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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
3.神と使徒
54/166

49.

 バティンポリスはバティン迷宮を囲む―――否、正確には、バティン迷宮の真上にある町だ。古くは河川と海を利用した輸送や豊富な海産物で小国として栄え、今は観光、工芸、そして迷宮で栄える帝都西部の一大都市だ。

 この都市の名前になり、そして名所のひとつに数えられるバティン迷宮は、十層までは浜辺の様な地形、岩礁のような地形が交互にあり、三層までなら探索者や町の兵士の案内付きで誰でも潜ることができる。迷宮に潜るという、戦う力の乏しい者たちにとっては珍しい体験のため、人気があるのだ。

 十一層以降は海中のように海水で満たされた地形の階層となるため、十一層以降は何の準備もなしに入ると何もできず溺れ死ぬ。この迷宮の深層に挑むには、水中で息ができるようになる迷宮品、水中でも陸地のように動けるようになる迷宮品、水流を無視できる迷宮品の最低三種類の装備が必要になる。そしてその迷宮品はそれぞれの迷宮でしか手に入れることができない。

 そのため難易度は非常に高く、現在までに十五層までしか探索できていないと聞く。


(…迷宮品が無いと進めないなら、挑んでもせいぜい十層までか。)


 ともあれ、バティン迷宮以外にもヴィネ迷宮、サレオス迷宮が近隣にあるためそれなりの数の探索者が訪れる都市でもあった。バティン迷宮を攻略するための迷宮品はこの二つの迷宮で得ることができるというから、必然この二つの迷宮を攻略する者が増える。

 この都市の領主はバティン迷宮を攻略した者に多額の賞金を払うと先代の頃から豪語しており、挑む者は芋を洗うようにいた。しかし実力者はバティン迷宮に挑むせいか、この二つの迷宮は未だ攻略されていない。

 この二つの迷宮はバティン迷宮に挑むための迷宮品を得ることができるが、浅層の迷宮品と探索できる限りの深層の迷宮品で差は全くない。そのため、実力に不安がある者たちが主にこの二つの迷宮に潜り、運よく攻略に必要な迷宮品を手に入れられれば上級の探索者に売るという、一つの商売が出来上がっていた。


 ヴィネ迷宮は毒蛇の魔獣が多く生息し、かつ嵐でも起きているかのように強い風が吹く。強力な術士か、とにかく大人数で手数が揃うなら、それなりの探索ができる。

 サレオス迷宮は鰐の魔獣が多く生息し、その皮膚は恐ろしく堅牢で倒すには労力が要る。クロムのように攻撃力の高い前衛か、術士と盾使いがいればそれなりの探索ができる。

 現在ヴィネ迷宮は三十二層、サレオス迷宮は十七層まで探索されている。話を聞く限り、クロムが挑めそうな迷宮はサレオス迷宮だけだった。


(…リュードがいれば、ヴィネにも挑めただろうが。惜しいな。)


 クロムが選んだ宿は市街から離れた旧区画と呼ばれる一角にある安宿だった。あまり目立たず、安く、意外なことに料理が旨かった。

 そしてもう一つ、沿岸にある旧区画と呼ばれる場所であれば、どこであっても〈転移シャンゴ〉を唱えることでバティン迷宮へと転移することができる。クロムの泊った場所は旧区画とは少し離れていたが、移動が苦になる距離ではない。

 この都市は今、冬至と共に行われる祭りの準備で明るい雰囲気を纏っていた。


 ―――

 サレオス迷宮は湿地、というよりも浅い川の中、といった雰囲気だった。木々は生い茂っているものの視界はさほど悪くない。低木が少ないのだ。足元には常に水流があるため、呆けていれば足を滑らせてしまう。

 蜥蜴のような魔獣や、話に聞いていた鰐型の魔獣、顎鰐マクゼロンダイルが襲ってきたが、まだクロムの敵ではない。


(〈落雷〉!)


 魔獣相手に振うと威力が上がる〈魔獣特効〉という特性を持つ〈夜叉の大刀〉に山明経流の技をかけ合わせれば、堅牢だと言われる魔獣の皮すら切り裂き、一撃で骨まで断つことができた。

 少しだけ手応えが変わったことを感じ始めた五層からは、顎鰐の出現頻度も増えた。顎鰐はクロムの技を試すだけの相手となった。

 探索を始めてから八層に到達するまでに、十八匹の顎鰐を斬り捨てた。途中で何度かすれ違った探索者たちが一様にクロムを怯えた目で見ていたが、クロムは意に介さずその場を去った。


(…やはり、どうでもいい者に怖がられてもなんとも思わんな。)


 翌日、翌々日とサレオス迷宮の近場で野宿し、朝早くから迷宮へと潜った。十層までくると、顎鰐はより硬く、素早く、そして力強くなっていた。一層に比べれば倍以上は頑丈で俊敏だ。十二層までは倒すだけで終わっていたが、十三層では倒すたびに魔獣の皮を剥いだ。最初の数匹は野獣と違う感触に手こずったものの、十匹も剥げば多少は慣れた。

 翌日も十三層へと潜った。合わせて二十枚の顎鰐の皮が集まった。どれも分厚く、丈夫な皮だ。十三層も飽きてきて、十四層へと移った。

 この階層でも同じように一度首筋を斬りつけ、距離を取る。別の顎鰐が茂みや近くにいないかを常に警戒しながら、首筋を裂いた魔獣を更に斬りつける。

 苦戦というほどで放ったが、十三層の顎鰐よりも皮が丈夫で、生命力にあふれていた。


(これは、意外と最下層が近いのかもしれないな。)


 顎鰐が動きを止めたとき、書き換わりが起こって魔獣が〈空魚の首飾り〉という首飾り型の迷宮品に変じた。話に聞く、身に着けると水中でも息ができるという迷宮品だ。


(おお、町の探索者がよくつけているやつだな。運がいい。)


 クロムはこれを懐に仕舞うと、迷宮を後にした。〈収納袋〉の容量が既に限界に近かったことに、今さら気付いたのだ。

 地上へと戻ると、探索者協会へと真っ直ぐに向かい皮を売却した。魔獣素材の担当者だという職員が出てきて、クロムの出した皮を一瞥した。


「これはボロボロだな。お、こっちはだいぶましだな。…これも粗いがまあまあましか。

 あんた、顎鰐の解体は初めてか?」

「ああ。」

「ふうん、じゃあ浅い…いや、おい、これ何層で捕った?」

「十三層だ。」


 職員が痛快だと言うように笑い、皮の厚さを測り、刃物でがしがしと皮の端を落とした。


「うーん、確かに十層から十二層よりは厚くて固い気もする。色つやもいい。だが剥ぎ方が悪いから高値にはできねえ。それで、十二層までの素材は?」

「取ってない。すれ違った探索者が剥いでいるかもな。」

「ハァ、迷宮狂いか。浅層の魔獣素材はな、経験の浅い奴でも扱えるものが多い。サレオスだと、七層くらいかな。それくらいのが扱いやすくて、若い職人たちに捌きやすいんだ。」

「ふうん。」

「より深層の魔獣素材は、やけに硬かったり癖が強かったりして、特別技術が無いと扱えない。そういうのをよりうまく扱うためには、浅層の素材を使い潰すつもりで練習しなきゃなんねえ。あんただって、迷宮に潜り始めたときは浅層で修業しただろう?」


 諭すように熱のこもった口調で語り掛ける職員の相手をするのが面倒になり、適当に話を合わせた。


「…次からは浅層でも素材は取っておこう。」

「そう来なくっちゃ。さて、査定が終わったぜ。下手なのが八枚で銀貨八枚、上手いのが四枚で銀貨十二枚、及第点が八枚で銀貨十二枚。

 それと階層が十三以降だから、銀貨四枚を付けて八十枚…合わせて百十二枚だな、金貨一枚と銀貨二枚だ。」

「確かに。しかし、一枚当たりが随分安いように感じたが。」

「この町じゃ魔獣の素材は安くしないと売れないのさ。だがその分、迷宮品は高く買い取る。それでも必死に魔獣を倒しても少ししか金が入らないならやる気なんぞなくすだろう?だから、色を付けてるのさ。」


 職員は商人も職人も高くていい素材を買いたがらなくて困るね、と愚痴をこぼしているのを聞きながら席を立った。

 クロムの目的は金稼ぎではないから、どの魔獣素材がどれだけで売れるかは興味が無かった。

 クロムの第一目的は己の記憶を取り戻すことだ。そして記憶は、強力な魔獣を倒したときに取り戻せることがこれまでにわかっていた。幾らか記憶を取り戻してきたとはいえどまだ穴だらけで、かつ自身の核心に触れるような内容がほとんど無かった。

 しかし謎の男たちに追われて帝都センドラーを飛び出した日、過去の核心に迫る情報が手に入った。記憶を失う前にはグラムという名を名乗っていたことだ。

 その情報から自身を探すことにしたのだが、帝都に戻ればいつ新たな追手が来るかわかったものではない。それは周囲を巻き込むことになると思ったからこそ、こうして逃げているのだ。何なら、逃げた先で情報を集めればいいとさえ思っていたが、甘かった。

 クロムは情報屋を探したが、帝都のように裏通りに屯しているわけではないようで、情報屋探しはすぐに難航した。帝都の情報屋が異端なだけで、普通はそうとわからないよう身を隠して生活する者が多いことをクロムは知らなかった。

 宿に帰れば、宿の主人に声をかけられた。


「お、数日ぶりだな。飯は食うかい?」

「貰おう。」


 宿の飯は宿泊の料金とは別だったが、銅貨数枚の値でそれほど高いわけではないため気兼ねなく頼み、食べた。この日の飯は雑穀や野菜と魚の煮物を一緒に煮たものだった。

 偶然この宿に立ち入ったとき、一月止まるのに銀貨三十五枚だと言われた。一日銀貨一枚以下の値になるし、何よりここまで急ぎの旅で疲れていたからこの宿に泊まることにした。結果から言えばそれは正解で、布団はいつも干されて柔らかく、何より安価で買える賄い飯も旨かったのだ。

 翌朝は修練を行ってからは、残る時間を布団の上でこれからどうするかを悩みながら、武器の整備をした。結論など出ず、近いうちにまた南にでも移動するべきだと考えていた。


 次の日にはバティン迷宮に潜り、六層まで攻略した。妙に速く動く虫型の魔獣や、貝を被った蟹の魔獣が出ていたが、やはりクロムの敵ではなく鎚に叩き潰されたり、あるいは剣で切り払われたりした。

 素材を幾らか取って、探索者協会で売り払った。クロムからすれば二束三文だったが、ごく安価でそれなりの数の魔獣の素材が手に入ったことに喜んでいるようだった。


 ヴィネ迷宮に足を運んだのは、その翌日だった。

 ヴィネ迷宮は毒蛇型の魔獣が多くいるが、この迷宮の難しい点はそれだけではない。迷宮内部の洞窟には絶えず強風が吹き荒れるのだ。風に乗って魔獣が飛んでくることもあれば、突然風の向きが逆になり背後から襲われることもある、不人気な迷宮だった。

 クロムには魔獣が飛んでくるというのが解っていなかったが、いざ迷宮に潜って見ればその意味が分かった。毒蛇型の魔獣、小平蛇プレータサーペントというやつは、掌程度の大きさで指三本の幅と、小さく平べったい。色も岩盤に近い黒ずんだ茶色で、見分けがつきづらく、気配を押し殺すのが非常にうまい。

 クロムの感覚ではすぐ傍に近寄らないととらえきれない。視界の内は対処できるが、背後から突然襲われると気付きづらい。そして飛んでくる、というのは枯葉のように風に乗って文字通り飛んでくるのだ。

 四層まで攻略したが、二度背後から襲われ、一度は気付いて倒したのだが、一度は噛まれた。クロムの身に着けている〈白輝蜈蚣の外套〉と、鎧蜈蚣で作った防具が攻撃を阻んだため毒は受けず倒したものの、背後から無防備な首筋を攻撃されてしまうとどうしようもない。

 これ以上の探索は厳しいと思って断念した。


 切り捨てた蛇の魔獣の死骸を探索者協会に持って行ってやれば、これも喜ばれた。やはり安い値で買われた。

 宿への帰り道、背後からこそこそと着いてきている気配があることに気付いた。曲がり角のたびに来た道をちらりと見ると、同じ男がいつもいた。

 次の角を曲がったとき、クロムは全力で走り次の角へと向かう。男が慌ててついてきたように走り始めたが、更に角をいくつか曲がればすぐに見えなくなった。

 男を撒くためにあちこち歩いていると、宿は既に通り過ぎ、町のはずれまで来ていた。畑の他に民家がぽつぽつと立っており、その中には店もあるようで人が大勢いる気配があった。しかし追手は負けたようだった。

 クロムはその場を去り、宿まで戻った。主人がクロムの顔を見るなり、飯を用意した。パンに肉と野菜をはさんだものと、小魚を煮込んだ汁だった。


「今日は少し遅かったな。」

「ずっとつけてくる変な奴がいて、撒いてきたんだ。」

「へえ。あんた、訳ありだったか?」

「さあな。」

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