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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
小休止・静穏な時間
119/144

ex-8.

 天上世界の一角、森林の奥に密やかに作られた小さな小屋の前に三柱の神が居た。ここはデトロダシキの住まう森林のさらに奥、他の神々も立ち入らぬ鬱屈した場所である。

 一人は森林神デトロダシキ。森林の奥で研鑽を積み、神々の中でも屈指の戦闘能力を持つ神。一人は武神エノディナムス。過去人に武を教え導き、今を人の生み出した武の習得に励む神。そして嵐神キシニー。気まぐれに暴れ、気まぐれに|古き神〈マルジュナ〉を討伐した荒神。

 デトロダシキとエノディナムスはイリアオースの陣営に、キシニーはニタスタージの陣営についていたために長く袂を分かっていた。しかしこの日再び交わった。


「…キシニーも来てくれるとは思わなかったぜ。」

「ああ、まあね。でも気持ち悪いじゃないか。名乗ったことのない名で呼ばれるなんて。羅刹?知らないよ、そんなもの。」


 キシニーは揶揄うような笑顔で手を振った。千年ぶりの会話だというのに、彼らの間には気安い空気が流れていた。マナさえあれば尽きぬ命を持つ彼らからすれば、ほんのわずかな間離れていた程度の時間だ。


「ふふ、変わらんな。俺も知らん名で信仰を集めているというのはおかしな話だと思う。」

「ああ。しかもその名が|古きもの〈マルジュナ〉だとよ。ふざけた話だ。」

「え?そうなの?」

「ああ。俺たちが倒したあの蜈蚣の魔獣とか、牛の魔獣とか、あとはあの…海にいた多足の魔獣。あれらがそう呼ばれていたらしい。」

「ふうん、あいつら。思い出した。俺たちが…ゲーム開始する少し前に殺した、人間の天敵か。あの時は確か、まだ人間という奴を知らなかった。」


 キシニーが思い出したのは三千年以上前、先兵としてデトロダシキ、エノディナムスと共に地上へと降り立ち、幾匹もの強大な魔獣と死闘を繰り広げた。彼ら三柱とアリヒやニタスタージ、イリアオースといった主だった神々が全部で七十以上の強大な魔獣たちを退け、地上のマナを自由にする権利を得た。魔獣たちは必ず一つ以上の厄介な能力を持っていたから、命を落とした神もいた。


「どこから出てきたかわからん名の由来は、まあわかった。細々と語られていて、いつの間にか統合していたのだな。

 だが、ここに集まった理由はなんだ?」


 デトロダシキが書き散らした紙をエノディナムスが難しい顔をしながら読み終えて、わざわざキシニーまで呼び出して話をした理由がわからなかったのだ。確かにとキシニーも相槌を打った。


「ああ…。これな、奴らの呼び名を保存した黒幕が居ると思うんだ。……それも、俺たち神々の中に。」

「む。同胞を疑うのか。」

「しょーがねーだろ、最初は古き神どものせいだと思ったさ。だがあいつらは力はあっても知恵は無かった。知恵持った奴が生まれたかとも思ったけどさあ…。それが出てくるよりも裏切り者が居ると思ったほうが、事実そうに思えるんだよ。」

「へえ。誰があやしいかな?ラコンは愉快犯としてそういうことはしそうだけど。」

「…最初に疑うのが自分のとこの陣営ってのはどうなんだ、キシニー…。」

「何も。俺アイツ嫌いなんだよ。酒臭くてさあ。

 ほかは…この争いに関わってないから、殆ど利益が無いよね。

 姉さんとか絶対こんな腹芸できないし、エッダとかポレミスとかはそういうことは嫌いだ。しないだろうな。それから、ニタがズイに問いただしたけどそういうことはしてなかったみたい。」

「ああ。フラグとエイスもしねえよ。フィーノは……あいつはしねえな。生きる者に興味が無い。」

「コルプスということもないみたいだ。イリアオースが確認を取っている。 

 …それに、あいつが関わってたらもっと派手にやってる。」

「確かに。両陣営にはいない…他か?」


 他。イリアオースとニタスタージの争いに関わりのない神が、わざわざ手を出しているという可能性。神々とはいえ多少の好き嫌いはある。しかし、このゲームで一方が勝ったからといって勢力図が大きく変わるわけではない。名目上、盟主であったアリヒの跡をどちらの子が継ぐかというだけの話なのだ。

 彼の二柱が争うのにも一応の理由がある。かつてラコンティンフィオの眷属であった盗みの神ステイルメティスがアリヒの大切にしていた杯を持ち出した。このとき裁きを与えたのはイリアオースである。彼女は彼女の権能でもある秩序を以て厳格に捌いたのだが、ニタスタージが異を唱えて荒らした―――尤もニタスタージは荒らしたと思っておらず、ただ自身の権能である赦免によって一定の許しを与えた―――ことによって、彼ら二人の間に亀裂が生じた。盗みの神は神格を剥奪され、地上世界へと堕とされた。

 何百年と掛けて二柱の争いが徐々に激化する中で、アリヒがラピアに害された。契約の神シバメスタの仲介を経て始まったのが現在のゲーム、地上世界を舞台とした神々の盤上遊戯(ゲーム)である。

 このゲームに参加するときにシバメスタとの契約を交わし、同時に不参加を表明したときも手出しをしないという契約を交わしているはずだ。無論、今回ズイたちがイリアオース陣営に参加したように後から参加することは許されている。


「…仮に他の神々が参加したとしても、だ。この局面を大きく揺るがすことは難しいだろう。強大な神の殆どは既に参加しているし、今から名乗りを上げたところで潰されるだけだ。」

「そうだね。わざわざシバメスタとの契約を破ってまで手を出すのは…リスクばかりが大きくて、リターンがない。」

「ああ。だから、日和見の奴らはやらねえはずなんだ。」

「…そうだ、マニアは?」

「無いね。あいつは集めることしか興味が無い。しかも今回の肝になる信仰の集計なんだぞ?」

「うーん、改めて聞くと気持ち悪いね…。」

「言うな。我々にはわからん…おそらく、互いに。」


 デトロダシキには既にわかっていたことであるが、神々の中でわざわざ二柱の間に割って入る者はおらず、またそのような野心家もいない。そしてシバメスタとの契約を破ってまで横紙破りをする者もいないのである。


「ウーン。天上世界の神々は皆、この争いの前にシバメスタと契約を交わしているはずだ。

 もうなにもわからんな。」

「あ。地上世界は?」


 ふと思いついたようにキシニーが指を鳴らした。キシニーは昔から飛躍して何かを思いつくことが多い男だった。もしやと思って期待を込めて彼を見た。


「いやさ、この争いに関わってない神が居るじゃん。

 ステイルメティスとラピア。あとはあいつ…えーっと、そう、リベリアス。」

「……確かに。だが神格のないステイルメティスは、そもそも参加できないだろう。あ奴はもう神ではないだろう?」

「じゃあリベリアスとラピア。」

「リベリアスは……地上と天井を行き来してはいるが……いや、あいつが?むしろこういうのは面倒っつって関わらねぇだろ。」

「ラピアは…ここまで絞れていると、むしろ最有力であるな。」

「でしょ?どうやってこの争いを知ったかは疑問が残るけど…まあ、天上が何かしているとは気付くかも。」

「無い話では無いだろうな。」


 話し合いは結局暗礁に乗り上げた。疲労が出てきた頃にキシニーの取り出した酒が入り始めた。三人の酒盛りはぐだぐだと二晩続き、酒も尽きた時にふとエノディナムスが呟いた。


「そうだ。いい考えを思いついた。」

「オメエのは駄目でしょ。」

「ああ。まあ、言ってみろ。笑ってやる。」

「なにオぅ?シバメスタに聞けばいいじゃないか。」

「いやいやいや……?」


 ゲームの事は主催に聞けばいいのだと言っていたが、何の進展もない話し合いの中では一番ましな意見にも思えた。尤も相当量の酒が入ったうえでの意見であるから、大分安直な意見であった。しかしシバメスタ自身に何か聞いていけないルールがあるわけではないから、その時は妙案に思えて仕方がなかった。


「エノのくせに良い案じゃねえか。」

「じゃあ酒精抜けたら行くかぁ。」

「ふふっふふふ、良い案だったろう。」

「仕方ねえ、今回だけ。」

「ハハハ、ああ、今回はいい案だったぜ!」


 三人でバカみたいな笑いを上げながら更に酒瓶を空けた。酔いが覚めたらシバメスタに会いに行くと、そう思いながら更に二晩酒を開け続けた。


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