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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
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98.



 神殿長とその騒動が終わってから春節まではあっという間に時間が過ぎた。

 まず騒動の翌日にボスポラスが新たなバティンポリス領主となり、その旨を帝都、現皇帝へと奏上しに向かった。それに合わせて、神殿の者たちもボスポラスと共に帝都へと向かった。これはセンドラー魔道学院に渡りを付けるためだったようで、領主が抱えていた魔術に詳しい学者も同行した。

 領主のいない間はボスポラスとその部下が切り盛りをした。次にクロムと会った時、とても仕事がしやすくなったと礼を言われた。その時は何の事だったか思い出せなかったが、以前相談を受けたことを思い出した。

 ドレークは領主館の地下牢に入った。時折うめき声や暴れる音がしたようだが、使徒や神殿という存在から離されて少しは憎悪も弱まったらしく少しずつおとなしくなっていった。クロムは何度かドレークに会いに行ったが、ドレークはまだまともに子供たちに会える精神状態ではないようで、時折考えを振り払うためにか首を横に振っていた。

 リュドミラはと言えば、神殿で騒動があったことという噂を掴んでいて直感的にクロムを助けなければと思い、乗り込もうか悩んでいたという。もし迷宮に潜る約束の日にクロムが現れなかったら神殿へと潜入するつもりでいたと言う。この時点でリュドミラに疲れが見えていたから、その日の探索は止めた。

 次の日からはクロムがランカの護衛をしたり、ランカが迷宮で戦う練習をしたりしているうちに時間があっという間に去った。結局、バティン迷宮三十層には挑めないままでいた。


「…父も兄も不在ですみません。領主に変わり、妹であり使徒ランカを守っていただいたことを感謝いたします。

まず、依頼達成の報酬をお渡しします。」


 大量の金貨が入った袋が一つ。そしてもう一つ袋があった。小さなほうの袋を開けてみると、白い金貨が三枚入っていた。白金貨は金貨百枚の値を持つ硬貨である。


「こんなにいいのか?」

「ええ。以前は物品しか渡さなかった上に、あまり価値のあるものを選ばれたようではありませんでした。ランカの護衛に、父の確保。それから、バティン迷宮の探索を一気に進めた功労。それらに報奨金すらまともに払えない貴族など名折れも良いところ。

そちらの金貨袋と会わせて金貨四百枚になります。どうぞお納めください。」

「そ、そうか?なら、ありがたく頂こう。金は空にも住むにも大事だからな。」

「ふふ、クロムさんはどこか俗世とは離れた方だとばかり思っていましたが、やはり我々と同じ俗世に生きる人間ないのですね。」


 ボスポラスは何かおかしそうに笑った後、再び表情を引き締めた。

 

「ところで、〈サーラの護符〉は結局手に入らなかったのですね。」

「ああ。護符型の迷宮品は〈銀鱗の護符〉くらいだったかな。ランカに渡そうとしたら拒否されてしまったが。」

「おや。どうしてでしょう。」

「…船虫型の魔獣を倒した時に手に入れたんだ。あいつは見た目が嫌そうだったから、たぶん思い出してしまうんだろう。」

「船虫…ああ。そういう。

 ですが、一応買い取りましょう。」

「いや、金はいい。俺は使わないし、これくらいは献上する。」

「はは、助かります。しかし深層でも手に入らないとは…〈サーラの護符〉はどこで手に入れたのでしょう?」

「…さあな。上層でなければ下層。そして下層でもないなら、恐らくは最奥…主がいる場所だ。」

「…ならば、過去に一度攻略されているということでしょうか。」

「わからん。だが可能性としてはあるかもしれん。これまで攻略されたことがないことが真実なのであれば偶々見つかっていないだけで、上層でも手に入るものなのかもしれん。それか、稀少種の魔獣を倒した時に書き変わるものなのかもしれん。

 迷宮に潜れば必ず手に入るというわけではないから、まだ出ていないだけという可能性もある。」

「成程。迷宮とは奥が深いですね。

 二十九層は、最奥に近いでしょうか?」

「近いと、俺は思う。もしかしたら三十層が最奥かもしれんし、三十一、三十二層と続くかもしれないが、魔獣は他の…オセ迷宮の時、最奥層近くに潜った時と同じくらいに強い魔獣がいた。そう遠くないはずだ。」

「そうでしたか。三十層には挑めそうですか?」

「ああ。明日、仲間と挑んでみるつもりだ。」

「仲間?パーティを組まれていたのですか?

ああ、もしかして、最近ランカに魔術を教えてくれたという術士ですか?」

「リュドミラという奴でな、存外頼りになる奴だ。」

「そうでしたか。もっと早く言ってくれればこちらで部屋を提供しましたのに。」

「…いや、パーティを正式に組んでいるわけじゃないんだ。それにあいつは今、必死に依頼や魔道具の作成をして俺に追いつこうとしている。ここ居るよりも、今のほうがいいと俺は思う。」

「そうでしたか。…明日、お二人で挑まれるのですね。ご武運を。」

「ああ。」


 翌日。クロムとリュドミラはバティン迷宮二十九層へと潜った。

 肩慣らしのために二十九層へと挑んだが、クロムもリュドミラも水中での戦いには随分と慣れたものだった。魔獣の多さはクロムが一人で挑んだ時よりも多かったが、幸いにしてクロムが出会った叫ぶ魔獣とは出会わなかった。もし現れていたら、今度こそひとたまりもなかっただろう。

 リュドミラは〈精霊の指輪〉を付けてから〈氷〉の魔術を多く使うようになった。〈集積爆竹〉と合わせて、攻撃力はディンと同等と言っていいくらいに術士として強くなったと思えた。

 三十層へと移動したとき重苦しい雰囲気は更に濃くなり、周囲に何もいないはずだというのに覗きこまれているような感覚に陥った。オセ迷宮でも、マルバス迷宮でも陥らなかった初めての感覚に背筋が凍った。それはリュドミラも同じで、恐怖を抑え込むかのように自信を抱きしめていた。


(…違う。ここは、普通の階層じゃない。最奥だ!)


「…〈勇気クラギーグ〉!」


 その呪文でクロムとリュドミラの心は落ち着いた。〈勇気〉は恐怖心を抑え込む魔術だという。覗き込むような視線は消え失せ、不気味な静寂が周囲を支配した。呼吸を落ち着けて視線を感じた方向を睨んだ。


「…クロム。ここ、もしかして。」

「ああ。最深層だと思う。これまでよりも厳しい戦いになるぞ。」

「…ついていくから、大丈夫。」

「頼もしいな。」


 クロムは素早く外套を脱ぐと、代わりに〈白輝蜈蚣の外套〉を着用した。これでクロムに魔術攻撃は通じない。同時にリュドミラからの支援も受けられなくなった。


「リュード。〈力〉も〈勇気〉も、自分のためだけに掛けろ。この外套を付けている間、俺に魔術は通用しない。だから、攻撃の魔術は遠慮無く撃て。

 それから、俺が死にそうになっても、決して諦めるな。」

「うん。クロムも、私が危なくなっても助けようとしないでね。そうじゃないと、公平じゃない。」

「…わかった。リュドミラ。信じるぞ。」

「……!うん!」


 二人が進んだ先にいたのは巨大な烏賊の魔獣だった。白色のつるりとした皮膚に、十本の触手のうち特に長く太い二本の触手。それぞれに着く不揃いな吸盤。クロムの身の丈の半分以上もあるような巨大な眼球。胴は短く、まるで碇を逆さまにしたような姿だ。先程の威圧感の正体はこの魔獣だと直感した。

 クロムたちが近付いても魔獣は悠然とその場に留まっており、クロムたちの姿を捉えたのか瞳孔が歪んだ。

書き直しが間に合わないので99.は3/1予定…

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