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彼女の悪役は訪れなかった

作者: 駅谷信慈


 さて、中途半端なこの世界は得てして彼にとって不思議な世界だった。半端に立派な建物と、何故か発達して無い交通手段と連絡手段。やたら煌びやかな人間が多いがどう言う世界なんだ。鏡に映るのは金髪碧眼の王子様であった。

 前世の記憶での自分の形に関する記憶はイマイチ無いが至って真面目ではあったと思う。王子としての人生が始まって七年が過ぎた頃に急に思い出したが前世と今は切り離されていると感じる。急に落ち着いたそぶりを見せるようになったが自分を教育していた者たちからは喜びの声しか上がらなかった。まあそんなものだよな、とは増えた記憶が思わせてくれた感想だろう。

 はてさて王子とは面倒なこともあって、気づいた時には婚約者は決まっていた。交際させると言うか、子供を遊ばせる一環でよく向こうから訪れたし庭園を案内したり一緒に勉強もしたりと何かと言われるがままに仲良くしていた。

 彼女が時折り暗い顔をするのを自分が嫌かとそのまま聞いてそうでは無く、夢見が悪いと力無く笑って居た。

 婚約者の公爵令嬢は自分より一つ上で突然落ち着いた雰囲気になった王子に驚いたが彼女も好意的に捉えてくれた。

 可愛い子が手間暇かけて可愛くなるのがわかっているし、王妃教育と言うのは厳しい。手紙に書かれている事などで会う度に彼女を労うことで義務っぽさの残っていた婚約関係は歳を追うごとに熱を帯びていった。彼女もこちらを労ってくれるようになった。そんな仲睦まじいことは両家の親も喜んで居る。


 王子かはてと疑問に思ったのは食事もだった。なんかやたらと菓子類は豊富だし、コーヒーもある。炒飯という概念もあるし何ならまかないに丼もの食ってるのを目撃して羨ましいとすら思った。たまにはテーブルマナーに囚われない食事に心惹かれる。それはさておき、やたら美味いし卵もガンガン使われてる。中世じゃなかったか? まあ、現代で生きておいて過去に戻るのは基本的に意味が分からないからここは異世界(ファンタジー)であると仮定して漫画かなんかの世界だろうか。などと考えていた。生きている世界を何かだと仮定するのはおかしい話だけれど。

 そんなふうに思って緩い警護の城を歩く。入り口の警備は固めてるけど巡回が少なすぎる。何か起きてからでは遅いので進言したが、まだ子供だから適当にあしらわれてしまった。まあ無理もないか。

 なので勝手に夜間巡回してひとり宝物泥棒を捕まえた。そらこんなゆるっゆるなら何かしらいるだろうなと思っていた。昼間のうちに挙動のおかしい侍女が人のいなくなる時間を聞いていたのでその時間に近衞と宝物庫付近に散歩にきた。勿論通りかかった風を装った現行犯逮捕が目的であり、なんか備品が良く変わる王家に一石を投じてちゃんと警備強化してもらいたかった。

 そんなこんなで若い侍女は有罪となり、いかないと分かりつつも手を出した旨から罪人落ちが確定した。いきなりのキツさに顔を顰めたが王政とはこんなものかとも思わなくもない。倫理観は若干古いのかと考えて、牢屋施設に彼女を運び両親との面会を行った。


 若干平和に胡座をかいているにしても、王城なので基本的に使用人も身分が有る。ここで使用人をして学校に入ると箔がついて有利になる。王城勤務と履歴書にかけるイメージだろうか。一つミスをすればこうなのだからそこで過ごせること自体が品行方正の証明だ。王子はゆるゆるだと知っているが。

 うちの子こそはどこぞって奉公に出してくるものだからそれを緩和する為に緩めの人員配置なのかもしれない。


 彼女の両親は平謝りで如何様にしてくれても構わないと言った。彼女は伯爵家の三女で、あっさりと両親に捨てられたのだ。それ自体はよくある事だ。彼女を取り返すリスクより、捨てる方が楽だ。心無い言葉が飛び交うのは王子にとっても気持ちのいいものでは無かったので、とっとと帰ってもらうことにした。


 しかしよくもまあ育ててきた娘をあんなに酷く罵倒出来るものだ。情はないのか? と思いながらもさめざめと涙を流す彼女の事情を改めて聴取した。


 後がなくなったので自暴自棄とも言える彼女は洗いざらいことの顛末を吐き出す。

 ことの発端は伝統とも言える肝試しだ。侍女と執事の見習い達の中で密かに流行っていることなのだそうだ。

 成程と相槌をうち、一つと指を立てた。彼女が命を繋ぐ道をその指の数で示していた。


 後日、侍女長と執事長は顔面蒼白で王子に頭を下げていた。過去盗んだものが侍女と執事の寮から出てきてしまった。勿論騎士隊のフィジカルあっての家宅捜索であったが長く勤めた二人は知らなかったし後釜も急に見つかるものではない。まあ、若さゆえの過ちと言うか馬鹿なことはするものだ。同年代子供達も遊びと思っていたが流石に大目玉を喰らってそれぞれ処分が下された。指揮をしていたものが重罰。それ以外もそれぞれの意識からの重さの罰がそれぞれの長から下された。

 これは王子が王にしきりに任せてほしいと頭を下げた事に思う事があったのか事の沙汰は王子に委ねられた結果であった。

 王子は騎士隊を鼓舞して「舐められている」と鼓舞し、久しくなかった警備実績を打ち立てた。これで警備強化の話も声の通りが良くなると言う打算でもあった。


 侍女と執事の教育体制が厳しくなり、城の態勢はあらゆる檄がはいった。勿論近衛騎士長と警備騎士長二人と念密に相談し、警護策を献上した。その間に確執が有ったのも解消した。エリート意識の近衛隊と伯爵より下の身分の警備隊で責任のなすりつけ合いが有ったのだ。勿論何かと難癖つけて削られていた警備隊も身分を傘に何もしてなかった近衛隊も王子が一喝した。平和だと責任だけが重くなる。言い逃れはどうでも良い、警備を任せられていると言う点では同じ話だからだ。しかし、二人とも緩みや停滞を感じていたのは事実でメリハリを付けるための提案もした。余りにも的確に物事を決めにくる王子に子供だと言って押しのける事も難しくなった。


 宝物庫周辺は近衛と警備隊両方の巡回に必ず含めるように指示をして、必ず鉢合わせする事のない様に組んでもらった。鉢合わせした場合は巡回番号を交換して時間前の巡回が出来なかった方の詳細を聞く。鍵は執事長室に有ったがこれは回収して父と王子で管理。必要な際に執事長に渡され、近衛と共に必要な物を持ってくる。一旦この形に落ち着けた。


 そして停滞気味だった騎士隊と近衛隊は昇進制度が一新された。

 まず近衛の身分による採用制度は撤廃した。また縁故による採用はなくし、騎士隊でのテストと副隊長以上の推薦で近衛のトライアルが受けられる。これは年に二回行われてその中から数名以下の採用を行う。

 受かったあとは地方遠征をこなして特定の地域で騎士爵として働く。武で成すか文で成すかはこの時点の適正もあるだろう。なかなか遠方までの援助は実家が太くとも難しく、結果を出せるなら逆に見合いの話も大量に舞い込む。

 チャンスの多い環境に変えて、ふるい落としを行う様にした。何人かは反発があった様だが、文句があるなら騎士隊として働いておいて結婚相手を見つける事に専念すれば良い。そう王子に言われては誰もが閉口する他無かった。


 長々と語ったがそんなこんなの数ヶ月が終わってピシッとした王城に許婚が訪れた。少し驚いていたが話を聞いて合点したらしく、紅茶を飲んでの談笑でとても褒められた。


「お忙しいのにお手紙もマメに下さってありがとうございます」

「なに、諸侯に書く手紙は定型文だ。気を使う点はあるが、すぐに書ける。

 君への手紙は楽しみなんだ。返信に悩む事が楽しい手紙は君のだけだよ」


 言った後に笑うと、彼女は照れて視線を泳がせた。

 そして直ぐに彼の話の疑問点について質問した。


「そう言えば彼女はどうなったのですか?

 わざわざ伯爵家が三女はいなくなったと触れ回ったりしないでしょう。初めからいなかったと口を揃えるはず。

 しかし貴方は彼女に何か言い含めたのですよね?

 教えてはくれませんか?」

「一気に語ったのにちゃんと質問してくるんだね」


 頭良すぎるのではないかと思う。基本的に口頭のやり取りが多くスペックが高い人間ばかりなこの界隈ではあるが、彼女は頭ひとつ抜けて記憶力が良いと感じる。


「気になりますもの」


 少しだけ年相応な反応をくれる彼女。彼女には自分には素直に感情表現してほしいと何年も前から言いふくめている。その結果二人の時は寄りかかってきたり、手を繋いでほしいなど様々要求され、王子の包容力に甘える様になってくれた。


「彼女は名前も何もかも失って、平民として死んだ。

 そうだね……。ねえ君は例えば周りの空気がそうだから一緒に軽犯罪をやらねばならない時、どうする?」

「咎めます。私の感性でやるべきでない事はやりません」

「その結果、仲間はずれにされるとしても?」

「はい」

「うん。君は強くて素敵だね」

「あ、ありがとうございます」


 少し顔を赤らめつつ、話の続きを待っている。


「普通の子は多分できないよ。横つながりが重要で一番下と言っても良い身分の女性が、同調圧力に抵抗するのは難しいと考えれる」


 悪いことが横行していて当たり前になっている時に罪悪感を感じにくくなっていたり、軽い雰囲気に流されたりもする。そして突然貧乏くじを引かされることになる。


「彼女が盗んだのは一番価値がなさそうなメダルだった。それは叙勲される時なんかに与えられるものでね、いくつかストックされてるんだ。金のメッキだし、確かにモノとしての価値は低いんだよ。宝物にある事で価値を上げてるだけ。

 でもまあ権威的なモノだし、偽装されると最悪な事にもなる。控えたが故に金貨を盗むより重罪になった」

「成程。そんな事で社交界から締め出されたり後がなくなってしまうなら、メダルでも盗んで破棄するのが楽に見えるのかもしれませんね」

「柔軟な思考で助かるよ。これは私達権力者の視点で考えてはいけないんだ。

 さて、でも最悪な事に準備を私に見つかり、現場を押さえられて極刑を喰らった。

 理不尽だと思わないか?」

「しかし王城での罪です。陛下の言葉が全てです」

「そう。父は彼女の極刑を言い渡し、彼女達と共謀した者達は罰を受けてものうのうと生きている。

 一族郎党、とは言いづらく、共謀者全員となると若手全員とも言える。見せしめが必要になって生贄になるのが彼女だ。

 だから彼女には死に方を選んでもらう事にした」

「死に方を選ぶ?」

「そう。死とは何かを哲学するつもりじゃないからさっと流すとね、死は忘れられる事なんだ。顔と名前をね。

 彼女には修道院に行ってもらった」


 北に厳しいと噂の収監場、もとい修道院があるらしい。なんで北にあるんだなどと出来ているものに言っても仕方ない。そこに偽名で一年ほど通ってもらう。その後も決まっているがそこ以上に悪い様にはならないはずだ。


「まあ、生きていらっしゃるのですね」

「そう。名前も変えてね。でも皆には牢の中で自害したと言ってある」

「どうしてそうなさったのですか?」

「まあ……同情半分、私欲半分かな」

「……!? ま、まさか愛人ですか!? わたくしに何か至らない点が!?」

「いやいやいや、まって。私は君以外には興味無いよ。

 でね、私欲に関しては、個人的な恩を売っておく事なんだ。将来的に手駒がほしいからこれからは積極的にやろうかなって」


 父親のものをそのまま受け継ぐのもありなのかもしれないが何にせよ父や家臣の手にかかりすぎて無い駒が居る。

 それを言った時に彼女は背筋を伸ばした。


「私は公爵家の名代でもありますが、王子の味方です」

「ああ、ありがとう。敵味方を疑ってるんじゃなくてさ……なんて言うか漠然とした危機感なんだ。

 手始めが女性だったのは混乱させたね。近衛の男性も声をかけていってるよ」

「わたくしに、そんなに話して良いのですか?」

「これは私の誠意だと思ってほしい。

 ……君は強いからね。いつか悪意に晒されそうだし」

「わたくしの為に?」

「勿論君がこれで助けられはならこの力は使うだろう」


 少し照れくさいがまあ準備している理由として間違ってないのはそうだし、自分も含めた将来施策だ。ある程度手の内を晒しつつ生きようとしているのは彼女の信頼を勝ち得るには十分だった。


 そして王子が頭角を表したとして父王から表彰された。

 褒める意識からの王城勤務体制改革は王子の評価を上げ続け、将来の名君と期待される様になった。

 仲が良い事についての経過としては徐々に詰めていったものだ。


 王子から見て公爵令嬢は賢く美しかった。公爵令嬢から見て王子は聡明で頼りになった。嫉妬ややっかみは多々有ったが、笑い飛ばせる程度の嫌がらせがあった程度。婚約している事自体はもう変わらない話なのであまり突っ込んできづらい話だ。


 同年代や弟と仲良くしつつ学校までの期間を過ごしてついに入学の年になった。



 そうか、学園ものなのか。

 王子は生徒会長の椅子に座って、謎のハンコを押す作業に追われていた。どうして学生身分に決定権のある資料が回ってくるのか。学園運営は大人でやれと思う。

 ここは身分の順番に座らないといけない席と学力で座る席が有る生徒会という学園の奴隷組織。一番頑張ってるやつにどうして労働を課すのだ。と王子はため息をついた。

 生徒会長と副会長の席には王子と公爵令嬢。書記と会計の席は顔の良い男二人で一人は従兄弟の公爵嫡男だ。もう一人は気の良い伯爵嫡男。

 そして次席副会長が女性だった。何でもこの学校の特待生で、平民の中でもずば抜けて頭が良い。そして庶務には無愛想な男だ。文武両道らしく、寡黙ではあるが真面目な男であった。


「会長と副会長にいちゃつかれると部屋が暑くなるな。早く仕事して部屋に戻って下さいよ」


 歯に衣を着せない物言いな伯爵嫡男は会計席からこちらを指差す。


「別にいちゃついてない。私が手が離せないからクッキーを口に放り込んでくるのを受け入れているだけだ」

「そうですよ。副会長で許婚のわたくしのお仕事なんです」


 学生身分になって少し砕けた話をする様になった。

 目安箱なる仕事の温床を次席副会長に置かれてしまったが仕訳は副会長二人でやってくれてるのでそこまで仕事は増えなかった。

 次席副会長と書記と庶務は目安箱から相談案件を引き抜いて聞き取りに出掛けている。

 一度自分も行ってみようと手を上げたが、解決力がありすぎるのでやめてほしいと言われた。例えば王子の身分はトイレを綺麗に使わない生徒を叱りに行くのに使えない。確かに叱られた瞬間に処刑される様なものだ。噂は一瞬で学校に広まって後ろ指さされる。不登校待ったなしである。


「御三方を信じましょう。そしてわたくし達は然るべき時に備えれば良いのです」

「書記だって公爵嫡男だぞ。過剰戦力じゃないか」

「彼は聞き取りに抑えると言ってました。貴方が聞き取りに行くと相手が緊張しすぎて事情聴取になるんです。

 さらに会計がいくとナンパになります」

「はー。お堅いな副会長は。いいじゃん、学園生活はパートナーを見つけるのもこみだろ?」

「貴方も許婚にと言われている相手はいるでしょう」

「ふーん……ははぁ、さては副会長は王子を取られるのが怖いんだな。独占欲全開はみっともないぜ」

「だ、誰が独占欲全開ですか!?

 べつに、許婚ですし、その」

「馬鹿だなあコレが可愛いんだよ会計くんよ。

 手を動かさないなら惚気話はじめよう」

「うわー! はいはいやりますよー!」


 心底嫌そうな顔で伝票をめくって数字を書き込む作業に戻る会計。電子機器が恋しい環境だ。

 許婚は可愛い事に顔を真っ赤にして長い髪を指先でくるくるしながらこちらを見ていた。


「その、だって、会長は素敵だし、いっぱい女の子に囲まれるから……」


 この婚約者めちゃ可愛いぞ。モニョモニョ言い訳をしている彼女の頬をすっと撫でて、面会申請と寄付金申請に目を通し始めた。だから学生にやらすな、と思いつつ。


 学園向けの物を学園で処理する。生徒会向けの物を学生で処理する。そう言う決まりで運営しているある意味会社な学園は社会勉強の場として存在する。

 学校なので授業は存在するが、貴族的なパーティが多く設定されており、そこに多くの寄付金が投入される。これは仕方ないが、学校主催のお見合い会場を月一以上で開かねばならない。これの参加者まとめや会場作成も中々大変だ。

 何故かこの世界バレンタインが存在する。成り立ちは聞いたことある感じではあったが、とにかく告白の場として使われる。あとクリスマス的な冬季年末パーティもある。

 あくまで勉強する場を提供するのが学園であって、社交場を作るのは学生だった。今年は王族のいる年なので全体的に参加率が良い。大きなパーティは先に学園に申請して日程を空けておく必要もある。生徒会長は激務と言って良い忙しさだった。またパーティ会場ではよく相談もされる。その時に良さそうな相手を紹介したり、仕事相手を見つけたりする手腕も必要だ。コレに関しては一部我が婚約者の副会長が辣腕を振るって居たが詳細は割愛させて貰うとする。


 そんな生徒会長も一年経つと慣れた物で、生徒会は仲良し組として認知されて居た。


「みな、今度避暑地に行くけどみんな一緒にどうだ?」

「わたくしはもちろんどこへでもお供致します」

「おー。確か西の泉の避暑地なー。ウチも丁度行くって話にはなってた」


 副会長と書記がすぐに頷いて王子は次席に視線をやる。


「……え!? あたし達も良いんですか?」

「もちろん。と言うかだな。生徒会は忙しすぎる……福利厚生が有ってもおかしくない激務だ。

 私はよく働いてくれる皆を労いたいんだ」


 パーティ主催しなければ非難される事もある。ほんとにイベント運営会社だと思えてきたこの一年と少し。よく着いてきてくれた皆を労ってあげたかった。生徒会慰労費が日々の飲食代だけって悲しすぎる。そうだ。旅行に行こう。そんな思いつきだった。


「流石王子! 太っ腹!」

「ふふ、褒めても何も出んぞ、会計。お前の好きな名産の酒も用意してあるぞ」

「やっふー!」

「屋敷に部屋を用意する。ちゃんと責任を取ってくれる激重侍従たちも用意しておく」

「……ッスー」


 勿論若い侍従だが伯爵家以上の相手なので、手を出すとそのままお持ち帰りされる。会計は突き上げた拳を気まずそうに下ろした。

 同年代の優秀な者は同年代で固めておきたい。上の世代に持っていかれると厄介だ。彼もなんだかんだ優秀な人間だ。ギリギリ次席副会長も射程圏内と言って良い。そこを応援するのもありだろう。その場合嬉々として副会長が礼儀授業をしてくれるだろうしな。


「もちろん庶務もだぞ」

「……はい。ありがとうございます」


 生徒会全員を労いたいのだ。庶務にもちゃんと声をかけて了解を得ると席を立つ。


「夏季休暇までもう少しだけ頑張ってくれ。

 今日は解散だ!」

 

 元気よく解散して各々の寮室へと帰宅する。


 波乱が始まろうとしているとは思いもよらなかった王子であった。



「会長、湖に行きましょう!」

「水着の概念もあるのか。どうなってんだ」

「え? 泳ぐなら当然では?」


 次席副会長は首を捻るが、異世界の定義も倫理もよく分からなくなってきている。このくらいの文明だと人前で肌を晒すなんて、と愚痴をこぼされても良いのだが使用人たちは何も言わない。


 もしかするけど、ここって少女漫画の世界ですらないのか。乙女ゲーム的じゃないか。この次席副会長に集まってないか。なんか従兄弟に睨まれてるんだけど今は移動で体調を崩した婚約者が心配だ。ヤキモチかとからかいながらそんな従兄弟に次席副会長を任せて婚約者に会いに行く。

 侍女達に止められたが一目だけと拝み倒して部屋に入れてもらった。

 婚約者は少し気分が悪そうに眠って居た。乗り物酔いは酷いからな。おでこにゆっくり手を当てるとパッと目を開けて起きてしまった。


「ああ、すまない。起こすつもりは無かったんだ。気分がすぐれないならそのまま寝てくれ」

「会長……うぅ……申し訳ありません……」

「謝る必要は無い。私が勝手に心配しているのだ」

「でも、ご心配かけてしまいましたので」

「そりゃ愛しの婚約者が水着を見せてくれないから心配でしかたないさ」

「……もぅ」

「はは、とにかくゆっくり休んでくれ。恐らく日々の仕事と緊張が解けての事でもあるんだろうさ。必要なら私を呼んでくれてもいいぞ」

「……じゃあ、もう一回寝るまで、そばにいてもらって良いですか?」

「ああ。おやすみ」

「はい……」


 目を閉じて控えめに、細い指を手に重ねてきた。


「……最近、悪い夢を見ます」

「そうか、助けてやりたいが、ここの寝心地で満足できないようなら言ってくれ」


 力なく頭を振って否定する。


「どんな夢か、覚えているか」

「……貴方が、わたくしの前から居なくなる夢です」

「ふむ、戦争でも起きたか?」


 今は平和も平和だ。隣国王子との仲も良好といっていい。お互い国の為に容赦する事はないが、無為に戦争したがりでもない。交戦的な性格では有ったが、愚かでは無さそうだと言う印象だが。


「……ち、違うんです……その……

 貴方と、次席が、その、うぅ、わたくしを置いて、居なくなる夢で」

「次席副会長と? ふむ。こんなに可愛い婚約者が居るのにな。夢の中の私は酷い奴のようだな。

 痴情のもつれで婚約破棄なんてそれこそ戦争の種みたいな物だぞ」


 親が権力者で仲が良いと流石に子供も自分達の喧嘩にすら気を使う。些細な事をよく謝らせてしまうのが心苦しい時もあった。


「……会長はそのように思った事はありませんか?」

「無いなあ、国も家族も君も大事だし、守って行きたい。

 君の父上の軍務閣下も良くしてくれている。野心多き方だがやる事と昇進が見えるのが良いらしくてな。騎士隊の運営と地方開拓に熱心だ」


 あと閣下の奥方達に新興地方のお湯の美肌効果を宣伝し、旅行に行って貰うことにした。勤務地から近くなり、心や体を休めてもらって、新人騎士教育に熱心な閣下労いの歓待を設定すると二人とも気分が良さそうだったようだ。自分の両親にも体を休めて貰いたいと思う。

 増やしたのは軍務側だけでは無い。学閥側の受賞も増えた。新薬や医術革新、新技術は受賞すると研究資金が与えられる。研究博士号を騎士爵相当に格上げしたりして研究者界隈を盛り立てておいた。自分からの進言で臣下として地固めしている現状で、両親を取り込みこの世代での下地作りは順調だ。

 少し難しそうだった対等な存在も従兄弟と隣国王子がいる事だ。隣国はこちらよりは戴冠が早いだろうが、個人関係は悪く無い。腹を割って話せる友人と言うのは得難いものだと二人で普段はしない下らない話などもできる。

 此方とは違って許婚が居ない不思議な王政だが次席副会長が気になっているらしい。彼女が薬学科で研究博士を取ったら貴族の養子にして送り込んでも良い。ただ従兄弟も思う所があるので最後は拳で取り合ってくれと言っておいた。どちらにせよ同じ手段は使えるだろうが、彼女に嫌がられると出来ないだろう。


「……わたくしは、お父様とお母様には厳しく育てられました……でも、王子がいらっしゃるようになって、本当はお優しい所もあると教えて頂いて……なんだか、変わったんです……。世界が、明るくて、楽しくて……貴方が、愛しくて……わたくしはもう卒業で、来年はご一緒出来ません……それを想うといまから寂しくて……不安で……来年も一緒の皆が羨ましい……」


 弱ってて可愛い。こんな風になるのかと汗で張り付いた髪を梳かしてやる。

 クルクルの巻き髪が流行りだが、彼がシンプルなストレートな髪が好きだと言ったらそれに合わせてくれた。流行りに合わせられないのも心苦しいのでパーティの場で編み込みやまとめ上げた時に使える髪飾りなどをよくプレゼントしたりした。

 初見で厳しいと誤解されやすい彼女。友人もちょっと調子に乗っていたり、何故か彼女に接近する他人に厳しく当たりすぎていた様なので先に釘を刺した。過ぎたるは及ばざるが如しである。ストレス発散がマウント行為に向くのは人付き合いの情報の割合が強すぎるからだろう。女性社会に口出しし過ぎるのは御法度であるが、適度に楽しめるイベントの提供が必要だった。そこに関しては許婚がスピーカーであるので彼女を喜ばせる事で流行りとして伝播する。王妃となる前に彼女には色々楽しんで貰いたい。


「私も寂しいさ。だが楽しみも有る。今よりも少し時間がとりやすくなるのだろう? 来年は隣国王子の帰省と一緒に来訪も、なんて話もある。

 来年分の予定も沢山決めよう。

 なに、父上も学生のうちに楽しめと言ってくれている。

 君が不安なのは私の落ち度だろう。

 それに君が卒業するなら私が愛で倒しても誰も文句言うまいよ。夜会も多いだろう、私を呼ばぬまま変な催しに参加するんじゃないぞ」

「はい……わたくしは……殿下のお心のままに……」

「こんなに可愛い許婚を私が手放す事はないぞ。

 ほら寝なさい」

「……やぁー……」


 欲しい言葉をあげられたのか、彼女は程なくして穏やかな顔で寝ついた。侍従達に礼を言って婚約者を夕食には誘っておくので食べに来れそうかは起きた時に聞いておいて欲しいと預けておいた。

 夕食にはいつも通りの彼女が現れて、皆で楽しく夕食を摂った。酔いまくった会計は侍女に部屋に連れて行かれていた。健闘を祈る。

 若干の仕事をしつつだが大部分は休みで、湖を渡る軽い船旅や美食や温泉を楽しんだ。思ったよりアクティビティが充実していてビックリする。

 それでいて暴漢なんかも現れる謎治安だ。近衛達は忙しそうだがちゃんと加点しているから安心して欲しい。

 次席副会長が自分は普通の一般人で治安悪めな所でも全然生きてきたので大丈夫的なマインドでズンドコ勝手な行動を取るので近衛と庶務が振り回されて大変そうだ。裏路地に出没する謎の富豪商人と仲良くなったらしい。彼女の値切り交渉に笑いが止まらない様子だったが、変な約束を取り付けられる所で通りかかってしまった王子が止めて引き剥がす事になった。あんな怪しい奴に次席副会長はやれんな、と親心的な行動だ。


「あの! ありがとうございました!」

「全くキミは本当に厄介そうな奴に縁があるな。人生楽しそうだよ」

「あたし王子と一緒にいるの楽しいですよ!」


 もしかして厄介そうな奴に含まれたのか、とため息が出るが王子は確かに厄介以外の何でもないか。自分でも時々煩わしいのだからと納得する。そんな意図は無さそうにキラキラした瞳で手に入れた薬草を見ている彼女はそれから作れる薬品に想いを馳せていた。


「そうか、私はハラハラが止まらんよ……キミが面白い人間なのは認めるが」

「うふふ! いい薬草が手に入って嬉しくて!」

「全く、研究者気質だよキミは」


 路地を出る前に近衛に彼女を預けて追跡者をまきにかかる。多分変態だなあの商人。船で渡った先の情報は帰る時に全人員の入れ替えをしよう。

 少し走った汗を拭いて従兄弟に彼女を注意深く見ている様に託して、げっそりしている会計とお茶にする。何でも伯爵長女に手を出してしまったらしい。テーブルの下でグッドサインを出した。彼女は同僚侍従に脇をツンツンされて恥ずかしそうにしていた。当番の順番は念入りに話されているはずだが、今後は彼女が専属になるだろう。しかも軍務卿の右腕とされる家柄である。彼女は嬉々として彼とお付き合いしたいと申し出るのだろう。そうなると親がそれぞれの家に押し寄せてくるのでそこで余程の不和がない限り後は進んでしまうだけなのだ。仕方ないのだ昨日はたまたま水遊びだったので少し露出の多い服を着ていて、腰のところはしっかりとエプロンを締めていたので胸が強調されてちょっとだけ扇状的だったのだ。プロポーションの良い彼女の距離が近く甲斐甲斐しく世話をされたうえ、酔っていたし仕方ない。責任はとろうな?……従兄弟は堕ちなかったか……。ハンドサインでローテーション再考を指示する。若い侍女集は音もなく一度姿を消して行った。来年入学するメンバーと去年の卒業生でのローテーションはまだ続きそうだ。


 お茶会に混ざってきた婚約者が伯爵令嬢を座らせる。既によく知っていて仲良くやれそうな口ぶりだった。もしかしたら彼女から会計の好みが伝わっていたのかもしれない。胸が大きめとか、タレ目とか。どこまで絡めるかも政治では大事な事だ。さすが私の許嫁である。


 旅行の日程をつつがなく終えて、いつもの日々に戻った。


 近々では騎士科メインの決闘祭り(?)が有るらしい。参加は二年次の一度きりで、優勝すると好きな子に告白するのが流行りの様だ。これは学園行事なので生徒会には司会進行の依頼くらいだ。出場者としては会長、書記、会計、庶務だ。特に庶務君が張り切っているので良い結果を出して貰いたい。


「筋に……決闘祭は私は司会が良かろう」

「筋肉祭り……」

「気のせいだ副会長。男子内でのスラングだ」

「わたくしが勤めますから。かっこいい所を見せて下さい」

「私が強い必要はないんだが。

 婚約者にもう一度結婚でも迫りに行くか」

「も、もう! その伝統の方はいいんです! もう!」

「そう言えば校内最強と名高い男爵次男が次席に告白する為に頑張る様ですよ」

「あたし、男子は性格派です。会長位の理解ある男子が良いです」

「確かに私は理解ある男だが、相手にも理解を求めるぞ」

「副会長と相思相愛って感じで羨ましいです!」

「ふふ! 全く褒めても何も出ませんわよ。

 でも今日のお菓子は包んで差し上げますわ」

「わぁい! 夜食だー!」


 婚約者は素直な好意に若干チョロいところがあり、次席を甘やかす所がある。男子からは笑って流すのみだが同性は甘やかしたい様だ。懐に入るのが上手い人間には気を付けて欲しいが基本的には可愛い人だと思う。

 夜食なのは彼女が研究している薬品がこの間持ってきた薬草で進み出したからだろう。よく目にクマを作っているので婚約者が世話を焼いている。お小言をよく言っているが全部聞き流されてしまっているようだ。まあ研究者らしいと言うか何と言うかだ。


 戦っている人間にとっては勝利は賞状の様なものだ。騎士科にいる人間に勝とうとするとそれなりの下積みが必要だ。

 しかし王子ともなると何事も叩き込まれるもので二回戦まで進んで騎士隊長の息子にいい勝負して負けた。流石に強かった。お互いの健闘を讃えて終わった。


「負けてしまったよ」

「仕方ありません、騎士隊長の息子さんは優勝候補筆頭ですから。会長もかっこよかったです」

「ありがとう。こんな私だが君のために闘ってきたよ。結婚してくれ」

「だ、あ、う、も、勿論です……!

 こ、婚約者でしょうもぅー!」

「あははは!」


 このクソかわ婚約者を自慢しておきたいので公衆の面々の前でやっておく。伝統でもあふそうだし乗っかっておいて続けて貰いたい。黄色い声もでて出場者に発破をかけられた所で上位者たちによるトーナメントになる。書記と庶務も出るらしいが私を見てもしかして早抜けした方がチャンスが有るのでは、と言う顔をした。次席副会長は声を出して応援はするもののチラチラと持ってきた試験管の様子を確認してメモ帳に何か書き込んでいる。あんまり筋肉には興味無いらしい。


 騎士隊長息子の逆転勝ちにより、盛大に催しは終わった。そして盛大に呼び出された次席副会長は舞台の上で彼を振った。何と言う胆力だ。まあ伝統とは言え呼び出された時点で婚約者がいたなんて事もザラで、振られてもちょっと笑い話にされる程度だ。むしろ皆が暫く優しく接してくれる事だろう。彼の健闘を讃える様に場を締めて歓声と共に去る彼の背は少し寂しそうに見えた。


「次席副会長、新薬の成果発表だが、書記と共同にするのだな」

「あ、はい! 何でも、研究室の発表にしちゃうと先生の名義になっちゃうからって推薦してもらって」

「後援者付きならそれが良い。従兄弟は学術派閥に顔が効くからな。

 先生に何か言われたか?」

「いえ? 元々あたしの成果として加点してくれるらしかったので。でもあたしの名前で認可貰うと後の実験が楽なんですって。とにかくこれで認可されれば臨床実験に行けるのでどうあっても頑張らないと!」

「臨床か、なら母上殿の治療に入れるな」

「はい!」


 薬師試験に前年で受かっている彼女は研究過程を進み医学を齧りながらの薬学専攻だ。元々母を治す為に特待生入学して有能さを示している。彼女を隣国王子にあげるのは惜しくなってきた。ナイスフォロー従兄弟。

 彼女は原因不明の難病の母を治す為に涙ぐましい努力をしているようだ。彼女の為に従兄弟は知識の豊富な医者も呼びつけたらしいが成果は無かった。

 今度副会長と挨拶に行こうと思っている。次席副会長の頑張りは周りに居る我々にしか伝えられない。


 そして彼女の友人としてお見舞いさせてもらう事になった。王都の外れの農家に豪華な馬車が訪れては噂の的だ。少し遠くに降りて道を歩くとそれらしい集落があった。


「お母さん! ただいま!」

「あら……? 貴女こんな時期に帰って来て大丈夫なの?」

「うん! 収穫時期の短期休暇制度があるから」


 貴族子女だけなら無くてもいい制度だが、地方から来ると人手として重要だったりする。夏季に課題を先出して収穫期に休む事ができる制度だ。

 夏季休暇としつつせっせと課題をしていた彼女もそうだ。


「初めまして、私は彼女の同級生の友人で生徒会長をやっています。

 そして珍しい症状の貴女を治す為に日夜頑張る友人を応援に来ました」

「わたくしも初めまして。同じく副会長です。学年は一つ上です」

「ええと、あたしだけだと多分お母さんに上手く話せないと思って。研究してた薬が認められたからお母さんに来て欲しいんだ」

「来て欲しいって、何処に?」

「王都の薬学研究科の臨床室です。

 貴女のために作った病気の特効薬です。左手の石化を止めるどころか回復するかもしれません」

「ま、まぁ、そうなの?」

「うん!」

「それで、お金なんかは掛かりません。なんとお給料も出ます。

 家を開けることになりますので、旦那さんと相談して貰いたいのですが」

「ええと、夫がもうすぐ帰りますので……」

「分かりました。

 詳しいお話はご一緒に聞いていただきましょう。

 それまでは、次席副会長の破天荒学園生活でもお話しますよ」

「か、会長!?」


 婚約者と共に彼女の学園生活を話していく。

 目も眩む様な行事が目白押しだったが、面白おかしく語った事で楽しめているらしいと判断された様だ。一応嫉妬から目の敵にされたりはするものの彼女の事情は隠されて無いし、そう言う事情で頑張っている奴に茶々を入れるなら生徒会メンバーは怒る。陰口程度には彼女は耳を貸さなかった。そしてたどり着いた研究者権威の糸口で母親を救う一歩手前なのだ。素直に賞賛すべきだと思う。

 破天荒といえばと、彼女が入学するまでの話も聞かせてもらった。母親の左手が動かなくなり何件か医者に診てもらったが原因不明で、症状が広がっているとわかった時に図書館に駆け込んだらしい。自分で調べて治そうと思ったようだ。司書に泣きついて文字を習い、一気に蔵書を読み漁った。それでは足りないと一般公開されてない本を聞くと学園図書館の話が出たようだ。お金は掛けられないので受験範囲の本が揃っていた図書館に通って勉強して、特待生になった。天才の類に目的を与えると本当に凄いな、と思いながら王子は相槌を打っていた。

 彼女の母の病気内容としては神経麻痺の病気の一つで、ゆっくり進行しているとの事。この辺でこう言う病も珍しい話では無いとの事だ。

 帰宅した副会長の父を合わせ、再び事情を説明する。

 両親は泣きながら娘に抱き付き、彼女もまだこれからなんだよと泣いた。

 臨床は確実に治る目処も無い。そして命の保証も無い。全力を尽くして看病するのは娘だと聞いて彼女の母は快諾した。成功すれば名誉を得て博士号を貰うことになる。失敗したとしても彼女の礎になるなら、との事だ。そのセリフに麻痺して動かない手を彼女は強く握っていた。


「この薬品研究が終わったら薬草栽培に手を出しながら研究者を続けて貰いたいです。彼女ならまず学園の者が放っておきませんよ。と言うかとてもモテます。毎週誰か振ってますよ」

「ハハハ! 若いときの母さんとおんなじだなあ」

「やめてよアナタ。そんなに多くは無かったわ」

「ハハハ、何、僕達は殴り合いで告白止めてたのさ」

「何だか来る人来る人生傷が多いと思ったらそんな事!?」

「頼んだよ、努力して来たキミなら絶対に治せる。

 父さんは、キミを信じるよ。母さんを宜しく頼む」

「うん! 絶対にお母さんと一緒に帰ってくるから!」


 まあ、キミは蜻蛉返りして貰うけどねと思いながらにっこり笑う。隣国王子に連れていかれそうになったらどうするかだけ決めておこう。


 他にも何名かの臨床要員を用意して研究者と医者の共同で投薬が始まった。すぐに効果は出ないと思ったが、彼女の母の病気の進行は止まったと報告があり、涙を流していた。

 婚約者の卒業の前に病気の緩和が知らされ、特効薬の研究として一躍有名になった。関節部分までの軟化と触覚の再生が認められたので「リハビリだな」などと呟いた所そう言う概念を説明させられる羽目になった。どうも「顕微鏡」や「治験」と言った基本的な所が刺さってしまう事がある。基礎が無いとスムーズに進まないだろうと改革。それに従う次席副会長が成果を上げるに連れ何故か権威の様に扱われている。手洗いとうがいは最も有効な予防手段だなどと研究者向けに講義もしなくてはならないとは――。

 さてこの変な所でファンタジーな世界で中途半端な知識を吹き込みたくも無い。適当に知っている蘊蓄を垂れ流しているのに研究者達の目が輝いて居るのはいたたまれない気持ちにもなる。そもそもこちらの常識が浸透して来て聞き齧りも甚だしい。それでも研究者達のキラキラした瞳は裏切れないので知っている事は語り、疑問点は研究して貰うように頼んでいる。病院の清潔概念が何で薬品研究室に届いてないんだ……。病院だけはナイチンゲールが通った後みたいに整備されている。うーん、でも植生は違って薬効もかなり違う。病院いらない可能性すらある効能の植物が放置されてる。


 まあ、世界に対して突っ込んでもこの世界はこの世界なりの歴史が出てくる様になっている。でも毒性実験の後にすぐ個人で人体実験に移ろうとする友人を止めない訳には行かなかった。拙い知識でも薬学の中にも薬品を作成する技術と投薬量を見極める技術が別物な事は確かだ。本当は、なんて言葉は使いたく無いが彼女が進む道を少しでも良い物にする為に知識を振り絞った。後はこの世界の順応性や専門である彼女自身に任せる。起きた事故で罪に問われる事は無いが必ず過程の記録を残し、改善案を考える様にと仕組みを作る。人の死を未来へと向ける導にする為のものだ。


 そんなこんなをやっているうちに婚約者の卒業の日だ。皆で花束を贈っていて彼女の背後には花畑が出来てしまっている。目の前に立った王子を見上げて、瞳を潤ませた。


「ご卒業おめでとうございます。

 副会長、本当にご苦労様でした。貴女と過ごした二年、本当に、大変で――楽しかった」


 にこにこと笑顔を振りまいていた彼女に涙が宿る。美人は泣くのも似合ってしまって困る。


「あ――わ、わたくしもっ……、本当に、毎日こんなに楽しくて良いのかと思うくらい、幸せでした。

 今日もこんなに沢山お祝いの言葉を頂けて、本当に嬉しく思います……!」


 まるで自分がこんな風になるとは思ってなかった、と言っている様だ。彼女の人格なら当たり前だろう。謙虚で可愛くうつるが――この数年何かを明確に怖がっている節がある様な気はしている。


「私は貴女が心配でもあります。『殿下と仲良くなれる魔法のツボ』とか買い付けない様にしてくださいね」

「わ、わたくしを何だと思ってるんですか!?」


 彼女の涙を拭って談笑しながら端へと寄って二人で話す。皆空気を読んで離れてくれた。ここで最初に挨拶すべき者だからすでにほぼ全員との挨拶は終わっている。

 飲み物を手に気になる事を聞いてみることにした。


「歳を重ねるごとに何故か信用が薄くなってると言うか……何かを疑ってる気がするかな? 特に私関連で。

 貴女が何か夢に魘されている様に見えるんです」

「……その通りかも知れません。わたくしは酷い夢を見続けています。怖いんです。貴方がわたくしから離れて、一人になって。この世界が灰色になる程憎くなる夢を何度も、何度も見せられるんです……。

 ここにいる間は怖くありませんでした。貴方がいる。わたくしに笑い掛けてくれる。手を取ってくれる。

 わたくしはこれから思い出だけを胸にその夢に耐えられるのでしょうか……」


 夢の内容は良くないものの様だ。彼女に冷たく当たった事は無いつもりだが、想像力が豊かな場合というのも考えられるだろうか。


「私が別の花を愛でに行くのが嫌だと思ってくれるんだな」

「……理解はするつもりです」


 目が嫌だと訴えかけてくるので微笑んで耳打ちする。


「今日、君の不安を壊しに行っても良いか?」

「へぁ、あの、で、殿下?」

「……夜、卒業式をしよう、ね?」


 耳元で囁くと発火しそうな程真っ赤な顔で見上げて来た。髪にキスを落としてから何事もなかったかのように飲み物を飲み干す。彼女は葡萄酒を、じっと見つめてから覚悟した様に飲み干して、王子に手を絡めた。

 卒業式に浮つくのは誰しも同じで、彼女が別段浮くこともなく皆と別れとなった。女性陣は早めに帰宅するが、公爵令嬢の周囲は少しだけ慌ただしかった。



 卒業生が退去し、新入生が入った。

 副会長の席には王子の弟が収まり、会計席は侯爵二男と交代となった。後は変わり映えしない面子だ。

 婚約者はつきものが落ちたかの様に穏やかに帰宅し、文通も始めることになった。

 婚約者が側に居ないのでアプローチは増えたのだがそこは王子弟を盾にしたり従兄弟を盾にして迷惑がられる事にした。

 月に一度は会いたい所だが、今年は生徒会名義の招待状がやたらと人気で、次席副会長はやっかみが多くなったとため息をついた。まあ彼女以外に女性も居なくなり肩身が狭いだろう。目安箱も次席副会長を解放しろなどとよくわからない投書が増えた。研究に専念するかは前年に確認しており、辞退しない旨の意思表示があったので彼女が続けているのは自分の意思だ。

 彼女を庇っていると随所で冷やかしを受ける様になる。令嬢達はなるべく控えて名前を送る様に婚約者に言われているのでその様にしていると、冷やかしは蛇に睨まれたかのように消えて行った。お手紙やお話があったのだろう。学外でも手厚くサポートしてくれる婚約者に会った時に感謝して甘やかした。婦人会と言うのも物凄い力があるらしい。

 活躍しているのは顔と名前を失った元侍女で、それこそ同年代達に仕返しをするチャンスだと事細かに報告して来ている。勉強の男爵養子身分と平民身分の二つを駆使している。次席副会長とは仲が良く、裏表無い彼女が尊いと涙を溢していた。

 母を救った次席副会長は薬を評価され博士号を授与された。当然と思っていたら環境整備で称賛されて勲章を一つ、それと騎士近衛隊連名の特攻賞の盾と賞状を貰った。色々手を出していた成果が出ている。繋がりを作る名目の小さな事での賞は辞退しつつ、製薬業の整備は弟に引き継いで行った。弟も研究者肌なので、面倒ごとが多いとは言え上としての仕事はこなしつつ事業化への道と研究を始めた。好きな事ができるのは良い事だ。


 そんな折に次席副会長が誘拐された。悉くトラブルに愛される女だが情報戦で負けてなかったのが幸いした。一緒に捕まったのが男爵養子で、メモが多数飛ばされているのと修道院が協力に入った。まあ、出来立てで高い薬を融通する約束にはなったが、教会の情報量は伊達ではなかった。

 有名になったが故ではあるが、隣国の商人関連からの誘拐が起きた。すぐに庶務に追跡を命じ、王子も準備に走った。隣国王子も流石に頭を下げて、直ぐに自国の動きを探る命をだす。馬車は偽装されていたが手口が隣国で頻発して居る誘拐と同じで、盗賊グループのナイフが落ちていた事に起因している。彼を通行手形に従兄弟と騎士隊を通して貰う。関所で荷物チェックの徹底を婚約者経由で軍務閣下に頼み、地味だが村のローラーなどを行って貰う要請もした。国際問題ではあったが隣国王子の協力で国境を超えた素早い判断には感謝した。そしてそこからは早かった。最も近い街に当たりをつけて教会に協力要請。柄の悪い集団がいる場所に当たりをつけた。当国商人集団に預けられた庶務の最後の行動記録が向かって居る箇所に強制調査で関係建物から昏睡状態の庶務と気絶した次席副会長と男爵養子を発見した。流石に頭に血が上ったのでガラ悪くその場の取締役に蹴りを入れたが後は隣国王子に任せるとニ人を引き取って自国に戻る事にした。庶務は治療が先だと思ったので一時隣国預かりだ。

 去年の夏に出会った商人に預けられたメモが確実に自分に届いたのが大きかった。裏路地に住むヤバいやつだと思ったら大手の商会の長男で、表にも裏にも顔が効く人物だった。

 とにかく市井の人脈が広く、信頼されて居る。堂々と宝石を売り込みに来ているのを見た時に思わず笑ってしまった程だ。

 話して見れば裏路地販売は趣味というかネタ作りと情報収集らしくそこで成り立った商売を育てた孤児に渡して、表か裏かに大きくして貰うようだ。表に大きくなれば商会所属にして、裏に行けば裏を取り仕切るように誘導して表の看板を用意する手伝いをして情報交換などをする。

 貴族向けの最大手とは行かないものの都民や地方都市では特に浸透して居る商会だ。薬草に伝手があるのも納得だ。あの時売っていた薬草を毒にするか薬にするかは正に買う人間次第だった。別に彼は日当たりに弱い薬草を裏路地で売っていただけで何も悪い事はしてないのだ。

 速攻で禁止薬物製造の方を改善する案を出した。栽培は認可制で栽培採取量の報告を義務にするとした。

 嫌がらせをネチネチとお互いにやって居るうちにあちらも悪い事がしたいわけではないのはわかった。管理する為に一番安かった薬を使っていただけだ。警察組織だけではままならない。どうしても裏向きの集団は出来てしまうもので、管理できて居る事が一番だ。なるべく金で解決するように仕向けて、彼が持って居る薬草の販路での買い付けと出資、薬品販売の委託を持ちかけ合意した。

 そんな彼にとっても大事な研究者なので協力を申し出てくれた時はありがたかった。商人情報網に情報を預けながら動くことで最速で辿り着いた。人の集まる情報は教会の方が早かったので使える時にどちらもあるのがありがたい。辿り着いたのは自分の子飼いの庶務であるのも評価せねば。

 朝一番で会う約束をした父と会談を行う。婚約者を使い騎士隊を動かした事など臣下として厳しい意見をもらいつつ、隣国との和解案については概ね納得してもらえた。

 領内を抜けられた事はこちらの落ち度、盗賊を野放しにしていた事と相殺し、協力による捕縛の感謝状を受け取る形になった。若い二人の王子の英雄譚として語られるらしい。その他にはこちらの余剰の麦の買い取りと鉱石の優先購入権などで野放しの事は相殺。別にどちらが損をするわけもない平和なものだったが、あちらの王子は中々絞られたようだ。今度盗賊などの山狩の指揮を行う事になったらしい。此方も森部分があるので騎士隊遠征演習が組まれた。弟や従兄弟も参加するそうだ。

 そして慌ただしい日程を終えて男爵養子と次席副会長のケアに何が良いか婚約者に相談する。先にお見舞いに行ってくれたようだ。王子の様子にちょっとだけ嫉妬を見せていたが男爵養子に金銭と労いの言葉をかけて要望を聞くようにと言われた。もう少し便利な道具を経費で用意した。スパイの様な装備になったが、彼女的には満足したらしい。庶務にも剣を手放しても戦える武器を用意しておく事にした。重症ではあったが良い処置を受けられた為回復は早い見込みだ。

 次席副会長はまず母親に事の説明を行なって、もう市井で生きるのは危ないと説明した。他の人とか生まれがとかそう問題ではなく、彼女は有名人になってしまった。彼女の母も素直に不安を表明してくれた。

 これを予防する一番効果のある方法は護衛だ。騎士隊から彼女自身が選んだ護衛を雇って助手として手伝ってもらいながら生活し始めて貰う事にした。同じく平民出なので、何か仕事がある方が落ち着く性分らしいが、慌ただしい彼女についていける者をつけた。二人には良く相談して大変になったら人を雇う相談を生徒会の面々などにする様にと言っておく。とりわけ製薬に近いところに弟もいる。あれで自分に理解があるものを大事にするので真摯に向き合ってくれるだろう。人を上手く使う事に慣れると皆が豊かになることを教えておいた。


 疲れを婚約者で癒して居ると、急に長期休暇に隣国に行く話が出た。忘れていたがもうすぐではある。筋肉の使徒たちが森演習で居ないしっとりめのパーティーを開催中だが女性が少し多いくらいで普段と余り変わらない様子であった。一番人気なのは山狩を一足先に終えて復学した隣国王子だ。


「その件か。山狩は終わったし、こっちの森演習も隠れていた盗賊の炙り出しが出来たそうだ。残党狩りをして撤収だろう。それを考えると夏は北方で過ごしてみるのも良いだろう」

「あっ、あたしもさっき隣国王子様にお呼ばれしたんです」

「さっき?」

「はい。あの、何か?」

「いや。なんでもない」


 あの王子意外とシャイなのかも知れない。話は去年からあったのに誘っておかないとは彼らしくもない。が、そもそも去年連れて行く気だったのかも知れない。


「私達も行く事になっていてな。

 キミも行くなら侍女騎士に夏季休暇中は暇を出しておくと良い。護衛はあちらが用意する。な?」

「なんだなんだ。俺の話か?」

「そうだとも」


 視線があった彼にここに彼女が居ると目配せをして呼び寄せる。


「最高の護衛を用意してくれる話さ。

 彼女の騎士だと、王城を歩くにはちと足りないと思ってな。

 気を悪くしないでほしいが使用人にも身分が居る場所なんだ。彼女を貶めて居るわけじゃない。今日までもよく働いてかれて居るそうじゃないか」

「でも、お母さんの事も有りますし」

「リハビリは元気にやって居るって話だろう?

 しきりに君がパーティに出ない事を心配していたぞ。良い人みつけなさいってせっつかれてるんだろ?」

「うぅ、そうですけど……なんで知ってるんですか?」

「婚約者に聞いた。君が誰を選ぶのか興味深々らしい」

「ワタシも興味ありますね」


 声をかけてきたのは富豪商人だ。呼んではないけど混ざってくる蛇顔の怪しい男だからか、隣国王子は顔を顰めた。まぁ、商談の為に参加する旨の書類を認可した覚えはある。先程まで端の商談コーナーにて歓談に応じていたが目ざとく移動してきたようだ。


「あっ! 商人さん!」

「薬師博士殿。お久しぶりです」

「知り合いか?」

「はい、去年あたしによく効く薬草を紹介してくれてとても助かったんです」


 隣国王子がにがい顔で商人を見ると読めない顔でニコりとした。


 彼女が嫌そうなら無礼を咎めて良いがそうでは無いので流すかと婚約者と目で会話する。正直次席副会長の恋路は邪魔したくない。面倒だから。婚約者的には面白いからだろう。

 この男去年王子が振り切ったにも関わらず執念深くここに居るのだから関わると絶対に面倒臭い。まあそれ自体は同じく面倒ごとで返してやって居るので舐められては居ないだろう。


「手前共も是非薬師博士殿の開発した薬の販路を拡大したく、出来れば殿下と同じくする英雄の隣国王子様に御目通り願いたかったのです」

「ふん。俺に顔など合わせずとも貴様は勝手に売るだろう」

「いや、薬品は売るに当たっても規制していてな。

 国内認可薬師の居る店にしか卸せない。それに当たって一番腕の良い薬師を用意して少量から始めてほしい。

 適当に使ってこの薬のせいなどにするのは許さんからな」


 あの薬草を売った彼は毒か麻薬を作る為だろうと邪推した。

 しかしもっと純粋な想いで動かない手足を諦めた人達を助ける奇跡の薬にした。

 過剰摂取や摂取怠慢を此方のせいにされても腹が立つ。彼女に比肩する知識を持つ者に渡ってその認可の元で販売される事で慎重な流通が求められる。人種が違う故の効能差だって出る。

 真剣に作った作品を子供と称する研究者もいるくらいなんだから売るにも託すにも真摯に扱って欲しい所なのだ。


 凄んでしまった事でその場に居た皆が背を伸ばす。


「勿論で御座います。ワタシ共も販売にあたって商品の勉強をさせて貰いました。たかだか薬などと侮るものは居ませんし、その様な者には売らないでしょう」

「全く口は達者な奴だな。どうだ隣国王子。

 良薬だが、商人任せだと私の枷が重いらしくてな。

 口利きを頼めないか。信用出来ないなら薬以外の話は持って行かせないでも良い」


 ここに混ざったのはこれを引き出す為でも有るのだろう。まあ此方の推薦はそこまで重い話じゃない。

 振っておいて後は隣国王子に任せる。渋々ではあるが父王に話を持って行く様であった。

 話を終えると颯爽と消える富豪商人。

 また向こうで会う事になるだろうか。


「で、そちらの王都は何が流行って居るんだ?

 どうせ君のことだ、狩り帰りに市中を歩いて居たんだろう」

「おいおい、あんまり滅多な事言うなよ、俺も王子なんだぞ?」

「……次席副会長に食べ歩きを習ってどハマりしてるんだろ?」

「うげっ、おまっ、喋ったな!?」

「え? ダメなんですか?」


 純粋な彼女はなんでも嬉しそうに喋ってくれる。勿論悪用はしないが、ニヤニヤと二人を見るくらいは良いだろう。

 果たして彼女の天秤はいまどう傾いて居るのか。そしてそれは本人にすらわかってなさそうだ。


 婚約者が切れ長の目の赤くて可愛い瞳を此方に向けていたので撫でて居ると今度は二人に揶揄われた。この自慢の嫁は真っ赤になって可愛いばかりだった。


「殿下はなんと言うか、一途ですよね」

「何を言う。私の許婚の方が一途だそ?」

「そう言えば夜会で副会長だけを見たと流れてたぞ?」

「え?」

「いえ、わたくしは夜会は開いておりませんし参加もしておりませんよ」


 だろうな。まあそう言う噂は得てして悪意のものだ。

 本人のいない所での騙りや醜聞が起きたりする。王子と離れて居る今に浮気や有る事無い事を伝聞するのだ。


「うむ。良くないな……ダメ元で聞くが言っていた者の顔や名前は?」

「わからん」

「……ま、だろうな。

 学園内に何かしらは居るだろう。

 噂に戸口は立たんと言うしな」


 手振りで男爵養子に合図して捜索が始まる。ここ数日からの夜会の捜査を始めてもらった。

 社交界は噂好きだ。すでに出回った目撃者から出没した夜会を絞り込む。


「撹乱情報や憶測もまだあるようで、いくつか無駄足も踏まされた報告が有ります」

「ご苦労。迅速な収集感謝する」

「わたくしと同じドレス……背格好で、ゆきずりの男性と部屋に消える……気持ち悪い……!」

「君に対する陰湿な攻撃だな?

 君の妹の線は?」

「う、調べましたが、少し怪しいです……」


 彼女の三つ下の妹は生徒会には居ない。

 侯爵二男の座る会計席に計算能力が必要な為、貴族子女でもテストの点が優先される。任命に携わったが彼が一番良かったのだ。

 そんな事で何か言われたりもしないものだが、彼女には一年時に会長、二年時からは王子の下で副会長を務めた姉がいる事で比べられることはあったかも知れない。


「では次を頼む」

「畏まりました」


 男爵養子は足音もなく部屋を去る。彼女のいい所は裏切りが嫌いな所だ。故に絶対に此方を裏切らないし、そもそもスポンサーが最大手なので寝返る意味もないと一蹴する。此方の信用に忠実に応えてくれて居るのでメモに「いつもありがとう」と書いたりするとよく無表情が崩れる。ちゃんとした感謝状も送って信用出来る男子を紹介しよう。


 また一周程の時間を要して報告に集まった。男爵養子は辛い様子だ。そして集まった王子と婚約者に吐くように報告する。


「結論から報告させて下さい」

「言ってくれ」

「妹様は黒。手引きは……伯爵次女です」


 彼女は元々伯爵三女。両親に捨てられて以降姉妹にも合わずそれでも遠くから元気に生きて居る事に安堵していた。不名誉な死を知らされていても姉達の影にならないで欲しいと願っていた。


「……そうか。思う所はあるな? どうしたい?」

「……最っ低です。私が引導を渡した方が両親も――……!

 っ、ぐ、うぁ、姉様、どうして……」


 ぼたぼたと耐えていたものが流れ出す。

 遊びの延長で死んだ妹の話を彼女は知ってしまって居た。しかしそれは口止めされ両親にはキツく当たられて心を病んだ。家から逃げるように夜会に参加し、人の温もりを求めるようになった。

 姉の服を持ち出してバレないように。なんて吹き込んで共犯者を作った。陰に沈む者同士で悲嘆に浸かる。

 生徒会に入らなかった妹令嬢の侮りは凄まじかった。姉の影が大きく、彼女もプライドが高い事から反発での不和が多かった。

 仮面で隠して踊り明かす事からストレスの発散を覚えて、お酒で一気に滑り落ちた。淡々と書かれているが、大学サークルの良くない部分と全く同じ事が起きていた。


「そんな……」


 この報告書があれば彼女はもう令嬢としては終わった者とされるだろう。それこそ男爵養子の様な道を歩他無い。


「私が処そう」

「殿下……」

「違法輸入及び違法薬物検挙だ。

 この報告の酒は入荷に制限が掛かっていてこの記述『机いっぱいに』のような量が出せないはずだ。

 これ以上深く関わらせると心も身体も壊れるだろう」


 最悪の予想もあるが、それは置いておいて流石に軍務閣下に報告して怒られねばなるまい。

 急ぎ同建物内で取り次ぎ、閣下の頭痛を抑える様な顔を見て大きなため息を聞く事になった。


 警察は時に非常にならねばならない。言った言わないを貴族でやり合っても無限に決着が付かないのと同じく、やったやらないも言い合うよりは現行犯を逮捕したい。

 姉のドレスを着て夜会に行くのは姉が別邸に赴く時だ。いつもなら王子も赴いて睦言を交わすが今回はとある邸宅の夜会に突入できる様に近くの邸宅に控えていた。


 突入は事が始まってからだ。軍務閣下も何度目かのため息を吐かせてしまう。騎士隊の中にも見知った顔が居ると顔を顰めていた。


「では、淡々と行ってくれ。

 奴らは酔いに囚われた暴漢と痴女。

 暴れるなら情けをかけるな。全員捕縛だ。主催者には賄賂、婦女子暴行幇助の罪がある。

 もう一度言う。あそこに居るのはただの獣だ。

 情けはかけるな。淡々と処理しろ。


 軍務卿」


「すーー……ふぅ。

 騎士隊出撃!」


 一斉に走り出した騎士隊が、事前に予定した通りに壁に穴を開けて突入する。割り当てられた部屋に突入したり、護衛を薙ぎ倒したりと逃げる子女達達が捕縛される。身分を傘に何か言っているが軍務卿指揮下で有ると黙らされていた。

 王子が例の部屋に突入した時、一つの亡骸と泣く妹令嬢が居た。服は着ていない。服を着させて、部屋から連れ出す。軍務卿に外での指示を任せた。鬼の目にも涙。心が痛いと剣は鈍る。今は仕事に没頭して貰おう。


 妹の迎には姉が登場した。

 どうしてと崩れ落ちた彼女を乗せて走り去るのを見送った。


「――どうして、お姉様、どうして、あ、き、汚いですわたくし、汚れて、う、うぁっ、ごめんなさい、ごめんなざいっ」

「貴女はわたくしの大事な妹なんです。

 同じ髪色なのが、自慢です。

 お花の花言葉をたくさん知っていて、詩集やダンスが大好きな自慢の妹なんです」

「わたくしは、っ酷い人間です! お姉様を貶める様なことばかりして、もう何も、価値がないんです!

 お父様をっあんな泣かせ方、うわああああああ!!」


 大好きな姉だった。王子様とお似合いで羨ましくもあり、誇りだった。姉を悪く言う人間は嫌いだった。あんなに綺麗なのに。たくさん褒めてくれるのに。

 そんな人間に、いつしか自分が成り下がっていて――そして無様にも結局姉に縋って泣いていた。幼かったままだった彼女は転げ落ちた。

 風呂を用意してくれた母親は何も言わずに薬を差し出した。死ぬ事も覚悟したが「虫下しよ」と母は笑った。公爵家たる者強かに生きなくては、とは彼女の言葉だったか――彼女はそれを全て飲み込んだ。





「うそ――貴女が、どうして、あは、夢かしら、ね?」

「私は、夢であってほしい、てすよ。下姉様」


 髪色を変えて、眼の色も変えていた。点眼薬を毎日入れて、別人になるのを眺めるのにもう何か思う事もない。

 髪色を戻し、点眼薬を今日はいれず。

 あの日と同じメイド服は、すこし小さい。でもそうしようと思った。


「は、嘘よ! 今更、ぼ、亡霊め!

 いつも、いつも、私を責めに来て!

 もういいでしょ!? 私は! もう何も残ってない!」

「――っ!


 顔も、名前もある癖に!!!」


 叫んでいた。何も残ってないのは伯爵三女の方だった。

 生きる道をくれた王子には感謝している。あの人の笑顔に一生を捧げようと決めた。

 遠くの子供のいない男爵養子となったがこの夫婦も良い人達で、再び家族を得られた。古い友人に裏切られて息子を失って取り潰しは決まってしまっている。


「は、はは、あはは!」

「私は貴女を殺しに来たんです」


 銀色の瞳は強く光を捉え、姉の姿を写す。

 ああ、あの日、自分の代わりに手を上げて罪を背負った彼女のまま。

 その手が首に手をかけても、抵抗はしなかった。

 やっとだと思った。なのに――。


「貴女を――生かす用意が有ります。

 すみません、たいした身分は用意出来ないのですが――」

「ころして、くれないの?」

「下姉様、甘えないで下さい。そんなのだからつけいられるんです。

 ここに侍女の死体があります。ここを燃やします。

 持ち物を持たせて下さい。


 貴女は明日から実は生きて居た『伯爵三女』です」


「――ひ、酷い、また私に貴女を殺させるの?」

「だから甘えないで下さい。これからは修道院帰りの札付き女です。強い女でなくてはなりません。

 お父様とお母様にはもう伝えて有ります。これが数多の令嬢を引き摺り込んだ貴女と家の唯一の道だと。

 そして私とは二度と会えません」

「そんな、姉様、は?」

「上姉様も今生の別れで泣かしました。元々会うつもりは有りませんでしたけど。

 でも私は強いんですよ?

 見て下さい。弱い『私』なんか居たら許しません。


 殺される前に殺しにきますから」


 大好きな強い妹の笑顔だ。

 それに引かれて火のついた部屋から逃げ出す。布を被せて来た道と同じ道で戻ると王子が待っていた。言葉少なに頷いて動か様はもう何年も連れ添ったかの様な見事な連携だ。


 焦燥とした表情の姉が迎えに来た。彼女は振るったこともない手を上げて下手くそなビンタをして次女に抱き付いた。

 戻ってもいいの? 戻れるの? でも、妹は?

 私が殺してしまった、妹は――?


 王子と妹は乗り込むのも見届けず走り去った。三姉妹の終わり。同じ空の下で生きている事だけを星空が知っている。




 朝方には一気に法律違反による罰金が各家に通達された。

 阿鼻叫喚の抗議に晒されたが、警備隊は厳しくそれに処置を言い渡した。国に対して払わなければ関係各家からの慰謝料請求の嵐だ。

 家の名を晒す訳にも行かない。払えない者は爵位返上なども起き、開いた所は新規に叙爵した者が当てられた。


 そして王子は入念な計画の突入劇と検挙を褒め称えられた。近々尻尾を巻いて逃げた輸入路も検挙されるだろう。


 公爵令嬢妹は留学が決まった。西国はおおらかなので女が処女かどうかなど上議員も気にしない。

 一年したら送り込まれ、あちらで嫁ぐそうだ。パーティはダンスが主流で踊りが好きな妹令嬢にも合っているだろう。吹っ切れた様にあちらのダンスの練習に励んでいた。


「公爵家はどうするかいっていたか?」

「はい。元々甥に継いでもらうつもりで鍛えていたそうです。ほとぼりが覚めたらこの事件のことを話して倫理教育もするそうですよ」

「強烈な事件だったからな。

 君も大丈夫か?」

「はい」


 そうか。まあ昨日は忘れたい事が多くて過去最高に乱れていたようだ。今日蒸し返すと睨まれると思うので忘れたことにしておく。笑うと目を逸らされた。


 まぁ、家を一つ取り潰して大元の責任は片付いた様にみえている。学園関係者も出たので一日早く夏季休暇に突入した。後始末に追われる。手伝いに駆り出してしまった彼女と休憩中、誰も居ないのでソファーで二人寛ぐ。今日は王子が膝枕されていていた。勝手に転がったのだが学園にいた時は確かに気を抜いた格好を学校ですることはなかったので新鮮だ。

 少し羨ましいと思っていた平民クラスの馴れ合いに今更自分がやる側になって嬉しいやら恥ずかしいやらを感じていた。最近やっと王子の髪を触るのが緊張しなくなって髪や頬に手を当てて感触を楽しんでいた。


「あ!」

「ひゃっぅ、えっ、な、何か失礼がありましたか?」


 撫でられていた手を突然掴まれて驚く婚約者。出した側もこんな声出ると思ってなかったのか、申し訳なさそうに笑った。


「いや、すまない。結婚指輪発注しないとな。もう結婚まで一年を切ったんだ。このままだとウキウキの母上達に選ばれてしまうよ。

 最後の婚約指輪はどうする? あっちで一緒に買いに行こうか。お互いにプレゼントしよう」


「はい、それは是非……殿下、ありがとうございます。

 でも毎年婚約指輪いただいてますよ?」

「まあ我々は立場上沢山使わねばね。

 古い物は使用人達の退職金にも使えるし。

 私からの思い出は写真や手紙で語ってくれ」

「はい……。殿下の言うことを聞いていると、少し不思議なことが起こるんです」

「不思議なこと?」

「はい、わかくしはもう少しモノに執着する気質でした。

 でも、殿下は貴金属は手放す事を良しとしていますね」

「誰々から貰ったものを大事にする、はまあ美徳かも知れないけどね。私達にとって一番大事なのは一緒にいる時間だ。

 手紙なんて何枚書いても全部は伝わらないんだし」

「そ、その……わたくし、何故か自分がもっと悪い人間になると思っていたんです」

「おお、悪役令嬢ってやつだな。

 それこそ妹令嬢を虐めていた人間なんかがそうだろう。或いは妹自身だったか。

 別に間違って生きてしまうこともあるだろう。そう言うことはなるべく早く正して終わらせるのが肝要だな」

「はい……はい。なにか違っていたら彼女はわたくしだったかも知れません」

「なんでそう思ってたのかはまあ不問にしよう。誰かに唆されてるならもう君なら気付けるしな」

「はい」


 二人での時間を堪能していると急に声をかけられる。生徒会室に鍵は掛けられないし、人が居ないのを良いことに人払いしてある。


「あのう」

『うわあ!?』

「お二人の世界だったのに申し訳ありません、ホント!」


 全然落ち度は自分達に合ったので恥ずかしげに笑ったり咳払いで誤魔化しつつ次席副会長に向き直った。


「いや、私達の落ち度だ。気にしないで欲しい。

 でも休校だぞ。研究室か臨床試験の方に行くと思ったが」

「はい。さっきまではそうだったんですけど、ちょっと相談と言うか」

「あら。告白でもされたのかしら?」


 婚約者が言うと次席副会長は視線を下げた。


「臨床室に隣国王子が休暇で戻る前にお見舞いに来て下さって……。

 母の前で告白されてしまいました」

「なんと言うか、人の巻き込み方が雑だな……。

 すまん、続けてくれ」

「はい。で、お断りして」


 いいぞ、おもしれえ女。

 どこに着地するんだと二人でワクワクして来た。


「酷い事しちゃったかなあ、とは思うんですけど。

 お母さんを巻き込んで来るのはなんか……気持ち悪くて」


 王子は真顔になった。もう無理かも知れない隣国王子。強く生きてくれ。


「上手い流し方教わりたくて。あたしがなんだかお声がけ頂くことが多いのは分かりました。でも、周りにまで迷惑掛けちゃうのは嫌で……」


「隣国王子は強硬手段に出たな。

 ……一応言っておくと、キミ有名で可愛くて賢いからモテてるのは理解してる? 謙遜はいいからな」

「なんかよく告白されるな、とは思ってました……」

「ははは。キミはまだ婚約にも恋愛にも気は乗らないか」

「……そう、なんだと思います」

「うん、その気持ちはわかる」

「わかる、のですか? でも、ずっと、その、副会長と仲良しでしたよね?」

「そうだね。初めから愛し合えて仲良し! にはどう考えてもなれないものだ。

 私達も長い時間かけてわかり合ってきた方だと思うよ。

 私も初めの頃はアレを言えとかそう言うことはするなとかうるさかったと思う」

「わたくし達は特殊な気がしますけど、思えば恋愛に近い感情になったのは初めて誕生日プレゼントを貰った時の様に思います」

「私は……そうだな、いいな、となったのは私の為にと渋みのある紅茶を覚えてきてくれた時かもしれん」

「まぁ、そうでしたか。でも……ええ、ふふ」

「なんだか熟年夫婦みたいですね。羨ましいです。あたしもそんなふうに思える相手に会いたいです」

「す、すまん、惚気たかった訳では無い。

 まず月並みだが誰かと付き合ってみる気はないか?」

「あたしが今の気持ちのまま誰かと付き合ってしまうのは失礼だと思います。それで誰かが傷つくのはもっと許せない……」

「うーん。恋バナに私が居ない方がいいな。

 頼めるかい――副会長」

「はい。お任せください」


 王子は微笑んで、婚約者の肩を叩く。次席副会長に友達として寄り添える彼女に託した。

 彼は書類を出してくると部屋を出て二人だけとなった。


「……副会長が羨ましいです」

「貴方も王子を――好きですか?

 王妃にはなれませんが側妃にはなれますよ。

 あんまりオススメは出来ませんけど」

「副会長が居るからですか?」

「一番になれないという意味ではそこですが、貴族的な価値観が無いと厳しいでしょう。

 消極的に選択して言ってみたにしても、贅沢な話ですしね」

「ごめんなさい」


 そして側妃は隙でもある。他のご令嬢が送り込まれてきても断る理由が弱くなる。王子は時間を割く事になり何と言うか誰も幸せになれない選択です。それならまだ結婚せずに事実婚で愛人生活が幸せか。とは言え友人に不幸な選択をさせる気もない。昔ならば怒っただろうがあの王子は自分以外を選ばないしこんな手段を取らない。


「わたくしは貴方に合った恋愛はよくお話しする方と始めるのが良いと思います。

 わたくし……貴女に会って初めて市井の価値観を知ったんです。

 わたくしたちは少数派で普通の事は普通の事ではないと。

 一般的な夫婦像は確かにわたくしが寵愛を受けている時の様な姿なのですね」

「はい、そうです。夫婦はどちらかが複数でもない。

 愛があって、結婚して子供が産まれて、二人で育てて……。あたしの普通が……なんか、ちがうな、ってなるんです」

「はい。因みに一緒に育った幼馴染の方々を今男性としてみれますか?」

「うう、ちょっと子供感覚でお別れした後は帰省で少し挨拶した程度でしょうか……背が大きくなったなって子は居ましたけど。そのくらいです」

「そうですか。まあ男性への意識が向かないとダメそうではありますね」

「……上手い逃げ方の件ですが、正直少ないです」


 言葉が通じる人と守ってくれる人が今居るのは学園の生徒会の庇護下に居るからだ。

 学園を卒業すると、公爵令嬢とて一研究者に手を差し伸べるのが難しくなる。

 勿論製薬事業の研究室付きになれば第二王子旗下の部下だが、外部からの接触は露骨に増えるはずだ。これは事業として断りにくい形で頼まれ、蓋を開ければお見合いだったなどが良くある。

 会計の従兄弟様に雇われても同じことで、彼女が一人でいる限り立場の弱い平民上がりの貴族だ。当然うだつの上がらないもの達は嫉みや打算でこぞって近付いてくる。

 良い人間も悪い人間もすぐそこで、勿論うまくそれを見極めて交わすことが出来れば最善だがそれができる人間に彼女が窓口をやらせると醜聞が立つ。あの手この手をやって余りある価値が彼女にはある。


 公爵令嬢は悩む。どうにか彼女に婚約者を付けられないかと。何だかんだ共に過ごした二年は王子に世話を焼かれ過ぎている事に嫉妬したり、その才能に嫉妬したりと大変だった。誤解をちゃんと解いてくれた王子と幼い子供のようなわがままを言った自分が思い出されて恥ずかしくなる。でもその後はちゃんと関係を作って、王子と共に彼女を讃えて良い友達になれたと思っている。


「……お願いがあるのですけれど」

「は、はい、何でしょうか」

「チャンスをくれないかしら」


 自分達の心の安寧の為の狡い願い。

 友達と言う立場すら利用するこの世界の狡さを味わって貰おう。


「チャンス? 何のことですか?」

「デートしてほしいの。お昼から夕方まで。

 貴女の知っている人で、変な事はさせないとわたくしの名において誓わせてから向かわせます」

「ええっ」

「ダメでしょうか。貴女がエスコートしても良いし、されても良い事にしておきます。

 そもそも貴女に善意的な好感、好意のある方しか呼びません」

「でも、あたしなんか……」

「あたしなんかではありませんよね?」


 ビッグスター過ぎて笑えて来る。きっと時代を担う王子と比肩する知名度を得られるだろう。


「うぅ……」

「……恋愛は怖いですか?

 貴女を護ってくれる約束が実行出来る殿方は少ないです。とある線からは口先だけと言っても良いです。

 でも、例えば生徒会の面々なら大丈夫です。

 わたくしとしては、怖がらず彼等と向き合ってみてほしいのです」

「……はい」


 その無理矢理とも言える話にまずは頷いて貰えた。後日すぐに生徒会で招集して、王子弟、従兄弟、侯爵二男、庶務に順番にチャンスがある旨で発破をかける。

 返事は彼女に任せる。進んで仕舞えば呆気ない話ではあるが、彼女の魔性に収まりをつけるのはこのタイミングの他なかった。

 そして慌ただしい日々が過ぎ隣国への移動日となった。果たしてその勝者とは――。




 まさか弟が王位継承権を破棄して研究事業に専念するとは。そこまでする必要があったかと言うと、ある種の雑多な誘いを断るには有効な行動だし彼の変人さを強調する事で近寄り難くもした。

 まぁ、従兄弟も健康であるし問題は無い。そこまでして迎えに来た彼に向き合って、共に歩んでいく事にしたようだ。喧嘩をして無理矢理破棄したわけでも無い。陛下も難色は示したが最終的には許可した。


「兄さんならどうするか考えたんだ」

「私がか。それは嬉しいが、そこまでしなかったかも知れないぞ」

「いいや、兄さんならこうした。

 兄さんと義姉さんは理想だったからね。

 彼女に寄り添う為に必要な事はするさ」


 気難しいと言われている彼が起こした行動で彼には触れづらい。爵位も暫くは公開されないが、公爵に叙されるにしても研究者が本質になるので社交に力を注ぐ家柄にはならない。

 どのみち自分達に迷惑にならないようそうするつもりだったらしい。時期は見かねていたが彼女の為に今やってしまったそうだ。


 思ったより暑い日に隣国王子も気前よく弟を祝福してくれた。彼は気風の良い性格だ。うまく切り替えられる事だろう。従兄弟はお見合いに駆り出される事になった。夏の間に気長に決めて欲しい。彼を癒してくれるであろう令嬢には婚約者から手紙を書いてくれるそうだ。なんと気長に待っている方もいると言うのだ。従兄弟ながら罪な男だ。

 侯爵二男はまだ一年で時間がある為学校で見つけると今は少し気丈に振る舞いながら笑っていた。



 隣国では歓待を受け身体麻痺病の特効薬の検証と販売が決まった。

 婚約者や弟と弟婚約者と合わせて街の中を練り歩く。歩き慣れてないかと訝しまれたが聞き齧りの知識と結局付いて歩かせている平民私服警護役達に微笑ましいと思われる程度の事をしたのみである。顔の知られていない他国だからできた事だ。

 街中を自分の足で歩く事が普通の者達と共に歩いて、その生活感を感じる。自分で自分の事をするとか当たり前のことをやる感覚を弟に教えておく時間を作った。彼女が生きた当たり前に寄り添って考える。彼はそれが出来る人間だと思う。


 食べ歩くなんて人生で今しか出来ない普通。流石に婚約者は無理そうだったので座ってから食べたが、大雑把な料理も味が悪く無い事に驚いていた。

 安価な装飾品や生活用品。案外便利用品もあったので購入する。

 一家で一月にどのくらいか考えて、王子弟と公爵令嬢は驚愕していた。でもこの世界はもっと残酷で食うや食わずを毎日考えなければならない者もいる。生まれは選べない残酷なものなのだ。




 隣国での休暇を終えて帰ると、卒業までの日々が始まった。会長職は弟に引き継ぎだ。面倒臭そうだが、次席副会長に応援されると満更でも無さそうだった。


 そして、事件が起きる。

 王子は自分が巻き起こすとは思わず油断した。


 まず血を吐いて倒れたのは昼食後。

 突然のことで本人も驚いていた。

 血清を作るまで苦しみ、その後も後遺症で暫く朦朧としていた。その間婚約者がずっと近くで看病してくれており「君といられる時間が長くなって嬉しい」などの妄言を吐いていた模様。

 婚約者はそれはもう怒った。ぷりっぷりで可愛いなと言ったら泣かれるほどに。

 血清と解毒薬は王子弟と弟婚約者が奔走した。侍女だった男爵養子も自分の隙を利用され血の涙が出るのではないかと言うほど悔しがり事件を徹底して調べ上げた。

 従兄弟も涙する程心配してくれた。調べによると彼の派閥のとある一派が弟が王座争いから降りたことで暴走したようだ。

 意識がはっきりした時には従兄弟の怒りでの粛清は終わっており、ひとまず卒業まではゆっくりと過ごす事になった。父には叱られた。それは王としてであり、家族としては無事でよかったと安堵していただけた。王妃には流石にとても心配を掛けてしまったので、何度も王妃主催お茶会に婚約者と呼ばれる事になり、この婚約者の心配エピソードを知らない人が居ないくらい語る羽目になった。婚約者は真っ赤になって揶揄われていた。とてもすまない。

 まあ変な噂が出る前に皆に平気である姿は見せて、婚約者とゆっくりと過ごさせてもらった。


 肉体のリハビリの為に騎士隊訓練に参加して、特に後遺症も無く体の動きが戻った。

 非公式な場で弟と弟婚約者には頭を下げて礼を言った。

 一人の人間として礼を言うべきだと思ったからだ。二人は慌てたが本当に良かったと笑ってくれた。



 そして、来たる卒業式。


「わたくしこの日に婚約破棄される夢ばかり見ていましたが、結局妄言でしたね」

「ふむ。何に由来する不安だったのかは分からないが私は寄り添えていただろうか」

「はい。貴方に会えて本当にわたくし自身が変わりました。沢山起きる出来事の中で貴方を本当に愛しく思いました。

 わたくしに憂いは有りません。来月の結婚式も頑張りましょう」

「そうだな。私は今日の歓談が学生としては最後だ。

 私は正しく皆に尽くせていただろうか。楽しく過ごせていただろうか――」


 不意に公爵令嬢は泣きそうなる。誰も貴方を恨む権利はないと思った。優しい人だ。死の淵ですら、彼女に安心しろ大丈夫だと言い続けた。


「――きっと自分の時代を大事になさる貴方なら良き王になると思います。

 わたくしも、改めて貴方に尽くす事を誓います」


 心から思った事を口にする。彼は眩しそうに彼女をみた。


「結婚式は来月だぞ?」

「ふふ。何度でも言いたいのです。そう思わせてしまった貴方が悪いんです」


 いつしか、自分にとって他の世界の記憶はこの世界に溶けた気がした。彼女が見た悪夢はそうで無かった私が起こした未来かも知れない。今の私には理解できないが――。

 

「私は貴女との婚約をここで破棄する!!」


 そう言って居たのは自分かも知れない未来が転がって居た。どこの御令息だったか。


「まあ。わざわざこんな日に?」

「はぁ……まぁ、こんな日だから頭も暖かくなるんだろう。


 さて私達の前で婚約破棄とはそれなりに理由のある話なんだろう。聞かせてくれまいか?」


 令息が並び立てる証拠を論破してそもそも言い掛かりで卒業式を騒ぎ立てた事を叱られる。これは彼にとって後々に響く行為だった。

 さりとて令嬢にも悪事はあり、例の酒乱グループの残党で他男性との関係はあったようだ。被害者顔も出来なくなり二人は蒼白な顔で王子を見て居た。

 晴れの日を汚した二人には白い目で見られる未来が待っている。

 両家に手紙が認められ事実関係を確認したのち関係を改めよと命を出す。婚約解消は目に見えており彼等の家は窮地に立った。

 二人がそそくさと退場した後に歓談は続く。王子はどうでも良いとばかりに今日で最後の学園での思い出話に耽った。いつしか先ほどの話をする者も居なくなり王子の周りは楽しかったと平民クラスも握手を求めにきてそれに楽しそうに応じ、夢を語る者の肩を叩いた。


「貴方に出来ると言われると頑張り過ぎてしまいますよ」

「そうかな? あまり重く考えすぎないでくれ。

 私はみんなの道を祝福したい。

 そして共に育った事を誇りに思いたいんだ。

 未来を作るのはここにいる皆一緒だ。

 人に寄り添える皆であってくれ。私もそうで有りたいと思うが故に」

 

 堂々たる王子を眩しく思う。

 彼はずっと寄り添って生きる事を考えてくれて居た。

 彼の根底にある優しさを大好きだと思った。


 すっかり大きくなった背に寄り添って、ぎゅっと抱きついてみた。

 わ、と珍しく慌てた声がでて居たがそのままだった。


「王子様愛されてるー! ひゅーひゅー!」

「あー、これはすまんな。婚約者が可愛いので、ちょっと隠させて貰おうかな!

 来月の結婚式は公開パレードもある。

 ちょっとした祭りを存分に楽しんでくれると嬉しい」


 きっともう先ほどのことなんで誰も覚えて居ないだろう。そう思えるくらいの喜びの歓声が響く。その声を背に、二人で会場を後にした。



 ――結婚式ではより美しく、可愛く見えた花嫁を抱き寄せてパレードをすすむ。

 彼女に陰りは消え、輝いてすらいると思う。それを素直に伝えると彼女に笑顔が咲いた。


「自分に自分の輝きは見えません。

 わたくしには貴方の方が輝いて見えます」


 お互いが守るべき輝きを見つけて誓い合う。

 悲しかった誰かの夢は光の中に消えていけとブーケを高く投げて太陽に溶けるようなそれを見送った。


 その後の治世は穏やかで、暖かな輝きに満ちていた。


 彼女の悪役は訪れなかった。

――


読んでいただきありがとうございます。


悪役令嬢って身持ち固くて王妃向きな子多いよなって思いながら書いてたら王子もいい子になりました。

いつか男爵養子も救われてくれ。



登場人物

・王子(殿下)(会長)

体は子供頭脳は大人を体験する。早い段階で婚約者がハイスペックなのに気付いたので褒めまくって居たら良妻になった。


・公爵令嬢(婚約者)(副会長)

目つきのきつい美人。悪夢に悩まされて居たが結婚とともに完全勝利。最近は王子に寝不足にされる。


・次席副会長(薬師博士)

恐らく何かの主人公。母の病気を治したい一心で入学。天才的な出会い能力がある。他人との距離感が近い。王子夫婦に猫並みに懐いている。王子弟と婚約中。


・王子弟(弟)(副会長)

王族の研究者気質な弟。一心に勉強をする彼女に惚れ込む。時々兄夫婦が羨ましいくらい彼女が懐いている。


・男爵養子(伯爵三女)

王子侍女として働く出来る侍女。生涯の忠誠は次代の王に捧げると決めている。伯爵次女は一つ上の姉。長女以外はほぼ放置だった為両親に余り良い思いはなかった。


・庶務

王子の忠臣そのニ。寡黙で雑用ばかりやらされて居た見習い騎士隊で、日の目を浴びさせてくれた王子に恩を感じている。体を張って次席副会長たちを助ける。後に近衛まで上がってくる。


・公爵嫡男(書記)(従兄弟)

出遅れ男。実はチャンス自体は一番あった模様。


・隣国王子

時期を見誤った俺様はクールに去る。おもしれえ女に弱い。


・伯爵嫡男(会計)

垂れ目の巨乳メイドに勝てる奴いるの?それなりに幸せな模様。


・王様(父王)

息子が七歳で騎士の改善案と予算案持ってきて詰めてくる悪夢が現実だった。年齢と中身が合ってきて安堵している。早めに王位を譲りたいが王座は貫禄が必要だと退かせてくれない。


・軍務卿(軍務閣下)(公爵)

野心家で熱血漢。王子が改訂した騎士隊での陣取りゲームに夢中になっているうちに長女と義息が結婚。孫馬鹿になる。


・公爵令嬢妹

西国が案外合っていて幸せに暮らせている。


・伯爵次女

札付きとして遠ざけられているものの、仲良しには気付かれており、交流が楽になった。今はとても前向き。



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[気になる点] すごく解りづらい文章。敢えてなのだろうけど名前付けたほうが良いですよ。独りよがりのオナニー小説です。
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