第一話
神殿を出てからしばらく歩いた。
「ここが、魔導士ギルドか。なんか……思っていたのと違うな」
魔導士ギルドは俺の故郷にある噂だと酒場みたいな感じだったが、これはどちらかと言うとちょっと大きめの住宅だ。看板も出ていない。住所あってるよな?
中に入るかどうかを決められずに入り口付近をうろうろしているとギルドの扉が勢いよく開いた。
「じゃあ、そろそろ行ってくるね! ちゃんと仕事しててよ〜」
栗色の髪を靡かせ少し小柄な少女が後ろにいる誰かに向かって言葉を放つ。少女が振り向くと目があった。
「お客さん?」
少女はそう言うとまた振り返り、扉の奥に消えていった。
「マスター! なんかお客さんきたよー」
扉の越しからもはっきりと聞こえる声で「マスター」と呼ばれる人に話しかけていた。
「ごめんね。マスター返事ないから入っちゃって。呼んでくるから」
また急に扉を開けたかと思うと少女はそう言って今度は扉を開きっぱなしにして小走りで奥に向かっていった。俺は勇気を出し、扉を開け中に入った。建物の中は想像に難くない内装だった。木製の家具に受付のようなカウンター、コルク製の壁掛け板には紙が数枚貼ってあった。
「あー! もうマスターまた飲んでる! 今日何本目⁉︎:」
カウンターの奥にある扉の向こうから声が聞こえると、ガタガタと何かが転げるような音が聞こえた。
「いってえぇぇえ‼︎」
さらに痛みを訴える大声が聞こえ少し驚いた。カウンターの扉が開くと、先程の少女と首根っこを掴まれた女性が出てきた。
「ごめんね〜。うちのマスターとんでもない酒飲みでさ、目を離すとすぐ飲んじゃうの。ほら! マスターお客さんきたよ」
ぐったりとした女性が顔を上げてこちらを見る。
「き、教会から紹介してもらったんですけど、レントって言います。これ、紹介状です」
よっこらしょと椅子に座った女性に大司教からもらった紹介状を渡す。女性は封を開け、中を確認すると「そういうことね」と一言呟いた。
「カリナ、この人はお客さんじゃあない。新しいメンバーだよ」
カリナと呼ばれた先程の少女は目をパチクリとさせていた。
「新しいメンバー! これで十人目じゃん! やっとアレに出られる!」
アレ? アレってなんだ?
よくわからない顔をしている俺を気にする様子もなく二人はハイタッチをする。
「あー、ごめんね。紹介されたんだよね。ようこそ、魔導士ギルド『神への憤怒』へ。私たちは歓迎する」
エル……なんだって? この地方の特有の言葉だろうか。名前がよくわからなかったが、手を差し出されたので握手をする。
「じゃあ、とりあえずギルドと依頼とかの概要を説明しようか」
椅子に座るように促され女性の正面に座る。
「まあ、ギルドの大体のやることは知っての通りだと思う。担当地域の住民や評議会から割り当てられた依頼をこな
し、報酬をもらう。本当に何でも屋みたいなもんだ。だが、依頼にも難易度ってもんがある。魔導士の安全を守るためだ。例えば安全な街の中が対象の依頼なら下位、他の街への運搬や魔物の住む場所での採取は中位、そして討伐が上位といったところだな。また、ギルド毎に受けられる難易度にも差がある。強い魔導士がいるところは上位まで受けられるが、いない所もしくは少ない所だと中位までしか回ってこない。よくできているだろう? また、これらの依頼の他に評議会や、商会、国から指名依頼がくることもある。この依頼はほとんどの場合緊急性が高いため、断ることも先延ばしにすることもできない、最優先依頼となる、とまあ依頼に関してはこんなもんかな。わかったか?」
頷く。ほとんど予想通りだな。
「それじゃあ、今度は魔法についてだ。お前さんは公職志望で王都に来たわけだが、なれなかった。そのため魔法に関してはあまり知識がない。違うか?」
「違わないですね。剣術や体術は修行してきましたけど、魔法に関しては成り立ち程度しか知りません」
当たり前だ。身近に魔法を使える人間がいなかった。だからほとんど知る術がなかった。
「うむ。そうだろうな。魔法というのはお前のように公職に就きたいものが教会で恩恵をもらい、手にすることができる。だが、どうだ? ここは魔導士ギルド。魔導とは魔法の古い言い方だ。なら当然ギルドに所属する者たちは魔法を使えるよな。ではみんなお前のように公職になれなかった者か? それとも引退者なのか。答えは否だ。魔法とは魔力を持つ者全員が例外なく使えるものだ。その使い方と適正を知らないだけでお前の母親や父親、友人だって使えていたかもしれない」
なんだって⁉︎ それじゃ教本に乗っていたものは……。
「そう、お前が思っている通り、本に書いてあったような成り立ちは全部嘘だ。最近になって教会がギルドをまとめ出したのも、この事実を隠すため。魔法とは神から許された特別な力でなくてはいけないと、そういう理念のもと奴らは動いている。大司教から言われなかったか? 魔導士ギルドは第二の軍隊だとか。今の魔導士ギルドはそう言われても反論はできない。実際に軍事作戦に駆り出されたギルドも少なくないしな」
そんなことが……確かに少し不思議ではあった。魔法を使えるのは軍人だけではないのか。なんで魔導士ギルドと呼ばれているのか。誰でも使えるならその疑問な消える。ただ、それを隠蔽するのが教会のエゴだったとは。
「まあ、成り立ちは魔導士として活動するのにあんまり関係はない。問題はお前の適正と才能だ。魔法には神結晶か
ら放たれる光によってその適性を簡単に見分けることができる。恩恵を受けるときに何色に光った?」
「結構強めの赤色ですね。大司教からは素質はあると言われましたけど」
実際に素質があるかなんてわからない。対人戦にはある程度自信はあるけど、魔法は使ったことはない。
「赤か。なら攻撃魔法の適性があるな。魔法の種類は知っているか?」
「そのくらいならわかります。直接攻撃系、補助回復系、生産系。公職だったらこれから軍職、聖職、政治家で分けられるんですよね」
このくらいなら教本に載っていた。
「そうだ。そのくらいを知っているなら大丈夫だな。お前の適正色の赤は直接攻撃系だ。自身の魔力を魔法に変換して戦うスタイルになるな。一番魔導士に向いているやつだ。よかったじゃないか。ただ、直接攻撃系にも様々な種類があるからその中のどれに本当の適性があるかは練習していかないとわからない。要するに使って理解していけってことだ。一通りの魔導書なら地下の倉庫にあるから暇なときに見るといい」
一人で魔法の修練か。本当は軍隊に入って下積みの3年間で習得するつもりだったけど、魔導士だとそうも言っていられなさそうだ。
「最後に、一番大事なことだ。ギルドに所属するにあたって、魔法印ってのを身体のどこか一部に押す必要がある。
痛くはないから安心しろ。身分の証明にもなるし、一目で所属がわかるから違反者の特定にも繋がる。ほれ、時間かからんからどこにするか決めろ」
そう言うと、女性はポケットから円柱状の何かを取り出した。これが魔法印か。
少し悩んだが、無難に右の二の腕に押してもらうことにした。
「よし! これでお前も正式にこのギルドの一員だ。そういえば自己紹介をしていなかったな。私はメイジェラ・リーモンだ。このギルドのマスターをやっているからマスターと呼ぶといい」
再び手を差し出されたので握手をする。先ほどより力強いそれは認めてくれたという意味でとっても良いのだろう。
「よろしくお願いします。マスター」
「私も私も! よろしく、レント! 私のことはカリナって呼んで良いよ!」
カリナも手を出してきたのでそれに返す。ぶんぶんと振り回された右手が少し痛かった。
「じゃあ、早速依頼に行ってもらいたいが、あいにく下位の依頼が今無くてな、中位ならあるんだが……」
そう言いながらマスターはハッとした顔でカリナの方を見る。
「そういえばカリナこれから依頼に行く所だったよな。連れて行ってやってくれないか? あたしゃこれから事務仕事で忙しいんだ」
「事務仕事ってお酒飲むだけでしょ〜。まあ良いけど中位だよ? 危険じゃない?」
何やら俺の仕事について話しているようだ。どんなものなのだろうか。
「あの〜、ちなみにカリナの受けた依頼ってどんなの?」
興味本位で聞いてみた。
「薬草採取だよ!」
自信満々でカリナはそう言った。