51.
眼前の料理に集中していると、ヘルリックが苦笑いしながら笑った。
「俺の話、聞いてねえな。」
「興味が無いからな。」
「まあ、いい、話が逸れたが、それで、生きてるってことは倒したんだよな?その後は?」
少しだけ考えながら、干した小魚を噛砕く。これは口の中で小骨が刺さってあまりおいしいとは思えなかったが、一緒についていたたれは甘く、小魚の味を引き上げているようだった。
「…帝都に行った。」
「シャデアを出るときに相談してくれればよかったのに。
…いや、もしかして俺は、その頃は行商に出てたかな?」
「ああ。」
「そうか、そりゃすまん。それで、なんで帝都に?南の方だっていいところだと思ったが。」
「…自分探しかな。それから、人が集まるぶん腕が良ければ実入りも良いと聞いた。」
「成程ね。」
本当は夢で見た女を探すためだったが、それを言うのはなぜか憚られた。事実、クロムの挙げた理由も嘘ではない。
一緒に出された茶を飲み干すと、油が流されて口の中がすっきりとした。
「それで、帝都ではどうだった?」
「…色々あった。面倒ごとも、楽しいことも。」
「その色々が聞きたいんだ。ゆっくりでいいから話してくれ。」
帝都であったことを思い返していると、店員が追加の皿を持ってきた。海老や貝の他に、今度はごつごつとした大きな石も持ってきた。店員が刃物をゆっくりと差し込み、慣れた手つきで動かす。すると岩がぱかんと割れて、大きな白い身が現れた。石の正体は貝だったのだ。
「牡蠣です。初めてで?」
「ああ。」
「こいつはね、この下側を皿代わりにして酒と一緒に焼く。」
小さな七輪を置いて、店員が「〈火〉」と唱えた。クロムの魔術よりは大きな炎が生まれ、魔導具であろう板の上に炎が移り静かに燃えた。貝を置いて、その上から酒を少し垂らした。
微かな酒精の香りが部屋へ広がった。
「火が無くなったら食べごろでさあ。それじゃあ。」
そう言って店員は扉を閉めて、足音が遠ざかっていった。
「これは旨いから、火が止まって熱いうちに食うと言い。」
「そうか、わかった。」
火が岩の様な貝殻を舐める様子をしばらく眺めてから、再びクロムは口を開いた。
「…いろいろあったが、そうだな、まずは…魔導学院のキョージュとかいうのに出会った話からかな。」
「魔導学院?お前、魔術はろくに使えなかったよな?なんでそんなところに。」
「マルバス迷宮で偶然、そいつを助けたんだ。」
「ああ、薬壺の。学院の教授がそんなところにいるかよ。」
「魔獣を調べていて護衛と逸れたらしい。偶然俺が近くを通って、助けたんだ。」
「はー、そんなこともあるのか。」
帝都であったことを順番に思い出しながら話す。
ディンから魔術や魔獣について教えてもらった事。
〈白輝蜈蚣の外套〉という迷宮品の持つ二つの効果自体は良くわからなかったが、教えてもらった事。
魔導学院の学生たちと仲良くなったこと、その学生たちがロンウェー迷宮でけがをしたこと。ディンと共に探索し、討伐したこと。
ある貴族家の騎士と手合わせし、騎士団の訓練に招かれたこと。
騎士団長が、ウルクスと知り合いだったこと、ウルクスに教えた技は流派があったこと、そしてその流派の技を教え込まれたこと。
そこまで話し終えると七輪の火が消えた。いよいよ食べごろになった。
「…へえ。本当にいろいろあったんだな。順調だったならもう少し居たらよかっただろう?」
つるりと一息に身を食べたヘルリックと違い、クロムは口に貝を近づけたとき急にのぼせるような感覚を覚えた。構わずヘルリックがしたように一息にほおばった。
焼かれたばかりの熱さと酒精がわずかに残った汁で口内を火傷しそうになったが、身から汁がこぼれて、身の僅かな苦みと甘みが口の中に広がった。
「あつっ。」
「まあそう急いで食うこともないさ。」
四苦八苦して飲み込んだ後、ふうと息を吐く。腹に余裕はあったが、これを食べると満足感に満たされた。急に思考がぼんやりとして、心地よい気分になった。
「まあ、あそこで、やることはやったからもういいんだ。」
「…?おい、呂律回って無くないか?」
「そう、か?」
「お前そこまで酒が駄目だったのか!」
「これくぁい、へいき、だ。だが、もうすこしく、くえるな。ついかをたのんでくる。」
「やめとけ、本当にやめとけ。うお、力つよっ…これが深層の探索者かっ…」
立ち上がろうとしたクロムを引き留めるべく腕をつかんだヘルリックだったが、クロムの馬鹿力の前では無力に等しい。
クロムが扉に手をかけたとき、クロムの動きが止まる。
「……?おい?クロム?」
「うっ…」
ふらりと体躯が揺れ、クロムは後ろに倒れた。音が響いたのか、すぐに店員が駆け付けてきた。
「どうしましたかっ…て、倒れてる!?」
「どうやら、こいつはあれで酔ったらしい。すまんな。会計を頼む。」
―――
「…お前、馬鹿だろう。碌に酒が飲めないのに、村人からもらうだなんて。」
銀の髪の女が呆れたように男を見下げた。
男たちは煌々と篝火の焚かれた村の輪から外れた木陰で、村人たちが踊る様子を見ていた。
この日訪れた村は丁度秋祭りで、昨年に漬けたコケモモ酒が良くできたからといって振舞われていた。最初男は断ったが、野獣を狩ってくれた礼だと言ってコケモモ酒を一壺渡してきた。
それだけでなく、夜まで引き留められて大量の料理と酒を勧められた。男はこれも断ることができず、祭りに参加することになった。
「…彼等には彼等のやり方がある。―――――として、別に貰っても、いいだろう。
俺がにょむことになるとは…思っていなかったが。」
気を付けても呂律が回っていない男の様子を呆れたように見て、女は問いかけた。
「ハア。それで、なぜそんなものを貰ったんだ。次の村で売るのか?」
「いや、捧げものだ。くれる。」
「……いい心がけ。貰ってやる。」
女は酒を受け取ると、あっという間に飲み干す。
「確かに美味だった。だが私には甘さが少しくどいかな。」
「…化け物か。」
「貴方が酒を飲めなさすぎなだけだ。貴方、酒は絶対に飲んだら駄目。」
女は呆れた様子で男を見て、空になった酒の壺をクロムに返し、村人たちが気付く前にどこかへと消えた。
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