを知りたい。ええと、噂で聞いたんだが、黒目黒髪で……もしかしたら俺の血縁かもしれん。」
「へえ?」
「あんたによく似た姿ってことでいいのか?」
「ああ。背も丁度俺に近いらしい。もしかしたらと思ってな。」
宿の主人は一つ息を吐くと、他にはあるかと聞いた。
クロムは他にも細かいことを聞こうかと思ったが、無いと答えた。ひとまず気になっているのはその二つだ。
クロムにとって銀の髪の女がどういう存在かは気になっているとはいえ、もっとわかりやすく転がり込んできた情報を調べるほうが先だと思っていた。
「…なんだかきな臭いが、まあいい。それも調べるだけ調べておこう。出せない情報があったらすまないが、その時は金を返す。」
店の主人はそう言うと乾いた食器を棚へと戻し始めた。食器同士が振れる音だけがしばらく響いていたが、ヘルリックに促されて外へと出た。
「…お前、神殿騎士に知り合いがいたのか?」
「わからん。偶然かもしれん。」
「神殿を敵に回すのは本当にやめとけよ。まさか事を構えるとかしないよな?」
「わからん。」
「そればかりか。」
「すまん。」
ヘルリックとその後もいくらか都市を回った。合間に露店で貝の串焼きや魚の身をよく解してまとめた食べ物を食べた。
露店を見ていたが、やがてそのうちの一つで足を止めた。立て看板を見ると道具屋のようだった。
「…お。これは魔道具か?」
「わかるのか?」
「クロム、お前ここで見張っておけ。俺は衛兵を呼んでくる。」
露店を少しじろじろと見てからヘルリックがこそりと告げて、クロムの返事も待たずどこかへと行った。全く事態が解らなかったが、クロムは少し離れたところから小魚の炙りをかじりながらその店を見ていた。その間に露店を見ている人はいたが、買って行った者はいなかった。
やがて衛兵がやってきて、露店商ともめていたがすぐに露天商が連れていかれた。商品も押収されていた。衛兵たちは礼を言うと去って行った。
「…何だったんだ?」
「魔道具ってのはああいう露店で売っちゃいけないんだよ。取り扱い許可の札もなかったしな。」
「ふうん。」
「一つくらいなら紛れ込んだってことで見逃されることもあるが、さすがにいくつもあると、ああなる。もうすぐ海神祭だってのに、物騒だよなあ。」
「ふうん。あ、あれを食べてみよう。」
「お前は本当に商売に興味ないんだなあ。」
「ああ。」




