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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
小休止・静穏な時間
118/143

ex-7.

 三月の終わり頃、〈深淵の愚者〉たちは旅支度を終わらせた。ガハラはこんなに長く居候するつもりはなかったのだが、元々騎士であったパトリオットが騎士たちに忖度してあれもこれもと教え始めた。それを鬱陶しいと言う者もいたが、サイラスをはじめとして〈霊峰山脈の悪夢〉の危険性を理解していた者にはよく受け入れられた。

 春になる前に居なくなってしまった者も多かったが、残った騎士たちは誰もが迷宮の中層を一人で挑めるくらいにはなったし、何人かで組めば深層にだって挑めるほどだ。その中枢にはライオネル、ケーニッヒ、コガナ、フェムトという司令塔になれるような者がいて、探索者とは違った統率の取れた動きで魔獣を追い詰めるさまは見事の一言に尽きた。

 最終的にライオネルも去り、サイラス・スナージュがその座を譲り受けた。最初迷っていたサイラスだったが、少し長い休暇の間に何か心変わりしたのか、それとも覚悟を決めたのか、新任の騎士団長としてライオネルとケーニッヒから指導を受けていた。

 パトリオットはその様子を見て一つ頷き、漸くオルドヴスト家を出ることにしたのだ。

 当主だったクドラからはもう少しいてはどうかと打診されていた。この冬の間にロンウェー迷宮とマルバス迷宮を攻略して、一級探索者と認定されていた。これにはオルドヴスト家の支援があってこその結果でもあったが、同時にオルドヴスト家も騎士個人の能力の向上、〈深淵の愚者〉が手に入れた迷宮品を直接買うことでの装備の質の向上、そして義理を果たした上で一級探索者に惜しみない支援をしたという名誉を手に入れたのだからお互いに良い話であった。

 次の目的地はどこにするかはまだ決めていないが、何度か硬貨を投げて西に足を向けることにした。迷宮を少し調べ直し、未だ踏破されていないバティン迷宮を見てみるのもいいかと思っていたのだ。


「しかしパトよぉ、なんでサイラスだったんだ?」

「あ、それ私も気になる。なんで?」


 帝都を出た後、ガハラがパトリオットに尋ねた。実のところ、ライオネルは次の騎士団長には騎士次席だったケーニッヒを据える予定でいた。しかしケーニッヒが渋り、そして元三席であったトーランは既にいない。そこでライオネルはパトリオットに相談し、パトリオットはサイラスを推したのだ。尤もライオネルもサイラスが良いと腹の内では既に決めていたようだった。

 その問いの答えをパトリオットは少し考え込んだ後語り始めた。


「あの者はな、実をいうと最初見た時は見込みがないと思った。」

「そうか?若いのによくやっている奴だと思うが。」

「下級騎士としてはな。しかし自身の強みをどう生かすかなど考えず、弱みを潰すことに重きを置いていた。上級の騎士として生きるなら、それではならんのだ。」

「弱み?ああ、剣が鈍いってことか?それとも視野の狭さか?ああ、戦いにおける発想の乏しさもあるかな。」

「それらもある。だが一番は主体的でないことである。

 騎士とは最後の一人になったとしても、守るべきもののために戦わねばならない。ライオネル、その腹心のケーニッヒには覚悟があった。トーランも何か理想を持っていたように見えた。だがサイラスはそうではない。

 守るべき伴侶もいなければ、当主クドラとは真に魂を奉げた関係ではない。理想の軸がふらふらとしていたように見えた。」

「今日の話は特別難しい。良くわかんねェ。」

「…騎士は精神の繋がりを重んじるものだ。兎も角、最初の奴は凡百の人間だった。あれを騎士とは呼ぶまいと思っていた。

 しかし奴は彼の魔獣との戦いを通じて、急に成長した。己が強みを知り、弱みを潰し、誰かのために刃を振える者となった。あとは魂を奉げられる者を定められるかだけだと、あの時は思っていた。

 俺たちが出立する前、サイラスは騎士と成るための最後のひとつ…守るべきものを手にした。それが何かは問わん。だが彼にとって素晴らしい者だろう。ああもなれば、サイラスは素晴らしい騎士になるだろう。」


 パトリオットは元騎士としてサイラスの成長に感じ入ることがあったようだった。冷やかすような者はここにはいない。かつて聞いたパトリオットの過去によれば、彼は現帝国に併合される前には小国の騎士で、王の近衛兵を務めていたという。そんな経験のある彼が言うのだから、間違いではないのだろうと彼らは想像した。


「まあ、我々にはもう関係が無くなることだ。

 このパトリオットは既に主を失い…騎士ではなく探索者である。現代を生きる騎士たちに口出すことは…今後はもう無いだろう。

 済まぬ、暗い空気にしてしまった。」

「ハァ、そうカ。パト、お前、お人好し。」

「それも相当。」

「ああ。そういう奴だから好きだぜ。」


 皆が意地悪い笑みでパトリオットをからかいながら、ジェイドだけはその心中を察していた。ジェイドは騎士ではなかったが、一度は国に仕えた術士のはしくれである。

 ジェイドの国が滅んだのは二十六年前、丁度現在の帝国ができるよう働きかけが始まった頃だ。その頃彼らはまだ小さな集団で、誰もが気にも留めていなかった。そんなものよりも近隣の国と長いこと戦争していたから、皆が皆戦況を気にしていた。十四になったばかりのジェイドも徴兵された。結局前線で戦った者の半分は死に、半分に満たない程度は治療院送りとなった。体が無事でも心が無事でなかった者もいる。

 兵力に限界が来た時、国王が姿を消した。それから国が亡びるまではあっという間で、しばらくはひどい扱いを受けた者も多かった。敗戦から二年もした頃にはアンドレアスたちが勢力を拡大し、ジェイドたちのいた場所を飲み込み敵国もアンドレアスたちに併合された。奴隷同然の扱いだった祖国の者たちは解放されたし、敵国の王も処罰された。現帝国とには感謝しているが、パトリオットの場合はもっと立場が複雑なようだから、ジェイドよりも一層思うところがあるようだ。まだ歳若いガハラやアリシア、レラはそういった暗い過去は無い。ミーアに至っては東大陸出身だから、帝国の内情とは無縁である。

 だがパトリオット自身はどうやら違ったらしく、この冬で随分と憑き物が落ちたように眉間の皺が消えていた。時代が大きく変わったことを実感したのか、はたまた騎士のあり方に何かを思ったのか、あるいは若かりし頃の自分をサイラスに見たのかもしれないが…それはパトリオットが話すことはなかった。


(…まあ俺たちが気軽に踏み入っていい話でもねえな。騎士には騎士の考えってヤツがあるんだ。)

(まあ、パトもどこかスッキリしたみたいだし、まあいいのかね。)


 バティンポリスに着く頃にはパトリオットのよそよそしさは少しだけ無くなってきた。重苦しい態度が減り、軽口にも乗るようになった。一個の強大な探索者パーティとしてというよりも、友人や仲間というような、より気安く心が休まる関係が深まったように思えた。

 未踏破だと思っていたが、バティン迷宮は最近ついに踏破されたらしい。踏破したのは海神の使徒の祝福を受けた剣士とその仲間の術士の二人組だという。彼らからもたらされたという深層の魔獣の情報も手に入った。意気揚々とバティン迷宮に潜ってみたものの、十層に辿りついてしまった。手ごたえ無く十層まで来てしまったものの、次の階層へは進むことができないことは既に知っていた。〈空魚の首飾り〉、〈鰭の足環〉といった必須の装備が無いのだ。十一層以降はこの装備が無ければ入ってすぐに水中で溺れ死ぬから、急にやる気が無くなったのだ。まだ日が高いというのにそのまま酒場の一角でだらだらと酒を飲みながら今後の予定を決めていた。


「ハァー…どうする、ガハラ。」

「仕方ねえ。他の…サレオスとヴィネを回るか。だが六個ずつとはなあ。」

「ちょっときついねえ。二つ三つならまだしも。全員分はねえ…。」

「うむ。しばらく腰を据えねばならんだろうな。」

「ああ…。いっそ諦めて次行くか!」

「まあ、それもいいかもー。でも美味しい魚とかもっと食べたい。」

「ミーアは呑気ダナ。」

「ハハハ。いいじゃないか。他の二か所でしばらく遊ぶのも。」


 運ばれてきた三本目の酒瓶を開けながら、今後の予定を決めた。いっそ別の場所へ向かおうかとも思ったが、それではわざわざここまで来た意味がなくなる。しかしすぐに帝都へ戻る気はせず、かといって今からどこへ向かうかも決まらず、六本目が空いた頃ようやく予定が決まった。しばらくサレオスやヴィネで遊んだ後で南下することにしたのだ。そうして遊んでいる最中でひょんなことから〈蒼天の翡翠〉と仲良くなり、ブネ迷宮を集中して攻略するのは初夏の事である。

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