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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
小休止・静穏な時間
120/144

ex-9.

 帝国最南端の一大経済都市ナルバ。ここにはアスタロト迷宮という二十九層からなる迷宮しかないが、経済圏となる四つの要因があった。

 一つ目は前帝国時代に首都であったこと。かつての栄華も廃れたとはいえ、その強大な基盤までは失わなかった。二つ目はこの地域はゲオリエッダの祝福を受けたと言われる巨大農業地帯であったこと。豊かな土壌と豊富な水は冬を除いて非常に農耕に適していた。三つめはあまり魔獣が現れないことである。この土地は広く人の手が入っており、深い山や森が殆どないことだ。いつの間にか生まれた魔獣でも見つけやすく、周辺都市の各所にも強力な探索者を抱えているために素早く討伐が可能な体制が敷かれていた。

 最後にペンタクル連合国へと出向する船が多いことだ。何でも値段が付くと言う商業国であるペンタクルとは前帝国時代よりも前から交流があった。そのために人の往来は勿論あったし、時折珍しい物や高価なものがやり取りされていた。

 探索者から見ればそこまで面白い土地ではないが、それでも南部はまばらに迷宮があるため攻略を目的とした一定の探索者はいた。

 初夏になった頃、外部から二人の探索者がやってきた。

 一人は珍しい黒目黒髪に白い蜈蚣の紋様が描かれた黒い外套を羽織った男。鋭い目つきに似合った不愛想さと愚直なまでの剣一筋の実力者で、ナルバに現れてから十二日でアスタロト迷宮二十層へと踏み入った。

 男の連れた鈍色の髪の女もまた手練れだった。見た目は初級者のような装備だが、大きな杖だけは見る者が見れば値打ちものの逸品だとわかる。登録された情報を見れば術士であったが、しかし普段は腰に佩いたダガーを使って戦っているようだった為に、彼女に興味を持った者たちはちぐはぐさを感じていた。


「…あいつ、凄いなあ。俺らが二十層に入ったのなんて、三年くらいかかったと思うんだが。」

「ああ。だがあの時は俺たちもまだ三級だったし。今なら同じくらいの速さで潜れると思うけど?」

「負けず嫌いだなあ。」


 遠くに聞こえた声は彼らには気にも留める内容ではなかったようで、淡々と受付を終えた。今回は二十層から現れる死肉蛇カダヴロサーペントの皮が売られたらしく、たまたま来ていたらしい耳聡い革屋に買われていた。死肉蛇の皮は柔らかく、衝撃をよく吸収するため盾や防具の裏地に使われることが多い。


「…死肉蛇だってよ。こりゃ駄目だ、完敗。凄腕だ。ぐうの音も出ねえ。」

「……ぐぅ!」

「…まあ飲んどけよ。俺らは俺らでやりゃいいんだ。競うもんじゃねえ。」

「…プハァ!もう一杯!」


 昔と今を比べた探索者パーティが酒を飲む口実をつくり騒いでいる間、その数日後には情報屋たちが彼らの情報を仕入れてきた。

 なんでも男のほうはここから北にあるシャデアで名を上げ、センドラーで一時期話題を攫った〈霊峰山脈の悪夢〉を討伐し、バティンポリスでは海神の使徒の護衛をしたという。華々しい経歴に実力は折り紙付きだということは誰もが納得した。反面女のほうはあまり情報が無かった。唯一あった情報はバティンポリスで男と合流して以来行動を共にしているということだ。

 釣り合っているように見えた実力と不釣り合いな情報量に噂は多く飛び交ったものの、人々の噂はすぐに移り、〈水竜の冠〉がやって来たという噂でもちきりになった。

 曰く特級探索者に最も近い一級探索者。非常に高い攻撃力に加えて、シャデアで加わった者たちの探索能力によって一気に話題の探索者へと躍り出た者たちだ。盟主アルフレッドは若くして剣術で右に出るものなし。ローズとフリューゲルスもまた若くして武勇の知れた戦士。それを支える術士レヴァントは数年前に時の最強パーティと呼ばれながら彗星のように消えた一級パーティ〈灰燼〉に所属し術士を務めていた女であった。探索は元〈栄光の旗〉ジャックとデニスが担っていた。彼らの作る迷宮地図は精密で、探索者たちの間で彼らの書いた地図や情報集は高値で取引される傾向があった。

 〈水竜の冠〉はアスタロト迷宮には興味が無いようで、霊峰山脈中にある迷宮へと挑むという話だった。

 しかしついでとでも言うようにわずか十日でアスタロト迷宮を二十七層まで攻略していた。そのまま攻略してしまうかと思いきや、二十八層を攻略した後幾つもの稀少な素材を換金し、そしてそれをすべてナルバで使って更に南へと去っていった。実に豪気、探索者の鑑だと誰もがはやし立て、彼らの後姿を見送った。


「いやあすげえな。あいつらこの辺初めてだろ?」

「確かそうだな。結成が確か山向こうだったはずだし、こっちに来たのも一年くらいなもんだったと思うぞ。」

「〈水竜の冠〉とか〈深淵の愚者〉とか〈常闇の翅〉とか、ああいうさくっと深層に到達出来て退くときに退けるような奴らが探索者としての才能があるとか、真の探索者とかよばれるんだろうなあ。」

「そうだな。無茶しないとか、限界を知っているとか、そういう思い切りと諦めの良さってのが要るのかもなあ。」

「フー…俺たちはあれほどうまく出来ねえ。だが深層組になれりゃ十分強ェのよ。度の迷宮だろうと、階層は違っても深層だったら実力は大体横並び。それは違ェねえ。」

「ハハ、そうだな。まあ、いろんな迷宮で戦えたほうが強いのはそうだけどな!」

「言うなよ、ハハハ!」

「ハハハハハ!深層組に乾杯!…あー酒うめえ!」

「あー…フウ……」

「お、もう酔ったか?それとも楽しめねえか?良くねえなあ!」

「いや、考え事。酒飲まずに今も迷宮に挑んでたら、俺たちも今頃踏破できたかな?」

「言うなよ。俺たちは死ぬわけにゃいかねえだろ。お互い奥さんいるんだ。何とか養わなわにゃなあ…。」

「それはそうだ、子供のためにも死ぬわけにはいかねえな。」

「えっ子供いたの?」

「ああ。御医者様にできたって言われてな。」

「うっわ本当かよ、おめでとう!そら死ぬわけにはいかねえな!」

「ああ。」


 探索者協会の一角で笑い声や祝福が飛び交う中で、二人の探索者は隅でどんよりと澱んでいた。クロムとリュドミラであった。

 彼らは迷宮攻略の魔獣について悩んでいたわけではない。迷宮探索の基本的な事項はクロムもリュドミラも抑えているし、問題なくできている。しかし細々としたこと、つまりは地形ごとの迷宮の探索、情報収集、階層ごとの魔獣の生態、魔獣の弱点や攻撃動作の詳細。特に中層以降のものであるとより良い値で情報は売れた。そう、情報として売れる。つまりは金になることだった。

 クロムたちはそこまで金に困ってはいない。クロムがバティンポリスで稼いだ分がまだ大量に残っていた。しかし装備を整えたり衣食を整えて入ればあっという間に減っていくものだ。今クロムたちが二十層まで駆け抜けられたのも、クロムでも使える魔道具やリュドミラの魔道具を整える間にアスタロト迷宮での稼ぎ分は無くなってしまった。


「うーん、ごめん。〈集積爆竹〉はやっぱりお金がかかる。悪いんだけど、私の地力を上げる方向に移ろう。」

「そんなにか?あれがあればお前だって。」

「うん。そうなんだけど、やっぱり素材がかなり良い値段しちゃって。帝都とバティンポリスだと思ったより安価だったから、ちょっと油断してた。ここら辺は凄い高かった。」

「そうなのか?何を使っているかわからないが…そうだな、リュードがそう言うなら仕方がない。しばらく今のあたりで修練しよう。」

「ごめんね、足引っ張っちゃって。」

「構わん。実力を武器で補うのはやはり簡単ではないのだろう。」

「うん。…その、ありがとう。」

「いいさ。俺も…ライオネルから教わった技を見直したいとも思っていた。これまでを思うと使う技、使わない技が相当はっきりしてしまっていてな。」

「…ふふふ、ありがとう。すぐ追いつくから、待ってて。」

「ああ。」


 二人の探索者が二十六層へと到達するのはこの二月後の事である。

 そして夏の盛りに至って、再び神々の盤面が動き始めた。

6/16~ 5章「急変」

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