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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
5.衝突
124/143

105.

 暫くあれこれと食べ歩きをしてから、負け惜しみのようにリュドミラへと声を買えた。


「…リュード。勝手に話を進めないでくれ。」

「美味しい物食べたいんでしょ?それに、報奨金も出るし、後ろ盾にだってなりうるんだからいいことだらけだよ。」

「…面倒ごとになりそうな気がするんだが。」

「何とかなるって。心配性だなあ。」


 クロムは貴族というものを理解していない。リュドミラの家族のように周囲との関係が淡白な人間もいれば、ザンジバルやボスポラスのように情に厚い者もいる。ドレークのように豪放な者もいればシュフラットのようにつかみどころのない者もいる。クロムにとって魔獣の相手よりも面倒な相手だと認識していた。しかし元は貴族であったリュドミラはクロムのように貴族というものに臆さない。リュドミラは気負いせず泰然とした態度を見ていると、勝手に進めたリュドミラに面倒ごとをすべて投げてしまおうと思いなおした。

 当日、昼頃にナルバ領主に招聘され、領主館へと赴くことになった。領主との約束の時間は夕刻だったから、それまではまだ余裕があったためクロムだけ首を傾げた。身を整える時間だと言われ、逃げようとしたクロムはリュドミラと従者たちに拘束された。従者たちに抑えられる形で風呂場へと連行されたクロムとは対照的に、リュドミラは侍女を引き連れるかのように自然に振舞い、別の風呂場へと向かった。

 それからしばらくの間、大の男数人がかりで体を抑えられながら体を磨かれ髪を整えられた。体中を拭かれたあと、終わりましたよという声と共にふらふらと風呂場から逃れて、いつの間にか綺麗になった自分の衣服を着た。足元が擦れていたりほつれていた場所があったはずなのだが、それらは跡形もなく綺麗に修繕されていたことに密かに驚いた。

 同じ様に風呂場へ連れていかれたはずのリュドミラはすっかり侍女たちと仲良くなっており、楽しそうに話をしながらクロムが戻るのを待っていた。


「あ。すっかりきれいになったね。」

「…水浴びは一人でやるべきだ。」

「もう、強情だなあ。」


 侍女たちはほほえましいものを見るように笑っていたが、クロムの後を付いてきた従者たちは疲労と達成感の様子が見えた。

 休むのにどうぞと通された部屋は廊下と違って随分と涼しかった。聞けば極弱い〈水〉の魔術と〈風〉の魔術を組み合わせて空気を冷やす魔道具があるらしく、この季節には重宝しているのだと聞いた。

 夕刻まで二人はのんびりと過ごした。リュドミラは侍女から本を借りて読んでおり、クロムは椅子に掛けながら選定された木々から少しだけ伸びた枝が揺れる様子や池で泳ぐ魚の動きをじっと見ていた。いつの間にか転寝をしていたが、扉が開かれる音で目が覚めた。

 目を遣ると初老の男が立っていた。恰好を見るに執事か何かだろうと思った。


「クロム様、リュドミラ様、長らくお待たせ致しました。当主様がお戻りになられましたので、これより宴会場へとご案内します。」

「え、宴会?」

「はい。良いことは続くものでございますな。

 お二方のアスタロト迷宮踏破。更にその翌日には野獣が大量に現れましたが、武神様の使徒様と当主様の御子息が退治を行い、見事大物を討ち取られて帰ってまいりました。

 また夏野菜や小麦の収穫量も例年よりも豊作ということで、それらも併せて今回の大宴会を開くこととなったのです。」

「ふうん。帰っていいか?」

「ふふ、御冗談を。探索者だからとあなた方を侮るような者は居りません故、どうか気兼ねなく心行くまでお楽しみください。私は準備がありますので、これで失礼致します。

 クリスタ、お二人をご案内しなさい。」


 執事はクロムの言葉を冗談と受け取ったらしく、朗らかに笑って背後の侍女に声をかけて去っていった。クリスタと呼ばれた侍女は二人に頭を下げると、覇気のない調子で小さくこちらです、と言って着いてくるよう促した。クリスタの髪や衣服は綺麗に整えられていたが、これまでこの屋敷で会った従者や使徒と違い、性格というには暗く澱んだ雰囲気を持っていて、この屋敷の者からすれば異質に見えた。


(…まあ、これが済めばこいつらと関わることは無い。あまり気にしなくていいか。)


 会場では既にたくさんの貴族や商人、職人らしい姿が歓談していた。その奥で一際立派な椅子に腰掛けた痩せぎすの初老の男がいた。その側には男と話したそうにしている者も多くいたが、クロムたちが通されると数歩退いた。


「こちらにおわす御方がナルバ領の主、レンビス・ウンベラータ公爵様です。

 レンビス様。彼らはクロムとリュドミラ、此度アスタロト迷宮を踏破した探索者です。」

「そうか。ナルバを預かるレンビスだ。本来立ち上がって礼をするべきなのだが、長いこと腰を痛めていてな。このような形で失礼する。

 アスタロト迷宮の踏破おめでとう。迷宮の富を齎しナルバを活気づけた諸君に敬意をこめて、少ないが褒賞を用意した。後ほど白金貨四枚を遣いに届けさせる。ここには美酒、美食もあれば優秀な職人、商人、武人も集っているから、諸君の今後の糧となる場となってくれたらうれしく思う。

 私からは以上だ。楽しんでいってくれ。」


 レンビスが儀礼的にそう締めくくる。クロムたちは礼をして、クリスタに連れられてその場を離れた。

 クリスタに料理のある場所を教えてもらい、クロムは早速向かおうとした。しかしその前に肩に手を置かれ、阻止された。

 見れば体躯は立派な、クロムよりも若い金髪の男がその肩を掴んでいだ。その力は思いのほか強く、この男が武人の類だと感じさせた。クロムは男を一睨みすると、男は熱いものを触ったかのように手をひっこめた。


「ああ、これは失礼、この機を逃すまいと思わず。〈白蜈蚣〉クロム殿ですね?お話できますか?」

「…飯が先だ。」

「取ってこさせましょう。クリスタ、厨頭一押しの料理を持ってきてくれ。」

「かしこまりました。本日のお勧めは夏野菜のスープと若様が仕留めた猪の焼き物でございます。」

「はは、そうか。厨頭の野菜スープは絶品だから、楽しみだ。」


 クリスタが素早く去っていく。流れでクロムは食べ物を選ぶ権利を失い不機嫌さを隠さず、男も委縮してしまっていたが、リュドミラが間に入ってそれをなだめた。少しの間男を睨んでいたクロムだったが漸く男に向かって口を開いた。


「それで、何なんだ、お前は。」

「おっと、失礼…俺はナルバ公爵の長子、クレス・ウンベラータ。時期ナルバ領主になるべく研鑽を積む傍ら、武人として武神エノディナムスの使徒であるイングリッド様に師事し修練に励んでおります。」

「使徒!」


 神殿と関わらなければいいと考えていたが、思わぬところで使徒の名を聞いてクロムは思わず大きな声を出した。周りの注目を少しだけ集めながらも、クレスと名乗った男は嬉しそうに話を続ける。


「はい。イングリッド様はこういった場を苦手とするため、本日の場にはおりません。

 もし興味があるのでしたら、取り次ぎましょうか。度量もある方なので多少は聞いてくれます。」

「……いや、いい。」

「お待たせいたしました。盛り合わせにございます。」


 料理が届き、早速一口頬張った。野菜は甘みが強く、歯ごたえも大変良い。肉もこれまでにないくらい丁寧に下拵えされたことがクロムでもわかるくらいに雑味が無い。猪肉というものがこんなにも旨味に溢れているとは知らなかった。夢中で食べ、すぐに皿は空になった。


「ははは、素晴らしい食べっぷりだ。おい、クロム殿のためにもう一度選んできてくれ。」

「かしこまりました。」


 クリスタに皿を渡すとすぐに料理を取りに向かった。クレスと名乗った男はゆっくりと野菜汁を飲み干してから、クロムにアスタロト迷宮についての話題を振った。特に出てくる魔獣と、その対処法についてだ。クロムとしては強引なクレスの態度は面白くはなかったが、しかし振ってくる話題はクロムの話しやすい話題だったから知っていることを答えた。そのうちにクロムの迷宮探索の話を聞き付けて周りの者も聞き耳を立てて二人の会話を聞いていた。

 そんな話をしているうちに、リュドミラは商人や職人たちに会いに向かった。リュドミラの魔術の威力を上げる〈集積爆竹〉の素材の交渉をしに行ったようだ。

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