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死に問う  作者: 端場 隅
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死に問う その七

「まず、月見里さん。改めて確認しますが、古森さんとはお知り合いで間違いないですか」

「はい、友達です。大事な……友達です」

 新島が手帳に目を落とし、続ける。

「二人は、その、交際関係にあったとか?」

「はい。だいたい三か月前から付き合っています。そのことは、学校の同級生や、多分鈴のご両親も知っているかと」

「ええ、そのように聞いています。時代が変わったんですね」

「時代?」

「僕が子供の時は、というか恐らく少し前までは、そういった関係性は好奇の目に晒されるものでしたから。キミたちがその関係を隠すことなく過ごせたのは、なんというか、少し羨ましくあったりしますね。実は僕アニメが好きなんですが、昔はそれだけでも変わり者扱いでしたから」

「はあ」

「すみません、話が逸れましたね。これはあくまで話を伺っているだけなので気を悪くしないでいただけると助かるのですが、お二人の間に最近トラブルなどはありましたか?」

 丁寧に前置きされたが、それでもそうした物言いには表し難い憤りを感じずにはいられなかった。要するに、私が鈴を殺した可能性について言及しているのだ、この人は。私は感情を抑え答える。

「ありません。それも同級生が、特に千歳さんが知っているかと。鈴が亡くなる前日に、私と鈴と三人で話をしていますから」

 千歳の苗字が思い出せず下の名前で伝えてしまったが、新島は特に追及する様子もなかった。

「ええ、それも伺っています。ありがとうございます、冷静に話していただいて」

「一応補足しておくと、私はその日は十八時には帰宅して、それ以降一度も外出していません。両親に訊いていただければわかります。父が夜遅くまでリビングで映画を見ていたはずなので、玄関を開ける音があれば気が付くはずです」

「なるほど。ちなみに古森さんとは、当日どのような会話を? 放課後に一緒に出かけているそうですが」

「どうも何も、当たり障りのない会話です。この本が面白かったとか、今やってるアニメの話とか。十五時時過ぎには学校が終わって、近くのオルタンシアという喫茶店でケーキを食べていたので、そのケーキが美味しい、とか、そういう」

 そこまで言って、言葉が上擦り始めたのを感じた。現実が急速に襲い掛かってきたのだ。鈴と、もう二度とそんな話ができないのだと。どうしようもなく冷たい現実に、心が無理やり冷却させられた。鈴を殺した犯人を見つけるまで泣いている暇なんてないと言い聞かせ、怒りによって冷え始めた心に、再び熱を送り込んだ。

「そこまでで大丈夫です。その後十八時には古森さんが塾に来ていることも確認がとれていますので」

「でも、その後の足取りがわかっていないんですよね」

 新島は途端に困った顔になる。恐らくこれは、本来私には教えられることのないはずの情報だったのだろう。その理由は定かではないが、今の私には過ぎた話だというのはその様子から伺えた。

「はい。そのことで、もし心当たりがあればお聞きしたいのですが」

「ごめんなさい、知りません。刑事さんは、何か知らないんですか」

 なるべく警察側の情報が知りたかった。とはいえ、警察も空白の一時間の足取りがわかっていないらしいので、聞けたところで役に立つかどうかは怪しかった。

「残念ながら何も。だから今日もこうして聞き込みをしていたんだけどね、なかなか手がかりが見つからない」

 歯がゆい想いだった。これでは警察より先に犯人を見つけるどころか、そもそも犯人が見つかるかどうかが怪しくなってくる。

「それか、彼女にストーカーがいたとか、大げんかした相手がいたとか、そういうことはありましたか?」

「さあ、そこまではなんとも……私が鈴と知り合ったのは今年の四月ですし。ストーカーがいたってことは無いと思いますけど、確実にとは言えません」

「そっか。ありがとう、色々と聞かせてくれて。参考になったよ」

 刑事の口調が砕け、これで事情聴取が終わったのだとわかった。こんな話の何が役に立ったのかと言いかけて、私は小さく頷いた。ハッキリ言って、警察も私も無力だった。

「ところでだけど、二人は今日月見里さんと知り合ったって言ってたっけ。そういえば今日だったよね、その」

 古森さんのお葬式。と言いかけて、それを読んだかのように重音が言葉を遮る。

「はい、そこで知り合いました」

「そっか、なるほどね」

 新島がちらと十字路の方を見て、また何かを考え込む。不意に「ここからじゃ無理か」と呟く声が聞こえ、愛奈が疑問の声を上げた。

「ああいや、ここからじゃ十字路で何かが起きても見えないよなぁって思って」

 その言葉に私も座ったまま先ほどの十字路を見てみるが、やはり街頭が少なく、ここからでは夜になれば遠くを見ることはできないだろうと察せられた。

「そういえば二人は家この辺じゃないよね、なんでここの公園にいたのかな」

「特に意味はないです。元々私たち散策するのが趣味みたいなところがあるので、なんとなく歩きながらここに」

「となると、帰りもそこの十字路に向かって?」

 愛奈が「はい」と言うと、新島がふーんなんて言いながら手帳をパラパラとめくり何かを書き始めた。そんな姿を見て、重音が小さな苦笑いを浮かべている。

「あの、これは多分前にも話したと思いますよ、新島さん。散策のことは、クラスメイトが知ってます」

「ははは、冗談だよ重音ちゃん。刑事やってるとね、色々疑り深くなっちゃってさ」

 手帳がパタンと閉じられる。よくよく見てみると、すごい数の付箋が挟まっていた。その全てのページが今回の事件のことかと思うと、その中身が気にならずにはいられない。とはいえ、手帳を見せてもらうことなんかできるはずもないだろう。

「さて、こんなところかな。そろそろ次を当たってみないといけない。今日はありがとうね、三人とも」

 親しみやすい笑顔で手を振る新島。刑事はもっと厳つい顔のおじさんばかりだと思っていたが、こんな物腰の柔らかい人もいるのだなと少し意外に思う。

「あ、そういえば月見里さんには渡してなかったっけ。これ名刺ね、僕の電話番号書いてあるから、何かわかったり困ったことがあったら連絡して」

 それじゃ、なんて言って新島は小走りで去っていった。十字路の方に同じような恰好の、少しシルエットが横に大きい人物がいた。恐らく彼の上司といったところだろう。

「緊張したね、楓さん。これは私の勘だけど、あの人は信用してもいいと思うよ」

 重音曰く、子供に敬語が使える人物は信用に足るのだという。いまいちその基準はわからなかったが、確かにあの新島という男には大人のズルさみたいなものを感じなかった。何かあれば電話をかけてみるのもいいかもしれない。

「ねね、楓。そういえばさっきのって本当なの」

 さっきまで重音の向こうに座っていたはずの愛奈が、いつの間にか目の前にいた。

「さっきのって、何」

「ああごめん。その、古森鈴と付き合ってたって話」

「うん、本当だよ。それがどうかした」

 たまに、こうして好奇心でそれを訊ねてくる者がいたのを懐かしく思う。付き合いたての頃は、結構色んな人に話しかけられたし、鈴なんかはどうして私と付き合ったのかしつこく訊かれたらしい。

 突き放すような言い方をしたつもりだったのだが、愛奈は私の言葉を受けて何か納得したような表情を浮かべて、ごそごそと鞄を漁りだした。何のつもりなのかと見ていると、そこから小さな紙袋の包みが出てきた。愛奈がその包みをこちらに差し出す。

「それじゃあこれって、もしかして楓があげたものだったりする?」

 何を言っているのかと思い、差し出された包みを受け取り開封してみる。

 そこに入っていたのは、シャーペンだった。銀色の光沢が綺麗で一目ぼれした、少し高めのシャーペン。それは、私が先月鈴の誕生日にあげたものと同じ種類のものだった。

「それ、どこで」

「その、あの日にね、間違えて拾ってたみたいで。多分、古森鈴のだと思う」

 あの日、というのが鈴の殺された日なのは言われずともわかった。つまりこれは、鈴のシャーペンということか。

「どうして、これを私に」

「や、本当はすぐ警察に届けるべきだとは思ったんだけど。あの日古森鈴が持ってたものって、全部警察が回収しちゃっててさ。きっと誰の手元にも、あの日のものは何も残っていないんだろうなと思って。だからせめてシャーペンの一本くらい、あの子を大事に想ってた誰かに渡してあげた方がいいんじゃないかなって思ったんだよね。まあ、見る限り壊れてるみたいだけどさ。余計なことだったら、今すぐにでも警察に届けちゃってよ」

「これは、愛奈さんが?」

「まあ、うん。勝手なことしちゃってごめんね。ていうか愛奈でいいっ」

 言い切る前に、愛奈に抱きついていた。感情のままの行動だったし、泣きそうになっていた顔を見られたくなかったというのもあった。

「ありがとう、愛奈。鈴を見つけてくれて」

「ううん。私、あの子を助けられなかった。礼なんて言われる筋合いじゃない。むしろごめんね、もっと早く見つけてあげられなくて」

 うずめたままの頭を、そっと撫でられた。懐かしい心地よさに、涙腺が緩んでしまいそうになる。

 何故この人が謝るのだろうか。悪いのは鈴を殺した犯人だ、愛奈も重音も何も悪くない。

 そのままどれくらい時間が経っただろうか。しばらくして頭が冷静になり、今日会ったばかりの人間に抱きついていたことが急に恥ずかしくなった。元の体勢に戻ると、砂場で遊んでいた子供も、その保護者もいなくなっていた。

「ごめん、突然こんなことして」

「いいよ。何かあったら私たちを頼んな」

 愛奈の屈託のない笑顔に鈴の姿が重なって、心が締め付けられた。

「それじゃあそろそろ帰ろうか。楓さんも疲れてるだろうし、今日は帰って休もう」

 重音が立ち上がって、空を見上げる。また太陽が少しだけ沈んでいて、もうすぐで暗くなり始める頃合いだった。

 歩き始める二人。その背中が一歩遠ざかった時、私は考えるよりも先に「待って」と叫んでいた。驚いて振り返った二人と目があって、少しだけ緊張する。しかし、言わなければ、いや頼まなれければいけないことがあった。

「あの、愛奈、重音さん。お願いがあります」

 二人は黙って私を見つめていた。何を言い出すつもりなのか既になんとなくわかっているのか、二人して目配せをし合っていた。

「鈴を殺した犯人を見つけるの、手伝ってくれませんか」

 時間が止まる感覚だった。自分の発した言葉が、耳の中で反響している。

「やめといた方がいいよ」

 そう言ったのは、愛奈の方だった。止められるのは、正直わかっていた。

「いくらなんでも危険すぎる。もし万が一犯人にたどり着いたとしてどうするの? 復讐でもするつもり? それで楓が逆に殺されたら、馬鹿みたいだよ」

「私も愛奈に同意見かな。そもそも、警察に任せるのが一番だよ。素人が犯人探しなんてできっこない」

 それは至極真っ当な意見だった。警察以上の捜査なんて現実的に考えたらできるはずがないし、そもそも何を以てして犯人を断定するのかもわからなかった。追いつめて自白でもしてもらえればいいのだが、そんなことは望めないだろう。

「でも、私は納得できない。鈴が命を奪われたのなら、奪った奴にも同じことを、いやそれ以上をしてやらないと気が済まない」

 正直な気持ちだった。それが正義か悪かなんてのはどうでもいいことだった。私は鈴を殺した犯人が許せない。できるのなら、考えうるありとあらゆる苦しみを与えてから殺してやりたい。それで犯人を許せるわけではないし、鈴の死を受け入れられるわけでもないが、それでもそうしてやりたいのだ。

「楓さん。それは、復讐を望んでいるってこと?」

「そうだと思う。いや、そうだよ。私は復讐がしたい。それが間違っていることなのも、仮に復讐が叶ったところでこの心の恨みが晴らされるわけでもない。それでも、何もしないのは私が私を許せないの」

「楓、何度も言うけどそんなことは」

「待って、愛奈」

 愛奈が「待ってって何を?」と言ったが、聞こえているのかいないのか、その声を無視して重音がある提案をする。

「あなたは、その復讐を誰のためにするの?」

 その姿が、まるで神父のように感じられた。告解に応じる神父さながらの風格だった。

「鈴と、私自身のために」

「それが間違っていたとしても?」

「それでも構わない。私は鈴のためなら、地獄にだって堕ちてやれる」

「相手にも家族や友人がいて、遺された人たちが悲しむかもしれないよ。それでも?」

「だったら尚更、殺さないわけにはいかない。それだけ満たされておきながら人の命を奪ったのなら、その責任を果たしてもらう。遺った人間が何を思おうと知ったことじゃない。邪魔するなら一緒に殺してやる」

 そこまで聞いて、愛奈が重音の手を引いて歩き出そうとするが、重音は動かない。ただ私の目を真っすぐと見据えて、その奥を覗き込もうとしている。

 長い沈黙だった。それが破ったのは、重音の一言だった。

「わかった。できる範囲で協力する」

「ちょっと重音!」

「愛奈、この子は止まらないよ。私たちが放っておいたところで、多分自分で動く。だったらせめて、危なっかしいことをしないように見ておく必要がある」

 その言い方には少し引っかかるところがあったが、ひとまず協力してくれるということでまとまりそうだ。

「私たちからできることはそんなにないよ。警察から聞いた情報と、私たちが見たものを話すくらい。悪いけど、聞き込みとかは手伝わないから自分でやること。仮に楓さんが犯人を見つけたとしても、私たちは何もしない。万が一私たちが犯人を見つけたら、その時は警察に言うからね。でも、うん。一人でできないことがあったら、可能な限り手伝うよ」

 それは、要するに私が犯人を見つけ復讐を行うことに関しては、半ば黙認してくれるということでいいんだろうか。

「それでいいよね、愛奈」

「重音が言うなら。楓、危ないことはしないでよ」

 それだけ言うと、愛奈は足早に歩き出してしまった。あまり納得していない様子だったが、ひとまず反論してくる様子はなさそうだった。

 まだ何一つ犯人への手がかりはない。しかし、協力者を得ることは叶った。今はとにかく、足で情報を集めることをしなくてはならないと思った。まずは空白の一時間で、鈴が誰と出会っていたのかを探らなくてはいけない。

 前途は多難だったが、やるしかなかった。復讐を遂げたとして、それで何かが変わるわけではない。ただ、犯人がのうのうと生きながらえていることが許せない。ただそれだけの想いで、私は復讐の念をより強くする。

 今はとりあえず、酷く疲れていた。さっきから疲労感か、身体が重たかった。久しぶりに歩いたこともあって全身が悲鳴を上げているのがわかる。

 その日はそのまま帰路へ着き、帰るなりベッドへ身体を放り出し、そのまま眠りについた。

 夢で会った鈴が、あの日の笑顔のままだった。

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