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薄汚れた男

 あれは一八八九年のある朝のことだった。ベルが鳴り、レスドレート警部が私たちの部屋を訪れた。


「ポームズさん、ご出馬願えますか?」

「何事ですか?」

「殺人事件ですが、目撃者も無く行き詰まっています。怪しい男はいるんですがね••••••」

「詳しく話して下さい」

「昨夜八時過ぎに、スレッドニードル街の路上で人が殺されているという通報がありました。被害者は立派な身なりの男で、持ち物の名刺からケント州リー市のネヴィル・セントクレアという男だとわかりました。自営業の一人暮らしで、何故この日ロンドンに来たのかはわかりません。財布にはたんまりありました。頭を鈍器で殴られ、出血がありますが凶器は見つかっておらず、付近に凶器になりそうな物もありません。近辺の人に聞いてまわりましたが、誰もこの男に見覚えはないそうです。

 ここで先ほどの怪しい男ですが、この男はヒュー・ブーンといって死体のあった場所の近くで毎日朝から晩まで乞食をしているのです。なので我々はブーンが現場を目撃したかまたは関係していると思い、本人の住み処に行って会ったのですが、その日は八時頃引き上げたので何も知らないそうです。怪しいものも何もありませんでした。流石にこれだけでしょっぴく訳にはいかなくてですねえ」

「ブーンは今日も乞食をしていますか?」

「だと思いますよ」

「では行ってみましょう」


 私たちはスレッドニードル街に着いた。ポームズはまず現場を検めたが、手応えがあったかどうかはよくわからない。そしてその近くにブーンと思われる男がいた。薄汚れた小汚い痩せた小柄な男で、目の前に袋を置き地面にあぐらをかいて座っていた。時折通りがかった人が慈悲を与えていくようだった。ここでポームズは我々のそばを離れ、慈悲を与えた通行人に何か聞きに行った。やがて満足そうな表情で我々の元に帰ってきた。それからブーンの元へ行き、

「ブーンさんですね?私はレスドレート警部と共に調べているポームズというものです。あなたの住み処に案内してほしいのですが?」

「よござんす」


 私たちはブーンの住み処に着いた。

「ところであなたの昨日の稼ぎはどこにありますか?」

 ポームズのこの問いには私だけでなく、警部とブーンも面食らったようだった。

「これです」

「いくらぐらいあるの?」

「五〇ペンスぐらいです」

「じゃあこれを僕のソヴリン金貨と交換してくれないかな?」

 私たちは驚いた。

「なぜですかい?」

「君にとっても悪い話ではないでしょう。それとも何か問題がありますか?」

「いやあっしは構いませんが」

「これで用事は済んだから、ワトソソ君帰ろうか」


 私たちはベーカー街に帰ってきた。

「やっぱりブーンが犯人なのかい?」

「それはこれからこの審判で決まるよ」

 ポームズは何やら化学実験の準備をし始めた。

「君は覚えているかい?僕らが初めて会った時のことを。あれは聖バーソロミュー病院の化学研究室だったね。君が来た時に丁度、血色素の試験法を発見したのだが、あれの出番が来たよ」

 ポームズはブーンのペニー銅貨を取り出し、実験にかかった。私たちはこの審判を固唾を飲んで見守った。


 それからしばらくして私たちとレスドレート、ブーンは再び集まった。

「ブーンさん、あなたはネヴィルさんを殺ってないというんですね?」

「はい」

「ではあなたはどこも怪我していないようですが、あなたの持っていた銅貨のほとんどから血液の反応が出たのはどうしてですか。それともあなたに恵んでくれた人はみんな指を怪我してたんですか?」

「••••••」

「銅貨一枚では凶器になりえませんが、帰り際の一日の稼ぎほどとなるとかなりの重さになります。あなたはそれが入った袋でネヴィルさんを殴ったのでしょう」

 ブーンは言い訳をしようか迷ったらしかったが

「もともと捕まってもいいやと思ってやったのです。たまたま誰にも見つからなかっただけで、これ以上警察の方々のお手を煩わそうとは思いません。あっしはこう見えても学があるのです。将来を嘱望されたこともありました。ところがあいつの奸計に遭い、人生を狂わされたのです。あっしは人間不信になり、身体も壊してしまいました。

 あっしが一日の仕事を終え、さあ帰ろうかなという時にあの男は現れました。あっしとは対照的に向こうは順調にいっているようでした。久しぶりに会って、あっしは変わり果てているので向こうは気付きません。咄嗟にあっしは貨幣の入った袋で殴ることを思いつき、此処で会ったが百年目という思いで殺したのです」


「ブーンを奸計に遭わせた時に、ネヴィルの命運は尽きていたのだね」

 ベーカー街に帰ってきてからポームズが言った。

「そういえばスレッドニードル街に着いた時、通行人に何を聞いていたんだい?」

「あれはブーンが自分の前に置いているお金を入れる袋が、昨日までと変わってやしないかと尋ねてたんだ。案の定だったよ」

「そうだったのか」

「それにしても今回は、趣味で化学実験をやってた甲斐があったよ」

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