50.
情報屋の情報すら手に入れることができなかったクロムは、諦めて探索者協会で情報屋のことを聞いてみた。すると職員は快く答えた。
「ああ…この町だと帝都みたいに裏通りで屯とかしていませんからねえ。」
「なに、そうだったのか?」
「ええ。大抵は他の商売と兼任していますよ。例えば宿とか、占いとか、酒場とか。
それぞれで得意な情報っていうのは違いますけど。」
「そうなのか。帝都だとなにを聞いても答えてくれたぞ。」
「帝都に集まるような情報屋たちは何もないところからでも情報を集められて、かつそれを理論的に組み上げられるような聡い人ばかりですよ。残念ですが、この町だけじゃなく帝国、いや西大陸どこを探してもあれほどの腕を持った人たちはいないでしょう。」
金を払えば分野を問わず教えてくれる情報屋、というのはほんの一握りで、活動している都市以外の場所にも情報網を広く持っている者はごくわずかなのだという。
職員の話を聞いて、クロムは帝都での自分の態度を思い出した。クロムにそのつもりはなくても、彼らを威圧するようなふるまいをしてしまっていたことを苦く思った。
「この町だと人捜しは何処になる?」
「うーん…衛兵の詰め所か、宿か、あるいはこの建物のどこかでしょうか。」
「そうか。わかった、ありがとう。」
探索者協会を出ると、また先日の男が見えた。男がクロムを見つけると、今度は正面からクロムに近づいてきた。
「あんたがクロムだな。シャデアの商人で、ヘルリックさんっていう人を知っているかい。」
「……あんた誰だ?」
ヘルリックはかつて、クロムを助けた男が死んだときに世話になった商人だった。都市シャデアへ連れていき、クロムと迷宮を引き合わせた男でもあった。
「俺はブライン。ヘルリックさんの弟子だ。」
その言葉にクロムは記憶を辿り、いつかヘルリックが天涯孤独だとか言っていたことを思い出した。
「弟子がいたとは。意外だ。」
「フン。…しかし本当にお前が、あの人が気にかける価値があるようには見えねえなあ。」
「そうか。それで、ヘルリックはこの町にいるのか?」
「ああ。付いてきな。」
ブラインと名乗った男はクロムが追ってくることを何度も振り返りながら道を進んだ。
大通りから三つ通りを逸れた通りに出て、一つの小さな店に入っていく。表には〈ブライン道具店〉とかかれた看板があり、馬車が一台待機していた。
ブラインは店に入るなり、ヘルリックの名前を叫んだ。
「おいてめえ、今自分とこの客がいるんだからその態度はやめろってんだ!
ああいや失礼。ご注文の魔道具は工房の空き具合にもよりますが、すぐに発注します。
猶予は三ヶ月程あるとのことですので、二ヶ月半で納めていただくよう工房と交渉しましょう。」
ウルクスと同じくらいの老人とは思えない張りのある、懐かしい声だ。
ヘルリックが自分の相手をしていた客に笑顔で対処しながら、ブラインだけを刺すような殺気を放っていた。器用だな、とクロムは思った。
(こうやって見ると同じ商人としてはヘルリックのほうが信用できそうに見える。年季の差というやつか?)
「まあまあ、ヘルリック殿。こちらとしては魔道具がきちんと納品されればよい。話も既にまとまっている。このまま発注させてもらう。」
ヘルリックの反対に座っていた、恰幅の良い若い男がなだめるように言った。
「ありがとうございます。それだけ期間があれば、きっと良いものを仕上げてくれるでしょう。」
「…結構な数になると思うが、ヘルリック殿は強気だな。」
「畏れ多いことで。ですが、工房の人間の腕を買うのも商売のうちですよ。」
客の男とヘルリックは笑いながら商談を終えたのか、男を見送るために立ち上がり、クロムのほうを見て驚いたような顔をして固まった。
固まっていたのはごくわずかな間だけで、すぐに我に返って男を店の出口へと案内し見送った。
男は馬車に乗り込むと、二三言葉を交わして去って行った。戻ってきたヘルリックはすん、と表情を決して、声を抑えてクロムを指した。
「さて。クロム、なんでここにいる…?」
「…旅の途中だ。」
「そうか。シャデアでオセ深層に挑んで、その後の行方が分からなくなったときは心底驚いた。」
「すまん。」
「ヘルリックさん、これで俺を弟子にしてくれるんですよね!」
空気を読まないブラインは期待に満ちた表情でヘルリックを見ていた。どうやら、クロムを見つけることでヘルリックに弟子入りできることになっていたのだろう。
「テメエ、何してやがった!お客様のお見送りが先だろうが!自分の事より自分の店のことを考えろ!」
「…はい。」
「……チッ、だが商売の基本は信用、約束破りは最たる悪だ。仕方ねえ、弟子として扱ってやる。」
ヘルリックが怒気を露にしながらブラインに詰めてから、諦めたように一言言った。それを聞いたブラインが再び顔を輝かせて拳を握りしめた。
「クロム、別のところで落ち着いて、ここまでの話を聞かせてくれ。
ブライン、お前はこの店を任されているんだから、ここから閉店までお前が何とかしろ。」
「は、はい!」
「さっきの大口の対応は、工房にも俺が話を通しておく。他に大口なんてそうそう来ないはずだ。」
「はい。お願いします。ところで、さっきの話は何処に頼むんですか?」
「…帝都かなあ。明りになる魔道具自体はありふれているが、装飾を凝ってほしいと言われている。家紋の他に指定された模様もあるくらいだ。すぐ卸せる物でもないし、彫金できる細工師は大体探索者相手が多くて、貴族用の彫金ができる奴は限られている。
往復すれば急いでも半月はかかってしまうが、帝都ならそれなりに対応してもらえるだろう。
詳しい仕様はその紙にまとめてあるから、別に保管しておいてくれ。
俺は海神祭が終わったらすぐに帝都に向かう。」
「わかりました!」
「任せたぞ。じゃあクロム、行こう。」
店を出て、海岸通りまで歩く。その間互いにずっと無言で歩いていた。ヘルリックが店に入り、クロムも続いた。
「…ここは海のものが旨い店さ。海老と貝なんかが特に旨いぞ。」
「ふうん。」
「お前はいつもそうだな。つまらなさそうにしやがって。」
「そう見えるか。」
「ああ。」
炭火で焼かれた貝や海老が出てくるまでは他愛無い会話が続いた。クロムはヘルリックのことも忘れて帝都へと向かったから、一層気まずさを感じていた。
「まあ、まずはオセ迷宮でのことを聞かせてくれ。
話じゃどこかの二級パーティと組んだと聞いたが。」
「〈深淵の愚者〉か?あいつらいい奴らだったよ。」
「勧めたのは俺だった気がするが、まさかそんな奴らと組むとはなあ、運がいい。二級だったら二十層ならヘマしても安心だな。それで、どこまで潜れたんだ?」
「確か五十六層だったかな。」
「ごほっ…ごっ…!?」
ヘルリックが食べていた貝を喉に詰まらせ、嚥下できるか吐くかの格闘をした後で改めてクロムのほうを見た。信じられないものを見たとでも言いたげだった。
「ああ。希少種とも戦った。白い蜈蚣だったよ。」
「白い蜈蚣って…デトロダシキの白蜈蚣じゃないよな?」
ヘルリックが何かを語りたそうにしていたから、黙って話の先を促しながら、クロムは海老の殻を剥いた。これまで食べたことのないような緻密で柔らかな身と、少しだけ感じる磯の香りが新鮮さを感じさせた。
「神代に暴れた怪物の一匹さ。魔術が効かず剣も弓も傷一つ付けられぬほど硬く輝く殻を纏う大蜈蚣。数多の蟲を引き連れて、蟲達の安息の島となって海を渡るなんて逸話もあるんだが。」
「ふうん。」
次に手を出したのは渦巻くように殻を纏っていた貝だった。酒と調味料を混ぜた液を垂らして、そのまま蒸し焼きにしたものらしい。他に出されていた貝と異なるこりこりとした触感が楽しい。辛く煮込んだ液も、この貝によく合った。
「ひとたび人里に近づけば蝗が荒し羽虫が人に纏わり付き、疫病を広めた。いよいよ天に討伐を願い続けたある日、白蜈蚣を討ったのが森林神デトロダシキと武神エノディナムス、嵐神キニシーだ。
森林こそ我、我をかくも荒らされては黙っておれぬ。我を恐れる人間共も必死に縋ってくるほどだ。今こそ彼の怪物を討つときよ、なんて聞いたことないか?ないだろうな。」
「ない。」
「ハア、もう少し神話や文化に触れさせるべきだったかな。」
「商売ばかり叩きこんだくせに。」
「そりゃ悪かった。
それで、キシニーの起こした七日七晩止まぬ嵐で蟲共を除いた後、エノディナムスとデトロダシキが飛び出して十日を戦い続け、その末にデトロダシキが頭を砕いて討ち下したと言われているんだ。」
次に手を伸ばしたのは煮魚だった。先ほどの貝とは違う調味料を付けて焼いているのか、生臭さはなく食べやすい。もしかしたら、この魚自体はあまり強いにおいがしないのか、あるいはそれほど新鮮なのだろう。
「お、これも旨いな。次は海老を多く持ってきてくれ。」
「はいよー。」
通りかかった店員に追加を頼む。それをみたヘルリックは呆れたように溜息を吐いていたが、今のクロムにとっては初めて食べる物の連続で、楽しい冒険の最中だった。




