混沌は迷宮にて、探す
こんばんわ、フラッシュバンです。
一か月以上空いてしまい、申し訳ありません。どうぞお楽しみ下さい。
「…懐かしいな」
ディクンデーテスの宮城に独りで入った魔刃の団長「混沌」は、机と寝台の残骸ばかりが残った子供部屋の中に居た。
混沌が混沌と名乗る前、彼はこの部屋で魔帝候補の一人として暮らしていた。厳めしい顔を緩めながら彼は部屋の中を歩く。
「この寝台は、姉様がよく使っていたな。それでこっちはサテライ兄様がよく使っていたな。ここに座って兄様とお話したことが一体何度あったことか」
『なあ――――――、お前はやりたいことってあるか?』
『やりたいことと言われても、オレにはそういうのは特にありません』
『そっかぁ、お前はそうなんだな。そうだなぁ、オレは知りたい』
『なにを知るんですか?』
『なにを、とかじゃなくてとにかく沢山のことを知りたいんだ』
「…っ、なんだ、夢か」
寝台だったモノの前に突っ立っていた混沌が目を覚ました。
「……時間を浪費してしまった。早く探さなければ」
そう呟いた混沌は、窓の外を見て、そして溜め息を吐いた。窓の外では大雨が降っていた。混沌がこの部屋に入った時には、まだ風が強くなってきた程度だったのだ。
「…全く、眠り過ぎだろう」
気だるそうに立ち上がり、腰と背の重み―計三本の剣に触れてから混沌は歩き出した。
「サテライ兄様は、知ることこそ愉悦だと言っていたな。だが現実はどうだ。俺はこの百年、知りたくないこと、知ってはいけないことばかりを知った。知ることはそんなに愉しいのか…?いや、もう兄様はもう知ることができないんだ。あんな真実を知らないことを幸いと言わないで何が幸いなんだ……全く、何を考えているのだ俺は。目的を忘れるなんて、それでもあいつらの団長なのか」
憂鬱げに独り言を呟き、木片散らばる床を見やりながら、混沌はようやく本来の目的の為に動き出した。
彼がこの宮城に訪れた最大の目的。それは魔刃が所有する中で最も大きい拠点への入口を探すことである。そして彼がこの部屋を真っ先に訪れた目的の一つが、部屋の中―書棚の後ろにある入口を確かめることだ。
もっとも、そこにある物は書棚だった木片とその入口を埋める瓦礫である。
「……取り敢えず、ここは捨て置こう。次は、確か…下の階の書庫に―」
「……ここも埋まっているのか」
あの後、混沌は未だに入口を見つけられずにいた。宮城を構成する塔のうち、三つほどにあった入口は全て、瓦礫の下だった。現在、彼は宮城の中心―外から見ればひときわ高い塔が建っている区画にいる。
混沌はその厳めしい顔を憂鬱そうに歪めた。その視線の先には瓦礫の小山があった。厳密にはその瓦礫の下にある隠し扉である。
「…この近くだと、もう大講堂しか入口のある部屋はないか」
そう呟きながら混沌は、かつては多くの物が飾られていたであろうその空間から出ていった。
そして現在、彼の目の前には、玄関扉に次いで大きい扉があった。それはかつて大規模な集会の際に使われた大講堂に繋がる扉だった。混沌は扉を開けようとして―
―クルウウウウ
「…!」
何かの声を聞いた。扉を開けようとした手を一度引き、右手を腰の剣、左手を扉にかけた。
(これは、何の声だ?こんな声を出す獣となればかなり大きな体躯がある筈だ。そも、ここまで獣が通った形跡はない。天井に穴が空いている気がする。十中八九、空が飛べる獣がいる。どうやって殺す。機動力を削ぐことが先決だな。それはそうとして、講堂は広い。柱も何本か倒れている筈だ。俺が剣を振っても、それ以上講堂が崩れることはないだろう)
彼は策を弄しながら、両手に剣を握り、扉を開き―
―グルアアアアアアアア
彼の姿を認めた獣が吼えた。
そこに居たのは一頭のワイバーンだった。深紅の四本の角を生やし、純黒の鱗に覆われた体躯は混沌の二回りほどはあるだろうか。恐らくは成体なのだろう。瓦礫の上に乗り、血のような色の翼を広げ、混沌を威嚇してきた。
(玄関を荒らしたのは、こいつだろうな)
混沌は一人納得し、両手の剣をしまうと背負った大剣を抜いた。そして金属が剥き出しになっている柄を強く握った瞬間、陽炎が立ち昇った。理由は簡単。混沌は魔導を使い、そこで生まれた熱を大剣に伝えたのだ。炎のように枝分かれした刀身が本当に炎が燃えているように見えていた。
混沌とワイバーンは互いに睨み合い、円を描くように歩く。突如、ワイバーンが飛び上がり、柱を避けながら大きく円を描くように講堂の中を飛び、滑空しながらその足で混沌を―
ダァン!
ズバン!
―グルアアアアアン
ワイバーンの翼が指ごと斬り裂かれ、夥しい量の鮮血が舞い、講堂の床を赤黒く染めた。
混沌がやった事は至極単純。最初に彼は自身から最も近い柱へと跳躍し、その柱を蹴って再び跳躍し、宙返りをしながらワイバーンが飛んで来た方向に薙いだのだ。高熱を孕んだ刃に斬られたことで、切断面から湯気が立ち昇っていた。
ワイバーンは痛みに悶えながらも混沌に向かって口を開けながら走り寄り―
ザアアアアン!
混沌が股の下に滑り込みながら掲げた剣に喉から肛門を一直線に斬り裂かれ、勢いを失って滑りながら倒れ―
―クルゥ―
大きく裂けた喉から小さな声を出し、絶命した。
混沌は大剣に付いた血を払いながら、狩猟用の分厚い鉈を取り出し、鱗と鱗の間に刺して一気に斬り裂いた。
「戻ったらジョンスンに調理してもらうか。ワイバーンの肉なんて、五年…いや六年は食べてないか…?」




