もしものIF
ボリーの待ったも間に合わず、交渉の余地なく落第になったもしもの話。
「おーい、サティ! サーティーン! おい聞いてんのかコラ!」
「うわっ」
ビクッ、と肩を揺らして見てみれば、隣に居たのはライだった。
ライはむすっとした顔で僕の頭に手を伸ばし、そのままぐしゃぐしゃと掻き回す。
「そんなお前はこうしてやる!」
「ぎゃっ、ちょ、やめてよそれやるの! 鳥の巣みたいにくしゃくしゃになっちゃうじゃないか!」
「だーいじょうぶ、お前の髪ふわっふわだから。柔軟剤使ったか?」
「髪の毛にそんなの使うわけないだろ。安物のシャンプーとリンスしか使ってないよ」
「お前トリートメント使ってねーのかよ」
「トリー……?」
「こないだお前が泊まりに来た時使えって出したろ!」
「あー、うん、あれね。あったあった。よくわかんなかったから使わなかったけど。何だったのアレ。肌の保湿用クリームか何か?」
「髪の毛の話から何で肌の保湿に行くんだ。毛艶整えるヤツだよ」
「僕が髪に柔軟剤使ってる疑惑出して来た男の癖に」
「そもそもお前がオレの声を無視するからだろ! 親友の声を無視するか普通!?」
「あー、ごめん。普段からライがうるさいから聞き流すのに慣れちゃってた」
「ひっでぇ!」
このやろこのやろ、と頬をつついてこようとするのを本でぺちぺち叩いていなしつつため息を吐く。
まったく、この昔からの親友君は構われたがりだから面倒だ。
「こっちはまるで本当みたいな夢を見て疲れた目覚めだったっていうのに、ライはいっつも元気溌剌なんだもんなあ。オレンジが弾けてるCMくらい溌剌としててさ」
「例えがわかんねーよ。それ褒めてるか?」
「褒めてる褒めてる」
「なら良いや。オレはいつでも最高だからな!」
自信満々の化身みたいなライは、えっへんと胸を張った。
これが小さい子供なら可愛いものの、才能に満ち溢れまくった男だから嫌になる。嫉妬する事すら出来ない程突き抜けられたんじゃ、逆恨みも出来やしない。
「で、どんな夢見たって?」
「忘れた」
「おい」
「夢なんてそんなもんじゃないか。ただなんか、まるで夢の中こそが本当だったみたいな、今までのこうして生きてる僕の記憶が偽物なんじゃないか、みたいな……そういう夢だったんだよ」
「もうちょい詳しく思い出せねえの?」
「無理。具体的な記憶じゃなくて、寝起きの漠然とした感覚しか覚えてないし、それも大分消えちゃったし」
「夢って刺身よりも足が早いもんなあ」
料理が得意な人間だからこそのコメントをしつつ、ライは力を込めて僕の背中をパァンと叩く。
「まっ、ちゃんと目が覚めたんなら良いじゃねえか! ここで会えたのも何かの縁だし、ファーストフード食いに行こうぜ! ポテトなら奢る!」
「僕からすると会えたって言うよりもエンカウントって気分だけど、まあ良いや。ポテトの奢りは大きいもんね。勿論一番大きいサイズで頼むよ」
「わーァってるって」
小突き合いながら本を仕舞って立ち上がり、近くのファーストフード店へと歩き出す。
「…………?」
歩いている時、ふと何かとすれ違ったような気がして振り返る。
けれどそこには何も無く、すれ違った人など居やしない。
「どうした?」
「んー、いや、何でもないよ。気のせいだと思う」
頭の後ろで手を組みながら歩くという幅を取って邪魔臭い事をしているライの腕を叩いてそのポーズを辞めさせつつ、再び歩く。
ライがつけてる爽やか系とは違う、男らしい香水みたいな匂いがしたと思ったんだけどなあ。
・
ただの人間のようにすり抜けてしまったサティの背を見ながら、ボリーは眉を顰める。
「チッ……マジで俺様達が見えてないのかよ、サティのヤツ」
「あのターゲットを殺せなかったせいで、落第になっちゃったからね。仕方ないよ」
仕方がないと言いつつも諦めきれないという顔をしているのは、キミー。
「というかあれっだけ殺せなかった上に落第の決定的な理由になったターゲットの幼馴染で親友になってるとか、どういう事だよ! サティはボクたちの親友だったのに!」
「えひ、ルドナってばそうジタバタしちゃ駄目だよぉ。神様がお決めになったんだろうから仕方なぁい仕方なぁい」
「仕方なくなーーーーーいっ!」
フィーグはジタバタ暴れるルドナを抱きかかえ、足が地面につかないよう押さえ込む。
その顔はいつも通りの何も考えていないような笑みが浮かんでいるが、サティの背を見るその眉は少しばかり落ち込んだように下がっていた。
「成る程。私達や私達の周囲には無縁だったが、落第するとああなるのか。本当に記憶も何もかも、この世で起きた事象すらも、最初から人間として存在していたと書き換えられてしまうらしいな。本で読んだだけでは得られなかった知識だ」
「本で読んだだけでは得られなかった知識は充分得たから、さっさとサティのヤツを取り戻すのに賛成だ、くらい言えねえのかルスト」
「今リカーが言っただろう。ならそれで問題はない」
「お前は合理的なのか面倒臭がり屋なのかどっちだよ」
ポストにもたれるようにして佇んでいるルストと、ポストの上に座りながら酒を飲んでいるリカー。
彼らが集まっている理由は、簡単な事。
「センセイと交渉して、あのターゲットを殺せばサティの落第取り消しって条件を呑ませたんだ。落第さえ取り消されれば」
「サティが、ぼくらのところに戻ってくる!」
むん、と拳を握って気合いを入れるキミーを見下ろしてボリーは笑い、その髪を頭ごとぐわんぐわんと掻き回した。
「はれららら」
「その気合いは良いが、空回りさせんじゃねえぞ足手纏い三人衆」
ニィ、とボリーは悪党のようにあくどく笑う。
「サティを取り戻す為、さっさとあのターゲットをぶっ殺さねえとな!」
腕が鳴るぜと目を光らせたボリーと共に、他の五人も怪しく目を光らせて彼らを見ていた。