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死に問う  作者: 端場 隅
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死に問う その三十一

 十分ほどそうしていただろうか。深呼吸を繰り返し、愛奈を呼び出そうとしては決心がつかずマンションの出入口でうろうろと歩いている。

 事前に聞いていた部屋番号を打ち込んで、呼び出しボタンを押す。たったそれだけのことが、恐ろしく感じられた。私がやろうとしていることは、友達の家に遊びに行く、などという簡単な話ではない。

 容疑者の自宅を調べ、彼女が犯人だと確信に至るだけの証拠を手に入れる。それは、友達を疑うということだ。愛奈が鈴を殺したなどとは考えたくもなかったが、そう考えることで符合する証拠があるのでは、確かめないわけにもいかない。

 今度こそ意を決して、マンションの入口に設置されたインターホンから愛奈を呼び出す。ややノイズの混じった音声だったが、スピーカーの向こうから聞こえる声は間違いなく愛奈だった。

「ちょっと遅かった? まあいいや、今開けるね」それだけ言って声は途切れ、すぐに入口の自動ドアが開かれる。このマンションに立ち入る許可が下りた、ということだ。

 ここまで来たら、もう引き返せない。私はもう一度だけ深呼吸をし、精神を安定させる。

 疑いを悟られてはならない。相手は殺人犯だ。これまでの人生で最も慎重に行動しなくては。

 年季を感じるエレベーターの上昇ボタンを押し、密室の箱に揺られて上層へ。

 エレベーターが止まり扉が開かれると、愛奈が待っていた。

 いつもと全く変わらない顔。とても昨日死のうとした少女のものとは思えない。

「おはよ、楓。って、もうすぐお昼か」

「うん、おはよう愛奈。ごめんね、急に遊びに行きたいなんて言って」

「いいよ、どうせ昼間は親いないし」

 愛奈が踵を返し、廊下を歩いていく。私はその後ろ姿に黙ってついていく。

 お互い、昨日のことには触れなかった。

 玄関に入った途端、他人の家特有のにおいがして、少したじろいでしまった。思えば、私は鈴以外の友達の家に行ったことがなかった。

「変な顔してる。もしかしてにおう?」

「におわないよ。何、心当たりでもあるの」

 例えば、血のにおいとか。愛奈を疑おうとした途端、全ての行動、言動が怪しく思えてしまう。

 もっと慎重に見極めなくてはならない。そうでなくては、真実にはたどり着けない。

「いや、朝ごはんカレーだったから。一応消臭スプレーは撒いたんだけど」

「そう。カレーだったにしてはにおわないよ」

「何それ、やっぱにおうんじゃん」と愛奈が騒いでいたが、それを無視して自室に案内するよう促した。

 愛奈の部屋は想像よりもサッパリしているというか、意外にも物自体が少なかった。簡素なベッドと、昔から使っているのであろう木製の勉強机、そしてクローゼットと本棚がひとつあるくらい。

 何か隠せるとしたら、クローゼットと勉強机だろう。何でもいい、そこに何か残っていてほしい。藁にも縋る思いだった。

「で、今日はどうするの?」愛奈がベッドに腰かけながら言う。

 私は鞄から何冊かの教科書とノートを出しながら「とりあえず宿題しよ」とだけ言った。愛奈が露骨に嫌そうな顔をする。

「せっかく冬休みなのに勉強なんてやだよ」

「嫌でもやらないとダメでしょ。二学期はお互い成績悪かったし」

 愛奈は小声で文句を言いながら部屋を出ていき、どこかから座卓を持ってきた。出所は不明だが、普段から部屋に置いているわけではない辺り、愛奈も私と同じように普段友達を呼ぶことはないようだ。

 時々わからない箇所を協力して解きながら、一時間ほど過ぎた。時刻はちょうど午後十二時。お昼時だったが、とても食欲など湧かなかった。何しろ、ここからが本番だった。

 インターホンのベルが鳴り、愛奈が「誰だろう」なんて言いながら駆けていった。

 話し相手は重音だ。今朝、昨日の夜に重音に送ったメッセージに返答があり、昼頃には訊ねるということになった。まさか零時ちょうどに来るとは思わず、何というか几帳面だなと笑ってしまう。

「ごめん楓。重音が何か持ってきたらしいんだけど、下まで来てって言うから、ちょっと行ってくる」

 そう言って愛奈は部屋の扉を閉め、外へ行ってしまった。扉の向こう側で、玄関の鍵がかけられる音が響いた。

 重音に感謝しつつ、大急ぎで部屋を物色する。どれくらい時間を稼いでくれるかはわからないが、そう長くはないはずだ。一秒も無駄にできない。

 まずはクローゼットだ。中を開けてみると、単に制服といくつかの私服がかけられているだけだった。血が付いていたりしないかと思ったが、事件から二か月も経っていてそれはあり得ないとその考えはすぐに消えた。

 ポケットの付いたものは徹底的に調べ、どの服にも中に何も入っていないことを確認すると、今度は勉強机と、隣のラックの引き出しをひとつずつ開けていく。

 中身はごく普通の学生と言うべきか、文房具やノートやアルバムが入っていたり、かと思えば何かの漫画や小物が雑に押し込められていたり───部屋が綺麗だったのは、ここに無理やり突っ込んだからなのか、と納得した───と散らかってはいるものの、これといって怪しいものは出てこない。

 物色を終えて、ラックの一番下の引き出しを閉めた時、妙な違和感に気が付く。全部で三段あるラックの引き出しのうち、一番下には本が入ってるだけだったのだが、それにしては引き出しそのものに重量がありすぎた。不思議に思い中身を全て出してみるが、特におかしなものは何もなかった。

 いや、強いて言うなら、少し気になるものはあった。青いアルバムだ。表紙にタイトルが書かれているようだったが、それが上からマジックで塗りつぶされている。

 流石に中を見るのは躊躇われたが、ここまでやっておいて今更そこだけを気にすることでもない。とっくに人としてどうかという行動をしているのだ。私はそのアルバムに手をかけ、中を見てみる。

 なんてことはない、ごく普通の写真ばかりだった。愛奈らしき子供と、その友達か、もしかしたら姉妹だろうか。どの写真にも、二人の少女が並んで写っていた。

 一緒に写っているのは誰だ。少なくとも鈴ではない。重音だろうかとも思ったが、写真の少女と今の重音の顔は一致しそうにない。

 何枚か、一度くしゃくしゃにして捨てたあと、広げて戻したみたいな写真があった。何か共通点でもあるのかと考えてみたが、見知らぬ少女と愛奈の両方が笑っているというくらいで、それ以上の関連性は見出せない。とても殺人とは結びつかないものだった。私は落胆して、そのアルバムを床に置いた。

 ここで何かを見つけなくてはならない。そうでなくては、無駄足になってしまう。その執念で念入りに引き出しを調べ、そして決定的なものを見つけた。

 一番下の段の引き出しを出し切ると、右側の板の下部に不自然な穴が開いていた。直径五ミリもない小さな穴。

 内部を見てみると、薄い板が穴の内部を横切っているのがわかる。ボールペンの先端を差し込んで、ぐいと上に持ち上げると、内部の板が外れる音がした。

 二重底だ。恐る恐る真の姿を表した引き出しの中を見てみると、そこに探していたものがあった。

 銀色に鈍く光るナイフ。黒々とした冷たい輝きを放つ拳銃。

 そして、複数のスペードのエースのカード。それは、殺人者の集うメメントネットのメンバーである証そのものだ。このカードの持つ意味は、もはや拳銃などよりよほど重い。

 もしこれが、単に愛奈が趣味で集めているものであれば、私にそれを責める権利などない。むしろ、そうであってほしい。だって愛奈が鈴を殺す理由がわからない。

 そうだ。愛奈は確かにメメントネットのメンバーなのかもしれない。どこかで誰かを殺したのかもしれない。でもそれは、何も鈴を殺したと決まったわけじゃない。だって、愛奈は。

「ふうん、そういうこと」

 背後で声が聞こえ咄嗟に振り返ると、愛奈がそこにいた。

 何故。いつの間に戻ってきたのか。いくら夢中になっていたとは言え、玄関の音に全く気が付かないなんてことはないはずだ。

 記憶を振り返り、そもそも愛奈が外に出たという事実を、私は壁越しの鍵がかけられる音でしか判断していない。迂闊だった、恐らく愛奈は、外に出たフリをしただけ。

 いや、問題はそこじゃない。愛奈は本来するべき反応を示さなかった。こんな時に限って、嫌に頭が冴えている。それが忌々しかった。

「そういうこと、って何。まるで私がなんでこんなことしてるのか、わかってるみたいな言い方して」

 愛奈のそのセリフは、自分が疑われていることを自覚していないと出てこない。何も知らないのなら、まず私の行動の意味を問うはずなのだ。

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