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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
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97.

 神殿長室は以前訪れたときと変わらず整然としていたが、棚や机の上からは細かいものが無くなっており、アゼルのいた面影は少しずつなくなっていた。

 椅子を勧められ、バッカラとランカが席に着く。クロムはランカの後ろに立ち、騎士の男は茶を三つ用意した後でバッカラの後ろに立った。


「クロム殿。座らないのですか?」

「クロム、座って。貴方が話すんでしょ?」


 ランカは隣の椅子を叩いて、クロムが座るよう促した。バッカラもクロムの席に着くのを待っているようだったから、居心地が少し悪いながらも席へと着いた。


「クロム殿…でよかったですよね?」

「ああ。」

「ふむ。…グラムという男を知っていますか?貴方と同じ、黒目黒髪の男です。」

「……俺もそいつのことを知りたい。」


 クロムに対してグラムの名前を出されたことは以前もあった。今回もヒヤリとはしたが、表情にまでは出さず、何事もないかのように話した。


「知りたい、ということはグラムの事は知らず、彼を探しているのですか?」

「ああ。…知り合いか、血縁か。そこまではわからないが。」

「成程。失礼、私から見て彼によく似ているから、まさかと思いまして。

 彼は目付きが常に険しく、まるで何かに追われるように行動の端々に極端さが見えていました。貴方は…そういったことはなさそうだ。心もとても安定しているように見える。」


 この場には〈ラコンティンフィオの業鏡〉が無いから、堂々としていれば嘘も言えるし、ごまかしもできる。もし聖堂で問われていたら何でも正直に話してしまっただろうから、安心していた。

 バッカラはランカのほうをちらりと見ると、ランカも確かだというように小さくうなずいていた。


「ふむ。クロム殿はグラムの事はどのくらい知っていますか?」

「…神殿騎士だったこと。それから俺に似た容姿。ここしばらく噂を聞かないという話も聞いた。」

「では、あの場でドレーク殿を抑えてくれた礼として、少し昔話をしましょう。貴方がグラムを知りたがっているという話を聞いています。

 …私が知るグラムは幼いころから随分向こう見ずで、力が強く、戦いの才能の塊と言っていいほどに戦う能力が高い子でした。反面、神学や数学、言語学…勉強はいくら教えてもあまり覚えることができず、魔術に至っては全く使えませんでした。なんとか最低限度の教養と知識を身に着けたところで騎士へと着任しました。

 人間関係は希薄で、同期のハイラル…森林神の使徒とはある時から険悪になっていました。」


 ここまではクロムも知っていることだった。クロムは考えることがあまり得意ではないから、やはり昔から勉強はできなかったらしい。そう思っていたところで、バッカラは遠くを眺めるようにしながら語り始めた。


「グラムは黒鉄の民と呼ばれる…二百年程前に途絶えたはずの一族の末裔でした。」

「なんだそれは。」

「黒鉄の民というのは戦場で伝説になるほど武技に優れた一族でした。一様に鋼のような強靭な肉体に黒色の武器を持ち、黒い衣を纏っていたといいます。特にその部族は特徴的な黒目、そして黒髪を持っていたといいます。神殿の記録では、彼らは魔術が使えない代わり、十に満たない子供であっても十五の子供と同じくらいに力が強く、成人の場合は並みの大人の倍近く強い力を持っていたともあります。

 …シラー帝国の前身ができた時代、当時の帝王自ら前線へと出て黒鉄の民を打ち破り、その後北部のセンドラーから南部のボティス荒野まで何度も追撃を繰り返し…その結果その部族は滅びました。

 ともあれ、グラムはその特徴によく合致していて、彼らの末裔ではないかと言われていました。」

「そいつが神殿に入ったのは何故なんだ?」

「当時グラムを連れてきたのは司教エレクでした。どこから連れてきたかはわかりませんが、曰く孤児を拾ったと。

 ニタスタージを信奉していたエレクには、グラムを神殿騎士にすることで神殿の権威を高めようと画策してしました。更に使徒になれば、グラムの風貌も相まって…平たく言えば宣伝し、寄付を募りやすかったのですよ。彼の持っていた闇を切り出したような風貌は、まるで闇の神の使徒としてまさにうってつけでした。」

「うん?使徒というのは人間が決めるわけじゃないだろう?」

「ええ。ただ、使徒になる人間には傾向があるのです。

 前提として、神々に篤い信仰を持っていること。

 その上で、争いが得意でない神々は、ランカ殿のように貴族の立場を持つ者や知略に長けた者を。武に優れた神々は、やはり武に優れた者を。

 そして闇の神ニタスタージ、光の神イリアオースは知勇に長けた者を使徒に選ぶ傾向があるのです。」

「成程。それで、神々の目に留まるようにしようとしていたということか?」

「ええ。ただその計画はうまくいきませんでした。

 グラムはハイラルを始めとした同期たちといくつもの過酷な儀式を乗り越え神殿騎士になったものの、闇の神の使徒になる予兆はありませんでした。

 また、グラム自身総本山から出て在野の魔獣を狩る…これも神殿騎士の役目の一つではありますが、そればかりに傾倒し、やがて神殿を飛び出しました。神殿騎士に任命された者として、辞職もなく神殿から抜けること、これは残念ながら裏切りとみなされてしまいます。

 エレクの反発も空しく光の神を奉る陣営からは彼を捕らえるため、兵を幾人も出されました。追手の神殿兵たちを退けながら霊峰山脈に逃げ込んだ彼は、最期は崖から転落して死んだと報告がありました。グラムと同じ儀式を抜けた者たちの多くはグラム討伐の際に死亡したため、両陣営の抱える武力は弱体化しました。

 それから二年程は私もエレクも必死に巻き返しを謀っていましたが、光の神の陣営が輩出したハイラルが森林神の使徒に選ばれました。その間に闇の神か、それに与する神の使徒を排出できなかった我々は…エレクは総本山を追われ、組織を生かすために私も離れざるを得なかったのです。」


 バッカラの話した内容はとんでもない暴露話である。クロムとハイラルの関係は、以前ラキオから聞いた通りの内容だ。司教エレクがクロムを連れてきたことも同じく聞いた通りだ。グラムが死んだという話はハイラルがしていた。

 しかし総本山という場所では派閥があり、いがみ合っていることも、グラムの最期がどうだったかの詳細も知らない。どちらも内部の人間だから知る話なのだろう。


(やはり俺は、彼らからすれば死んだ人間だったのだ。俺を連れてきたというエレクも、同期だったという奴も、ハイラルも死んだ今、つまりは俺を知る人間は総本山には殆どいない!俺と神殿が敵対する理由が、あとはハイラルを殺した処遇だけだ。)


「ここでそんな内情まで話していいの?」

「え?いいえ。ですがランカ殿もいらっしゃり、クロム殿は貴女の護衛ですから。神殿…というより、総本山の内情を少し知っていても良いでしょう?」

「俺が護衛するのは春節までだ。だからこの後すぐに離れることになる。」

「ええっ!海神祭からずっと護衛していると聞いていましたから、てっきり…。マリウス、どうしましょう?」


 バッカラは背後の騎士に慌てた様子で助けを求めた。マリウスはバッカラの補助役のようだ。マリウスは少し考えた後で口を開いた。


「…どうもしないでしょう。彼は関係者でなくなりますが、探索者であれば、依頼中に知りえた依頼人の秘密を守る義務があると聞きます。合っていますか?」

「ああ。」

「今はランカ様の護衛という依頼をしているところですから、その義務は生じています。

 ここで知りえた内情を他者に話さないよう契約をするか、それでも不安であれば、触れ回らぬよう神々に誓いを立てていただく。それでどうでしょう。」

「成程。では、クロム殿を信じましょう。クロム殿も黙っていてくださいね。

 尤も、貴方の身にどうしても話さざるを得ない…そんなことが起きたときは別ですが。」


 マリウスの提言を聞いてすぐに結論を出し、茶を啜る。バッカラが果たして何を考えているのかわからなかったが、クロムを見る目は優しい。グラムとクロムを重ねているのかもしれない。ここまでずっと警戒心が残っていたクロムは毒気を抜かれた気分だった。


「…いけませんね。私はもう派閥争いに関わらないと決めてここにいるのです。だのにクロム殿を見た時…第二のグラムとして利用できないかなどと考えてしまいました。すみません。

 …グラムは出来が悪い私の教え子でした。それを取り戻そうとしたなど…。」


 バッカラにも事情があり、何かしらの執着があるのだ。それを知る由はない。むしろ目の前の人物がかかわりを持っていたことに驚きながらも、神殿の派閥に未だとらわれていることを少しだけ気の毒に思った。自身がグラムだということは誰かに明かすことはない。グラムという過去を追うことも、これきりにしようと決めた。

 茶に手を付けながら、今後の身の振り方を考えるべくクロムは一つ聞いてみることにした。


「…ランカを見ていて、そして今のグラムの話を聞いて使徒というのは神殿からとても大切にされているということはよくわかった。

 海神祭では使徒を殺そうとしていた輩がいたが、もし彼らが使徒を殺してしまった場合はどう対応するんだ?また、俺はその時護衛として殺してしまっているが、罪に問われるか?」


 あえて使徒と聞いたのは、ランカに限定させないためだ。返答次第では今後神殿と敵対することになるから、自然と緊張した。声が少し震えたかもしれない。


「…そうですね。

 例えば使徒から彼らへ攻撃を仕掛けていた場合。これは使徒の行動の結果ですから、我々は関与することはまずありません。例え使徒が討たれようとも、その結果を尊重します。

 例外として、その使徒を討った相手が神殿にとって悪と判断された場合…神に逆らう反教者、あるいはその集団でなければ、神殿は動くことはしません。

 しかし使徒は彼らを知らず、彼らが害する意を持って襲ってきた場合…今回ランカ様が襲われた件はこちらですね。この場合神殿は総力を挙げて排除へと動きます。

 その最中で護衛をしていた者が使徒を守るために敵を殺したとしても、神殿としては使徒を守ることが重要ですから、問題がないのです。

 報告を見る限り結果的に排除に成功しましたが、大本の取り押さえに失敗したのは神殿側の失態となります。

 総本山の指針としてはそのようになります。」


 つまり神殿からすれば、使徒の行動の結果死ぬのは仕方がないが、不意に命を落とすのは許せないのだ。だからこそ神殿騎士を付けて護衛と監視をするということなのだ。

 ハイラルから仕掛けているから、クロムの場合は前者となる可能性は高く、つまりは神殿と事を構える必要もないのだ。


「わかった。感謝する。」


 心からの一言だった。バッカラはそれをランカの護衛をしていた際に襲撃者を殺めた件だと思ったのか、微笑んで気にしなくて良いと言った。


(…安心した。神殿と関わらない限り、リュドミラを昏い道に引きずり込まなくて済むのだ。)


 グラムの話が済んだ後、ランカの護衛についての話に変わった。クロムはあと数日で契約を終了するつもりだから、ここから誰をランカの護衛にするかという話であった。契約の延長はできないかとか、神殿騎士として働くつもりはないかと問われたもののクロムはすべて断った。

 現在神殿騎士はバッカラを守るマリウスしかいない状態だから、しばらくはマリウスやバッカラに着いてきた兵が護衛を行いながら、その後信頼できる神殿騎士を探すこととなった。

 元々神殿騎士を務めていたラッツは現在マーレイア家に世話になっていると聞いたバッカラは、最悪の場合はラッツを連れ戻すことも考えていたようだ。

 ランカとは使徒としての活動を支援することを約束し、その一環で神学についての勉強を教えることになっていた。勉強と聞いて渋い顔をしたが、彼らは素知らぬ顔で約束を取り付けていた。

 すべての話を終えてから、クロムたちは帰路へと着いた。


―――

 ランカとクロムが神殿長室から出て行った後、扉を見ながらマリウスが口を開いた。


「…総本山へ報告しておきますか?」

「不要です。もしそのような相談がマリウスにあった時は、握り潰してください。神殿騎士グラムは、二年前に神殿騎士アウラに崖から蹴り落されて死にました。それが総本山の見解で、我々もそれに同調しているのです。」

「はい。しかしせっかくの教え子との邂逅だったというのに、あれしか話さないというのは惜しいことをなさりましたな。」

「ふふ。以前の私であれば、すぐに看破して問い詰めたうえで色々と話したでしょうが…マリウス、人とはこうも変わるものなのですね。私も、彼も。」

「ええ。バッカラ司教は随分と変わられました。いえ、かつてのように戻ったというべきでしょう。以前の貴方は、その。」

「…権力を求め、権力に抱かれるということはああも人を狂わせるものです。

 私はこの決断を最後に、権力とは完全に袂を分かったつもりなのですよ。」

「その判断をできることは尊いことです。私であれば…おそらく義理として報告したでしょう。」

「ふふ。職務に忠実であることもあなたの良い点ですよ。

 それに、〈盤割の鎚〉でしたか?あれらを神殿側でも追う準備をしなければなりませんし、もしドレーク殿が本当に〈疑心〉を掛けられているというなら、それを解除する魔術や魔道具、そして迷宮品を探さなければ今後同じ例が出てきてしまう。センドラー魔導学院に協力の取り付けも必要でしょう。亡霊に構うよりも先に、やることが多いのですよ。」

「確かに。視野が狭くありました。」

「それに、見てみたいと思いませんか?過去の亡霊が、総本山の奴らを蹴散らす様を。」

「……!バッカラ司教、グラムは確かに、好きにやらせていたほうが結果を出すような人間でしたが……他の者の前では絶対に言わないよう。私がその首を斬らねばならなくなります。」

「はは、恐ろしい。それでは私が亡霊になってしまうな。

 …彼の亡霊に幸あれ。」


 呟きを残して、二人もまた次の職務のために支度を始めた。

―――

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