第一話 ウィル・ティアナ第三王子 青月祭へ行く
四方を山脈に囲まれた小国、リヒテル王国は青月祭が始まり、世界中からの観光客でにぎわっていた。
春の穏やかな陽気、勿忘草が咲く、5月の満月の日に開催されるお祭りは、青い花と青い月がシンボルになっている。
また、リヒテル王国は世界中からのアーティストが学びに来る芸術の都でもある。お祭りの間は、国の至る所で音楽祭、アートマーケットが開催され、いつもは静かな市街地も夜通し音楽が鳴り響いている。
石畳の細い路地を通ると、小夜曲が聴こえてきた。2階から女性がうっとりと耳を傾けている。男性が窓の下から愛を唱えているからだ。ヴァイオリン、ビオラ、チェロの弦楽四重奏に合わせ、切なく、そして熱く恋心を歌っている。歌い終わると男性は女性にプロポーズをした。女性は幸せそうな笑みを浮かべ、髪を結っていたリボンをほどき、窓の下にいる男性へ渡した。男性は胸に付けていたブローチを女性に投げ渡した。
街中の人々が二人を祝福した。
ウィルが不思議そうに見つめていたら、屋台の店主が声をかけてきた。
「兄ちゃん、青月祭は初めてかな?それなら、このリボンとブローチを買うと良いよ。女性は青いリボンを髪や首に巻き、男性は帽子や胸にブローチを付けるのさ。男女で交換をすると、一生を添い遂げることが出来るというお守りにもなる品だ。
兄ちゃん、交換する人がいなくても、お守りになるから買って行くと良いよ。お土産としても喜ばれるよ。」
ウィルはリボンとブローチを見た。勿忘草と満月が刺繍された美しいリボン、満月の中に勿忘草が彫り込まれているブローチも素敵だった。
「おじさん、リボンとブローチをください。お母様へのお土産にしたいから」
店主は大きな手でリボンとブローチを渡してくれた。
ウィルは細い路地をさらに進む。路上でジャズやタンゴ、民謡を各々が楽しみながら演奏をしている。小さな子供たちが音楽に合わせて踊っている。
音を楽しむ姿を見ていて、ウィルも音楽を奏でたくなった。幸せな音に包まれて温かい気持ちになっていた、その時、怒鳴り声でウィルの心は凍ってしまった。
「おい、モグラ、何をしている!はぐれたら、俺たちがニーナ様に怒られるのだぞ!」
ウィルがうつむく。
怒鳴り声をあげているのは近衛兵だ。
「俺はニーナ様の護衛のはずなのに、お前が祭りを見たいというから、仕方がなくついてきたというのに!お前のような陰気な子ども、護衛なんかしなくても、誰もさらうはずがないのに、なぜニーナ様はそんな命令をしたのだ。あの美しいニーナ様に少しでも似ていたら可愛げがあるのに、まったくお前ときたら、薄汚いモグラのようだな。誰もティアナ王国第三王子だとは思わないぞ」
大きな声で罵倒し、笑い飛ばしている横で、新米の近衛兵が心配そうにささやいた。
「隊長、そんな言葉、第三王子様に向かって言って良いのですか?告げ口されたらどうするのですか?」
「心配ないさ。あいつは、母親のニーナ様にも何も言えない弱虫だからな。城の中で、あいつの味方をする人間なんか誰一人いないから、告げ口なんか出来る訳がないから安心しろ」
路地の向こうに、バルが見えた。
「おい、モグラ、俺たちはバルで休んでいるから、一人で祭りに行ってこい!20時から大聖堂でニーナ様の公演があるから、それまでに戻るのだぞ。わかったか?少しでも遅れたらただじゃおかないぞ。」
怒鳴り声と共に、近衛兵たちはバルへ消えていった。
ウィルはまた顔をあげた。
一人の方が青月祭を楽しめる。
足取りが軽くなった。
似顔絵を描いている画家、繊細な彫刻が施された蝋燭、見るもの全てがティアナ王国とは違い、生き生きしている。オペラが公園の野外ステージで演じられている。
ウィルは立ち止まった。オペラの歌声とは違う、天使の声が聴こえるのだ。
どこから聴こえてくるのか?
ウィルは声のする方へ歩きはじめた。