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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
2.帝都の喧騒
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森林神の憂鬱

「…いた。」


 光と闇の混じる森の奥。一際巨大な木へと凭れながら、森林神デトロダシキは驚愕していた。思わずこぼれた呟きは小さなものだったが、彼にとっては驚愕と困惑、歓喜と悲壮と後悔が入り混じっていた。二本の腕を組んで、もう二本の腕で頭を掻きむしった。


 光の神イリアオースの会合から、地上の時間で三月あまりが経とうとしていた。イリアオースから早く使徒を作れと急かされ、選んだのは気に入っていた男の傍で対抗心を燃やしていた銀髪の男だった。

 このハイラルという銀髪の男は随分と面白い戦い方をしていた。怒りの感情を全面に出し、心の中まで怒りで満たしているというのに、その思考は常に冷静でいた。なぜそんな戦い方をするのかと聞けば、どうやら元々気に入っていた男を一方的に敵視していたらしく、男の真逆の戦い方をするようになったのだという。

 その男に幾度も打ちのめされながらも実力を伸ばし、幾度も挑むという不屈の者はデトロダシキ自身も好いていた。戦いができて、折れない心があり、いざという時に躊躇しない、全体的に能力の高い人間はイリアオースの要望にも合う。それがデトロダシキから見たハイラルだった。


 気に入っていた者と内心では比べていたが、二人は甲乙つけ難い―――否、既に居なくなってしまった元お気に入りよりは大きな伸びしろがあった。

 それに、ハイラルは森林神を信仰していた男でもあった。彼の前に現れ、使徒と任命したときは泣いて感謝を言っていた。


「ところで、どうして俺を…?」

「目についたからかだ。もう一人、お前の傍にいた奴をと初めは思っていたが、いつの間にかいなくなってしまったからな。」


 デトロダシキはザガン迷宮で〈遣い〉―――自身の一部を人間や獣に合わせて創り出した人形―――を顕現させると、それと戦えとハイラルに命じた。 

 厳密には迷宮は地上ではないから、ルールに定まっている地上への干渉には当たらない。

 

 ハイラルは見事〈遣い〉を倒した。

 書き変りが起きて〈デトロダシキの短剣〉へと変化し、魔獣の持っていた〈爆裂錘〉は場に残った。

 〈爆裂錘〉の使い方を教え、しばらく修業に励むように言って自身に〈遣い〉を戻した。

 これでしばらくのんびり過ごせると、そう思っていたのだが、間違いと気付いたのはすぐ後だった。


「ハイラル様。修練中失礼します。」

「なんだ。」

「………が見つかりました。今はクロムと名乗り、主に迷宮に潜る探索者として活動していました。」


 その報告を聞いてハイラルの感情が大きく振れた。デトロダシキも使徒の感情の激しい動き方に思わず様子を見た。デトロダシキが使徒とすべくして出会ったときのハイラルは戦いのときすら落ち着いており、このような激しい感情の動き方はしなかったのだ。


「おい、他の奴には言ったか?」

「まだです。」

「よし。お前は奴の元部下を集めろ。それから、奴の今の居場所はどこだ。」

「はい。今は探索者として帝都に身を置いているようです。」

「…フン。奴の様な黒髪は珍しい。むしろなぜ見つからなかった?」

「シャデアでの噂では、それ以前は人前に出るようなところにいなかったと。」

「奴にしては頭が回るな。準備しておけ。」

「はい。」


 それからハイラルは数日帝都を探していたが、ハイラルの目当ての人間はどうやら帝都を離れているらしかった。更に数日後、クロムが神殿へと現れたと部下から報告があった。

 一人がクロムと呼ばれた男の後を追った。向かう先の路地の一つに彼らは身を潜めていた。


(…うん?こいつ、もしかして。待て、やめてくれ。)


「落とし物ですよ。」


 炎が男を襲ったが、男に炎は届いていなかった。襲われた男は一目散に駆け出し、逃げた。


(あれ?今の魔術…こいつを捉えたよな?)


 デトロダシキはハイラルに呼びかけようとしたが、〈遣い〉を降ろしたせいでまだ天上世界から呼びかけが安定しない。デトロダシキの声はハイラルに届かなかった。しばらく呼びかけ続けたものの徒労に終わり、もう見守るしかないと諦めた。

 荒野で男へと追いつき、戦闘が始まった。四人の男が四方からクロムを襲った。

 デトロダシキはクロムの実力を知らなかったあが、驚いたことにクロムは見事に四人を斬って捨て、そしてハイラルも見事に打倒したのだ。

 デトロダシキはその戦いの中で、クロムの持っていた武器を見て大層驚いた。


(あれは、俺が昔使っていた剣だ。エイサリーに作ってもらったんだったな。)

(だが俺がいつか魔獣を斬ったときに折れ飛んだから、もう無いはずだと思っていた。)

(銘は…〈夜叉の太刀〉?おいおい、どういうことだ?俺の武器なら、創造神の命名則どおり、デトロダシキのなんとかいう名じゃないのか?俺の武器ではないのか?)


 デトロダシキはすぐに森の奥を後にして、蒐集神マニアのもとへ訪れた。マニアは様々なものを集めることを使命にした神だ。この手の問題は彼女が適任だと思ったのだ。

 マニアの住処はまるで蔵のように書物や物品が収められている。その隙間に彼女はいた。長い巻物に筆を走らせながら、左目だけを器用に動かして来訪者を睨んだ。


「マニアよ、教えてくれ。」

「なに?今忙しいのだけど。」

「〈夜叉の太刀〉という武器は知っているか?」

「なにそれ。」


 マニアが鬱陶しそうにデトロダシキを睨み、しかし手を止めた。デトロダシキは少し考えて、別の質問を投げた。

 

「……俺の信仰は、どういう名前で集まっている?」

「はあ?何言ってるか、わからないんだけど。」

「頼む、教えてくれ。デトロダシキという名前以外で、俺に信仰を捧げた人間はいないか?」

「……ちょっと待ってなさい。」


 マニアは分厚い何冊もの記録帳を素早く捲って目を通してから告げた。


「…デトロダシキ。それから一部からは夜叉と呼ばれて信仰を集めているわ。」

「夜叉…。それがどこの地域かは?」

「主に東大陸の南部よ。もういい?」

「ほ、他のやつらはどう呼ばれているかわかるか?」

「ええと……」


 マニアは幾柱かの名を上げ、別の呼ばれ方を告げる。更に聞けば、どれも東大陸南部での呼ばれ方だという。


「もういい?」

「ああ、十分だ。邪魔したな。」


 その言葉でマニアは追い払うように手を振り、デトロダシキは蔵から弾き出された。

 蔵の前で、倒れたままの姿でデトロダシキはしばらく考えた。

 あの男の持っていた太刀は、デトロダシキがかつて使っていた剣だ。それはその形状や特徴から間違いない。それならば、これまで通り創造神の命名則に従って、〈デトロダシキの太刀〉、あるいは〈デトロダシキの剣〉となるはずだ。〈夜叉の太刀〉とはならない。

 ならばなぜ夜叉と冠されたのか?そもそも夜叉とは何者なのか?

 マニアの話では、デトロダシキは東大陸南部で夜叉と呼ばれているらしい。同じものを指す以上、信仰が分離するようなことはないが、独自の信仰の仕方となっている場合は…信仰が分離してしまう。そう結論を付けたが、それには急速に調査が必要だった。


(イリアに伝えないといけない。

 …俺の使徒が死んだことも伝えなければならないか。憂鬱だ。)

 

―――

「…そうか。異分子が、ね。それで、私は貴重な駒を手放すことになったと?」


 デトロダシキが全てを話終えたとき、光の神イリアオースは冷たい目をデトロダシキへと向けた。デトロダシキは相変わらず苦い表情のまま頷いた。


「ああ。しかし残念だが、今回のは俺の使徒が乗り越えるべくして先行した結果なんだ。

 古い因縁のある相手だった。」

「無様ね。それでも天上世界屈指の闘士の使徒かしら。」

「返す言葉もない。精神的に弱い部分があったということさ、俺達も彼らもそこは変わらない。」

「いいわ。それで、貴方の使徒を下したというその男は、何なの?

 ニタスタージの陣営が持つ使徒かしら?」

「いいや、そういうわけじゃない。本当に因縁の相手ってだけらしい。」

「馬鹿馬鹿しい。」

「まったくもって…。

 それともう一つ、話があるんだが。」


 デトロダシキが話を逸らす。むしろこちらが本題だ。デトロダシキがそれまでの苦笑いを消すと、イリアオースもそ気になったのか先を促した。


「信仰が、俺たちの名前以外のものも数えられている。

 いや、別の存在と俺達が同一視されている、と言うべきかな?」

「何?」

「俺の名前はデトロダシキだ。それは変わらない。お前はイリアオースで、兄がニタスタージ。それもまた変わらない。名乗るときはその名だ。そうだろう?」

「ああ。神格を偽ることは我等にとり禁忌だ。」

「だが、俺は夜叉と呼ばれていたらしいぞ。」

「貴様がそう名乗ったんじゃないか?」

「いいや。そもそも夜叉なんて名乗ったことはない。何ならマニアに言われて知ったくらいさ。」

「…他の者はなんて呼ばれている?」

「俺は夜叉で、イリアオースは日天、ニタスタージは星宿。エノディナムスが大黒、キシニーが羅刹。そんな呼ばれ方をしているらしい。

 他のは覚えてないから、マニアに聞いた方が早い。」 

「なぜこうも派生した?全く呼び方が違うじゃないか。これでは信仰がまともに集まらなくなるぞ。」

「それはわからん。今のところ同一視されているようだから、大きな問題ではないと思う。

 だが、最後のゲームやその後にどう影響するかまではわからない。」


 イリアオースはしばらく考え込むように目を閉じた。こうなると長いことはデトロダシキも知っていたから、のんびりと待った。

 やがて眼を開いたイリアオースが告げた。


「デトロダシキ。東大陸の南部でなぜこうなったのかを探れ。わかっているだろうが、くれぐれも地上に干渉はするな。それくらいは骨を折れ。」

「…わかった。」

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