神々の相談事
風光明媚というにふさわしい、生き生きとした自然が思うがままに形作られた庭を見渡せる東屋には幾人かが集まっていた。そのうち、闇を抜き出したような黒い男が穏やかに声をかけた。
「やあ、君たちに今日集まってもらったのはほかでもない。次のゲームの話だ。」
聞く者を安心させるような声に、集まった者たちの頬が緩む。
「それで、次はどうするのかしら?前々回に立ち上げた帝国が滅んじゃって、西大陸の東側は既に光の神が陣取ってるんでしょう?」
「再び西側に帝国ができただろう?猫かぶりも大概にしたほうがいいよ、姉さん。ニタもそう思ってるって前に行ってたじゃないか。七百年前だっけ。もう忘れたの?」
美しい蒼の髪を靡かせた女が穏やかな表情で言い、同じ蒼の癖毛の男が女を揶揄うように言った。
次の瞬間蒼の神の女は怒りの表情になり、癖毛の男に掴みかかった。
「キシニー!テメエ弟だから何言ってもいいってわけじゃねえぞ!」
「ハァ、こいつらはいつもこうだ。おい、ゲオリエッダ、あいつら止めてくれ。お前の夫と義姉だろう。」
本を開いている線の細い男が呆れたように言って、隣の土色の髪の女を睨む。女はおっとりとした表情でそれを受け流した。
「キシニーは止められてもサーラは無理よ。ポレミスが自分で仲裁したら?」
「俺は戦神だぞ?敵を打ち倒すような戦略を考えるのが本分で、争いを止められるわけではない。止まるのはその結果だ。」
「情けないわね。」
黒い男がそれを見ながら笑った。
「君たちは本当に見ていて飽きなくていいよ。ところで、ラコンは?」
「あいつはどうせどこかで聞いているでしょう。噂の神ですから。」
「そうかな?…そうかも。」
「それで、今回のゲームにはこの面子で挑むというわけですか。」
いつの間にか争いを終えた姉弟も神妙な顔で机に向き直った。
「うん。ここで決着をつけたくて。
前回の様子だと、イリアはどうやら早いところ決着を付けたがっていたみたいだからね。」
「まあ、確かに。帝国はまだ不安定だったというのに、わざわざ使徒を使って崩してきましたからね。その後も王国に取り入ったり、商業連合なんて国を手引きしていましたから、相当焦っているとみてよいでしょう。」
「え、そうだったの!?」
「姉さん、静かに。」
「しかしここで我々を使ってしまうと、次回の―――最後の戦いが不利では?」
男は曖昧に微笑んだ。
このゲームのルールは四つ。
一つ、地上世界に直接干渉してはいけない。干渉する手段は百年に一度、自ら選んだ使徒のみとする。
二つ、秩序神イリアオースと赦免神ニタスタージ以外の神が使徒を立てたとき、次回のゲームにその神は使徒を立てることができない。
三つ、使徒が死んだ場合は、次回のゲーム開始までそれ以上の干渉ができない。
四つ、秩序神イリアオースと赦免神ニタスタージそれぞれの信仰の多さの観測は蒐集神マニアによって行われる。
最初の三百年はただ二柱で争っていただけだ。毎回使徒同士が戦ったせいで信仰はほとんど集まらなかった。その後、面白そうなことをしていると集まってきた神々がそれぞれの陣営に加わり、七百年は知恵を与え続けた。しかし与えすぎたために戦争が激化し、人間が住まう三つあった大陸のうち最も大きかった南大陸は滅んでしまった。
舞台は東大陸へと移りまた千年、今度は塩梅を考えながら争った。東大陸は最も自然が厳しく、魔獣が多く生息している場所だ。脆弱な人間が生きるには不向きな場所だったが、それでも生きる者たちはいた。だから厳しい自然に立ち向かう知恵を与え、身を守る力を与えた。厳しい自然は人口の抑制を抑えたが、魔獣という共通の敵がいたから人同士の争いが以外にも少なかった。穏やかに信仰を獲得したが、しかし信仰の量は拮抗してしまった。
最後に西大陸へと移る。ここは中央に東西を二分する山脈があるが、平地も多く人間が発展するのに都合のいい場所だった。
最後まで手を出さなかったのは南大陸の失敗があったからだが、結果としては最後に残しておいてよかったのだ。
「もうゴールも近い。ここで大勢を決さなければならないと思わないか?」
「同感です。七百年はこちらがやや有利で拮抗していたのに、まさか使える戦力を全投入されてはこちらはなすすべがない。前帝国が崩れましたからな。
しかし今回と次回しか残りの無い中、最後に我々が協力できないのは…。」
「うん。良くないよね。だから、今回で西大陸を制圧し、東大陸に戻ってすべてを黒とその陣営に書き換える。少し西で工作してから、君たちの使徒を東に向かわせることを考えているよ。」
「確かに奴らは総動員して前帝国を落とすので精いっぱい。」
「それができればほぼ勝ちでしょうな。」
「でもイリアだってそこまで馬鹿じゃないでしょ?頭は硬いけど、ちゃんと考えるわ。」
「ふふ、最後はもつれこませるなんてさせないさ。今回でけりを付けるよ。
そのために―――使徒を増やしたんだ。」
「……ニタ?」
赦免神ニタスタージは薄く微笑んで、黙った。
ポレミスとサーラはそれを見て嫌な予感を覚えたが、何も言えずにいた。
―――
安寧秩序というにふさわしい、自然を徹底して管理した庭を見渡せる東屋には幾人かが集まっていた。そのうち、光を押し固めたような白い女が穏やかに声をかけた。
「諸君、良く集まってくれた。」
その声は聞く者に程よい緊張を与え、周囲の空気が引き締まる。
「それで、どうするのかしら?前回のゲームで私とフラガゴースで帝国を崩したのに、まさかすぐにまとめる者が出てくるとは思ってなかったのだけれど。しかもよりによってまたニタスタージを祀るとは…。」
鉄色の髪をした、硬い雰囲気の女が最初に口を開いた。その隣に座る燃えるような赤髪の大男も、無言で女の言葉に頷く。
「ああ。また帝国ができたことは予想外だった。
だが、今エノディナムスとデトロダシキが使徒を探しているんだろう?」
「うむ。俺は既に見つけた。」
「俺は今はちょっと保留かなあ。目を付けていたのがいたんだけど、いなくなっちゃって。」
エノディナムスと呼ばれた、背に大量の武具を持つ禿頭の男が頷き、デトロダシキと呼ばれた緑の短髪の男は無表情のまま手をひらひらと振りながら否定した。
「そうか。早く変わりを見つけてくれ。手が回らない。」
「ええ、心底悲しいんだけれど。代わりを見つけるからさあ。」
デトロダシキはのんびりと言うが、白い女に睨まれて肩を竦めた。
「仕方ないなあ。」
「…ハア、何故お前がこちらにいるのか、時折わからなくなるな。」
「ニタも嫌いじゃないんだけど、こっちにはエノが着いているからね。あの蜈蚣を一緒に倒した仲じゃないか。」
「…それにはキシニーもいたがな。」
「それはそうだけどさあ。やっぱなんというかさあ…」
「思い出話はほんの二百余年先にしてくれ。
デトロダシキ、先ほども言ったが手が回らなくなる。早いうちに代わりの者を探すように。
それから、フラガゴース、エイサリー。君たちには頼みがあるんだが。」
鉄色の女、エイサリーと燃えるような赤の大男、フラガゴースが眉をひそめた。
「なに?我々は前回戦っている。今回は参加できないはずだ。」
「いや、そうじゃない。幾人か…私と、エノディナムスとデトロダシキの使徒が使う武器を打てる鍛冶師を探している。以前二人して目を付けて、今回使いたかったと悔しがっていた鍛冶師がいただろう?」
「…それは確かに我等の領域ではある。だが、それは干渉に当たらないか?」
フラガゴースが初めて口を開いた。その疑問に、白い女は首を振る。
「いいえ。そう、腕のいい鍛冶師を探すだけだ。それは使徒や地上への干渉に当たらないことは以前に確かめているだろう?」
「わかりました。ただ、私が今期気に入った者は既に死んでしまったようです。別の鍛冶師を探します。」
「そうだったか。こちらも早めに探して欲しい。」
白い女、秩序神イリアオースが薄く笑った。他の四人は笑うこともなく、より緊張を強いられた。
「さあ、兄上の陣営の使徒を狩ろう。きっとここで勝負を仕掛けてくるだろうから。…その勝負ををさせないだけさ。
―――最後に笑うのは私だ。」