第三十六話 エリーザ 父王との約束
エリーザの朝は遅い。
国王夫妻が執務達と一日の予定を確認し、一仕事を終えてから、遅めの朝食をとる。エリーザはその時間まで、ゆっくり寝ている。
レースのカーテン越しに朝日が眩しく差し込んできても、エリーザは目覚めることがない。
乳母のマーサが優しく声をかけても起きないため、侍女のアニーが元気よく声をかける。
それでも、寝ぼけ眼でベッドの上でボーっとしている。
手際よく、アニーがエリーザの身支度をし、マーサと共に朝食の部屋へ向かっていながらも、ぼんやりしていた。
朝食の会場では、すでに兄や姉たちが、音楽院の話で盛り上がっていた。
「そろそろコンクールの準備を始めようと思うんだ。今年こそ、兄様や姉さまに勝ってみせるぞ!だから、明日から寮へ戻ろうと思う」
第三皇子のルイが美しいテノールでオペラのワンフレーズを歌いだした。
マルガレーテ皇女も
「私も寮へ戻って論文を仕上げたいわ。」
まだ11歳の姉は、フルートの演奏だけではなく、音楽史の研究者としても、一目置かれている。
リチャードとアレクサンダーもそろって
「僕たちも、寮へ戻るよ。今年は作曲に力を入れているから、早くメンバーをそろえて室内楽のコンテストに応募したいんだ。アレクサンダーはもちろん、僕の曲でピアノを弾いてくれるよね?僕はバイオリン、マルガレーテはフルートを吹いてくれる。あとは、ビオラとチェロ奏者を探さないと。」
皆、口々に音楽院の寮へ戻ることを楽しそうに話している。
エリーザは、その姿を見て、うらやましくなった。
「私も寮に入りたいわ」
その言葉を聞いて、お調子者のルイが
「エリーザは一人で起きられないのだから、寮は無理だよ。
相部屋だって、ルームメイトに迷惑をかけるだろう?
マーサとアニーが一緒にいるわけじゃないのだから、音楽院へはお城から通うしかないね」
エリーザはルイに向けて、キツく言い放った。
「そんなことないわよ!
自分で出来るのだから、寮へ入るわ。
誰にも迷惑をかけないわよ」
しかし、エリーザの言葉は信憑性が無かった。
もちろん、両親もエリーザの言葉は信じられなかった。
「エリーザ、君はまだ寮へは入れない。
自分のことを自分で出来るようになってから、寮へ入るのだよ。
今のエリーザは、とてもじゃないが、心配で目を離すこともできない。」
「でも、お父様、ウィルは寮に入るのよね?
同じ5歳ですもの。私も出来るわよ」
「エリーザ、それは違う。
ティアナ王国国王から、ウィルの事を聞いたが、ウィルはこれまで、侍女たちに世話をしてもらえず、全て一人で生き抜いてきたのだ。
だから、リヒテル王国では、友人や先生方と、たくさん触れ合えるような機会をつくってあげたいと言われた。
ウィルは、これまで、努力を積み重ねていたのだよ。
エリーザも見習うと良い」
その言葉を聞いて、エリーザは何も言えなくなった。
マーサやアニーがいないと何もできない自分とは大違いだったのだ。
音楽の才能だけでは、寮へ入れないことに気づいていなかったことを悔やんだ。
ウィルと同じ寮へ入れないことが、この先、エリーザにとって、辛いことになるとは夢にも思っていなかった。




