プロローグ
神と人の理想郷
プロローグ
重厚な鐘の音が講堂内に鳴り響く。この鐘は教会が志願者に対し恩恵を与える時に使われる特別なものだ。この国では公職に就く際に必ず教会から恩恵を授からなければならない。そして恩恵の内容によって軍職、聖職、政治家に分けられる。
俺も例に漏れず公職につくため、あわよくば軍職に配属されることを目的に、この王都にある大聖堂まで来た。
「敬虔なる神の信徒レントよ。そなたに神の御加護があらんことを」
大司教がそう言い終わると同時にどこからともなく淡い光が現れ俺の身体を包み込んだ。少し温かい。
「さて、儀は終了した。これより恩恵の開示をさせてもらう・内容によっては希望先に配属できない場合があるが、国のためだ、了承せよ。では、この神結晶に触れるのだ」
俺はそれに頷き、大司教の背後にある巨大な水晶に右手で触れた。すると水晶は一瞬黒い光を放ったと思うと赤く光り出した。これは何に適性があるのだろうか。大司教の方を見ると顔を顰めているように見えた。そして「そうか」と呟くと、俺の方に向き直った。
「レントよ。残念だが、君はこの国の公職に就くことはできない」
「は?」
なんて言った? 公職に就けない? 冗談じゃないぞ。なんのために7日もかけて来たと思っているんだ。
「公職につけないってどういう事ですか」
当然の疑問をぶつける。
「詳しくは話せない。神のご意志と言わざるを得ない。誠に申し訳ない」
大司教は深く頭を下げた。だけど、謝罪しても何も変わらないだろ! 国のために勉強も修行だってした。俺の5年間はなんだったんだよ。
「じゃあ、俺はこのまま帰るしかないんですか」
怒りを含んだ声で聞く。
「君は公職には就けない。だが一つ、公職以外で国に貢献する方法がある。魔導士ギルドに興味はないか?」
「魔導士ギルド?」
国に点在し、担当地域の住民からの依頼を受け、所属メンバーに斡旋するいわば何でも屋がいっぱい居るような
場所。そんなところと公職に一体なんの関係があるというんだ。
「現在、王国にある魔導士ギルドのほとんどは王国の管轄にある。騎士団が対処し切れない案件が回ってくることもしばしばある。個人的には擬似軍職と言っても差し支えないと思っている」
擬似軍職? そんなこと言っても第一線で戦うわけじゃないだろう。
「それに、魔導士として名を挙げれば魔導師団との合同任務もあると聞く。悪い話ではないと思うがどうだろうか。せめてもの詫びとして知り合いのギルドを紹介させてもらう」
合同任務? その言葉には少しだけ惹かれる。確かに騎士団だけでは手の回らない地域があるのも事実か。どうせ故郷に帰ってもやる事はないし、魔導士ギルドに入ってみるのも悪くないか?
「わかりました。非常に残念ですが、大司教様のおっしゃる通り魔導士ギルドに所属してみようと思います。他に道は無さそうですし」
苦渋の決断だったが、俺は魔導士になることを了承した。
「ありがとう。そうだ、君の恩恵だが、かなり特殊なものになっていてね、この場で公表する事はできない。時が来たら君と関係者のみに教えようと思う」
え、開示してくれないのかよ。
「だが、魔導士としての素質はかなりのものだ。君ならそう遠くない内に名を馳せることができるだろう。そこは保証する」
そういうと大司教は深く頭を下げ、封筒を渡してきた。
「紹介状だ。これに書いてあるギルドに行けば色々と融通してくれる。私の古い友人のギルドだ。良い場所だよ」
大司教は微笑みながら言った。その笑顔には申し訳なさが含まれているようだったが、どこか温かく思えた。
俺は手紙を受け取ると、礼をして大聖堂を出て行った。
「魔導士ギルドか。どんなところなんだろうな」
封筒の裏に書いてある住所を確認し歩き出す。足取りは軽いものではないが、そこは仕方がない。せいぜい楽しくやってやるよ。
頭上に広がる空は快晴だった。
――大司教執務室――
「主よ。これでよろしかったのですね。どうか、貴方様の悲願が私の代で果たされるよう微力を尽くすことを誓います」
小さなステンドグラスから溢れる光で満ちた部屋の中で一人悲しげな表情をした男が天に向かい祈りを捧げていた。