第六話 サヴァイア家
ここまで盛大に出迎えられるのは想定していなかった私は、ぽかーんと口を開けて固まってしまった。
えっと、出迎えてくれるのは大変光栄で、嬉しいことよ? でも、ただ面会をしに伺っただけで、ここまで手厚い出迎えをしていただくのは、逆に恐縮してしまう。
「やあお二人共! ようこそ我がサヴァイア家へ! 我々はあなた方の来訪を、心から歓迎します!」
ズラッと並んだ方々の中心を通って、私達の元へと歩み寄ってきたアルベール様。その表情は、いつもと変わらずニコニコしている。
「アルベール様。本日はお時間をいただき、誠にありがとうございます」
もう悪者を演じる必要は無い私は、丁寧に頭を下げて見せる。すると、使用人の中から、少しだけざわついた声が聞こえてきた。
きっと驚いた方々は、悪者の私を知っていて、それが本当の私だと思っていたのだろう。それを知っていれば、今の私は別人に見えてもおかしくない。
「いやぁ、まさかあなたからお越しいただけるなんて、光栄の至りです! このことは、子孫にも未来永劫伝えていかねば!」
「えっと、もっと伝えるべきことがあると存じますわ」
「うーん、確かにそうですね。リーゼ嬢と話したことや、その時の情景や気持ちも伝える必要がありますね!」
「悪化しておりますけど!?」
「よし、石碑を建ててそれを未来の子供たちに伝えていこう! それがいずれは伝説となり、永遠にリーゼ嬢が語り継がれることになる!」
「私の話を聞いてくださいませ!」
さすがに石碑を建てるなんて、普通なら冗談にしか聞こえない。でも、アルベール様の勢いなら、本当に実行するのは想像できる。
なんとか思いとどまってもらわないと……えーっと、えっと……!
「ふ、ふんっ! その心意気は褒めてさしあげますわ。そのお礼に、あなたの目の前で石碑を完膚なきまで破壊してあげましょう」
結局考えた末に出てきたのは、染みついた悪者発言だった。うぅ、こういう時にもっと綺麗に、それとなく断る話術を身につけておくべきだった……私の馬鹿っ!
「それなら君が一つ壊している間に、十個……いや、百個作ればいいですね!」
「百個!? 何人の職人を雇う気ですの!?」
「無論、全世界の職人を――」
「無理に決まっているでしょう! それ以前に、少しは自重というものを覚えてください!」
「なぜ君のことで自重をしなければならない!?」
「え、なんで私が怒られているんですの!?」
これ、多分アルベール様が仰ってることの方が、ちょっとズレている気がするのだけど……もしかして、私が気づいていないだけで、私がズレている?
「リーゼお嬢様、お戯れもそこまでにしてくださいませ。本題に入りましょう」
「はっ……ごほんっ。アルベール様、今日はお話があって伺わせていただいたのです」
「ええ、事前に使者から聞いています。部屋を用意してますので、そちらでお聞かせください」
「わかりました。クラリス、行くわよ」
「かしこまりました」
私はクラリスと共に、アルベール様の後ろをついて歩いていくと、屋敷の少し奥に位置する、客間へと通された。
「どうぞおかけください」
「はい、ありがとうございます」
アルベール様に促されて、フカフカなソファに腰を降ろす。するとタイミングを見計らっていたかのように、使用人がお茶を出してくれた。
「それで、何のお話でしょうか?」
「はい、実は――」
私はゆっくりと深呼吸をして気持ちを落ち着けてから、先日あった出来事を、アルベール様に話した。
私は妹のために悪者を演じていたことも、その妹に利用されていたことも、お父様が私の元婚約者と話をしていて、婚約破棄をするのも計画の一部だったことも……全部。
全部を話しきった頃には、少し疲れてしまったわ。辛かった出来事って、話すだけでも体力を消費するのね。
「なるほど……申し訳ない、しばらく席を外します」
「え、どちらへ?」
「無論、リーゼ嬢のお父上と妹様に少々お話を」
「お話をするような目ではありませんわよね!? 狩りに出る獣のような目ですわ!」
「狩り……間違ってないですね。事と次第によっては、彼らを狩ることも――はっ」
アルベール様は、明らかに危ない発言をしていたが、急に我に返った様に、コホンと咳ばらいをした。
「失礼、つい怒りに身を任せるところでした。どうもあなたのことになると、周りが見えなくなってしまう」
「は、はあ……」
あ、危なかったわ……私のせいで、危うく両家の争いになるところだった。って……なんだかつい最近も、似たようなやり取りをクラリスとやったわね……。
「とにかく、これまでの経緯はリーゼお嬢様がお話した通りです。それで、あんな家にいるのは良くないということで、出て行こうと提案したのまでは良かったのですが……行くあてが無いのが現状です。それで、アルベール様なら、どこか私達が住める場所を探すご相談に乗ってくださると思い、こうして相談に参った次第です」
クラリスの説明を聞いたアルベール様は、何かを考えるように目を閉じた。その美しさは、ただ考え事をしているだけなのに、とても絵になる。
「いきなりお願いをしても、受け入れてくれるような家は少ないでしょうね」
「やはりそうですわよね……」
「まあ、それに関しては問題ありません。我が家に住めばいいのですから」
「え、サヴァイア家に……??」
「はい」
きっぱりと言い切られた私は、キョトンとした表情を浮かべながら、数回瞬きをした。クラリスも同じような顔をしているあたり、私と気持ちは同じだろう。
「お願いをした身で、こんなことをお伝えするのは、少々おかしな話ですが……本当によろしいんですか?」
「家長は俺ですからね。決定権は俺にあります。きっと先に旅立った父と母も許してくれるでしょう。いや、両親は厳しくもお人好しな一面もありましたから、放っておいた方が怒られるでしょうね」
アルベール様は、おかしそうに笑ってみせながら、肩を少しすくめていた。
アルベール様のお父様とお母様は、私も何度かお会いしたことがある。厳格な雰囲気ではあったけど、話すととても温厚な方達で、不思議な安心感がある方々だった。
ただ、数年前に帰らぬ人になってしまったと聞いている。だから、まだ若いのにアルベール様が家長をしているのよ。
「とてもありがたい話ですが、本当によろしいのでしょうか……?」
「何を仰いますか。幼い頃、俺のことを慰めてくださったでしょう? あの時に、俺は本当に救われたのですよ!」
「そんなこともありましたね。でも……」
「まだ納得ができないと。ではこうしましょう」
一旦言葉を切ってから、アルベール様は私の元に歩み寄ると、片膝をついて私の手をそっと取った。
「俺と婚約を結んでください。そうすれば、一緒に住むのは当然のことになる」
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