表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死に問う  作者: 端場 隅
10/47

死に問う その十

 どういうつもりなのか、問いたださなくてはならなかった。

 私と重音は、どんな言い訳をしようが古森鈴を殺した二人の殺人者なのだ。それがわかっていないはずはないのに、あろうことか、楓の犯人探し───楓自身はそう言っているが、実のところは復讐だ───を手伝うと言い出したのだ。

 私たちは楓を自宅まで送り、そのまま帰路に着く。重音とは途中まで同じ道を歩くことになるが、今はそれが腹立たしかった。

「重音、どういうつもり」

 万が一にも楓に聞かれる心配がない位置まで歩き、なるべく低い声で言った。こんなことで怖がる少女ではないのは知っているが、とにかく怒っていることが伝わればそれで十分だった。

「どうって、何が」

 重音があくまでも知らぬ風を通すので、私は力強く手首を掴む。やはり細いその手首が、たったこれだけのことでも折れてしまうのではと心配になった。

「楓の犯人探しに協力するって言ったこと。意味わかってるの?」

「ああでも言わなきゃ、あの子は余計なことにまで首を突っ込むよ。それこそ、メメントネットにも関わってくるかも」

 重音の言うメメントネットというのは、裏のネット上に存在する殺人者同士のコミュニティだ。重音曰く、目印───古森鈴の犯行の時に置いたスペードのエースのことだ───さえ残せば、コミュニティに属する人間によって犯行がある程度隠ぺいされるとのことらしい。殺人者か、メンバーの紹介があればそのコミュニティに参加できる。殺人者の場合、登録には殺人を行ったことの証拠が必要となる。それが件の目印であり、私は念願の殺人を行ったついでに、スペードのエース付きで殺害現場の写真を撮り、メメントネットにアップロードした。

 メメントネットの理念として、死は平等に訪れる、というものがある。サイトの概要を説明するページのトップに、ただ一言だけそう書かれていたのを思い出す。そのたった一言の下に、サイトの説明が書かれていた。

 これはいわゆるメメント・モリの思想に影響されてのものだろう。全ての生命が、いずれ必ず死ぬということを忘れてはならないという警告。私はそれほど高尚な考えは持っておらず、そのような理念を掲げるコミュニティに属することに値するのかと重音に訊いたことがあったが、どうやら私のような単なる快楽殺人者もいるらしい。

 メメントネットに関して、私は実際のところはあまりよくわかっていない。それがいつ頃から存在するのか、その信用性のほども微妙なのだが、重音が言うならきっと大丈夫なのだろうとあえて気にしないようにしていた。というより、あまり興味がなかった。結局のところ捕まるリスクを少なく人を殺せるのなら、なんでもよかった。

「メメントネットは、特殊な接続方法でなきゃ見られないんじゃないの?」

「そうだけど、調べればやり方くらい簡単にわかるよ」

 そういうものなのか、と思い納得する。サイトへのアクセスや登録などはほとんど重音に手伝ってもらったので、詳しいことはよく知らなかった。

「ってそんなことはどうでもよくて。楓のこと、これからどうするの?」

 古森鈴の死を受けて復讐を考える楓、そしてその犯人たる私たち。本来接触すべきではない者たちが巡り会えば、行き着く先はどちらかの破滅だ。私たちが彼女を殺すのが先か、彼女が私たちを殺すのが先か。ただそれだけの関係性。

「あの子と関わろうと思ったのは私の個人的な好奇心なんだけど。現状何のヒントもないとはいえ、万が一真相にたどり着いても困るわけだし、だったら私たちで適当に間違った地点に推理を持って行って、有耶無耶にする。ただそれだけ」

 なんでもないことのように言う重音だったが、私は一点気になることがあった。この何事にも興味のなさそうな少女が、個人的な好奇心と言ったのだ。それは私のような快楽殺人者に声をかけるほどの興味なのか。あの月見里楓という少女に何を見出したというのか、少し知りたくなった。

「重音。楓って子は、そんなに面白そうだった?」

 私の言葉を受けて、重音が目を丸くした。感情が表に出てきにくい少女の、珍しくわかりやすい表情の変化に、なんだか面白くなってしまった。

「面白そうっていうか、期待できるって感じかな。あの子は多分、本質的には私と同じ」

「アンタと同じのがそうそういて堪るかって思うんだけど」

 重音は、正直に云って不気味の一言に尽きる。感情は読めないし、何を考えているかもわからない。普段から目の前にあるものの向こう側を見ているような、常に見えないものを見ようとしているような、存在そのものが不安定に思えるような儚さがある。ふと目を離した次の瞬間には消えていて、飛山重音という少女は初めから存在しなかったかのように世界が変わってしまうような。

 そんな人間なので、同類がいるとは思えない。そもそも、この少女の同類というものがどんな人間を指すのかが想像できない。

「重音ってさ、なんでこんなことしてるの?」

 何気なく投げかけた疑問だったのだか、それがよほど意外なのか珍しく返答に窮する様子を見せた。この質問はなんとなく、少女の人間性が見えるのではという期待があった。

「前に言ったと思うけど、私は世界を変えたいの。多分、あなたと同じ」

「それは聞いたよ。私が聞きたいのは、どういう風に世界を変えたいのかって話」

「どう、ね。それを聞いてどうするの? もしあなたの求めるものと、私の求めるものが違っていたら、あなたはどうするの?」

「別にどうもしない。重音が求める世界があるのなら、私もそれに従う。重音は、この世界がどんな風だったらいいと思うの?」

「そうだね。私は、人が生きることと死ぬことの両方を、ちゃんと真っすぐ向き合って考えられる世界ならそれでいい。死から目を逸らして、ただ死ぬことから逃げるように生きている奴らが気に食わない。だから、殺人という手段で世界を変えようとしているの。人が、人らしく生きられる世界に」

 殺人という手段で、世界を変える。その言葉に嘘は感じられなかった。ただ、目的の部分がやはり曖昧に感じられる。具体的な部分をはぐらかされているというか、私に話したくなさそうに思えてならない。それは、事実を話してしまえば私と重音は道を違えることになるということなのではないかと勘ぐってしまう。

「こっちからも訊くけど。愛奈は、この世界をどう変えたい? 世界と、命とどう向き合う?」

「私? 私は、別に」

 ただ、人を殺せればそれでいい。古森鈴を殺してわかったことの一つは、殺人という行為が心底楽しくて堪らないということだ。人が命を奪われる瞬間、その命が消える微かな時間の中に、生と死の揺らぎの中に、命という存在の真実があるとさえ思えた。きっと、人は死ぬために生きている。いや、私に殺されるために生きているんだ。そう確信できるほど、命を奪うことが楽しく、その感触が心地よかった。

 だから、世界がどうとか知ったことではなかった。好きな時に、殺したいやつを殺せるのなら、それで。

「……待った。そうか、そういうことか」

「愛奈?」

 無意識のうちに言葉が出てしまっていたらしい。重音が、わざとらしい疑問の表情を浮かべこちらを見ている。

「実際、何にも考えてなかったんだけどね、世界がどうとか。でも今、少しわかりそうかもしれない。私が、本当にやりたいこと」

 重音の瞳の奥で、何かが瞬いたように見えた。もちろん気のせいだったが、多分これは私が彼女の瞳の奥に、何かを見出しただけだ。重音という少女の、瞳の奥の真実。それが見たいと思ってしまった。

「今はとりあえず、予定通りのことをしよう」

 私がそう言うと、重音はほほ笑みながら黙って頷いた。

 予定というのは、もちろん殺人の計画のことだ。私たちの殺人は、前回の一件で終わらない。終わらせるはずがない。まだまだたくさん殺すつもりだったし、私自身もう既に次の獲物をこの手で仕留めたくてうずうずしている。

 スマホで時刻を確認すると、ちょうど十七時になるところだった。秋が深まるにつれて陽の落ちる速度も早くなっていて、空は早くも赤と黒の混色を浮かべていた。太陽が沈みつつあった。

「予定では決行は零時だったよね。流石にまだ時間もあるし、一旦私も帰ろうかな」

 殺しは深夜に行うことにする、というのが私たちの決まりだった。目撃者が一番少なく、最も殺しやすい時間帯を考えて、自然とそうなっていた。とはいえ、私たちが事前に決めることは、何時に殺人を行うか、ということくらいで、実のところ殺害方法やターゲットは決めていない。私が殺したいと思う人物がいれば殺す、というシンプルなルールだけが存在していた。

 今日は誰を殺そうか、どうやって殺そうか。そんなことを考えながら、私は帰り道を歩く。ポケットと鞄に潜ませた凶器が、今か今かと出番を待ちわびていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ