表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に問う  作者: 端場 隅
42/47

死に問う その四十二

 火の海となった新宿で楓と別れて以降、ずっと考えていたことがあった。

「全部重音が仕組んだことでしょ」楓は確かにそう言っていた。それは、あの新宿で行われた虐殺を、いやあの日起こった各地の虐殺を、重音が計画したということだろうか。

 仕組んだ、という物言いを素直に受け入れるのならば、メメントネットに表示されていた二十四日に殺人を行うよう促すあのメッセージも、重音によって発せられたものということになる。それはつまり、あのサイトの管理者が重音であるということだ。

 それ自体はどうでもいいことだった。仮に重音が本当に管理者だったとしても何の問題もない。以前にサイトを奪われた、という話をしていたので、今は自分の手に取り戻したのだろう。

 気になったのは、重音はいつメメントネットを取り戻したのか、ということだ。重音が今のメメントネットを発見したのが五年前で、現在は管理者権限を手にしている。一体どのタイミングでそうなったのか。

 ふと、古森鈴を殺した夜のことを思い出す。あの夜、重音は彼女の鞄からスマホを取り出していた。あれは結局どうしたのだろうか。現場から持ち去られた、という話を聞いた覚えもない。だが、重音が鞄に戻したところも見ていないのだ。

 重音は、メメントネットに強い思い入れのようなものがあるように見えた。そんな彼女が自分のサイトを取り戻した時、どうするだろうか。今のメメントネットが彼女の望む形でないのなら、何かしらの手を加えるはずだ。あるいは消してしまうはず。

 息を切らしながら逃げ込んだ夜の路地裏でスマホを開き、メメントネットにアクセスする。あえてログインはせず、サイトのトップページを表示する。見覚えのあるロゴと、赤と青のボタン。赤いボタンを押せば、サイトの概略のページに飛ぶはずだ。

 開いてみると、以前重音に見せてもらった時と変わらないページが表示された。

 いや、何かが変わっている。トップに書かれていたのは「死は平等に訪れる」という言葉、ただ一言だったはずだ。それが今はその後に「生きる者は、死に問い続けなくてはならない」と続いている。そんなことが書かれていたのを見た覚えはない。

 書き換えられたと見るのが普通だろう。では誰が、いつ。

 古森鈴を殺す前は、間違いなくこの文言はなかった。では、彼女が殺されて以降の変化ということか。そう考えると、あの殺害現場でわざわざ彼女のスマホを探していた重音の行動にも合点がいく。ある推理をすることで。

 それは、古森鈴がメメントネットの管理者であり、重音は奪われたサイトを取り戻すために私に彼女を殺させた。そしてあの夜、彼女のスマホを持ち出し、管理者の権限を乗っ取った。何故サイトを消さなかったのかはわからないが、その後サイトのトップに文章を追加した。

 死に問い続けなくてはならない、と。

 思えば、他者に問いを投げるその姿勢は、何というかすごく重音らしい。初めて彼女と話した日も、基本的に自分から何かを言うのではなく、私に話をさせ、考えさせ、自らに問うことを強いた。

 重音がメメントネットの現管理者だというのは間違いがないだろう。それを隠していたことは残念だったが、言う必要もなかったということか。

 ただ、疑問が更に増えてしまった。サイトを発見し、そして管理者の権限を得るまでの五年の空白。これもまた推測だが、彼女がメメントネットに参加したのは、サイトを取り戻すためだったのではないか。その為に、誰かを殺しサイトに潜り込んだ。

 重音は、一体誰を殺したのか。

 五年前にメメントネットを見つけ、そして取り戻そうと思い至った彼女は、誰を殺したのか。

 封じてきた記憶が呼び起こされそうになり、呼吸が荒くなる。思い出したくないトラウマが、これまで忘れてしまったフリを決め込んできた記憶が、蘇ろうとしている。

 頭が急激に痛み、必死で堪える。酷い吐き気と手足の震えで、軽い酸欠状態だった。

 そうだ。私は忘れてなんかいない。あの日、楓に全てを暴かれた日、あのアルバムだって目にしている。 二度と思い出さぬよう封じた、あのアルバムを。

 違う。そもそも私は、あのアルバムを毎日見ているはずだ。見ていながら、決して思い出さないよう、そこの記憶だけを無理やりに封じてきた。何故そんな行動を取ったのか、自分でもわからない。

 その一致は、偶然なのか。

 五年前というキーワード。あの子が、思い出さないようにしてきたあの子が死んだ、いや殺された日。そして重音がメメントネットに参加したであろう日。

 真実を知ることが、これほど怖いのかと震えた。もはや名前を呼ぶことすらできなくなってしまったあの子が、誰に殺されたのか。もはや記憶を誤魔化すことはできず、全てが明瞭な事実となって脳内を蹂躙した。

 花村香。その名前を思い出すのは何年ぶりだろうか。助けられなかった罪悪感と、もう二度と会えないのだという悲しみから、彼女に関する記憶を全て封じていた。五年前、香が殺された日から、彼女の名前を口にすることはなかった。その名前を呼んで、返事が返ってこない事実に耐えられなかったからだ。

 あの日、小学生だった私は、香と共に、肝試しをすることになった。場所は学校の近くの工業地帯にある廃倉庫だった。誰かが言い出した幽霊が出るという噂に、香が行ってみようよと言い出したのだ。

 彼女に連れられて訪れた廃倉庫は、酷い錆だらけで鼻につくにおいが不愉快だった。二人で中に入り、その暗さに私は恐ろしくなった。今にして思えばネズミでも走っていたのだろうが、内部に響く小さな足音に驚いて、一人でその場から逃げてしまった。それが、彼女を死なせることになるとも思わずに。

 しばらくして廃倉庫に戻ってみると、内部はもはや静まり返っていた。あまりにも静かだったので、香の名前を呼びながら歩いていると、何かおかしなものが薄闇の向こうに見えた。直感的に人が倒れているのだと認識し、慌てて駆け寄った。スペードのエースのカードと目が合ったのも覚えている。

 それが何なのか理解するのに、どれだけの時間を要したのかは思い出せない。ただ結果として、その日香は命を落とした。何者かに殺されていたのだ。

 私は、その悲しみを受け入れることができなかった。現実を直視できず、記憶を封印してしまった。

 向き合わなければならない。重音にそう言われているような気がしてならなかった。

 生きる者は、死に問い続けなくてはならない。その死を、無意味なものにしてしまわないためにも。

 重音に訊かなければならないことができた。ただ、彼女の行方を私は知らない。新宿に行くと言っていたはずなのに、あの場所に重音は来なかった。まるで私を避けているかのようだ。そのこともまた、香の死と重音が関連しているのではないか、という疑念を抱かせる。

 もっと早くこのことを訊くべきだったと後悔した。私は家にも帰らず、東京中を探し回った。あの惨劇の日、この東京のどこかに重音もいたはずなのだ。あれだけのことを仕組んだのだから、それは間違いがないと思う。ただ、あれから数日が絶ち、大きく姿を変えてしまった都内を歩くのは困難だった。

 人が、あまりにも多く死んだ。何故これほどまで簡単に惨劇の引き金が引かれてしまったのか、疑問だった。確かにメメントネットの力は強大なものになっていたが、ここまでのことを行う必要はあったのか。

 ふと、気が付いたことがあった。それは、あの新宿で起きた爆発に重音が関係しているのではないか、ということだ。私に新宿へ向かうと告げ、そして結局本人は来なかったことを考えると、私をあの場所に向かわせ、爆発に巻き込ませることが目的だったのではないか。香の死に重音が関わっていて、そのことに私が思い至るのが時間の問題だと考えた彼女があの爆発を起こした。

 考えすぎだと思ったが、楓に殺人を暴かれた日、あの部屋で重音は私と香のアルバムを見ている。その時の彼女の表情は、どこか不自然だったようにも思える。そこに殺した相手と、今目の前にいる相手を見て、重音はどう思っただろうか。

 疑念は、確信に変わりつつあった。

 これまで目を背けてきたことに、向き合わなければならない。今の重音の居場所はわからないが、ひとつだけ可能性のある場所が思い浮かんだ。香が死んだ、あの廃倉庫だ。今もまだあの当時のままなら、あそこが滅多に人の来ない場所であることは、地元の人間くらいしか知らない。隠れ家にするならあれほど適した場所もない。

 重音が新宿で起きた爆発を仕掛け、そして私を殺そうとしたのなら。むしろ彼女は遠く安全な地にいたはずだ。

 見当違いな場所を探していた時間が長すぎた。気が付けば、学校はもう三学期が始まる頃だった。きっといい加減両親にも重音の家に泊まりに行くと言った嘘がバレて、捜索でもされていることだろう。そのことに心が痛んだが、考えても仕方のないことだった。

 その廃倉庫に着いた時、その入口の扉の前に誰かがいた。その正体はすぐにわかった。楓だ。彼女もまた私と同じようなことを考え、あの廃倉庫にたどり着いたのだ。

 足音を立てないよう、楓のあとにこっそりと内部に入ると、重音と楓が銃撃戦をしていた。激しい戦いだったが、お互い負傷したのか、音がしばらく止んだ。

 二人は思いの丈をぶつけ合っていた。二人の言葉を聞きながら、私もまた自らに問いかけた。

 私は、何故この世界に生まれたのか。決して許されない思想を持ち合わせた状態で。生きていることがただ苦しいだけだったのに、何故ここまで生きてきたのか。

 そして、聞き逃すことのできない言葉が耳に飛び込む。

 重音が、香を殺した。それを自ら認めたのだ。私はもう迷うことはなかった。

 人を殺したい。そう考えていたのは本当だ。香と出会う以前から、人を殺すという行為に憧れていた。 ただ、それが強くなったのは、香が殺されて以降だった。何も小さい頃からずっとそのことに苦しんでいたわけではなかったのだ。香が死んだということを忘れるために、脳が記憶を改ざんし、別の記憶が生まれていた。

 私は、彼女が死んだという事実を受け入れることができなかった。あの日、この廃倉庫を訪れた日。もし私が香を置いて逃げるようなことをしなければ、もしかしたら殺されるようなことはなかったのではないか。そんなどうにもならない後悔だけが、私の心を蝕んだ。その後悔と、彼女を喪った寂しさを埋め合わせるようにして、殺人という行為により強く執着するようになった。

 人の死を見届ければ、香の死を受け入れることができるのではないか。もし人が死ぬことに慣れることができれば、香の死もまた悲しまずにいられるのではないか。

 思えばそんなもの、酷く馬鹿みたいな考えだ。他人の死と彼女の死は別物だし、死はどうあっても悲しいものなのだ。慣れるとかそういう問題ではない。受け入れて、そしてただ生きて、時間が傷を癒すのを待つしかない。私は記憶を封じてしまったので、いつまでも傷が癒えなかった。

 これはケジメだ。香を殺した、重音を殺す。楓にその手を汚させるわけにもいかない。これは、私はやらなくてはならないことだ。

 再び銃撃戦が始まり、私は鞄から銃を取り出して重音を狙おうとする。だが、この薄闇の中ではとても隠れながら狙えたものではない。そうこうしているうちに、楓が体勢を崩した。

 重音がゆっくりと楓に近づく。とどめを刺すつもりだ。

 させない。させるわけにはいかない。私は二人に気付かれないよう、倉庫内の棚に隠れながら進み、そして重音の側面に回り込んだ。重音はまだ気が付いていない。

 撃て。それが、私の最後の役目だ。香のために、楓のために、重音を殺すのだ。

 私は震える手をどうにか抑えつけ、そして引き金を絞った。酷く重たい衝撃が、身体を貫いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ