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死に問う  作者: 端場 隅
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死に問う その五


 鈴の葬儀は、思っていたよりも小規模なものだった。彼女の両親の希望だったのか、生前の鈴の希望だったのかはわからないが、実際に葬儀場に来ていたのは三十人ほどだった。意外だったのは、ほとんどのクラスメイトや部活のメンバーが参列していなかったこと。私と千歳、名前はわからないが同じ学校の制服を着た、鈴の友達だという数人以外は先生や親戚らしき大人だけ。彼女を最後に見送る者がこれほど少ないのは悲しかった。

 涙ながらに話をする鈴の両親の姿は、痛々しくて見ていられなかった。特に母親の方は立っているのもやっとといった様子で、二人がかりで支えられて何とか歩いている。現実感のないまま、葬儀が続いた。

 最後に見た鈴の顔は、誰の顔にも思えなかった。殺されたとは思えないほど綺麗な顔で、ただ眠っているだけにしか見えなかったが、人間の本能が嫌でも認識させる。ここにいるのは、もう生きた人間ではないのだと。その穏やかな顔からは、言いようのない冷たさを感じた。怖いとすら思ってしまった。

 ただ、その姿を見たことで決心がついた。鈴をこんな目に合わせた奴は、絶対に許さない。こんな箱に押し込めて、人生を奪ったやつを殺してやる。

 だから待っていてほしい、鈴。私が仇を討つから。そのあとで、そっちに行くから。

 そう心の中で呟き、恋人を見送った。

 昼過ぎになって葬儀が終わり外に出ると、千歳と見知らぬ二人の少女───私と同じ学校の制服を着ている───が何やら会話をしていた。見たところ思い出話というような感じではなく、三人の表情は極めて険しいものだった。しばらく三人を見つめていたが、ふと千歳がこちらに気が付いたらしく、軽く手を振ってきた。とても手を振り返す気にはなれずに、視線だけを送る。隣の二人は不思議そうな表情のまま、ぺこりと頭を下げた。

 そのまま三人の横を通り過ぎて帰ろうとしたが、若干不機嫌そうな表情に変わった千歳に腕を掴まれ行く手を阻まれる。

「何」

「何、じゃないでしょ。なんでそのまま帰ろうとしてるわけ」

 言って、千歳が今度はバツの悪そうな顔になった。コロコロと表情が変わるその姿が鈴と重なって、余計に帰りたくなる。

「ごめん、喧嘩腰になっちゃって。大丈夫……なわけないよね。えっと、ちゃんとご飯食べてる? ちゃんと眠った?」

 話題に困っているのか、まるで親みたいなことを言い出す千歳。彼女なりに、こちらを本気で心配してくれているのがわかる。けど今はそれが、鈴を喪った現実を余計に感じさせるようで辛く、ただ黙って頷くことしかできなかった。

「そっか。とりあえず、顔が見られてよかった。学校には無理に来なくていいからね、来たくなったらでいいからさ」

 だったら毎日誰かを寄こさないでほしい、と言いたかったが、寸でのところで堪えた。代わりに、葬儀のことで気になっていたことを訊ねてみる。

「なんで今日は、こんなに人が少ないの」

「事情が事情だからね。犯人も捕まってないし、なんか人間不信になっちゃったらしくてさ、鈴のご両親。あんまり人を呼ぶ気にもならなかったんだって。正直、すごく可哀そうだった」

 今にも泣きそうな顔で千歳が言う。

「詳しいんだね」

「そういえば月見里さんに言ってなかったかもだけど、私、鈴とは中学からの友達でさ。親同士も仲いいんだ」

 聞かなければよかった、と思ってしまった。私の知らない鈴を知っている人間が目の前にいることに、嫉妬してしまっている。耐えきれず、話題を変えることにした。

「そういえば、そこの二人は誰?」

 制服の少女二人を見て言う。制服こそ私たちと同じだったが、その顔に見覚えがなかった。元々あまり他人に興味がなく、クラスメイトすら覚えきれていないので無理からぬことだった。

 千歳が少し緊張した面持ちになるのがわかった。どう説明するべきか困っているような、あるいは説明すべきか判断しかねているような。そんな逡巡もすぐに終わり、口を開く。

「本当はもっと早く紹介したかったんだけどね。えっと」

「私、飛山重音。隣のが千川愛奈。同学年だから、タメ口でいいよ」

 長い黒髪の少女が、千歳の言葉を遮り笑顔を見せてくる。いかにも和風美人といった出で立ちの少女で、透き通った声をしていた。千川愛奈と紹介された少女も同じように笑顔を見せた。こちらは良くも悪くも普通の女子高生という他なかった。

「落ち着いて聞いてね、月見里さん。この二人は、第一発見者なの」

「第一、発見者?」

 千歳の言葉の意味が一瞬理解できず、聞き返してしまう。第一発見者、という単語を反芻してようやくそれが意味するところを察し、思わず息を飲む。

「それって、鈴の」

「うん。この二人が、鈴を見つけてくれたの」

 地面が沈む感覚がした。久しぶりに浴びた日差しの強さも相まって、立っていられないほどの眩暈に襲われる。心配して駆け寄る千歳を押しのけて、私は途切れそうな意識の中叫んだ。

「鈴は、どこで」

 どこで殺されていたのか、と。強い眩暈のせいか、言葉が最後まで出ることはなかったが、重音と名乗った少女は察してくれたらしく、しゃがみ込んで目線を合わせて言った。

「今から、連れて行ってあげようか」

 千歳と愛奈が目を見開く。二人にとってその言葉は予想外だったのか、千歳が重音の肩を掴んで制した。

「ちょっと、いきなりそんな」

「連れて行って」

 私はそんな千歳を無視して言い放つ。第一発見者と、殺害現場。何でもいい、何か犯人の手がかりが掴めればという一心だった。

「重音、一体何のつもり?」

 愛奈が怪訝な面持ちで重音を見下ろす。どうやら二人にとって、私を殺害現場に連れて行くことは良くないことらしい。それは恐らく私の精神状態を心配してのことなのだろうけれど、それならむしろ行かせてほしい。心の整理をつけるためにも。

「私なら大丈夫だから。えっと、飛山さん。鈴が……死んだ場所は、この近く?」

「重音でいいよ。ちょっと歩くけど、体調は大丈夫?」

 私は大きく頷き、深呼吸をしてから立ち上がる。もしここで少しでも体調が悪そうな様子を見せれば、きっと連れて行ってもらえない。正直に言うと一刻も早く横になりたいくらいには気分が悪かったが、今はそれどころじゃない。

 鈴を殺した犯人を見つけ出して、殺す。その為なら、辛いなんて言っていられないから。

 千歳が私を止めようとする素振りを見せたが、止めても無駄だと思ったのか、道を空けてくれた。

「月見里さん。私はもう止めないから、その代わり約束して。納得したら、学校に戻ってくるって」

「……それはいいけど、なんでそんなに私に拘るの。私たち、そんなに仲良かったっけ」

「意外とそういうことハッキリ言うよね、アンタ。私が鈴に話しかけようとする時は、ここ最近いっつもあんたが一緒にいたでしょ。だからさ、なんて言うか、月見里さんまでいなくなっちゃったら、一気に二人も親友を亡くしたみたいで、私がキツいんだよ」

 だから、帰ってきてほしい。それは下手な慰めよりも響くものがあった。自分本位な物言いだったが、嘘偽りない言葉は私の好むところだった。思えば鈴を好きになったのも、そういう純粋さがあったからなのだろう。そして鈴と長い時間一緒にいたという千歳からも、鈴の与えた影響のようなものが感じられた。

 鈴の存在が完全に消えてしまったわけではないのだと、少しだけ嬉しくなった。

「それじゃ月見里さん。私は用事があるから先に帰っちゃうけど、くれぐれも気を付けて。言っておくけど、犯人はまだ捕まってないんだからね。何かあったらちゃんと逃げなよ。飛山さんと千川さんも、この子のことよろしくね」

 それだけ言うと、千歳は足早に去っていった。

「こうなったら仕方ない。ええと、月見里さんでいいんだよね。とりあえず一緒に行くけど、気分が悪くなったりしたらすぐに言ってね」

 言いながら、愛奈は鞄から昔ながらのドロップボックスを取り出して「食べな、安心するから」なんて飴を一つこちらに渡してきた。白い飴だった。それを受け取って口に放り込むと、すっと鼻腔を通り抜ける爽やかな風味が広がる。なんだか久しぶりに味を感じた気がした。

「急でごめんね。でも、きっとあなたを連れて行くべきだって思ってさ。とりあえず三十分くらい歩くけど、平気?」

 重音が笑顔のまま問いかける。見ていると、自然と安心感を覚える温和な笑顔だった。冬の花のような繊細さの中に、力強い芯を感じる。

「平気。あと、楓でいい」

 私はそれだけ言って、二人に案内を促す。この二人がどの程度鈴の死の真相を知っているかはわからないが、少なくとも犯人に繋がる手がかりが得られるはずだ。もし二人が信用に足る人間なら、今後も捜査を手伝ってくれないか相談してみるのも悪くないかもしれない。上手く言えなかったが、この二人からは普通の人間とは違う何かを感じていた。

 とにかく今は、前に進むしかない。鈴の、棺の中の顔ではなく、これまでの元気で生きていた笑顔を復讐心と共に心に刻み付け、葬儀場を後にする。

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