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神の盤上と彷徨者  作者: 咸深
4.再開
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96.

 ドレークは半ばで折れ飛んだ剣を構え直した。わずか三、四歩の距離はドレークの剣では遠く、クロムが一方的に攻撃できる間合いだ。クロムは険の腹でドレークの手首を打ち据えて剣を落とした。なおも剣を掴もうと伸ばしたが、その前にクロムは険を蹴り飛ばした。

 ドレークはそれでも心は折れておらずクロムに掴みかかる。クロムはそれを避けて張り手を一発見舞った。よろけて力なく倒れたドレークを取り抑えた。


「…ここから出ていき、矮小な死で終わる。それが今の俺が、領主としてできることだ。

 せめて殺してくれ。」

「その必要はあるのか?」

「ある。バティンポリスを混乱に落とし、失踪して、今使徒へ刃を向けて神殿を荒らした。……俺の命でしか償えない。」

「だがその前にやることがあるだろう。」

「……。」

「ランカたちに謝れ。この冬、慣れないながら領主や補佐を頑張っていたのは誰もが知っている。お前のことはあいつらが決めるだろう。」

「…俺はもう後戻りなぞできない。あいつらからの沙汰など待っていられない。」


 クロムはドレークの事を理解できなかった。クロムも探索者であるから、義に反すればどうなるかという話はたまに聞いていた。そういう時は大抵仲間や住処を失い、依頼が取れず自棄になるか、人知れずどこかに消えてしまう話が多い。ドレークも狂ったと思った時からそうするつもりだったのだろう。


「そこの護衛。殺すのは待ってくれ。」


 シュフラットがクロムを制止した。その側にはザンジバル、そして騎士に肩を借りたバッカラが寄っていた。左手に〈夜叉の太刀〉を持ったままであるから、それがいよいよ振るわれるのかと思ったのかもしれない。


「こいつは名目上まだ領主だ。死なせるわけにはいかないことは理解してくれ。」

「暴れなければ殺す気はない。」

「…依頼通り、殺さず捕えてくれらんだな。ありがとう。」

「ああ。それで、どうするんだ。よくわからないが、死にたがっているみたいだ。」

「死にたがりか?…最後の理性かな。責任を取ろうとしているということだろう。」

「例えいいことをしても、悪いことをしても、それで生まれた責任を領主は負わなければならん。探索者が自身の結果に責任を持つようにな。」

「自分の意志でなくてもか?」

「そうだ、例えザンジバルが言うように〈疑心〉で操られていたとしてもだ。」


 シュフラットの言葉は厳しいように思えたが、ザンジバルは渋い顔で同意している。もし探索者ならそれは探索者自身の過失でなければ、責を負うことはないから、やはり貴族の考え方は知るものと大きく違うのだと理解した。


「ザンジバルよ、お前はこいつの血縁だ。お前とドレークが通じていないというには難しい。

今ここには貴族をはじめ神殿の長に商工会の会長、商人など有力者が集まっている。お前は自身が操られていないと証明しなけばならない。」

「勿論だ、シュフラット殿。御忠告痛み入る。父上をどうするかは……少し考えさせてくれ。」

「うむ。」


 倒れていた兵たちも起き上がってきた。バッカラを支えていた騎士がドレークの腕を簡単な治療をして、今度は足を入念に縛った。クロムが取り押さえたままのドレークは抵抗できず、それを受け入れた。


「バッカラ様。こやつを別に隔離しますか?」

「…いえ、このまま。今度こそ拘束して…ええ、見張りをお願いします。

 ところで護衛殿、場を収めていただき感謝致します。あなたのお名前は。」


 バッカラがクロムに向き直った。手に持った〈ラコンティンフィオの業鏡〉は未だ明滅しており、効果を発揮しているのだとわかった。


「クロムだ。」

「クロム殿。…後でお話ができませんかな。使徒様の護衛としての話も。」

「ああ。」


 扉が開く音がした。ランカが戻ってきたのだ。少し遅れてボスポラスが入って来て、ランカが途中で引き返したのだと思った。今この場は、ランカの目にはドレークが兵たちに縛られ、バッカラはクロムに〈ラコンティンフィオの業鏡〉を向けて詰問しているように見えただろう。


「ク、クロム!お父様は!ク、クロムは大丈夫?」

「抑えた。腕は折ったが、命は奪っていない。」

「よ、よかった。

 バッカラ神殿長、〈ラコンティンフィオの業鏡〉が起動したままですわ。

 むやみに人に向けるものではないでしょう。」

「ああ、これは失礼。」


 バッカラは〈ラコンティンフィオの業鏡〉をクロムから逸らして、鏡面を自身の側に向けた。

 ランカがどこかほっとしたように溜息を吐き、クロムへと笑いかけた。


(そういえばこんな場面を見た、というのはこの場面だったのかな。

 あのままだったら、俺もなにか聞かれていたかもしれん。ランカが割り込んでくれて助かったのかな。)


 この後ドレークがどうなるかは、クロムにはわからない。ドレークの予想通り〈疑心〉がかかっているとわかったなら解除を試みるだろうし、それまで幽閉されながらその時を待つのだろうか。解除ができなければ残る生涯を幽閉されるか、あるいは示しをつけるために命を奪うことになるのだろう。


「えー…皆様。此度はこの場に彼を連れてきてしまった私の失態です。

 着任早々申し訳ございません。

 秘宝〈ラコンティンフィオの業鏡〉の前で、私は他意がなかったことを証明致しましょう。」


 バッカラは遠巻きに取り巻いていた者たちに頭を下げ、シュフラットの従者に〈ラコンティンフィオの業鏡〉を渡した。バッカラが手を放した時鏡面の明滅が消えた。この鏡の持つ効果が消えたのだ。

 そこからは粛々と話が進んだ。

 バッカラは〈ラコンティンフィオの業鏡〉の前で、今回ドレークを手引きしたわけではないことを証明し、このバティンポリスに骨を埋める覚悟で来たこと、ランカがある程度の年齢になるまでは神殿でできる限りの護衛や補助をすることを誓った。

 バッカラ自身の潔白が証明され、挨拶も終わったとき、ザンジバルが立ち上がり話を始めた。


「…済まないが、ここで起こったことはバティンポリスを再び揺るがすことになりかねない。

 一旦我々の側で父…いや、ドレークの身を預かる。調査後、速やかに結果を皆様にも伝える。

 知っての通り、狂う前は都市の発展に貢献した立派な人だった。それを無碍にして命を奪うには…すこし急性だと思う。今しばらく口を閉ざし、待っていただきたい。」


 それに反発する者も一部にはいたが、シュフラットとバッカラが了承してからはその者たちも静かになった。これにてドレークの身柄は神殿からザンジバルの元に移され、この後の手続きや取り調べが行われるようだ。また、これを見事に裁ければ次期領主として都市の有力者の誰から納得されることになるだろう。

 今度こそすべてが終わり、有力者たちは帰っていった。ザンジバル、ボスポラスもドレークを連れて先に帰っていった。ランカもそろそろ、と言ってクロムの裾を引っ張り始めたが、クロムは動かなかった。バッカラの話を待っていたのだ。


「…クロム殿。これから話はできますか。」

「ああ。」

「よかった。神殿長室へ行きましょう。是非、ランカ様も一緒に。」

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