第十三話 汚染された村
アルベール様からお願いをされてから三日後、私の体調は無事に回復し、アルベール様の仕事の都合も取れたため、私達は瘴気の影響が出ている村へと向かっていた。
クラリスは、これから行く場所は危険だから、お留守番をしてもらってるわ。置いていくのか、自分には武術の心得があるから連れて行って、傍で守らせてくれと散々怒られたけど……これは仕方ないことだから、許してね。
「…………」
馬車の大窓から見える外は、何となく淀んでいるように見える。天気が曇天だからなのか、それとも瘴気に汚染され始めている大地だからなのかしら……。
「これから行く村の村長から、近況を聞いてから行動を始めるつもりなので、そのつもりで」
「わかりました。ところで……さっきからどうして肩を抱いておられるのですか?」
今回用意してもらった馬車は、とても大きいからくっついて乗る必要は無い。それなのに、アルベール様は私の隣を陣取った上、ずっと私の肩を抱いている。
嫌というわけではないのだけど……少々恥ずかしいわ。
「当然、あなたと少しでもくっつく――ごほん、なにかあった時にあなたを守れるようにしているからですよ!」
「今、確実に本音が漏れていましたよね!?」
「ぐっ……これも仕方がないことなのです……あまりにもリーゼ様が美しすぎるから! ああ、美しいというのは何て罪なのでしょう!」
「は、恥ずかしいことを仰らないでくださいませ!」
今日もいつもの調子のアルベール様に、私はたじたじになっていた。
アルベール様のこの誉め言葉は、昔から変わらないものだから、これからもこうなるのはわかっていたわ。でも、いざ毎日のように沢山褒められると、さすがに恥ずかしくなってしまう。
……いつか慣れて、何とも思わなくなるのかしら? でもそれっていつなのだろうか……。
「そ、そうですわ。守りたいと仰って下さるのなら、手を握っていればいいのではありませんか? ほら、引っ張って逃げることが出来るでしょう?」
「ふむ、確かにそれは名案ですね。さすがリーゼ嬢、頭脳まで完璧なんて……これ以上、俺を虜にしてどうするのですか!」
「しているつもりはありませんわよっ!?」
ああもうっ! 何を話しても結局褒め言葉に繋がってしまうわ! 一日に褒める回数は三回とかにしてくれないと、私の体と心が持たないわよ!
「もう、どうすればいいのかしら……はぁ」
「おや、そんな溜息をしてどうかしたのですか?」
「え、自覚が無いんですの……?」
「もしかして、退屈なのですか? 着くまでもう少しですが、暇つぶしに歌でも歌いましょう! 俺、歌が好きでして、寝る時も子守唄がずっと手放せなかったくらいなんですよ! 最近では、起きる時も必要で――」
「いや、退屈しているわけではないので……」
「まあそう言わずに。せっかく初めて共に外出するのですから、少しでも楽しくしても罰は当たりません! ごほんっ……」
全く私の話を聞かずに、アルベール様は気持ちよさそうに歌い始めた。
――それからのことは、あまり記憶に残っていない。気が付いたら、私は目的地の村についていて、アルベール様に起こされていたわ。
覚えていることといえば……アルベール様の歌が……と、とても個性的だったということと、それを聞いて意識が遠のいたことだけだわ……。
「大丈夫ですか? 足元がおぼついておりませんが」
「大丈夫ですわ……あはは……」
「ならよろしいのですが……辛かったらすぐに言ってくださいね。俺が何とかしますから」
あなたの歌の影響だなんて言えず、愛想笑いを浮かべて誤魔化しながら、ゆっくりと馬車を降りた。
そこには、とても薄い紫の霧に包まれた、寂れた農村が広がっていた。人の気配は無いし、畑にも作物が全然実っていないわ。苗すらも植えられていない……。
「おお、ようこそお越しくださいました、アルベール様。それとそちらは……」
「息災そうでなによりです、村長殿。こちらの方は、俺の婚約者で、名をリーゼといいます。今回は瘴気の調査の補佐という形で連れてまいりました」
「初めまして、リーゼと申します。以後お見知りおきを」
「おお、アルベール様にもついに婚約者が! おめでとうございます……! あんな小さかったあなたが奥様を……と、歳は取りたくありませんな……ぐすっ」
アルベール様のことを祝福し、感動で涙を流す村長様。人の幸せを自分のことに祝えるなんて、とてもお優しい方なのね。
そして……これはアルベール様が愛されているという証拠でもある。自分のせいとはいえ、私とは真逆だから、ちょっとだけ羨ましい。
「お話中にもうしわけありません。続きは室内でもよろしいでしょうか?」
「ええ、そうですね。こちらです」
私はアルベール様の隣を歩きながら、その手を軽く引っ張る。そうして先に行く村長様から少しだけ距離を取ると、アルベール様にこっそりと耳打ちをした。
「あまり息はしないようにしてください。この一帯に、僅かにですが瘴気があります」
「なんだって?」
「この薄い霧が証拠ですわ」
「霧……そんなものは見えないが……」
見えない……そうか、まだ力を持っていない方には見えないくらいには、空気の汚染が酷くなっていないのね。とりあえず一安心だわ。
「お二人共、どうかされましたかな?」
「いえ、すぐに伺います。行きましょう、アルベール様」
「……ああ」
複雑そうな面持ちのアルベール様と共に、村長様の家に入ると、彼は今のこの一帯の現状を話してくれた。
彼曰く、森の奥の方では瘴気の汚染が酷くなっており、近づくのも危ないから立ち入り禁止にしていることや、作物にも影響が出始めているから処分したこと、村人は大方避難していることを教えてくれた。
「あの、お一つよろしいかしら」
「なんでしょう?」
「どうしてあなたは、ここが危険とわかっていて残っているのですか?」
「なに、ただの郷土愛と意地ですよ。私のほかにも何人か残っておりますが……皆この地が好きなので、死ぬのならこの地と決めておるのです」
「そんな、危険ですわ」
「それは百も承知です」
「俺からも避難するように、何度も伝えているんですけどね……」
そう仰った村長様の顔は、決意に満ちていた。きっと私が何を言っても、彼や他の村人は考えを変えないでしょうね。
なら、私がやることは……いち早く原因を究明し、この一帯を浄化することだわ!
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