第二話 ウィル 勿忘草の妖精に出会う
ウィルは声が聴こえる方へ歩き始めた。
野外劇場のある公園を抜け、更に歩き続ける。
意地悪な近衛兵達から離れられ、心が軽くなっているから足取りも軽い。
目の前に広場が見えてきた。その奥には青月祭のメインステージとなる大聖堂が見える。
ウィルは立ち止まった。
本日のメインイベントは世界的プリマバレリーナ、「ニーナ・ティアナ」の公演である。ウィルの母、ニーナは10年以上前、ティアナ王国の公演でヘンリー王に気に入られ、第三王妃となった。王妃になった現在も、バレリーナとして公演活動で世界中を飛び回っている。そのため、ウィルはいつも城に一人残され、寂しい日々を送っている。青月祭の公演は、ティアナ王国第三王妃として招待をされたため、ウィルが同伴することになったのだ。数か月ぶりの母との再会であった。しかし、母は公演のリハーサル等のため、一緒にいられるのもわずかな時間であった。大聖堂の前に特設ステージが作られている。本日の夜、大好きな母がこの舞台で踊るのだ。今は、リハーサル中のようだ。子どもたちが踊る練習をしている。オーケストラの音合わせ、照明などの位置合わせ、最終確認等が慌ただしく行われていた。母の姿は無い。きっと控室でストレッチをしているのだろう。
耳をすますと、また歌声が聴こえてきた。
大聖堂の裏にある、丘の方から聴こえてくる。
ウィルは丘へ向かって歩き始めた。
春の風が心地よく、新緑の香りが鼻をくすぐる。ウィルはいつもティアナ王国の城、それも地下室に閉じこもっていたため、初めての経験だった。
「なにもかもが素晴らしい。こんなに暖かく幸せな風を体に感じたのは初めてだ。そして、この歌声、こんなに美しく澄んだソプラノは初めて聴いた。どんな人が歌っているのかな?」
ウィルが丘を登っていると、金色の髪を風になびかせ、空色のドレスがふわりとゆれて、まるで、勿忘草の妖精かと見間違えるほどの美少女の姿が見えた。
ウィルは思わず岩の陰に隠れた。
妖精に気づかれたら消えていなくなってしまうように思えたからだ。
ウィルは息をひそめて岩陰からこっそり少女をみつめた。