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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
109/143

102.

 朝食の後すぐに、ボスポラスから迷宮の主の情報を根掘り葉掘り聞かれ、昼時まで何度も同じような質問をされた。倒した時の状況を聞いて、クロムの手の内についてははぐらかし、魔獣の倒し方を聞いた時にはどうしたものかと難しい顔をした。

 それはさておきと仕切り直して、迷宮攻略の報奨金として、白金貨を三枚進呈された。これは一旦受け取った。

 〈サーラの護符〉の所有についての話し合いの中で、リュドミラに〈サーラの護符〉が欲しいか聞いてみた。最初は悩んでいたものの、〈艱難辛苦〉の効果を聞いてからは更に頭を抱えて悩み、最後には拒否した。


「いや、性能は凄くいい。実際、凄く欲しい。でも、クロムに迷惑かけたくない。

 これ、絶対に実家関連の事来るじゃん。」

「実家?」

「いえ、なんでもありません。お気になさらず。」

「…リュドミラさんも何かわけがあるのですね。」

「ええ、まあ。」


 〈サーラの護符〉はパキラ伯爵家に献上され、海神の使徒・ランカに恵与されることになった。〈サーラの護符〉は白金貨六枚の値が付けられ、二人の探索者へと渡された。ボスポラスは〈サーラの護符〉を得てから、感激したように膝を付いてクロムたちへと祈りをささげた。念のためこの迷宮品の効果である〈艱難辛苦〉のことを聞いてみたが、ランカのためにそれくらい跳ね退けてみせると強い意志を見せた。

 昼時にはランカの従者が給仕をしてくれたが、その際にも何度もまだ残るよう釘を刺してきた。夕暮れの頃には迷宮踏破の英雄として祭り上げられると聞いて、クロムたちはどちらから言い出すこともなく心は決まった。

 クロムたちは目を盗んで〈隠匿の耳飾り〉を付けてこっそりと逃げた。捜索されないよう、部屋には迷宮攻略の報奨金を迷惑料として置き、世話になったと簡単に書置きしてきた。

 都市を出るまでに何故か二度も酔っ払いに絡まれたが何とか逃げきり、関所を出た。


「ふう。…これで私もクロムと共犯だね!私を連れていくしかなくなったんじゃない?」

「馬鹿を言うな。…一緒に迷宮を踏破したんだ。頼りにならないとは言えないだろう。」

「…!ありがとう!」


 リュドミラは笑みを浮かべてクロムへと抱き着く。余程うれしいのか、頬も緩んでどことなく頼りなく見える。しかし彼女もまた迷宮深層に通用する実力の探索者なのだから、奇異なものだとふと思った。

 冬の間に積もった雪道はすっかり溶けて蕗の薹が道端に見え始めている。夜はまだ冷えるが、昼は陽気も暖かくなった。焚火をしておけば野宿しても野垂れ死ぬようなこともないだろう。風もあるし厚い雲も出ているものの、天候が崩れるようには見えない空だから、旅立つにはいい頃に思えた。


「それで、どうする。帝都は戻りたくない。できれば、まだ未踏破の迷宮を見たい。」

「ああ、使徒様の件、まだ何かあるの?

 でも未踏破の迷宮ってところは探索者だね。じゃあ、南のほうにでも行こうか。」

「南か。ここよりは暖かいだろうか。」

「そりゃね、南だから。じゃあ、ナルバを目指していこう。」

「南の主要都市だったかな?あのあたりは迷宮はあるのか?」

「うーんと、ナルバには一か所かな。アスタロト迷宮っていう、二十九層の迷宮。」

「もう攻略されているのか。」

「うん。昔何度か攻略されたって。ここ最近はそうでもないみたい。」

「ふうん。ここから南で、ナルバのところよりも近い迷宮はあるか?」

「ええと…海岸沿いに南に行くと、ストラス迷宮がある。十八層まで探索されているけど、まだ踏破した話は聞かないかな。」

「街は近いかな。」

「えーっと…地図だとミンレイってところから三日くらい南に行ったところだね。

 いや、リレイのほうが近いかも。」

「ミンレイ?」


 ミンレイといえばクロムを神殿の総本山へと連れて行ったエレクという司教だった男がいたところだ。グラムの時代のことを聞きたい気持ちもあったが、ハイラルの襲撃から続いた騒動から神殿とは距離を置きたかった。


「どうかした?」

「何でもない。まあ、行先はどこでもいいさ。」

「ふふ。じゃあ、海岸沿いを行ってミンレイからリレイに出よう。」

「ああ。」


 二人の探索者はまだ少しだけ抜かるんだ轍を踏みながら南へと逸れて行った。探索者たちを後押しするかのように、背後から暖かい風が吹いた。


―――

 二人の探索者がバティンポリスを離れた頃、その日の勉強を終えていつものようにクロムと話をしようとしたランカはクロムが居た部屋の扉を叩いた。

 いつもならばそれでクロムが扉を開けてくれるが、この時はそうでなかった。クロムは今日、どこかの迷宮に潜ることはなかったはずだし、街へと出るようなことも言っていなかったはずだから、少しだけ疑問に思い扉に手を掛けた。

 小さな音を立てて扉が開いた。


(…あれ?)


 クロムは探索者らしく用心深い。普段は大抵内側の鍵をかけているから、簡単に開いてしまうことはランカからすれば疑問は更に深まった。


「クロム?いるの?…お邪魔するわよ。」


 小さく問いかけながら部屋へと入る。

 目に入ったものは、先ほどまで誰かいたような少し荒れた寝床と、使われた後のような机。それ以外のものはいつもの調度品以外は何もない。


「…クロム?」


 兄と話しているのだろうか。そう思ったところで、この部屋の机では見慣れないものがあることに気付いた。近付いてそれを手に取った。

 手紙と、立派な革袋だった。革袋には見覚えがあった。これはパキラ家が専門の職人に作らせた、金銭や小物を褒賞や献上の際に使用するものだ。

 手紙を読むと、そこには御世辞にも綺麗とは言えない字で幾らか言葉が書いてあったが、ランカが見つけたのは一言、世話になったとだけ書かれていた。


「…え?」


 ランカは急に目の前が暗くなった気がした。まさか自分に黙って出ていくなど思っていなかったのだ。


「クロム?」


 呼びかけに答える者はここにはもういない。それを認識して足から力が抜ける。どさりと無様な音を立ててランカは座り込んだ。革袋は落としてしまったものの、手紙だけはしっかりと握っていた。

 しばらく様々な感情がぐちゃぐちゃと脳内を回り、漸く一言呟いた。


「…自由ね。」


 ランカは貴族であり、神殿からは使徒として重用されている。生まれてこの方、ランカに自由があったかと問われれば自由であった時間はそう多くはない。

 物心ついた頃から貴族として何の役に立つかもわからぬ礼儀や言葉遣いを覚え、使徒となってからは神官や司教の勉強を詰め込み、寝るときすら未来の死に怯えるようになり、最近になってようやく安心を得た。クロムが居た時期がようやく自由というものを覚えた。一年前のランカであれば、未来に怯えるばかりで迷宮に潜り戦いを覚えることなど夢のまた夢であった。

 自由に焦れることはあったが、ランカ自身は探索者として生きたいかと言われるとそうではない。その生き方ができるとは全く思っていなかった。


(…もし、ここで私を連れて行ってほしいとか言ったら、あの人はどう答えたのかな。)


 小さく笑ってランカの頭を撫でて誤魔化したか、それとも首を振っただろうか、それとも…。一つ深呼吸して、思考を止める。今更実現できないことを考えたところで無駄だと、貴族の思考が邪魔をした。

 空想とまとまらない思考に囚われたのは果たしていつ以来だろう。そう思った時、貴族として育てられたランカの理性が意識を現実へと引き戻し、このことを責任者―――今はボスポラスへと報告することに決めた。まだ幼いランカの心では、その奥底に沸いた小さな感情は寂しさと悔しさに隠れて気付けないでいた。

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